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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第261話 黄金都市

 

 第一校舎の中を走り演習棟の方角へ急ぐ。

 中庭を離れると生徒の姿は疎らになり、演習棟の周辺に来るとほぼ人気はなくなった。


 実際この校舎は演習場があるだけで、原則時間外の利用は禁じられているために誰もいないのは当たり前だ。


 渡り廊下を突っ切り、演習棟の大扉の取っ手に手をかけて引くと、微かに音を立てて重厚な木の扉が開く。施錠されていないようだ。


 明かりの絶えた構内を歩き始めるとすぐに声がかかった。


「立ち入り禁止だ。引き返せ」


 思わず息を飲み声の主に目を向けると、薄闇の中制服を着たコッペリアの男が柱の側に佇んでいた。


「……こんなところで何してるんだ?」

「引き返せと言っている」


 彼は威圧的というか、有無を言わせぬ口調で畳み掛けてくる。


「こっちにコッペリアの男子学生が来たはずだ」

「知らん。引き返さないというのなら――」


 彼は腰に提げていた杖を引き抜いた。暗がりの中で金属製の杖が月明りを反射する。


 こいつマジか。正気とは思えない。何か……普通じゃない。


 そして、もしここに来ているならアルベールが心配だ。


『リベル、強行突破する』

『了解』


 男が波導を放とうと詠唱を始めた瞬間走り出す。


「叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」

「!」


 彼我の距離を一瞬で駆け抜けて男の懐に飛び込み、男の腹に白銀の拳を叩き込む。


「ぐ……う゛っ゛!!」


 学生は衝撃波を伴う拳をモロに受け、廊下の先まで吹き飛んで床を転がった。


 だが、あろうことか彼は転がる勢いが止まった途端何事もなかったように起き上がり再び向かってくる。


「噓だろっ!」


 さっきの一撃はそれなりのダメージを与えているはず。

 まともに喰らえばしばらくは痛みで起き上がれないと思う。


「?!」


 立ち向かってくる男の表情は苦悶に歪み、口からは涎を垂らし顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

 にも関わらずその歩みには迷いが感じられない。男は再び術を放とうと詠唱を始めた。


『まるで堪えてないみたいだぞ』

『くそ、足でもへし折るか……?!』

『マスター、あいつ本気だ。もうやるしかない』


「恨むなよ……、『アンチレイ』!」


 正確な狙撃をリベルに任せ、素早く二度引き金を引く。

 薄闇を切り裂く青光が迸り、男の両足首の腱を正確に撃ち抜いた。


 彼はガクンと前のめりに廊下へ倒れるが、攻撃と同時に走り出し、男の手に握られた杖を思い切り蹴り飛ばす。

 杖は壁に当たりながらかなり遠くへ転がっていったが、学生の男はそれでも顔を上げこちらへ這いずってこようとする。


『なんなんだこいつ……』

『しばらくは歩けないはずだ。急げ!』


 リベルの声に同意し、男を置き去りにして廊下を駆ける。


 数ある演習場へ続く門の前を、オーバーリミットにより得られる空の加護を受けて駆け抜ける。

 校舎の外れに近づくと、演習場の門の前に佇む人影が見えて来た。


「またか……!」


 その学生達もやはり俺の姿を認めた瞬間携帯していた獲物を引き抜く。

 加速して一瞬で彼らとの距離を詰めると、腕に収束させた衝撃波を叩き込みまとめて蹴散らす。


 吹き飛んだ生徒を一瞥し、門へと向き直った。門の向こうに明かりが見える。誰かいるようだ。

 演習場への門を強引に押し開くと中へと飛び込んだ。



「————あら」


 真っ先に目に飛び込んで来たのは四人の人影。やはりフィアー達だった。


「アル!」

「アニキ……!」


 半円形をした演習場の中央で、アルベールを取り囲むようにフィアー達三人が立っている。


「ナトリ君じゃない。優勝おめでとう」

「白々しいんだよフィアー。こんな場所で何やってるんだ?」


 彼女は俺を見ると、どこか妖艶に笑った。


「すんませんアニキ……。なんか、俺を呼んでる女の子がいるって聞いてここまで来てみたら……」


 まんまと誘い込まれたのか。アルベールらしいといえばらしいが。


「あ、あれ。ウチの子たちは?」


 フィアーの隣に立つ、茶髪の少女が動揺したように呟く。


「どうやらナトリ君に倒されちゃったみたいね」

「そんなぁぁ……。だ、だから使うの嫌だった、のにぃ」

「私としてはもっと強い駒を使って欲しかったわね。全然足止めになってないじゃない」


 よくわからないことをのんびりと話す彼女達。さっき刃を向けて来た男達のことを言ってるのか?


「お前らがエンゲルスだってことはもう知ってる。アルをどうする気だ」

「うふふ、さすがにもう隠せないかしらね。――別にどうもしないわよ。ライオット君にはちょっと一緒に来てもらいたい場所があるだけなの」

「ようするに……、アルベールを攫おうってわけか」


 彼女達は否定も肯定もしないが、そういうことなんだろう。

 だが、何故アルベールを。……もしかして、さっきの試合で見せたコード:ラジエルとかいう力が目当てか?


「結局あんたと決勝戦をやる羽目になるのか……」

「できるだけ穏便に事を運びたかったのだけど。こうなってしまっては仕方ないわね」

「アルは渡さない。叛逆の弓、『アンチレイ』」


 リベリオンを構え、こちらを振り返った三人と対峙する。


「ね、ねえフィアー。あれ……、私にくれない?」

「あなたの好みとは違うじゃない?」

「でも……珍しい、し。ほしい……かも」


 茶髪の女、ナーバスとかいう名前の生徒が俺を指差す。


「ダメに決まってるでしょ。彼等は()()()()()、なのよ」

「わかった……よぅ」


 二人の間でどうにもこの場の緊張感にそぐわぬ会話が繰り広げられた後、ふいとフィアーが空を見上げた。


 ここ、第9演習場は屋外だ。半円形に切り取られた星空を見上げることができる。



 急に視界に光が煌めいた。


 何か……、周囲にちらちらと光を反射する何かが舞っている。

 いや、違う。これは空から降ってくる光だ。暗い夜空から、何かが降り始めている。


「……こんな時に」

「これ……金? ……もしかして! アニキ、迷宮の予兆っす!」

「なんだって?!」


 そうだ。迷宮について記された書物で読んだ。

 光輝の迷宮デザイアは、出現の際砂金の雨を降らせると。


 間もなく大学上空の夜空に光が描かれた。

 光は円形にどんどん広がって行き、やがてそこから何かが姿を現し始める。


「……黄金都市」


 突如夜空を割った光から出現したのは、逆さまになった都市群。

 暗い空でも眩いばかりの黄金に光り輝き、ルーナリアの都に金の雨が降り注ぎ始めた。


 明かりを反射して闇夜に煌めく砂金の雨は、心奪われるほどに幻想的な光景で、一瞬思わず魅入ってしまう。


「……まずいわ。ナーバス、グルーミィ、引くわよ。今すぐに」

「ぇ。な、なんで?」

「説明している暇はない。隠した飛竜のところまで脇目も振らずに逃げなさい」


 言うが早いかフィアーは跳躍、円周上の観覧席を経由して壁を駆け上る。その後にナーバスが続く。


「あいつら、急にどうした……?」


 フィアー達の姿が校舎の向こうへ消えた直後。夜空を稲妻が駆け抜けた。


 ……いや、違う。黄金に光り輝いてはいるがあれは雷なんかじゃない。

 雲のようにも見えたが、もっと有機的な何か————、まるで植物のツタのような。


 それが上空に現れつつある黄金都市のそこかしこから生えており、枝分かれするように地上目がけて伸びてくる。


「こっちに来る?! まずい、アル――!」


 一人逃げ後れたのか置いて行かれたのか、ぼうっと空を見上げるグルーミィの脇を駆け抜けアルベールの元へ走る。


 だが、急激な速度で迷宮から伸びて来た黄金の根が広がり、アルベールを絡めとる。


「うわぁ! なんだこれ! ア、アニキーっ!!」

「アル!!」


 根に胴体を絡めとられたアルベールは体を拘束されたまま空へ持ち上げられて行く。


 あっという間の出来事で、根を断ち切る暇すらなかった。


『根が来る、マスター!』

「くそっ! ――うっ?!」


 演習場内に降り注ぐ何本もの根がこっちを目がけて伸びてきていた。


「『ソード・オブ・リベリオン』!」


 体に絡み付こうとする根を切り落とすが、少し速度が弱まる程度ですぐに再生した根が迫ってくる。


「きりがないっ!」


 四方から迫る根の一つに、近くにいたグルーミィが捕まる。


 オーバーリミットを発動させ逃れようとするが、それよりも速く根は俺の腕に絡み付いた。

 すぐにリベリオンで斬り落とすが、どんどん増える根に次第に動きが封じられていく。


 そして、俺の体は地面を離れて浮かんだ。そのまま演習場の地面がどんどん遠くなって行く。



 迷宮に、引きずり込まれる。


 周囲を見渡せば迷宮から這い出した何百もの太い根が、アンフェール大学の敷地内へ降りて来ている。


 俺は学園都市上空に出現した「光輝の迷宮デザイア」へと、なすすべなく絡めとられていくしかなかった。










挿絵(By みてみん)

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