第248話 メルグース岩窟
翌日の朝、俺達はバベル学園都市支部の受付でマキアと顔を合わせていた。
「おはようございまーす、皆さん!」
「お、おはよう」
早朝でも相変わらず彼女は元気がいい。
皇都ルーナリアの学園都市で暮らし始めてわかった事だが、マキアほどあけすけで親しみやすいコッペリアの女性はなかなかいない。
淑女っていうのか、お淑やかで物静かな人が多い印象だ。
「あなたはもう少し慎みを持った方がいい、とはよく言われますよねー」
俺としては見るからお高く留まった感じのするコッペリアよりはいいのだが。
「本日も依頼を受けられますよね? ご希望などありますか?」
この流れもお馴染みになりつつある。
「ロック系のモンスターが多い場所での依頼ってあります?」
「それでしたら皆さんにピッタリのものが!」
マキアが内容を説明してくれる。
建設会社からの依頼で、大量のガンロック素材を求めているものがあるそうだ。
ロック系モンスターからとれる素材は建材の補強に使えるらしくルーナリアでは需要が高い。
高層建築物が次々に建造されていってるみたいだからな。
「ですが、素材収集依頼においてはロック系素材は人気ないですからねぇ」
「重いしな」
「ええ。どちらかといえば運搬がメインになるので重労働です。そこで、ジェネシスのみなさんの出番というわけですね!」
「なるほど」
俺たちならリッカの波導で一気に小さくして持ち運べる。重さは変わらないが、リッカは物体の重みを軽減する波導も使えるしな。
大量にガンロックを倒しても運搬に問題はない。
「当然報酬もそれなりに良いですからオススメの依頼となっております!」
みんなに確認を取ると了承が得られたので、早速依頼に取りかかることとした。
「ロック系モンスターを討伐するなら、皇都東の対岸にある入り江周辺の、メルグース岩窟が良いと思います!」
「ありがとうマキアさん。行ってくるよ」
「頑張ってくださいねー!」
効率の良い棲息ポイントを教えてもらい、俺たちはメルグース岩窟へと向かった。
§
『ソード・オブ・リベリオン』
背後を取った岩の巨体を一閃。
ロックフォートの巨大な上半身が割れ、傾く。
「危ない!」
「!?」
モンスターが地面へと崩れ落ちるのを見届ける間もなく振り返ると、こちらへ向かって岩石が無数に飛来するのが目に入った。
「うおおおおおおっ!!」
脇目も振らずに全力で駆け出す。すぐ脇を一抱え以上もある大きさの岩が過ぎ去り、地面へ激突していく。
当たったら余裕でぺしゃんこになる大きさと威力だ。
「ナトリ君飛んでっ!」
「無理だっ!!」
「そうだった……ごめん!」
リィロの叫びも空しく、俺は岩を避けて地面を駆けずり回ることしかできない。
いつの間にか広い岩窟の間に追加で現れた数体のガンロック達が、ロックフォートを沈めた俺に狙いを定め投石を始めていた。
「ナトリさんを守って、『泡石』!」
モンスターと俺との間にマリアンヌの泡の壁が作り出される。
が、重たい岩石は泡石の壁を突き破りこちらにまで到達してしまう。
「ああ、攻撃が重すぎますっ!」
「ナトリー!!」
横合いから飛んできたフウカがこちらに向かって手を差し伸べる。
交差の瞬間に彼女の手を掴み、そのまま身を任せる。
フウカに引かれ一緒に飛び上がり、なんとか投石攻撃から逃れた。
「悪いな、助かった!」
投石を回避しながら洞窟内を飛び回るフウカに移動を任せ、周囲の状況を把握する。
斬り倒したロックフォート以外の敵は十数体。その半数をリッカとクレイルが相手取っている。
フウカとマリアンヌはリィロを守りながら残りの対処に当たっていたが、フウカが俺の支援に回ったことで今度はリィロがロックオンされる事態となっていた。
「ちょ、ちょっと! これ無理っ!」
泡石を突き破ってくる重量だ。ガンロックの投石攻撃は、普通の波導障壁では強度的に心許ない。
リィロは岩の回避を図っているが、避けるので精一杯のようだ。
「お返しです! 穿て、『泡兎』」
放物線を描くように放たれた一筋の泡がモンスターへと向かう。
術はガンロックに激突すると、破砕音を響かせながらその頑健な体を砕いた。
岩でできたモンスターの体を粉砕するほどの威力。マリアンヌには早速特訓の成果が表れているようだ。
「リィロ、マリアンヌ、大丈夫?!」
「こっちは私だけで対処可能です。フウカさん達は新たに駆けつけた方をお願いします!」
「任せて!」
フウカは着地した地面を踏みしめ、再び大きく跳躍する。
そして新手のモンスター達が陣取る岩棚まで一息に飛び上がった。
「いくよ、リッカから教わった黒波導――、『黒角の牡牛』!」
波導が効果を及ぼし、モンスター達の体が地面へと沈み込む。
が、奴らは自身に襲い掛かる超加重を耐えきってみせた。
「うそっ!」
「見ろフウカ、あれはガンロックじゃない。亜種のアイアンロックだ」
ロック種のモンスターには無数の亜種が存在している。アイアンロックはガンロックよりも純粋に強い力と頑丈さを持つ上位種に近い敵だ。
敵は三体。
「通り過ぎる時に上手く着地できるように下ろしてくれるか。一体は俺がやる」
「じゃあ私も向こうのを倒すね」
フウカがモンスターの直上に差し掛かったとき、俺の腕を放す。
「『ソード・オブ・リベリオン』!」
空中で発現させた刃をガンロックの真正面に着地すると同時に振り下ろす。
モンスターの体は綺麗に二つに切り分けられ、地面に転がる。
「さっきのは聞かなかったけど……、これならどう?! 『黒曜波』」
フウカの右手にフィルが収束し、黒い球体が生み出される。
モンスターに向けて放たれた黒球は、アイアンロックの胸の辺りに命中するとその頑強な胴体を抉り取るように貫通していく。
フウカが止めを刺した時には、俺は残る一体に向けて駆け出している。
モンスターの分厚い上半身から突き出した小さな頭部を光刃で撥ね飛ばす。
「増援は片付けた! すぐに行くぞマリア!」
急いでマリアンヌとリィロのところまで戻る。
二人を囲むモンスターは、既に泡石に絡めとられて半ば行動不能に陥っていた。
フウカと手分けして止めを刺して行き、なんとか彼女達の安全を確保した。
「ふう。あっちも終わったか」
リッカとクレイルが歩いてくる。無事なようだ。
「はぁ……、面倒くせェなこいつは。炎の効きが悪すぎんぜ」
「私の風も全然通用しないしね」
「その点ナトリ君の武器は相性いいみたいね」
「ですね」
リベリオンなら敵の硬さは関係ない。こいつは硬い敵との戦いほど真価を発揮すると言えるだろう。
とりあえず見える範囲の敵を殲滅し、俺たちは手分けして素材の収集を始めた。
切り出した素材は一カ所に固め、リッカが術を掛けやすくする。
ロック種の素材は基本的に重たいので、運ぶだけでも大変だ。
突如として地響きが起こった。
「きゃっ!」
「なんだ?!」
岩窟の奥の地面が大きく隆起する。
盛り上がった土から飛び出したのは、岩のような質感の大きな腕部だった。
「またロックフォートぉ?! 次から次へともぉ!」
リィロが上げた情けない叫びを耳にしながら対象を観察するが、通常のロックフォートがなんの変哲も無い岩石色をしているのに対し、こいつは何故か微妙に色が濃い気がする。
誕生した時の環境によって体を構成する物質が変化するらしいが、その影響か。
暴れると厄介だ。完全に姿を現す前に接近して叩き斬る。
地面を蹴ってモンスターの元へと駆け出した。
「みんな、援護頼む! 俺が斬る!」
「はいっ!」
突如、黒っぽい巨体に青い光が散った。
黒いロックフォートから無数に発される、チリチリとした稲妻のような細かい光は地面をなぞるように洞窟内に拡散して行く。
「なんやこの光は?」
「普通のモンスターじゃ、ない?」
行く手を阻むように複数の岩石が俺に向かって飛来する。
「うおっ!」
たまらず岩陰に飛び込むと、飛んできた岩石は次々に身を隠した岩に衝突し、衝撃に空気が震える。
周囲を見渡すと、あろうことか無数の岩石がふわふわと浮遊していた。
そしてその岩はモンスターと青い雷光で繋がっている。
岩陰から覗き見ると、地面から姿を現したロックフォートの周囲を、バチバチと電流を散らせながら岩石群が取り巻くように回遊している光景が目に入った。
「まさかマグネロック……いや。マグネフォートか!」
かなり珍しいとは聞くが、ガンロックの上位種であるロックフォートにも亜種が存在する。
スターレベル3の強敵モンスター。
「喰らえ、『劫火炎』」
クレイルが遠距離から燃え盛る大火球を放つが、マグネフォートは周囲に浮かべた岩石を集合させて壁を作り出す。
なんなくクレイルの術を防いでみせた。
「ちッ、こいつ、火にかなりの耐性を持ってやがるな。厄介な防御性能だぜ」
「生半可な術では通用しそうにないですよ……!」
「リッカ、馬上の射手であいつの動きを止められるか」
「はい。本体に当てることはできると思います。けど……、もしかしたら効き目が薄いかも」
「少しでも止められれば十分だ。なんとかその隙に接近して、俺とクレイルで直に攻撃する!」
「頼むでリッカ」
「わかりました」
マリアンヌが泡石をマグネフォートの足下に吹き付け、その進行速度を減衰させる。
「テメー如きに使うのは癪やが、炎が効かんならこいつでどうや。――蒼炎解放」
クレイルの肉体に青い炎が灯る。
「炎刀、『鬼断』」
炎は杖を覆い、先端に蒼炎の刃を形成する。
始めて見たが、あれがクレイルの持つ「盟約の印」の力か。
「俺だって……! 叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」
リベリオンを腕に纏わせ、クレイルと同時に地面を蹴る。
降り注ぐ誘導岩を搔い潜りながら、一気にマグネフォートとの距離を詰めていく。
「最先の彗星、宙を刻め、『馬上の射手』」
高く跳躍したリッカが空中から波導の矢を放つ。
矢は駆ける俺たちを追い越し、マグネフォート本体に命中した。
モンスターの動きがピタリと停止する。
同時に周囲を飛び交う岩石も、その瞬間浮力を失い地面へと落下する。
隙を逃さず俺とクレイルも地面を蹴った。
『オーバーリミット解除』
「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」
空中でリベリオンを剣へ戻し、振り上げる。
が、接敵の数瞬前にリッカの術は効力を失い、モンスターが身じろぎを始めた。
「もう効果が……っ!」
マグネフォートは激しく身を捩りながら、飛びかる俺たちをはたき落とそうと腕を振る。
しかしこちらの方が速い。既に攻撃の動作に移っていた俺たちは、振るわれる大腕に対し、迷わず剣を叩き下ろす。
光と炎が迸り、モンスターの両肩は胴体から別れて地面に轟沈した。
「んがっ!」
オーバー・リミットの勢いが乗った跳躍のままに落着し、衝撃を殺しきれずに地面を転がっていく。
慌てて体を起こすが、両腕を無くしてもロックフォートは健在だ。
「もうナトリったら。無茶するんだから」
ふわりと体が心地よさを覚える。駆けつけたフウカが着地の際に負った傷を癒してくれる。
「ありがとう」
痛みが消えると立ち上がり、モンスターに目を向ける。
誘導岩も復活し、俺たちを寄せ付けまいと再びマグネロックの周囲を舞っている。
本当に厄介な相手だな。遠距離攻撃手段を持つくせに近接の守りは頑強。崩すのは容易じゃない。
突如、洞窟の薄闇を切り裂くように光が迸った。
光を纏った矢はマグネフォートに着弾すると周囲に紫電を散らせた。
すると誘導岩とモンスターを繋ぐ光の筋が不安定に揺れ動き、途切れる。
浮遊岩が落ち、モンスターは無防備な状態になる。
すかさず頭上へ飛んだクレイルが、マグネフォートの肩へ着地すると同時、炎刀を頭部に深く突き刺した。
モンスターは糸の切れた人形のように全身の力を弛緩させ、膝から地面へと崩れ落ちていく。
「やったぁ!」
「でも、今の矢は?」
「刻印を組み込んだ電磁矢だ。ルーナリアにはこんなものも売っていてね」
矢の飛んできた方から数人の狩人が歩いてくる。
どうやら手こずっていると見て助力してくれたらしい。
そして、その先頭に経つ人物には見覚えがあった。
彼は人の良さそうな笑顔を俺に向けて口を開いた。
「久しぶりだね、ナトリ……!」
「クロウ?!」
以前プリヴェーラの街で別れたクロウニーが、俺の前に嬉しそうに立っていた。




