第252話 魔術師
学園都市を歩いていた俺たちは、謎の占い師ゼノスとまたもや再会した。
「また会うたなおっさん」
「何度も言うが俺はおっさんじゃねえ」
「また占いか?」
「占い師……なんすか? この人」
「占いは俺の趣味だ、コッペリアの少年」
アルベールにゼノスとの関わりについて聞かせる。
「……やっぱ怪しくないすか?」
「まあ怪しいわな」
「完全に同意」
ゼノスは憤慨したように大げさなリアクションを取る。
そんな肌を隠すようなファッションしてたら当たり前だろう。
「……で、自分探しは進んだのか?」
「いやー相変わらずさっぱりだ。やっぱり君と話すのが一番いいかもしれんな」
「それでわざわざロスメルタまでついてきたってのか」
「違うよ。多分こいつは一種の巡り合わせってヤツさ。きっとそうなるようになってるんだろう」
「相変わらずよくわかんないこと言うなぁ」
それはどういう意味なのか。本人もよくわかってなさそうだし。
「で、今日は誰を占うつもりなんだ?」
「わかってきたな少年。そうだな……、気分的には、コッペリアの君だ」
ゼノスに指定されたアルベールは若干の戸惑いを見せる。
「オレっすか?」
「そのうち俺も頼むでおっさん」
「あーはいはいまた今度ね」
「アルベール、ゼノスは怪しい奴だけどこいつの占いは結構当たるんだよ。対抗戦とかオートマター関連で何かヒントを得られるかもしれない」
「そ、それなら……やってみようかなぁ」
「そうこなくちゃな」
いつものように木箱の上に札、彼曰くタロットカードとかいう代物が伏せた状態で配られ、アルベールにその一枚を選ばせる。
「『魔術師』か」
「魔術師?、波導術士みたいなもんか?」
「ちょっと違う。意味合い的には錬金術士とか、クリエイターみたいのが近い」
「どっちもよくわかんねーっす」
「要は、何かを作り出す『創造』を象徴する札なんだよ、これはね」
「創造か……」
絵札には、聡明そうな男が卓の前に堂々と立つ姿が描かれている。
卓上に置かれた様々な代物は、彼の生み出した物品か、創造の元となる素材だろうか。
確かにイメージ的には発明家のアルベールに合致する感じだが。
「ここに描かれた記号はなんや?」
クレイルが指差す箇所、描かれた男の頭上には「∞」の記号が浮かんでいる。
「これはな、無限大って意味を持つ符号だ。限界のない物事を示す」
「ほォ」
「男の頭上に浮かぶ∞。さしずめ可能性無限大ってところだろう。高く掲げられた右手の杖に、堂々とした立ち姿。秘められた力や可能性を感じさせるいい暗示だ。これから何か始めたり、創り出したりするには幸先が良いといえるな」
「まじすか?! やったぁ!」
刻印機械を作ろうとしているアルベールにとっては、これ以上なくいい結果に思えるな。
「ただ、負の側面も見逃せない」
男はやはり今回も絵札を逆さ向きにする。
「いくら無限の可能性が秘められていたとしても、こうして方向性を違えた状態だとその全ては空回りだに終わるだろう。やたらと自信満々の男の絵柄だけに、全てが滑稽に映るだろ?」
「うーん……、そうかなぁ?」
「こうなると泥沼だ。思考は混迷を極め、深い暗闇を彷徨う。なまじ可能性があるだけに脱出は容易じゃない。まさに思考の迷宮だな」
「それはそれで苦しい状況って感じがする」
「結局のところ運命は表裏一体なのさ。コインの表と裏みたいなもんだ。簡単にひっくり返るし、どちらにも成り得る。今の君がどちらなのかはわからんが」
アルベールはゼノスの言葉を聞き、考え込むように腕を組んだ。
「これが無限の可能性を示すなら、たとえ道に行き詰まったとしてもそれを突破するための才能はあるってことになる。まあ難しく考えず、自分の能力を信じてみるのが良いだろうな」
「そんなもんっすかねぇ……」
アルベールには刻印の才能がある。それはこれまで共に過ごすことでまざまざと感じさせられてきた。だから、俺はアルベールはいつか必ずオートマータを作ることができると信じている。
「どうもっす。なんかちょっとやる気出ました」
「そうか。ならよかった」
「ところで少年」
「ん、何?」
ゼノスは急に俺に話題を振ってくる。
「君の行く先には相変わらず多くの困難が待ち受けている気がする。ゆめゆめ油断するんじゃないぜ」
「あんたに言われるとシャレにならないな……」
「どちらにせよ厄災とコト構えるつもりや。油断なんぞするつもりもない」
好戦的な笑みを浮かべるクレイルだが、まあ間違っちゃいない。
「忠告ありがとう。なんとか頑張ってみる」
俺たちはゼノスと別れ、寮へと帰った。
§
学園都市で過ごす時間はあっという間に流れていった。気がつけばもう六の月で、前学期も残すところあと一ヶ月。
六の月といえば、王都エイヴスでフウカと出会ったのが丁度その頃だった。あれからもう一年だ。
最近は勉強や訓練の傍ら、リベルと新しい能力の開拓にも取り組んでいる。
ただし結果はあまり芳しくない。
特に魔力を除去できるような方向性の能力について模索していたが、いまのところほとんど成果ナシだ。
リベリオンの新しい能力が目覚めたのはいずれも土壇場だったことを考えると、何かのきっかけや強い渇望が必要な可能性もある。
今の俺にできるのは、せいぜいクレイルと実戦的な訓練に励むことくらいだった。
足繁くバベルに通い依頼を受け続けた結果、迷宮攻略に備えたかなりの物品を揃えることができた。
熱心にモンスター討伐に励んだおかげで、今は金銭面での不安も少ない。
クロウニーとはたまに会い、情報交換をしている。
凶暴化事件は相変わらず増え続けていた。
凶暴化を引き起こす原因とされる「強欲の芽」の出所が厄災であるという可能性を伝えると、彼は一も二もなく自らも迷宮に乗り込むと宣言した。
止めようとしたが、クロウニーは珍しく譲らなかった。恋人のことがかかっているのだ。じっとしてなどいられないのだろう。
共に厄災に抗うことを約束し、迷宮が出現するその時を待つことにした。
学期末が近づき、学校内には少しだけそわそわとした雰囲気が漂い始めていた。
期末に控える試験もあるだろうが、多くの者が重きを置いているのは対抗戦だった。
学校内に置ける生徒間のパワーバランスや、多くの貴族達が掲げる誇りや名誉。それらに大きな影響を与える対抗戦に対して、学生達は一種異様な熱量を持ってさえいるようだ。
先日俺とクレイル、アルベールは揃って対抗戦へのエントリーを済ませた。
受付の際に周りから浴びせられる、妙な敵意のようなものには辟易とさせられたが。恨みを買った覚えはないんだけどな……。
カーライル=フィオ・ルーナリア皇子と彼のユニットについての噂を聞く機会は多かった。
そもそもバベルでは名の知れたユニットだったし、どうも彼らは難度の高い依頼を進んで請け負っているらしい。
単純に金のため、とは思えない。ゆくゆくはルーナリアの皇位を継ぐ者として、自らの評判を高めようとする意図でもあるのだろうか。
とにかくカーライルは学園都市でも大学内でも、多くの人々から支持を集めている人気者である事が分かってきた。
それだけに、何故アルベールの事を嫌うのかは分からないが……。
打倒カーライルのため、このところついにアルベールは対抗戦に向けた刻印兵機の調整に入った。
勉強の合間に、俺もアルベールの兵機のパーツに刻印を刻む作業を手伝うようになった。
後は刻印兵機の仕上がりと、アルベールの才能を信じるのみだ。
§
「ふぅ」
分厚い書物の古びたページに書かれた文字を追っていた目を上げ、図書館の開放的な天井を見上げる。
こうして暇を見つけては図書館で資料を漁っているが、なかなか有力な情報というものは出てこない。
時期的に期末試験に向けた勉強を始める頃合いだ。図書館に通うのもそろそろ一区切りかもしれないな。
疲れた目をほぐすように眉間を摘んで揉んでいると、やけに周囲が静かなことに気がついた。
図書館内が静かなのは当たり前だが、それにしては物音がなさ過ぎるような……。
周囲を見渡すとすぐに違和感に気がついた。
館内に存在する学生達は、その全員が動きを止めている。
はっとしてすぐさま席を立ち、近くに立っている男の顔を覗き込む。
「おい、どうした?!」
「――――」
目の前に立ち、声をかけるが何の反応もない。
彼はただぼんやりと前を見つめながらその場に立ち尽くすばかりだった。
俺の声が届いてない……?
『波導の影響を検知。館内でなんらかの術が行使されている』
リベルの声を聞いた直後、強烈な眠気にも似た、不思議な感覚に襲われ思わず意識を手放しそうになった。
「ぐ、く……っ! なん、だ……こ、れ」
『マスター!』
「わか、ってる。————ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』……!」
両手の中に現界したリベリオンから翠色の光が立ち上る。
同時に霞み始めていた意識が、霧が晴れるようにクリアになっていく。
『あ……あぶねぇ。一体なんなんだ、これは?』
『警戒しろマスター。私たちは攻撃を受けてる』
油断無く周囲に気を配る。
と、視界の端に動く灰色の何かが映った。
「!」
『リベル、見たか?』
『ああ。三階の回廊だ』
『罠……か?』
『マスターの安全を考慮するなら、逃げるべき』
『誰がなんの目的でこんなことをしてくるのか、突き止めよう』
『そう言うと思ってたよ』
自分だけ逃げ出すことは容易い。だがここには多くの学生や職員が取り残される。
この波導術を行使する何者かの目的はわからないが、よからぬ理由があるかもしれない。
だったら、術中でも自在に行動できる俺達の手でその目的を阻止すべき。
すぐに行動を開始する。
ちらと上の回廊に見えた影を追い、リベリオンを片手に階段へと走る。
静寂に支配された館内を走り抜け、一気に三階まで駆け上がる。灰色の影が消えた方へと書棚の間を走る。
並んだ書棚の先に、ローブで全身を包んだ怪しい人影が佇んでいる。
他の人間はピクリとも身動きができないようだが、こいつは動いている。
後ろ向きに立つ人物と間合いを取りながら立ち止まり、油断無く剣を構える。逃げるつもりはないのか?
「お前は誰だ。ここで何をするつもりだ?」
目の前に立つ人物は、多くの人間が茫然自失となっている図書館内においても不自由無く行動している。この人物が波導を行使している可能性が高い。
そいつはゆっくりと振り返る。
灰色のローブを纏う女だった。金髪に碧眼。歳の頃は三十代といったところか。
「あなたが、ナトリ・ランドウォーカー君ですね」
「俺の名前を……?」
油断無く引き締められた表情。強い意志を宿した瞳が俺を見る。
「私の名はサンドリア・アンティカーネンと申します。あなたと話がしたかった」
フウカの家族だと聞いていた人物が、そこにいた。




