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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第259話 炎姫

 

 カーライルとの試合を終えて校舎内へと戻って来たアルベールを、俺とクレイルは真っ先に出迎えた。


「ええ戦いやったなアルベール!」

「すげーよアル!」

「あ、二人とも……」


 アルベールの肩を叩き、クレイルと一緒に彼の健闘を讃える。


「クレイルさん、もう大丈夫なんすか?」

「おお。フウカちゃんのおかげでな。一瞬で痛みものうなった」

「やっぱりすげーな、フウカさん……」

「アルの方は怪我は大丈夫なのか?」

「ちょっと擦ったり打ったくらいなんで平気っす」


 アルベールは少しだけ得意げに鼻の下をこする。


「最後の技、最高にかっこよかったな」

「なんせ最終兵器っすからね。意表をつけたおかげもありますけど、アレが通用しなかったら負けてたっす」

「これでカーライルの野郎も生意気言う事はなくなるやろ」

「まあ、そうっすね。……へへっ」


 俺たちは示し合わせたようにニンマリと笑う。

 ここ数ヶ月、試行錯誤の末造り上げた発明の結果が実ったのだ。嬉しくないわけがない。


「ところでアルベール。お前、次の試合どうすんだ? フィアーやぞ」

「あ——……」


 彼は思い出したように宙に目を泳がせる。


「ヤバいっすね……ははは。どーしよっかな」

「はははってお前、ブラッドレイン煙出してるけど直るのか」

「すぐには無理っすね……。コード:ラジエル使って原型を留めないかなり無茶な改造しちゃったし、パーツも足りなくなってると思うし」

「ヤバいな」

「…………」


 アルベールには悪いが、彼が刻印兵機なしでフィアーに勝つ姿は正直想像できない。


「まあ……、なんとか戦えるくらいまでには修理してみるっす」

「だったらもうとりかからないとまずいよな」

「そうっすね」


 アルベールは廊下の隅に転がった無惨なブラッドレインに寄っていく。


「あ、アニキ。次の試合頑張ってくださいね。カーライル並に強いっすよ、あの人も」

「あの炎使いの術士か」

「なんとかやってみる」



 廊下に足音を響かせ、誰かが俺たちに近づいて来る。


 長身に端正な細面。カーライルその人だった。


「ライオット」

「な、なんだよ」


 彼はアルベールの前に立つと彼を見下ろす。そして頭を下げた。


「……馬鹿にしてすまなかった。私はお前のことを見誤っていたようだ」

「え?」

「先ほどの試合でよくわかった。お前の研究は、無駄などではない」

「…………」

「お前はお前の信念に従い、独自の研究に励んでいた。私には遊んでいるようにしか見えなかった……」

「なんだよ、急に謝りだしたと思ったら……、一言、余計だっての」


 カーライルは口の端を歪めるように微かに笑った。


「視野の狭さについては自覚している。――それで、お前さえよければ、今度刻印についてじっくり議論をしないか」

「えっ」


 アルベールはカーライルの態度の変わりっぷりに目を丸くしている。

 この人は多くの生徒から支持を得ているルーナリアの皇子様だ。やっぱり基本的にはいい奴なのかもしれない。


「ま、まあ……、オレは構わないけど」

「そうか、ありがたい。準決勝も油断するなよ」


 彼はそう言って暗い廊下を歩き去っていった。アルベールはぼうっとその後ろ姿を眺めていた。


「よかったな、アル」

「う、うん」


 アルベールは戸惑っているようだが、二人に関係改善の兆しが見え始めたならきっといいことだ。



「ランドウォーカー君、準備できてる?」


 カーライルと入れ違いに対抗戦の実行委員がやってきて、次の試合がもう始まろうとしていることを告げる。


「行けます」

「優勝目指せよナトリ!」

「アニキならいけますよ!」


 二人の力強い言葉を背に、俺は演習場へ繋がる扉を潜った。




 §




「先のヴェルダンとの戦い、瞠目したよ」

「そいつはどうも」


 闘技台の上、少し離れた場所に立つヒノエ・ヴァーミリオンと言葉を交わす。


「お前は刻印学部だったな。自作の武器なのか」

「これから戦うって相手に情報を渡すとでも?」

「それでいい。実戦で確かめるとするよ」


 背筋を伸ばし、長い黒髪を靡かせる美しい立ち姿のまま、ヒノエの周囲に風が起こる。

 彼女の艶やかな髪が風に靡き、制服のスカートが翻る。


 ヒノエが持ち上げた腕に炎が灯った。


 それはすぐに形を成し、燃え盛りながら大きく翼を広げた鳥のような形状へと変化していく。


 彼女の力は第二試合のウォン・リー・ロウとの戦いで目にしている。


 アルベール曰く、ヒノエは"カムナビ"と呼ばれる特別な体質らしい。

 その身にエルヒムを宿し、神の力を自在に引き出すことができる存在。


 ヴェルダン戦のように簡単にはいかない。


『マスター、行動予測は』

『悪いなリベル。今回もなしで頼む』

『……わかったよ。喋るのはいいだろ?』

『もちろんだ』


 ヒノエの腕に止まる、炎の体を持つ鳥のエルヒムから熱気が放たれる。

 生き物のように揺らめく長い炎の尾は、アレが波導生物であることの証。



「それでは続いて準決勝! 怒涛の勢いで勝ち上がるナトリ・ランドウォーカーに対し、ご存じ炎姫、ヒノエ・ヴァーミリオン、試合開始だァ!!」


 威勢のいいアナウンスに従い試合開始の合図がされる。


 開始の合図と共に俺はヒノエに向かって駆け出した。


「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


 間合いに入ると同時に彼女の的を狙って光剣を振り上げる。


 ヒエノは斬撃をステップで躱し、エルヒムの羽ばたきと共に宙へと舞い上がる。


「フレスベルグ」


 彼女が纏うエルヒムの炎の勢いが増し、その両翼から複数の炎の矢が放たれる。


「うおっ!」


 次々に降り注ぐ火矢が台上に叩き付けられて炎上する中を駆け回り、回避に専念する。


「なんだ、追ってこないのか?」

「く……」


 空飛ばれたら追えないんだよ、こっちは。


 ヒノエは俺の走り込む先を狙って炎を打ち込み、ルートを制限しつつマーカーを狙ってくる。


「あっつ!!」

「動きが単調だな……。逃げ回るだけなのか。守りし炎よ、『炎障壁エルウィオル』」


 彼女が短杖を振ると、闘技台を区切るように炎の壁が出現し、俺たちを隔てる。

 安全地帯からひたすら狙い撃ちにする気か。



 火の鳥のエルヒム、フレスベルグの炎に肌を炙られながら、横目でヒノエの挙動を確かめる。今だ。


『頼む!』

『任せろ』


 右手に持つ剣を掻き消し、瞬時にヒノエの後部に浮かぶ的の直上に出現させる。


 ヒノエはリベリオンが消失したことを確認し、一拍遅れて自らの背後にそれが出現したことに気づく。


「なに!?」


 ヒノエの赤い瞳が驚愕に見開かれるが、遅い。


 刃を伸ばしたまま落下する剣はそのまま彼女のマーカーに突き刺さり、機能を停止させた。

 地面に落ちる前に再びリベリオンを手元に引き戻す。


「これで一個目だ」

「そんなこともできるとはね。油断していたな」


 一回こっきりのだまし討ちだが成功だ。次からは警戒されるだろう。


 俺とヒノエを隔てていた炎障壁エルウィオルが消失する。


「ならば、わたしも積極的に攻めるとするよ」


 舞台上の気温が一段階増したような気がする。

 フレスベルグを伴ったヒノエが跳躍し、距離を詰めてくる。


「炎神の名のもと。彼の者を捕らえよ、『炎蛇鎖(アグニシャール)』」


 ヒノエの腕と一体化したかのようにフレスベルグの尾が伸び、炎を吹き上げながら巨大化する。

 そこから複数本の燃え盛る尾が飛び出し、こちらへ襲いかかってくる。


「俺だってクレイルと訓練してるんだ。こういうのは慣れてんだよ」


 ヒノエの炎蛇鎖(アグニシャール)という術は、クレイルがよく使う炎鞭アグニールと似ている。


 鞭のようにしなる炎だが、ちゃんと見切れば軌跡を読むことはできる。


「うらぁ!」


 叩き付けられる炎を飛び越え、掻き消し、的に迫る尾を光剣で切り裂き対処する。


「なかなかやるじゃないか」

「そりゃどーも!」


 とはいっても、ヒノエはフレスベルグの炎蛇鎖(アグニシャール)を無茶苦茶に振り回しながら俺の周囲に火を放ち移動を抑制してくる。

 まるで複数人を同時に相手するみたいに窮屈だ。


 横合いから迫る炎の尾をリベリオンで打ち消そうと、その軌道に斬撃を合わせた時。

 急に尾の軌道が変化し、跳ねるようにして的の一つに命中した。


「ぐっ?!」

「フレスベルグはエルヒムだ。その炎は意思を持つ」


 そうか、アレは普通の波導とは違うのか。神の炎、厄介だ。


 砕けて地面に転がった的をちらりと見て唇を噛む。


『マスター、あれを』

『そろそろ仕掛けるか』


 煉気切れを恐れて初動を抑えていたが、火で行動を制限される上にヒノエの自在な炎操作に対処するにはオーバーリミットの機動力が必要。



「本気でいくぞ。――叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」


 白銀の手甲に変形したリベリオンを握り込む。


「面白い。お前の力をもっとわたしに見せてくれ」


 炎に巻かれた舞台上でヒノエが妖しく微笑んだ。





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