第257話 第四試合
「大丈夫か、クレイル!」
担架に乗せられ、校舎内へと戻ってきたクレイルの元へ駆け寄り声をかける。
「耳元で大声出すな。俺は平気や……。ちっと内蔵ぶっ叩かれたくらいで大したことあらへん」
「クレイルさん……」
「いきなり敗退か。情けねえ」
クレイルはガシガシと頭を掻く。
「アイツ、やべえぞ」
「フィアーのことか」
「せや。アレは並の術士やない。いや、そもそも……。ともかく、得体が知れん」
あいつが普通じゃないのはさっきの戦いを見ていればわかる。
盟約の印の力を解放したクレイルを圧倒するなんて想像もできなかった。
————フィアーは……、神兵の一人です
俺の前に姿を見せたアンティカーネン教授が放った言葉が脳裏を過る。
「次は負けへん。確実に、殺す」
「…………」
クレイルの赤い瞳には復讐の炎が灯っていた。
俺とマリアンヌは横たわるクレイルを見下ろしながら、そんな彼に掛ける言葉を見つけられなかった。
医務室へと向かう俺たちの進む廊下の先から足音が聞こえた。
鮮やかな橙色の髪を靡かせて駆けてくるのはフウカだ。
「クレイル、大丈夫?!」
「フウカ」
「ま、なんとかな」
「みんな、私がクレイルについていくよ」
「……そうか。頼むよ」
フウカに任せておけばクレイルの負傷をすっかり治してくれるはずだ。
俺たちは立ち止まり、彼が運ばれて行くのを見送った。
「クレイルさんがあそこまでやられるなんて……、フィアーさんて想像以上にヤバイっすよ」
「……あの戦い方、普通じゃないです。波導のキレも相当ですが、気功まで使いこなしていましたね。歴戦の戦士か暗殺者のようでした」
フィアーはフウカの実父、レクザールという男の配下だという。
俺たちは彼らエンゲルスにマークされている。そう考えると背筋に薄ら寒さを覚える。
「アル、次はお前の試合だな」
「……そうっすね」
「大丈夫か?」
「多分……。ここまできたら、やるしかないっすよね」
「応援してるぜ」
「押忍!」
クレイルのことを気にかけながらも、俺たちは出場選手の控え室へと戻った。
♢
「次はアルベール君の試合ね」
「アル君、大丈夫でしょうか……」
「さっきのクレイルさんの試合を見た後だと不安ですよ」
「アルベール、ずっと機械いじり頑張ってた。私たちは応援するしかないよ」
フウカ達が見守る中、第四試合を戦う二人が歓声と共に入場する。
アルベールとカーライルは闘技台の上で向かい合う。
「それがお前の研究成果か」
「……そうだ。これがオレとアニキが造り上げた決戦用刻印兵機、『黒鉄のブラッドレイン
』だ!」
カーライルと向かい合うアルベールは、厚い装甲に覆われた小型の刻印機械に搭乗していた。
大きさは人の身長ほどだが、がっしりとした装甲に太い脚部とアームを備えた姿は頼もしい。
人なら頭部がある場所は背面にかけて大きく開いており、背後からアルベールが乗り込み、機械におぶさるような状態で本人が操作を行う形となっている。
危険ではあるが、本来機械に任せた自律機動で人間の攻撃を回避できるほど高性能なものではない。
だが、アルベールのコッペリアという脆い種族特性を抜きにしても小柄な本人の貧弱極まるフィジカルを補うには十分であろう。
「なんとも不格好だな……。非効率さは相も変わらずか、ライオット」
「なんとでも言えよ。ここまで勝ち進んでこれたのはこいつの力だ」
「では私がお前を克し、その偏った認識を正すとしよう。――『エレメント・ノア』展開」
カーライルの言葉に反応し、彼が右手に提げていた鞄が開く。
金属製の鞄は浮かび上がりながら四つに分離し、彼の周囲を取り巻くように回転を始めた。
カーライルが考案した機械兵装「エレメント・ノア」。
響属性波導の微細な周波数の変化を感じ取り、まるで各個の板状の兵装が意思を持ったかのように使用者の意のままの操作を可能とする。
四つの刻印盤からなり、火、水、風、地のエアリアをコアとして属性の力を増幅、攻防様々な能力の発揮を実現した万能兵装である。
今後の実践投入を見据え、既にルーナリア国防院は皇子の研究に公的な支援を行っている。カーライルはこのエレメント・ノアにより前回の対抗戦では見事優勝を飾った。
「双方、準備はよろしいですか」
審判の声に二人はお互いを見据えたまま首肯する。
「じゃあいくぜ! 第四試合の始まりだァ!!」
司会の合図と同時にアルベールが動く。彼の駆るブラッドレイン脚部の車輪が唸りを上げ、火花を散らしながら急発進する。
「先手必勝だッ!」
「"ノルン"、"ディーネ"、『属性障壁Ⅱ』」
カーライルを取り巻く板状の兵装のうち二枚、黄色と青い光を放つものが彼の前面へと移動し、互いに干渉し合うようにして半透明の障壁を作り上げる。
カーライルの障壁が、アームを振り上げ飛びかかったアルベールの兵機が振り下ろす鉄腕を受け止め火花を散らす。
「……無駄だ。"サラム"、『赫光』」
拳を叩き付け、障壁を強引に砕こうとするアルベールの横合いから、赤い光を放つ兵装が光線を照射する。
「くっ!」
アルベールの的を狙って放たれたビームを回避すべく、ブラッドレインは脚部に備えたスプリング機構を使用して大きく後部へと回避跳躍する。
「"シルフィ"、『風刃』」
後退したアルベールを追うように、今度はカーライルが前に出る。
舞台上を兵機に乗って高速移動するアルベールを、二枚の刻印兵装が追う。
カーライルのエレメント・ノアから放たれる熱線と風の刃がアルベールの的を打ち砕かんと迫りくる。
「く、そ……っ! しつっこいな!」
青と黄色のエレメント・ノアが守りを担い、赤と緑がアルベールを追撃する。
攻守に置いて隙のない、カーライルらしい設計思想の兵装である。
アルベールは重たい金属音を響かせながらブラッドレインを駆りるが、重量限界まで厚くした装甲は火と風の攻撃により抉り取られていく。
「このままじゃダメだ……、なんとかしてエレメント・ノアを破壊しなきゃ」
アルベールはブラッドレインを方向転換させると、熱線を搔い潜るようにして風のエレメントへ向かって急発進する。
熱線の薙ぎ払いを受け、アルベールのマーカーの一つの的が黒煙を上げるが、彼は犠牲覚悟の特攻を敢行する。
「よし、ブーストの使いどころだ! 脚部ブースター解放、点火!」
ブラッドレインの脚部後方が解放され、激しい光と熱が放出される。
アルベールから遠ざかろうとする風のエレメントを追い、ブラッドレインは轟音と共に急加速する。
「ぶっ壊れろッ!」
ブラッドレインの鋼鉄の右腕を受け、砕けた風のエレメント"シルフィ"は舞台上へ沈み光を失った。
「見たかっ、これがブラッドレインの爆発力だ! ――火のエレメント・ノアの攻撃は視認できる。カーライル、こんどはこっちの番だ……!」
「ふん」
アルベールは舞台上を移動するカーライルに接近し、障壁に向かって再びアームを振り上げる。
「無駄だ」
後方から放たれた火のエレメントによる熱線がアルベールの的を貫き、溶解させる。彼の的は残るは二つ、そして一つは既に壊れかけていた。
「喰らえ、『パイル・グレネード』ッ!!」
「なっ?!」
ブラッドレインの肘から激しい炎を噴き出しながら振るわれた音速の右ストレートは、内部燃料の火のエアリアを丸ごと一つを消費する、使用者の財布にもダメージを与える必殺技であった。
強烈な爆発力を誇る一撃は、カーライルの前面に張り巡らされた属性障壁を打ち砕く。
ガラスを粉砕するような音が響き渡り、彼の守りが消失する。
「『マグネティックレイ』!」
ブラッドレインの胸部が開き、その内部に青い電流が迸る。
発射口から撃ちだされたフィルリウム弾丸がカーライルの的を撃ち抜き粉砕した。
「っしゃあ!」
「……!」
カーライルの目が見開かれ、信じられないものを見たかのような視線が彼の目の前の不格好な機動兵機に注がれる。
「このまま残りを……!」
「"ノルン"、『属性障壁Ⅰ』。"サラム"、"ディーネ"、『爆裂』」
地のエレメントがカーライルの障壁を再び張り直し、水と引き戻された火のエレメントから同時に光線が放たれる。
アルベールはブラッドレインの腕を交差させることで攻撃を凌ごうとする。
「水と、火……しまっ」
が、腕に当たった二つのエレメントの光は反応し混じり合い、小爆発を引き起こした。
「う、ぐああああっ!!」
爆発の勢いで跳ね飛ばされたブラッドレインとアルベールが舞台上を転がる。
白煙が晴れると、立つカーライルの前に地のエレメントが光を失った状態で落ちていた。
「至近距離での爆裂、さすがに属性障壁Ⅰでは際どいか……、だが」
アルベールが吹き飛んだ際に回収した、壊れた地のエレメントの隣にはアルベールに破壊された風のものも並べられている。
「――『修復刻印』 」
「!」
カーライルが突き出した右手の周囲に光の輪が現れる。さらにそれを取り巻くようにして、緻密な刻印式の羅列が浮かび上がる。
彼が壊れた刻印兵装の板をなぞるように手を動かすと、二つのエレメント・ノアはまるで自己再生するかのように破損部分をカバーするように形を変化させていく。
そしてそれぞれに緑と黄色の光を取り戻し、再びカーライルの周囲に浮かび上がった。
「『コード:ラジエル』……!」
「そうだ。できれば使わずに済ませたかった」
コード:ラジエルとは、ルーナリア皇家の血筋にのみ伝わるとされる特別な能力。
その力は刻印術式の創造。念じるだけで思う通りの刻印を物体へ瞬時に刻み込み機能させる。その様は、まるで無機物を自在に変化させ、理想の物体へと作り変えるかのような桁外れのものだった。
ルーナリア皇家の始祖とされる七英雄が一人、アル=ジャザリが有していた能力が代々引き継がれているのだという説が囁かれている。
「認めよう、ライオット。力押しだが、時にそれが功を奏することもある……。だから私は全力を持ってお前に挑み、そして打ち破ろう」
カーライルの切れ長の瞳が、『黒鉄のブラッドレイン』と共に地面に転がったアルベールを見据える。
彼はここへきてようやく、アルベール・ライオットを自らに抗い得る者として認識した。




