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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第255話 難攻不落

 

「いよいよっすね……」


 俺たちは数人の生徒達と列をなして廊下を歩いていた。

 日はとうに沈み、廊下に俺達以外の人影はない。自分達の足音だけが反響していく。


 やがて廊下の先に開かれた両開きの大きな扉が見えてきた。

 外には明かりが灯されているらしく、暗い廊下へ煌々と焚かれた明るい光が漏れて来ている。

 第一演習場へ続く大扉だ。


 明かりの中へと、踏み出す。



 その瞬間、割れんばかりの大歓声が俺たちを迎えた。


 フィル灯によって昼間のように照らし出された円形の第一演習場。外周をぐるりと囲む観客席を埋め尽くす生徒達。

 王宮で開かれた拳闘武会を思い出す光景だ。



「由緒あるアンフェール大学第125回対抗戦……、予選を勝ち上がり、本選出場を果たした八人の戦士達の入場だぁぁぁ!!!」


 演習場中央に設けられた闘技台の上で、拡声機を手にした司会の学生が声を張り上げる。

 その声に合わせるように、学生たちの熱気も膨れ上がる。


 俺たちを先導する生徒の指示に従い、闘技台に登った俺たち八人は横並びに司会の前に立つ。


「は、はは……こんなとこで戦うんすか……」


 アルベールの動きはぎこちない。これだけの人の前に立つのはさすがに緊張するな。


「盛り上がってるかぁ、お前らー!!?」


 ウオオオオオオオオ!!


 司会の煽りに、知の探求者達が集う学校とは思えない野太い雄叫びが返ってくる。


 期末試験から解放された学生達の盛り上がりはすさまじい。


「さぁて、それじゃ早速ここまで勝ち上がってきた猛者共の紹介に移るぜ!」


 司会が最も端に立つ生徒の元へと寄っていく。


「言わずと知れた優勝候補! 刻印学部二年特級クラス所属。隙のない完璧な刻印武装で敵を討つ、我らが英雄カーライル・フィオ・ルーナリア!」


 司会の紹介に対し、群衆からは割れんばかりの声援が届く。黄色い声も混じっており、カーライルの人気の高さが窺える。


「そして二人目! 波導学部二年のエース! 今回も苛烈な優勝争いを我々に見せてくれるのか?! 神に愛されしカムナビ、『炎姫』ヒノエ・ヴァーミリオン!」


 カーライルの隣に立つのは艶やかな長い黒髪をしたエアルの少女だ。


 確かな自信を滲ませた笑みを讃え、腕組みをして仁王立ちするその姿。気品と凛々しさを感じさせるクールな印象の美少女だ。


 観客席からは彼女に対しても大きな声援が送られた。何故かカーライル同様女子生徒達からの黄色い声も多い。


「もちろん今年も残っているぞ! 建築学部三年、鉄壁要塞のヴェルダンことシース・ヴェルダン! 今回も理不尽な攻めで相手を苦しめるのか?!」


 次に紹介されたコッペリアの利発そうな青年は、微妙にブーイングの混じる声援にもクイッとメガネを手で押し上げるのみで動じた気配はない。


「そして医学部からの刺客、気功を操るエリアルアーツの達人、ウォン・リー・ロウ!」


 動きやすそうな胴着に身を包むのは黒い毛並みと鋭い眼光を持つしなやかな体躯をしたネコだ。


「新入生でありながら自警団を組織し、学園の治安維持に奔走する一年生代表! 考古学部一年生にして実力未知数の美女、フィアー・ニーレンベルギア!」


 舞台上に佇み微笑みを浮かべるフィアーへの声援もなかなかのものだ。


「続いて波導学部一年生、初回の対抗戦で勝ち上がる実力は本物か?! 紅のストルキオ、クレイル!」


「そして彼のユニットメンバーにしてリーダー、一年生の美少女達を次々に手篭めにするプレイボーイ! 刻印学部一年、ナトリ・ランドウォーカー!」


 今の紹介絶対悪意あるだろ。隣で笑いを堪えるクレイルを恨めしげに睨む。


 俺とクレイルに対する会場の反応はぶっちゃけささやかなものだ。


「最後の一人は刻印学部二年、なんとカーライル皇子殿下と同じく特級クラスからのダークホース! アルベール・ライオット!」


「以上のメンバーが本選を争う猛者達だ! 紹介に続き、試合の順番を決めて行くぜ!」


 台袖から一人の女子生徒が上がって来て、カーライルの前に立つ。

 彼女は両手で厚みのある板のようなものを持っていた。


「抽選台の起動をお願いします」


 女子生徒が差し出す機械にカーライルが手を置くと、上部が開閉し上空へ光が投影される。


 観客にもよく見えるように、光で「4」の文字が形作られた。


 抽選が順番に繰り返され、俺の番がやってきた。


「……あれ? 起動しませんね」

「ちょっと待って」


 オーバーリミットを発動させてリベリオンを右手に纏う。その状態で触れることでようやく抽選台は反応した。相変わらず不便な体質だ。俺の文字は「1」だった。



 そして一通りの試合順が出揃う。


 第一試合——シース・ヴェルダン対ナトリ・ランドウォーカー

 第二試合——ヒノエ・ヴァーミリオン対ウォン・リー・ロウ

 第三試合——フィアー・ニーレンベルギア対クレイル

 第四試合——カーライル・ルーナリア対アルベール・ライオット


「以上が初戦の組み合わせだぜ! 例年通り準決勝は第一試合と第二試合の勝者、第三試合と第四試合の勝者で争ってもらう! それじゃあ早速第一試合の準備を始めるぜ!」


 歓声に送られながら、再び構内への扉を通り廊下へと戻っていく。



「いい感じじゃねえか、俺は早速フィアーのヤツとか。アルベールはカーライルと当たったな」


 二人は早速目標の獲物との戦いが実現するわけだ。

 アルベールは緊張のためか口数が少なくなっているが、大丈夫だろうか。


「俺はこの後いきなり試合だ。ヴェルダン先輩か。どんな戦い方をするんだろう……」

「アニキ、いきなりあの人なんてついてないっすね……」

「知ってるのか? アル」

「そりゃもちろん。『ルーキー狩りのヴェルダン』といえば対抗戦名物っすから」

「ルーキー狩りだァ? なんやそれは」


 なんか嫌な予感のする二つ名だな……。


「ランドウォーカーさん、第一試合の準備を」

「あ、はい」


 ヴェルダンのことについて聞きたかったが、対抗戦の運営委員に急かされて再び扉へと進む。


「ま、お前なら大丈夫やろ。ささっとぶっ倒してこいや」

「そう簡単にいくっすかね……、でも応援してます!」

「うん。なんとかやってみるよ」


 二人の気合いを背に、扉の前へ進み待機する。




 ♢




 本選第一試合を前に会場の熱気は高まっていた。

 観覧席前方に陣取る女性陣、フウカ、リッカ、マリアンヌ、リィロ、レイトローズの五人は、ナトリの試合開始を待ちつつしきりに意見を交わしていた。


「ナトリくん、大丈夫かな……」

「ヴェルダンて人はどういう戦い方をするんだろうね」

「確か"鉄壁要塞のヴェルダン"って紹介されていましたよね?」

「ナトリなら大丈夫」


 フウカはナトリの勝利を既に疑わなかった。彼女が彼に寄せる信頼はそれほどに強いらしい。


「そうですね。彼の力をもってすれば、そう簡単に負けるようなことはないでしょう」


 それはナトリと刃を交えた経験のあるレイトローズも同意見であった。



「待たせたな、せっかちな生徒諸君! 早速第一試合を始めるぜ! 選手入場! ナトリ・ランドウォーカー!」


 司会のネコの高らかな宣言と共に、闘技台に通じる片方の扉が開いていく。


 そこから歩み出る深緑の髪をした軽装の少年の姿に、観客達から少々困惑気味な声が上がる。


「あいつ、手ぶらか?」

「ウォンみてぇな拳闘士(レイザー)にも見えん。勝負を捨てる気か?」


 端から見ればナトリの姿は確かに奇妙な出で立ちであろう。それはおよそ戦いに赴く者の姿とは思えない。

 しかもそれは対抗戦常連でもあるヴェルダンの戦法とはすこぶる相性の悪そうなスタイルでもあった。


「新入生に対するは、『鉄壁要塞のヴェルダン』ことシース・ヴェルダン!」


 大扉から姿を見せたものに対し、会場からどよめきが起こる。


 無理も無い。上級生であれば見慣れてはいるものの、それを初めて見た者の感想は「異様」の一言に尽きる。


 扉から進み出たのは巨大な樽のような鈍色の金属塊だ。

 それは地響きを立てながら闘技台まで移動し、少々億劫そうに地面から持ち上がると轟音を立てて舞台上に上がった。


 その振動に対戦相手の少年は思わずよろめく。



「なによ、あれ……?」

「どうやら刻印機械のようですね」

「大きい……」

「あの中にナトリの相手が入ってるのかな?」


 ジェネシスの面々が不安げに舞台に立つナトリと金属樽を見守る中、審判が二人へと歩み寄る。


 巨大な樽の上部ハッチが開き、ヴェルダンが姿を見せる。

 三つの的の装着が済むと、彼は再びハッチを閉じて樽の中へと潜り込んでしまう。


「あれ、反則じゃないんですか?」

「ルールに抵触しなければなんでもありなのだろう。この対抗戦はそういうものだと聞いている」

「えぇ……。あんなのに引きこもってたら無敵じゃない」


 彼女達が困惑している間に、試合開始を告げる司会の合図が演習場に響き渡った。


 同時に、ヴェルダンの刻印兵機に変化が起きる。


 金属樽が上に伸びるように高くなり、本体中ほどに二つの溝が現れる。

 そして溝から周囲に向かって数本の棒が長く伸び、唸りを上げながら高速回転を始める。


「うわぁ……」


 高速回転する金属棒は闘技台のおよそ半分を覆うほどに長く、当たればひとたまりもなく場外へはじき出されてしまいそうな速度である。


 広範囲を薙ぎ払い、闘技台を制圧しながら樽はナトリへ向けて動き始める。



「なんだこれ……」


 ナトリはその光景に思わず呆気にとられていた。

 本選では台上から追い出せば勝ちというルールが追加されるので、所見殺しのような戦法だ。


 ルーキー狩りのヴェルダン、という不名誉な二つ名の由縁であった。


「ランドウォーカー動かない! このままヴェルダンに弾き飛ばされて終了か——?!」


 女子生徒が目を覆おうとした矢先、ナトリが動く。


「そっちがそう来るなら、俺も容赦しないぞ。叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


 ナトリの手に現れたリベリオンが剣の形態をとる。


 観衆が見つめるなか、限界まで伸ばされた巨大な光の刃が、回転する樽を一瞬のうちに薙ぎ払った。


 光の軌跡が空間を駆け抜けると、高速回転する金属棒は切断され宙を舞い、何層にも固められた強固な装甲はあっさりと切り裂かれた。


 兵機は回転を止め、鋭い亀裂の入った樽は怪しく傾き、不穏な機械音を鳴らしながら停止した。


「…………」


 会場に詰めかけた学生達は息を飲み、ナトリの剣を見つめる。


 がちゃがちゃと耳障りな音を立てていた樽は、やがて上部ハッチのあった場所から黒煙を噴き出し始めた。

 ハッチが勢い良く開き、そこからヴェルダンが飛び出す。


「うわあああ!! 私のギガンテス三式がぁ!!」


 黒煙を噴き出す巨大な樽を見上げて慌てるヴェルダンの顔に、青光の刃が突きつけられた。


 彼はぴたりと動きを止めた。頬を流れる冷や汗を感じつつ、膝を突いたまま剣の持ち主をゆっくりと振り返る。


 間近でヴェルダンを見下ろすナトリはにっと笑顔を浮かべ、一言。


「まだやる?」

「いえ、降参です……」


 会場から歓声が沸き起こった。




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