第260話 勝者
フレスベルグとヒノエから放たれる炎の波状攻撃を空中に逃れることで躱す。
飛んだら飛んだで、今度は火矢の雨だ。虚空を蹴り、宙を駆けるかのように降り注ぐ炎の斜線上から逃れながらヒノエへの接近を試みる。
「面白い……!」
杖を振り、波導を放つヒノエは何故か楽しそうに見える。
彼女の凛とした居住まいは影を潜め、その赤い瞳には戦意が煌々と燃え猛っているようだ。
「火鳥の闘志よ、燃え滾れ。『獄炎』」
「うおおおおっ!」
放たれた炎の波をくぐり抜けるように闘技台上へ急降下する。
「ぐうっ……!」
灼熱地獄と化している闘技場の上を、熱風に焼かれながら駆け抜けて、今一度フレスベルグに掴まりながら飛翔するヒノエに向かって飛び上がる。
「――疾い、なっ!」
炎の集中砲火を避けながらヒノエの直下を背後に潜り抜け、彼女のマーカーに狙いを定める。
が、術を放った直後のヒノエをカバーするかのようにフレスベルグが燃え盛る翼を広げて俺の進路を塞ぐ。
「このまま……っ!」
拳を強く握り込み、腕にフィルを収束させる。
「おらぁ!!」
フレスベルグの吐き出す炎などお構いなしに、風を纏った拳を叩き込んだ。
蠢く炎を貫通し、吹き晴らすようにして空間を衝撃が伝播していく。
拳撃が的を捉え、激しい破裂音を響かせながら砕け散った。
「まだまだッ! 紅蓮の刃、『火剣』」
リベリオンの衝撃波で掻き消した、フレスベルグの炎の残滓の向こう側、こちらを振り返ったヒノエが杖に纏った燃え盛る刃を操り、鋭い突きを連続で放ってきた。
火剣が俺の手足を灼く。強烈な熱と痛みが体を襲うが、マーカーを狙った一撃はかろうじて右手のリベリオンの装甲で弾いて軌道を逸らすことができた。
黒髪を振り乱すようにして火剣を振り回すヒノエからは鋭い気迫が伝わってくる。
もっと冷徹なタイプかと思っていたがとんでもない。
鬼気迫る鋭い剣閃とその表情からは、純粋な狂気すら感じる。
「はっ、実に……面白いぞっ!」
振り回される火剣に加え、復活したフレスベルグの攻撃までもが加わり始める。
手数の多さに圧倒され、近寄る隙が見いだせない。このヒノエの間合いを攻略するのは厳しい。
「だったら————」
二人の猛攻から離れるように一旦後退し、火の手のない場所へ着地する。
浮かぶヒノエを回り込むように疾走しながら、オーバーリミットを解除しリベリオンを剣形態へと戻す。
「もうおしまいか?」
「……どうかな」
走りながら手元のリベリオンを消してみせる。
「!」
俺へと火矢を放ちながら、ヒノエは自らの最後の的へと注意を移した。
その瞬間、再び杖形態のリベリオンを手に現す。
「叛逆の弓、『アンチレイ』」
「な————?!」
杖先から迸る閃光が一瞬にしてヒノエの最後の的を貫く。
的は機能を停止し、地面へと墜落する。勝負はついた。
「長射程の攻撃まで備えていたとは……」
「奥の手は最後まで取っておく性質なんだ」
『リベルも助かった。射撃をサポートしてくれたろ』
『お安い御用だ』
「なるほど……ふっ、お前の手札を読みきれなかったわたしの負け、だな。完敗だよ、ナトリ・ランドウォーカー君」
「ヒノエ先輩もすごく強かったよ。クレイル以外にこんなに強い炎術士がいるなんて」
腹の底を見せ合った感じというのか、拳を交える事で彼女に対し妙な親近感が湧き始めていた。
試合終了を告げる声が会場に響く中、俺達は互いに微笑んだ。
§
演習場から構内へ戻るとクレイルとアルベールが出迎えてくれた。
「アニキ、すげーかっこよかったっす!」
「ええ試合やったぞ」
「へへ、そうかな」
しきりに興奮しながら先ほどの試合について語るアルベールに声をかける。
「アル、ブラッドレインの修理大丈夫なのか?」
「応急処置はしたんすけど……、正直なとこ材料も燃料も足りなくなってて……やばいっすね」
「材料をかき集める時間ももうねえしな」
次の試合はすぐに始まる。俺たちは若干動きが怪しいブラッドレインに搭乗したアルベールが、演習場へ出て行くのを二人で見送った。
アルベールとフィアーの試合はかなり一方的な展開を見せた。
機動力の落ちたブラッドレインでは到底彼女のスピードについていくこと敵わず、フィアーは始終アルベールを圧倒し、次々に的を破壊していった。
アルベールに残された最後の的を、フィアーの風刃が叩き割るまでにそう時間はかからなかった。
「私の勝ちね、ライオット君」
「ぐっ……」
アルベールがブラッドレインのコックピットに押さえつけられながら第六試合の勝敗が決すると、演習場はフィアーに対する歓声に包まれた。
彼女の戦いぶりは鮮やかで、無駄が無い。戦闘におけるセンスは相当なものだ。
構内へと引上げて来たアルベールを迎えながら、次の試合でフィアーをどう攻略しようか考えを巡らせていた時だった。
演習場から司会のアナウンスが響き渡る。
「あー、学生諸君。ここで残念なお知らせだ。この後行われる決勝戦を戦う予定だったフィアー・ニーレンベルギア選手は体調不良のため棄権となった」
「棄権?!」
アナウンスの内容に耳を疑う。
詰めかけた観客のあちこちからも動揺するような声が上がっているようだ。
「あのフィアーが、体調不良やとォ?」
「……どういうことだ」
「実は、めっちゃ消耗してたとかですか?」
「あいつに限ってそれはないやろ」
「フィアー選手の棄権により……、第125回対抗戦の優勝者は、ナトリ・ランドウォーカー選手となった! ランドウォーカー選手、至急舞台上へ!」
「俺が優勝……?」
ぽかんと廊下に立ち尽くす。そんな俺の背中をクレイルが押す。
「いけよナトリ。フィアーには逃げられたようやが、お前の勝ちに代わりねえ」
「でもさ」
「スッキリはしないっすけど、アニキは優勝候補だったあのヒノエ・ヴァーミリオンを倒してんすから。なんも問題ないっすよ!」
「そうか……、じゃあ、行ってくる」
二人に見送られ、照らし出された舞台上へと向かう。
『さすがは私のマスター。これくらい当然だな』
『リベルのおかげだよ。さすがは俺の相棒だ』
§
対抗戦が終わっても日の落ちた学校内から人が引ける気配はなかった。
多くの学生が構内に残り、前学期修了の開放感に浮かれていた。
俺たちも中庭に並んだ生徒達による即席の出店で食べ物を調達すると、燈の明かりを浮かべて芝生に腰を下ろした。
「ナトリ、かっこよかったね!」
「うんうん。始終冷静に立ち回ってた感じがすごかったわ」
リィロ達の会話を聞きながら、内心ヒノエの炎に炙られて気が気で無かったことを思い出す。
フウカがいるからなんとかなるものの、あんな火傷前提の特攻は今後遠慮したい。
「アニキはやっぱり校内最強でしたね! オレは最初からそう思ってたっす!」
優勝したせいか、さっきから周囲の注目を浴びっぱなしで非常に居心地が悪い。
「アルベール、カーライルさんに勝ったからって調子良過ぎです」
マリアンヌがアルベールを一瞥しながら毒を吐く。
「なっ……。そんなことねーよ……。ってか、お前なんで呼び捨てなんだ。年下だろ?」
「一つしか違わないじゃないですか。ほとんど同じです」
「えぇ……」
二人のやり取りに思わず笑ってしまう。しかし、個人的には優勝にすんなり納得はできない。
「フィアーと戦ってたら、俺は負けてたかもしれない」
「そんなに……強かったんですか?」
「どう思う、クレイル」
胡座を組んで肉串に齧り付いているクレイルに聞く。
「どうやろな。……五分、いや、あいつの実力は未知数や。ナトリの全力でも及ばんかもしれんぜ」
「フィアーさん、やばすぎでしょ。あの人何者なのよ」
「クレイルとの戦いを見ても彼女は相当な実力者だ。王国の隠密であればそれもおかしな話ではないが……」
レイトローズが言葉を濁したのが気になった。
「何か気になる事でもあるのか?」
「隠密の者達は表舞台に立つような派手な行動は取らないのが通説。今の彼女の行動を思うと、な」
確かに最近のフィアーは目立ち過ぎている。何か、目的があるのだろうか……。
「オレ、食い物調達してきますね」
「おう、ボア串頼むぜ」
「私もー」
「了解っす」
アルベールが立ち上がり、校舎の方へ向かっていく。
「それにしても、もう入学して半年経つね。迷宮なかなか現れないけど」
「そうですね。学校にもすっかり馴染んじゃいました」
「うんうん。……勉強は大変だけど」
「でも結構楽しかったです。こんな経験なかなかできませんし」
マリアンヌの言葉に頷く。
学校なんて大嫌いだったが、心を許せる仲間達と一緒だったおかげか今ではその認識も変わりつつあった。
アルベールという友人もできたことだしな。
前学期のできごとなどについて話していると次第に食い物が減ってきた。
「お、もう少ないじゃないか。俺も何か買ってくるよ」
「ナトリ君、果実酒お願いできる?」
みんなの要望を聞き、俺もアルベールに続いて立ち上がり、出店の方へ向かう。
第一校舎に入り、廊下に並ぶ出店を横目に目的の物を探す。
「てか、遅いなアル。この辺りにもいないみたいだし。どこまで行ったんだ?」
廊下を歩いていると、前方にカーライルたちのユニットを見つけた。彼等も仲間同士で楽しんでいるようだ。
「ランドウォーカー君か。優勝おめでとう」
「ありがとう。優勝したのはフィアーが辞退したおかげだけどね」
「謙遜することはないだろう。君の戦いぶりを見ていれば納得できる」
「皇太子殿下に褒めていただけるなんて光栄だよ」
「いつか君とも手合わせしてみたいものだ」
個人的には無用な戦いは避けたい派なんだけどな。
「機会があればね……、そうだ、アルベール見なかった?」
「ライオットなら、先ほどニーレンベルギア君と二人で歩いていったが」
「フィアーが、アルと?」
妙な組み合わせだ。それにフィアーは体調不良で棄権したとかいっていたはずだが。
「カーライル、二人はどっちに?」
「向こうのはずだ。演習棟の方角だな」
「ありがとう!」
カーライルの横を通り、足早に廊下を歩く。
『何か嫌な感じだ』
『お前もそう思うか。演習棟なんて人気のなさそうな場所だしな……』
フィアーの動向には常に気を配る必要がある。
あいつがアルベールと行動を共にしている理由を確かめるべく、二人の後を追って走り出した。




