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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第251話 オートマター

 


 中間試験を無事に乗り越えた俺たちは、迷宮出現に備え学校生活を送った。


 依頼を受けてモンスターを討伐しては素材を売り払い、少しずつ迷宮攻略に必要な品を集め、戦いに備えた。


 アルベールの講義を受けて以来、刻印に対しての見方は少し変わってきたように思う。


 わかってくると面白いのだ。


 まだ時間はかかるものの、自分で刻印回路を刻んで動作する機械を作ることもできるようになってきた。

 この調子で学んで行けば、簡単な機械だったら自分で修理できるようになるかもしれない。


 俺には空の加護がなく、刻印機械の一般的な起動方法は使えないため、少々工夫しなければならないのは厄介だが。



 それと、刻印についての理解を多少深めることができたので、何かわかることがあるかと思いリッカの手首に浮かび上がる盟約の印を一度じっくり見せてもらった。


 盟約の印というものが、一種の人体刻印(マリアージュ)とされるものであることはわかった。

 それはわかるが、それ以外にわかったことといえばそれがあまりに難解で複雑な刻印によって成立しているということだけだった。


 理解できる刻印記号や属性式はちらほら見える。だが、そられが何にどう作用しているのか全く読み解けない。


 多層構造を持つ刻印であり、力の流れが縦横無尽に作用するようになっている。

 だが全体として見たその羅列はあまりにも綺麗で理路整然としている、ような気がする。


 いずれにせよ、到底人が刻んだとは思えないような代物だ。アールグレイ公爵なら狂喜して解析したがるだろう。



 他の皆も学校生活を送りながら着実に実力を伸ばしているようだ。


 光輝の迷宮に乗り込み、厄災を倒す。

 そしてスカイフォールにばらまかれつつある"強欲の芽"を解呪する。


 一刻も早くディレーヌを元に戻してやりたいという思いはあるが、今は戦いに備えて力をつける時。逸る気持ちを抑え、そのことを自らに言い聞かせる。


「――の回転率は調整した方がいいと思うんすよねぇ。どう思います?」

「ん、ああ、そうだな。その方が安定しそうじゃないか?」


 隣を歩くアルベールと、彼の刻印兵機の改良案について語る。


 彼が打倒カーライルのために作成している兵機は、少しずつだが改良が進んでいた。

 最近は実戦経験を積むために、アルベールは俺たちのユニットに同行してモンスター討伐へ向かうことも多い。


「もっと属性弾を撃たせたいけど、エアリア高いんすよねぇ……」

「おい、お前」


 校内の大廊下を歩く俺たちを引き止める者があった。後ろを振り返る。


「刻印学部のランドウォーカーだな?」


 そこに立っていたのは金髪をオールバックにした大柄な学生だった。


「え? あ、あぁ……そうだけど」


 男は筋骨隆々の逞しい肉体を誇示するが如く、胸を反らせるようにしてこちらを睥睨する。


「もちろん対抗戦には出るんだろうな?」

「対抗戦がどうしたんだ?」

「出るよな? まさか逃げ出したりせんだろうな」


 いきなり話しかけてきてなんなんだこいつ。


「フン、フウカさんも、リッカさんも、こんな軟弱野郎のどこがいいってんだ」


 何故そこで彼女達のことが出てくる?


「ア、アニキがなぁ、お前みたいな図体ばっかのでくの坊に負けるわけないんだよ!」


 何故かアルベールがムキになって男を挑発し始める。


「なんだとぉ?! やんのかこのガキ!」

「ひぃっ!」

「おいアル……」

「へっへっへ、見ろよ、ランドウォーカーの野郎ビビって声も出ねえぜ。デックさんはなぁ、地元の拳闘武会で上位に食い込むエリアルアーツの達人なんだぜ。敵うわきゃねーよ」


 取り巻きの一人が得意げに声を上げる。


「マジかよ……」


 対抗戦ってそんなガチの実力者まで出てくるのか。もっとこう、学生のお祭り的なものを想像してたんだけど。


「てめーらはアニキの強さを知らねえんだ! アニキはな、ロックフォートだって一撃で倒せるんだぞ」


 アルベール、普段弱気なくせになんでそんなにヒートアップしてるんだよ。


 彼の言葉に周囲が一瞬ざわつくが、オールバックの学生は意に介していないようだ。


「ハッ、そんなハッタリでビビるとでも思ってんのかよ。術士でもねーお前がそんなことできるわきゃねえ。で、どうなんだよ。出んのか? それとも逃げんのか?」


 俺の返答を待つように周囲が静まりかえる。何事かとこちらを窺う他の生徒までいる。


 一歩下がり、俺を盾にするようにして立つアルベールを見ると、彼は真剣な顔で頷いた。

 アルベールに出ろと言った手前、俺が逃げるつもりなんか元々ないし。相手がエリアルアーツの達人だろうが、王宮神官だろうが、ここまで挑発されたら望むところってもんだ。



「もちろん出る」


 事態を見守っていた野次馬達が俄に盛り上がる。


「そうこなくっちゃな。学期末まで首を洗って待ってな。ビビッて逃げるんじゃねえぞ?」


 デックとその取り巻きは、俺たちを睨みつけると踵を返して歩き去った。大廊下も喧噪を取り戻す。


「ふゥー! ビビったぁ」

「アル、お前はあんまり関係なかったろ」

「しっかしアニキ、思った以上に野郎どもの恨み買ってましたね」


 周囲にいた取り巻きからもなんだかそんな雰囲気をちらほらと感じていた。


「俺、何もしてないんだけど」

「またまたァ。あんな美少女二人も侍らせてたらそりゃ恨まれますって。そこがアニキのすげえところなんすけどね」


 俺はできるだけ目立たず、普通で平穏な学生生活を送りたいよ。



「おーう、なんやおもろそうなことしとったな」


 クレイルが手を上げてこちらにやってくる。


「あ、クレイルさん。また訓練してたんすか?」

「まぁな」


 クレイルもマリアンヌと同じく演習場を借りて特訓に励んでいることが多い。

 最近は波導術の資料を漁りながら、盟約の印の力を引き出す新しい術を練習しているらしい。


「変な男に喧嘩売られた」

「ラッキーやんけ」

「なんでだよ」

「同意の上で心置きなく相手をボコれるんや。いざやり合う時に憂いが消えるってなもんよ」

「…………」


 クレイルの喧嘩思考には呆れる他無い。


「くぅー、俺も言ってみてぇー!」


 アルベールも実はクレイルと同類なのだろうか。


「あ、そだ。二人とも暇っすか?」

「切り替え早いな。まあ、今日は暇だけど」

「俺も特に用はあらへん」

「国立博物館に行ったことあります?」

「博物館?」

「はい。グレナディエにあるんすよ。ルーナリア国立博物館」


 刻印学の授業で聞いた気がする。確かアル=ジャザリの使役したオートマターっぽいものが収蔵されているって話だっけか。


「ちょっと興味あるな」

「博物館なァ……、なんか退屈そうやな」

「まあまあ、そう言わず行ってみません? 面白いものが見つかるかもしれないし」

「ま、退屈凌ぎくらいにはなるか」



 俺たち三人は学校を出ると、学園都市の端までやってきた。


 国立博物館は学園都市に隣接する形で建造された巨大な施設だった。

 アンフェール大学の生徒は学生証を提示すれば入場料の割引が利くので、アルベールは普段から気軽に訪れているらしい。


 受付で入場手続きをして、広く開放感のある館内へと踏み入る。


 大展示室には巨大なモンスターの骨格を始めとして、刻印都市ルーナリア成立の歴史にまつわる展示品が並んでいる。


「ここの目玉はなんといってもアル=ジャザリのオートマターっすよ。なんせ神代から存在するとされる超年代物っすからね」

「そんなもんそうそう現代に残っとるとは思えんがなァ」

「でも醸し出すオーラが半端ないんすよ。絶対アル=ジャザリ本人が作った機械ですって」


 奥の展示室を目指し、展示された遺物や石碑などを眺めながら進んで行く。


 館内にあまり人影はなかった。人の少ない時間帯なのだろう。

 やがて、奥の間の壁際に一際目を引く大きな展示物が見えて来た。棺のようだ。



 透き通るガラスの棺の中には人形が横たわっていた。


 おそらくコッペリアを模したであろう人型。人形の足の付け根から先と左腕は失われている。

 全体的に風化が進み、辛うじて形を保っているといった状態だ。


 そんな痛々しい状態であるにもかかわらず、美しい女性型の人形は眠るように穏やかに瞼を閉じている。


「これがオートマターか……」

「なかなか雰囲気あるでしょ?」


 確かに人形の表情は昼寝でもしているかのようで、今にも瞬きをして動き出しそうな気配すら感じさせる。

 見るからに長い歳月を経てきた古いものであるにもかかわらず、不思議な雰囲気を放つ人形だ。


 なんとなく三人揃って人形に見入っていると俺たちに声をかける者があった。


「こんな場所にも来るのだな」

「あ……」


 こちらへやってくるのはレイトローズ王子だった。今日は単独行動らしい。


「フウカは一緒じゃないのか?」

「お茶にお誘いしたのだが、断られてしまった」


 フウカ、もしかしてレイトローズからの誘いを断り続けているのか?


「フウカ様は私になかなか胸襟を開いてくださらない。記憶を失われたせいなのだろうか……」

「レロイが無理に誘おうとするからじゃないのか」


 思わず棘のある言い方になってしまう。


 レイトローズは若干むっとしたように、その怜悧な美貌をこちらに向ける。


「彼女が全幅の信頼を寄せる君が羨ましいな」

「…………」

「お前はこういう場所好きそやな、レロイ」

「遥か昔に生きた者達が紡いだ歴史が、我々の今を創っている。スカイフォールの文明を造り上げた人間達が、何を思いどう生きたのか。興味は尽きないな」

「いい趣味だけど、俺は今を生きるので精一杯だ」


 俺とレロイの微妙な空気に戸惑ったらしいアルベールが思わずクレイルを見上げる。

 クレイルは軽く首をすくめるのみだ。


 レイトローズは俺たちの横に並ぶと、柵越しに棺に横たわる人形に目を移す。


「英雄アル=ジャザリのオートマターとされる遺物。ルーナリアの国宝だ。遥かな時を経てきたとは思えないほどに、今日までその形を留めている。美しいな」

「解析してみたいなぁ……」

「精巧な作りに見えなくもないけど、さすがに風化しすぎてよくわからないな」


「オレの手で、絶対オートマターを作ってやるんだ」

「なんや気合い入っとるな、アルベール」

「過去にアル=ジャザリが生み出した技術なら、俺たちにだって真似できるかもしれないでしょ?」

「そのためにも、まずはカーライルを倒さないとな」

「うっ……、それ言わないでくださいよぉ。気が重くなるんだから」


 偶然居合わせたレイトローズは館内をじっくりと見て回るつもりらしい。


 目的のオートマターを見た俺たちは、他を適当に流し見て出口へ向かった。




 §




「なんで人形の刻印機械に拘っとるんや?」


 博物館を出て、学園都市の通りをぶらつきながらクレイルが問う。


「戦闘に特化させるなら必ずしも人型である必要はないやろ」

「それは……」

「大型演習場で見かける刻印機械は大抵装着型か搭乗型やぞ」

「かっこいいからっすよ……、人型のが」


 アルベールが最近実戦試用しているのは自立型の兵機。


 細い足でシャカシャカと地面を動き回り、モンスターに属性弾を打ち込む自走砲台型の機械だ。

 精度はまだ不十分で、誤爆するのが玉に瑕だが……。


「でもあれやとさすがにカーライルに勝つんはムズいと思うぜ。以前あいつが戦うとこを偶然見たが、あの機械は中々強力そうや」

「わかってますよ……。やむを得ないけど搭乗式に改造するつもりっす」


「ぉーぃ……」


「まだ時間はある。じっくり詰めていこうぜ、アル」


「おーーーぃ……」


「アニキ、さっきからなんか呼ばれてません?」

「そうか? 気のせいじゃないかな」


「おーーーーい!」

「…………」


 諦めて声のした方を振り返るとそこにいたのは、最早すっかりお馴染みとなった、紺ローブを纏った怪しい仮面の男だった。


「ゼノス……」

「またあいつかいな」

「あの変な人、知り合いっすか?」


 往来の端でぶんぶんと手を振る彼の方へ、俺たちは仕方なく歩を進めた。







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