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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第253話 戦いの前

 

 アンティカーネン教授との遭遇以降も、俺たちは学業をこなす傍ら狩人としての活動をしながら迷宮の訪れを待った。


 とある休日。女子寮の前を通りかかった時に偶然出会ったマリアンヌとリィロ、フラーと立ち話をしているとアルベールが坂を下ってきた。


「こんにちは、アルベール君」

「おおアル。どっかいくのか」

「あ、ど、どうもっすみなさん。ちょっと実家に仕送りついでに顔出そうかなと……」


 リィロが驚いたような顔でアルベールを見下ろす。


「アルベール君、しっかりしてるねー、その歳ですごいわ」

「そうだ、みなさんも家に来ないっすか?」

「え、さすがにお邪魔ではありませんか?」

「そんなことないっすよ。母ちゃんが焼くパイ、毎回量が多いんで一人だと食いきれないんすよ」

「じゃあ付いてくか」

「暇だし、私もお邪魔しちゃおっかな」

「キュイ!」


 なんとなくの流れで、四人と一匹でアルベールの実家へついて行くことになった。




 §




「とっても美味しいです!」

「そうですか、よかったわ」


 俺たちはテーブルを囲み目の前にあるお茶とパイを口に運びながら和やかな時間を過ごしていた。


「アルベールが友達を連れてくるなんて初めてのことよ。もっとたくさん焼いておけばよかったわ」


 彼の実家は学園都市外のヴァレリアン区にあり、こじんまりとはしていたがしっかりと手入れされた庭付きの戸建てだった。


「いいって別に……。これ以上焼いたら食えないしさ」


 アルベールの母親は優しい人に思えたが、妙に気品溢れる振る舞いをする女性だった。

 どうやら母子の中は良好のようだ。


 彼女は俺たちにアルベールのことについて聞いてきた。


「学校での様子はどうですか? 私には全然話してくれないんですよ」

「アルは学業優秀だし、刻印の研究も頑張ってます。俺も勉強教えてもらってるしすごくイイ奴です」

「ちょ、アニキー。そんな持ち上げなくていいっすから!」

「ふふ。この子、家に帰ってくるとアニキ、アニキ、ってナトリさんのことばかり話してるんですよ」

「そういうの言わなくていいから!」

「あはは、ナトリ君てばすっかり兄貴分じゃないの」

「そんなに頼りがいのあるタイプじゃないと思うけどなぁ……」



 暫くお茶とパイを楽しんだ後、アルベールの実家をお暇することとなった。


 思った以上にフラーがパイをがつがつと飲み込んだので俺たちは彼女の料理を完食することができた。

 あの小さな体のどこにあんな量が入るのだろう。


「みなさん、アルベールのこと、どうか仲良くしてあげてくださいな」

「はい、任せてください」

「なんで妙に上から目線なんだ……?」


 マリアンヌの隣で首を捻るアルベールを横目に、俺たちはお母さんにお礼を言って帰路へつく。



「アルベール君のお母さん、すごくいい人だね」

「はい。それに気品があります。貴族のご夫人でも違和感ありません」

「…………」

「どうした、アル?」

「い、いや。なんでもないっす」


 アルベールのじっとどこか遠くを見るような視線が気になったが、そのまま歩いて行く。


 彼から母親のことは聞くが、父に関する話は聞いた事がない。もしかしたらいないのだろうか。

 仕送りをしているくらいだしな。ああ見えて、結構苦労しているんだろうな……。


 そんなことをぼうっと考えながら俺たちは学園都市へと戻った。




 § 




 六の月、上旬。期末試験と対抗戦を月末に控え、俺たちの準備も佳境を迎えていた。


 今日も俺はアルベールの自室を訪れ、ああでもないこうでもないと彼の決戦兵機の武装について意見を交わしていた。


「そういやアル、お前機械弄ってばかりだけど試験大丈夫なのか?」

「多分大丈夫っすよ。教科書に書いてあることは大体わかるんで」


 こう見えてアルベールは特級クラスの成績優秀者だ。

 刻印関連でわからないことがあれば、彼に聞けば大抵解決する。


「そりゃすごい。俺は試験に備えてしっかり勉強しないとなー……」


 俺の方は余裕があるとは言えない状況である。


 机の前に座り、真剣な表情で金属板に刻印を施しているアルベールの様子を眺める。


「対抗戦、自信のほどはどうだ?」

「うーん……、オレなりにやれることはやったつもりっす。カーライルの刻印武装は強えーけど、オレの兵機だってアニキたちの力を借りてここまで仕上げられたんすから」


 彼はふぅっと息を吐くと机から顔を上げた。


「でも、まさかオレなんかが対抗戦に出ることになるなんて思わなかったな。最初はぜってぇ無理だって思ったけど、今は……、生意気なカーライルの奴の鼻を明かしてやりたいっす」


 そう意気込むアルベールの目は燃え、やる気に満ち溢れていた。


「やっほー、二人とも元気?」

「フ、フウカさん?!」


 空いた窓の向こうからひょっこりとフウカが顔を覗かせる。


 彼女はふわりと床に降りると、寝台に座る俺の隣に腰を下ろした。


「おおフウカ。月末には試験だけど、大丈夫か?」

「うーん、あはは……たぶんね」


 ちょっと目が泳いでるな。ジェネシスのメンバーは基本的に頭脳明晰なので、フウカには親近感が湧いてしまう。

 彼女には専属家庭教師たるレイトローズ王子がついているとはいえ、やはり勉強は苦手なようだ。


「そうだフウカ。もう俺たちも出会ってから一年経つな」

「もう一年かぁ。色々あったよね」

「本当にな」

「あの頃は波導術なんて何もわからないで力を使ってたし」

「普通はわかんなきゃ使えないはずなんすけどね」

「そこはフウカだし。な?」

「あははっ」


 今やフウカもある程度基本的な術の詠唱は頭に入っている。波導術士と言っても差し支えないだろう。

 アレイルの街で出会った頃に比べると、随分と成長したものだ。


「そうだフウカ、これあげるよ」


 金属の塊を差し出し、彼女に渡す。


「これ……時計? かわいー!」


 手のひらサイズの置き時計だ。丸い本体に足がついていて、ネコをイメージした三角の突起がついたデザインだ。


「もしかしてナトリが作ってくれたの?」

「うん。ほら、フウカは記憶がないから誕生日とかわからないだろ? 誕生日プレゼントみたいなもんだよ。部屋にでも置いてくれると嬉しい。ちゃんと機能するはずだから」


 フウカは時計を眺め、胸の中に抱きしめると嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ありがと。すっごく大事にする!」

「喜んでくれてよかった」


 嬉しさを体現するように笑みを浮かべるフウカと笑い合う。


「あー、アニキ。オレ出ていった方がいいすかね?」

「いやいや、変な気使わなくていいよアル」

「あ、リッカやリィロ達と一緒にご飯食べに行く約束してるんだった!」


 思い出したという風に立ち上がったフウカは窓へ向かう。


「じゃあまたね、アルベール、ナトリ!」

「またなー」


 そのままふわっと窓枠を超えて飛び出していった。


「フウカさん、いつ見てもカワイイっすね……」

「そうだな」

「アニキが羨ましいっすよ。……で、フウカさんやリッカさんとはどこまでいってんすか?」

「何が」

「そりゃあもちろんあれっすよ。あれ」

「いや、そういうのはあんまり……」


 今はフウカともリッカとも踏み込んだ関係になるつもりはない。今の状況じゃ正直それどころではないからな……。


「まじっすか。いやでも、さすがにちゅーくらいはしたんすよね?」

「そりゃまあ……」

「うおおおおお! さっすがアニキだぜ!」

「でもそれくらいだよ。フウカのは事故みたいなもんだし」


 アルベールは考え込むように腕を組み、目を閉じる。


「でもそれ以上はまだなんすよね?」

「ま、まあな。どっちかとそういう関係になるのはさすがにもう一方への裏切りだろ」

「ナトリのアニキは真面目だなぁ。どっちも俺の女だってんじゃダメなんすか?」

「いや、さすがにそれは」

「じゃあアニキは、あの二人が誰かとくっついてもいいっていうんすか?」


 フウカがレイトローズにとられる。リッカが俺以外の誰かと恋仲になる。そんな想像をしてみる。


「許せるわけねぇだろ!」

「でしょ?」

「いやでも、俺はあの二人が幸せならそれで……」

「オレが見たところ、あの二人にとっての幸せはアニキと一緒にいることっすけどね」

「…………」


 いくらあの二人を養えるだけの甲斐性が俺にあったとしても、そんなんで本当に二人を幸せにできるのだろうか。


 とてもそんな風には思えない。


「俺は二人に対して誠実でありたいんだよ……。だから何も決められないうちは曖昧な態度はよくないと思ってる」

「そっかぁ。でも、そこがアニキのいいところなのかもしんないっすね!」



 唐突に部屋の扉がバンと開かれ、クレイルが入ってくる。


「お前ら、飯食いにいこーや」

「いいね、丁度腹へって来てたんだ」

「フウカさん達も行くっていってたし、オレらも行きますか」

「対抗戦の対戦表も決まったし、飯食いながら作戦会議すっぞアルベール」


 そうして俺たちは陽の暮れかけた学園都市へと、もはやおなじみの調子で三人一緒に繰り出した。




 §




 学期末はあっという間に到来し、俺たちは期末試験をなんとか乗り越えた。


 試験の結果については俺とフウカのみ多少危ない部分もあったものの、なんとか必要な単位を取得することができた。

 これで前期の課程を全て終えたことになる。


 刻印や様々な知識を身につけることができたし、アルベールという友達とも知り合えた。


 アンフェール大学への入学で得たものは大きい。

 最初は学校に対してよくないイメージしか持っていなかったものだが、なんだかんだで悪くない学生生活を送れたと思っている。



 そしていよいよ、前学期最大のイベントである対抗戦が開幕する。




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