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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第247話 試験

 

 アンフェール大学校には膨大な蔵書数を誇るセンテレオ記念図書館という施設がある。


 規模ではきっとエイヴス王国王都のアレイル図書館を上回るだろう。


 ルーナリア国立大図書館と並び、ロスメルタの知識が集積された人の叡智の結晶だ。

 そんな図書館に、入学してから二ヶ月にもなろうかという頃俺はようやく訪れた。


 アルベールのおかげで俺の刻印に対する理解は進んでいた。


 実際に考えられることや、できることが増えてくるとその面白さもわかってくる。


 以前のようにがむしゃらに知識を頭に詰め込む勉強法も見直し、なんとか効率よく時間を使えるようになってきたと思う。


 マリアンヌとの波導訓練も順調だった。というか、俺の寝不足を心配してか彼女の方から回数を減らそうと言ってきた。

 マリアンヌにも以前ほどの焦りは感じられないし、もうきっと大丈夫だと思う。


 そんなわけで、最近の俺は少し時間に余裕がとれるようになっていた。

 なんとか学校生活に馴染み始めたといったところだ。



 高いガラス天井のエントランスを渡り、静かな図書館内へと踏み入る。

 内部は書棚が壁を埋め尽くし、回廊が張り巡らされ、中々に壮観な風景となっている。


 天井まで伸びた本棚の柱を見上げながら、まずは館内を見て回る。

 閲覧スペースまでやってくると鞄を下ろした。


 ここへ来たのは厄災や迷宮について調べるためだ。本当はずっと調べたかったのだが、勉強や特訓で時間が取れなかった。だがこれからは通うこともできるようになるだろう。


 リッカの色欲の厄災もなんとかしたいし、光輝の迷宮についても知っておきたい。


 差し迫った問題として、今日はとりあえず光輝の迷宮について書かれた本を探すことにした。



「さすが学校の図書館だな……」


 光輝の迷宮について記された本はすぐに見つかった。というか、迷宮について書かれた本が集められた書棚があった。


 それも高い天井まで伸びる書棚柱一本分。ここに一体何冊の本が収められているのか見当もつかない。


 とりあえず浮上リフトは使わずに(俺が触ると誤作動するかもしれない)、手の届く高さにある本のタイトルを見て回り、気になったものを選んで閲覧スペースへと運んだ。



「光輝の迷宮デザイア」は刻印都市ルーナリアの上空に数年間隔で出現する。


 外観は遺跡のような逆さまの古代都市で、黄金に光り輝いている。露出している部分だけでも直径はおよそ5キールもある。しかも全体のほんの一部である可能性が高いというから驚きだ。


 出現期間は約一ヶ月であり、迷宮デザイアが出現している間、迷宮からは絶え間なく砂金が降り注ぐ。


 わざわざ迷宮直下という不安な場所に皇都を築いたのは、産出される砂金を余すことなく回収し、莫大な富を得るためだ。

 ルーナリア基部にある超巨大な刻印機構には、まき散らされる迷宮砂金を回収する機構も組み込まれている。


 最初に皇都ルーナルアを見たときも感じたことだが、街中に刻印機械を設置し、金属製の高層建築が林立するこの街は繁栄の極みにある。その理由がよく理解できた。


 ロスメルタの光輝の迷宮も、東部の翠樹の迷宮と同じく周辺一帯に大きな影響を与える存在であるらしい。


 迷宮に対する調査は常に行われているが、やはり内部の構造について判明している事はほとんど無さそうだ。


 外からでも見える建造物については見た目の通りの遺跡。その所々に迷宮内部へと通じる侵入口が存在しているのだという。


 だが、侵入口まで一定の距離へ近づくとそこから植物の根のようなものが伸び、接近対象を拘束しようと絡み付いてくる。


 捕まるとそのまま体の自由を奪われ、迷宮の奥へと引きずり込まれる。


 そうして引きずり込まれたものは二度と帰らなかった。


 迷宮の根にはあらゆる攻撃の効果が薄く、一度補足されれば抗う事は困難らしい。



 やっぱり迷宮についてはどこもそんな感じか。


 皇国の偉い連中ならもっと詳細な情報を持っているかもしれないが、俺たちに知りようはない。


「二度と帰ってこなかった……、か」


 迷宮の出現期間である一ヶ月というのが攻略のタイムリミットになりそうだ。

 もし、その期間を過ぎても迷宮内に留まっていたらどうなるのか。


『迷宮は別次元へと姿を消し、最悪現世に帰還する手段は失われる可能性が高い』

『そうだな』

『出現したら、なるべく早期に迷宮へ侵入するべき』

『一ヶ月は生き延びられるように生存手段を用意しとかないと』


 内部がどんな環境になっているのかはわからない。

 それでも、その時になったら一か八か飛び込むしかない。



 迷宮攻略について思考を巡らせていると、視界の端に見慣れた人物が映った。


 フィアーだ。そして彼女は一人のコッペリアの男子生徒と一緒にいた。

 フィアーは彼を誘うように先導し、図書館の奥へと向かっていく。


 友人だろうか。少し彼女の動向が気になって席を立ちかけた時。後ろから聞き慣れた声がかけられた。


「ナトリくん」

「リッカも来てたのか」


 そういえばリッカも図書館を利用していると言っていたっけ。


「ナトリくんも調べものですか?」

「ああ。ようやく時間ができたからね。今日は迷宮について調べてるんだ」

「私は神話と厄災についてですね」

「時期的にはもういつ出現してもおかしくはないんだ。物資の準備を始めようと思う」

「でしたら、私の波導で小さくしてまとめておくのはどうでしょう」

「助かるよ」

「それに、バルタザレア様に指導いただいたおかげで、少しだけ物の劣化を抑える事ができる術も使えるようになりましたから」

「上手く使えば食料も大丈夫そうだね。リッカ、めちゃくちゃ頼もしいよ」

「いいえ、私もみんなの役に立てるなら嬉しいです」


 フィアーのことは気になったが、今は隣に腰掛けたリッカと話をすることにした。


 互いに調べた情報の交換を行い、知識を共有していく。


 また、リッカは魔法について書かれた本も探しているようだ。ただ、まだしっかりした内容のものは見つけられていないらしい。


「どうやら学園都市でも魔法という力についての研究をしている人達はいるみたいなんです」


 俺も魔法のことはダルクやアスモデウスから断片的に聞いている程度だ。


 影の群勢、厄災やゲーティアーの操る不可思議な力。やはり一般的に知られたものではないらしい。


 と、一人だけ魔法について語っていた人物がいたことを思い出す。


「アールグレイ公爵だったら魔法について何か知ってるかもしれない」

「ちょっと怖いですけど……、お話を聞いてみたいですね」


 俺たちは、エイヴス王宮で揃って彼女に軟禁されたことがあるからな。直接危害を加えられたわけではないが、苦手意識はある。


「そのアールグレイ公爵ですが、さっき向こうで本を読んでいらっしゃいました」

「え、図書館にいるの?」

「はい、何度かお見かけしたことがあって。よく来られるみたいです」


 丁度いい。アルベールとの約束もあるし、話ができないか聞いてみよう。


 そう考え俺はリッカを残して一旦席を立った。



 広い館内をうろつき、白髪ユリクセスの少女の姿を探す。


 しばらくきょろきょろとしていると、本棚の間に白いものが過った。後を追う。


「ふんふんふふ〜ん」


 一体何が楽しいのか、件の人物クリィム・フォン・アールグレイは大きなツインテールを揺らしながら本棚の間を弾むような足取りで進んでいた。


「公爵閣下」

「ん? ああ、ナトリ君じゃない」


 声をかけると彼女は振り向き、にっと笑って俺を見上げてきた。


「ここで君と会うなんて珍しいわね。ボクに何か用?」


 彼女を紹介したい学生がいることと、魔法について話を聞きたいと申し出る。


「なるほどなるほどー……。久しぶりに君と話すのも面白そう。またナトリ君の武器についての話も聞きたいし。コールヘイゲン君から王宮議会で一度聞いてはいるものの、迷宮や厄災については、踏破者である君の口から直接聞きたいこともあるし。うんうん、それに未来ある学生に刺激を与えることも大事だよねー」


 クリィムは腕組みをして頷く。

 こんな事を言ってるが、この人まだ十歳にも満たないんだよな。


「じゃあ……」

「いいよ。今度ボクの部屋まで来るといい。ゆっくり話そうじゃない」

「ありがとうございま」

「——ただし」


 少女はぴしっと俺に向けて人さし指を突きつけると、悪戯っぽく笑う。


「中間試験が終わってからにしなさい。学生なんだから、学業を疎かにしちゃだめだよ~。そうだね、生徒を甘やすのもよくないし……、試験で科目を一つも落とさなければ君が望む情報を与えると約束してあげる」


 クリィムはそう宣言するとふふん、と鼻で笑う。


 俺の知りたい事で、かつ俺の知らないことを知っている自信がある。いかにもそんな顔だ。


 確かにただで有益な情報を得るというのは筋が通らないか。


「わかりました。それくらいちゃんと勉強すれば余裕です。約束ですよ?」

「よろしい。では頑張って勉強に励みたまえ。試験頑張ってね〜」


 少女は手をひらひらと振りながら相変わらずの軽やかな足取りで本棚の向こうへと消えて行った。


『あのさ』

『なんだよリベル』

『私はマスターが今まで見聞きした情報は全て記憶してる。だから聞いてくれれば何でも答えられる』

『…………』


 まあ、その通りなんだけど。でも。


『流石にズルだろ』

『そうなのか? 私の所有者はマスターだ。ならば私の持つ情報もマスターのものだ』

『だからって、俺が覚えたわけじゃないだろ? 自分で吸収して、俺の物にしなきゃ意味ないんだ』


 リベルから知識を引き出すだけならいつでもできる。だけどそれはあくまで情報の一つに過ぎない。

 それを体得して、臨機応変に使いこなすには、やっぱりちゃんと理解する必要があるはずだ。


『私はマスターのモノだし、一生を共にするのだから変わらないと思うけど』


 そう言えばリベルに宿る意思は女の子の姿だった。フウカやリッカよりも家族に近いかも。


『私はフウカよりもマスターのことに詳しいしな』


 こうして思考も常に読まれているわけだし。



「まあ……、とにかくだ」


 ひとまずクリィムとの約束は取り付けたんだ。アルベールのおかげで刻印についての理解も進んでるし、よほどのミスをしない限り試験は大丈夫だろう。


 リッカの元へと戻り、公爵閣下とのやりとりを話した。


「中間試験、頑張りましょうナトリくん」

「ああ、頑張るよ。公爵から情報を得るためにも」




 試験までの日々はつつがなく過ぎて行った。


 講義の無い日に俺たちはジェネシスとして活動し、バベルで受けた依頼をこなして報酬を得た。


 依頼報酬の何割かで日持ちする食べ物を買い、少しずつリッカの黒波導で保存の効く状態へと変化させ、それを備蓄していった。


 試験があと一週間のところまで迫ると、俺たちはそれぞれに多かれ少なかれ試験勉強に集中することとなった。




 §




「はぁ〜……、やっと終わったよぅ」

「学校の試験というものは、終わった後の開放感がすごいですね」


 学部ごとの試験が全て終わった後、俺達は揃って学生食堂のテーブルを囲み開放感を共有していた。


「ナトリ君はどうだったの? 随分不安そうにしてた気がするけど」

「感触は悪くないです。後は祈るのみですね」

「ナトリずっと勉強頑張ってたもん。大丈夫だよ」

「だといいけど」


「ところで皆さん、また学校内で凶暴化事件の被害者が出たそうです」

「今学期これで四件目だよな」


 学園都市内でも凶暴化の噂はちょくちょく聞いている。被害者はかなりの人数に登るはずだ。


「リンファとブライトに情報を集めさせているが、一度凶暴化した者は元に戻らないようだな」


 リンファ、ブライトというのはレイトローズ王子の従者達だ。


「では、一度凶暴化したらそのまま、ということなのですか……」

「それ怖……」

「発症した者によってどのような傾向が表れるかは異なる。完全に理性を失う者もいればそうでない者もいる。ただ、共通しているのは己の欲望に極めて従順になるという点だ」


 レイトローズはすっかり学園都市の事情通になっているようだ。


 アンティカーネン教授の足取りについても探っているらしいのだが、こっちはさっぱり足取りが掴めないという。


「波導術士の仕業なのでしょうか?」

「人体刻印が刻まれていたという話は聞いていない。今のところ未知の白波導という線が濃厚か」

「まさかとは思うけど、サンドラが関係してたりしないよね?」

「いえ、私もアンティカーネン教授はそんなことをする人ではないと考えます」

「怪しいと言えばフィアーの方やろ。こないだ凶暴化した生徒と一緒におったんを図書館でナトリが見とる」

「彼女はむしろ、一連の凶暴化事件に対して対抗策を取ろうと奮起しているように見えるが」

「そんなもんアリバイ工作や。疑いが己に向かんようするためのな」

「クレイル。君はどうにも彼女のこととなると冷静ではいられないようだ」

「なあレロイ、あんたはどう思っているんだ、フィアーのこと」

「…………」


 レイトローズは俺の問いに対して何か思う所でもあるのか、その端正な顔に若干の憂いを浮かべてしばし沈黙する。


「彼女が何を考えているのかは分からない。ただ」

「ただ、何や?」

「彼女がここルーナリアに現れた事と、君達が今ここにいる事は無関係ではないのかもしれない」

「どういうこと?」

「実のところ……、フウカ様に下った王宮神官としての議会命令。私はそこからして疑問に思っている」


 名目上、フウカはエイヴス王国からの命を受け各地の迷宮を調査するという体でここにいる。


 レイトローズは、稀有な才能を持つ神官フウカを、単独で迷宮調査に派遣するという無謀にも思える議会の意図を測りかねているという。


「確かに、フウカ様には翠樹の迷宮を踏破したという偉大な実績がある。その実力を見込んでの調査命令という経緯は、一見すると自然な流れに思える。しかし、教授の失踪とフウカ様の記憶喪失、それに合わせるように現れたフィアーと名乗る人物との遭遇。その結果、フウカ様は迷宮に赴くこととなった……。少し、出来すぎているとは思わないか」

「殿下は、フィアーとエイヴス王国が裏で繋がっていると仰るのでしょうか?」


 リィロが顎に手を当てながら問う。


「そういう事だ。フィアーに指示を出しているのが我が父、現エイヴス国王サーレック・エアブレイドであるとすれば納得のいく点は多い」


 会話を頭の中で整理する。


「つまりこんな感じか? フウカと教授はエイヴス王家に関する重大な機密事項を知ってしまい、追われる身になった。教授はフウカの記憶を封印した上で王宮の外へ逃がし、自身は姿を眩ます。王はフィアーを使って教授を探している。そして教授が尻尾を出す事を期待して、フウカを再度王宮の外へ解き放った。で、今の状況があると」

「仮にそうであればあの者、フィアーの正体は父の擁する隠密の可能性が高い」

「隠密ってなに?」

「王宮神官が王国と王の権威の象徴であるとすれば、隠密とは表舞台に姿を見せない影から国を支える者達のことです」

「隠密の噂、本当だったんですね……」


 隠密は広く知られてはいるものの、実際に存在していると信じている者は少ないはずだ。


 しかし彼の口ぶりからすると王宮には実在するようだ。


「私も存在を認知しているわけではない。だが、王宮で過ごしていればそのような者達の暗躍は自ずと知れるもの」

「じゃあフィアーは王国の隠密か、エンゲルスか、もしくはその両方ってことなの?」


 隠密にしろエンゲルスにしろ、あいつは少々目立ちすぎなようには思えるが。


「ちょっと待ってください。クレイルさんが言っているように、もしフィアーさんがエンゲルス構成員であるなら、国王陛下は犯罪組織エンゲルスと繋がりがあることになってしまいます」


 困惑したように口を開くマリアンヌに対し、レイトローズ王子は考え込むように目を伏せる。


 正直フィアーに関してはほとんど何もわかっていない。あいつ、本当に何者なんだ。


 俺たちの間にしばらく沈黙が下りた。


「迂闊に手出しすべきではないことは確かだ」


 色々と気にかかる点は多いが、フィアーについての話題は王子様の一言で締め括られた。



「ナトリくん、試験も終わりましたし、そろそろ狩りに行きますか?」

「そうだな。試験終わったしもう解禁でいいだろう」

「私も行きたいな。生活費を貯めなきゃ」


 アルベールとの約束があるので、そろそろ本格的にマグネロックを探したい。


「明日早速行くか? 試験やったせいで体なまっとるわ」

「今回は私も行きます。実戦経験も大切だと思うので」


 マリアンヌも加わって全員参加だ。この人数なら結構大きな依頼も受けられるかもしれない。


 明日、狩りに行く事を決めてその日は解散となった。












挿絵(By みてみん)

リィロの挿絵が少なかったので

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