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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第244話 少女の葛藤

 

 皆で狩りにいった翌日。講義が終わると、俺はリィロと別れ第27演習場に行ってみた。


 門をちらりと確認したが、使用中の札はかかっていない。まだ誰も中にはいないようだ。門柱に背を預け、マリアンヌがやってくるのを待った。


 最近は毎日のように借りていると聞いたので会える可能性は高いだろう。



 手すり越しの階下の廊下から聞こえてくる、生徒達の話し声に耳を傾けながらマリアンヌを待つ事四半刻ほど。

 廊下に響く足音に顔を上げると、こちらへやってくる少女の姿を認めた。


「あ……」


 柱にもたれた俺に気付いたマリアンヌが思わず足を止め、息をのむのがわかった。


 しかし彼女はすぐに驚きを押しとどめ、何気ない風で第27演習場の門前までやってきた。


「やあマリア」

「こんにちは、ナトリさん。どうしてここに……?」

「リッカからマリアが最近訓練してるって聞いてさ。いきなりだけど、見学してもいいか?」

「…………。はい、大丈夫です。面白いものは何も見られないと思いますけど……」


 マリアンヌは細い鍵を取り出し、門扉に差し込む。彼女から受け取った使用中の札を門に掛けて、俺たちは中に入った。



 第27演習場はそこそこの広さだった。あまり余計なものは置かれていない。

 床面積は長辺で20メイルほどの広さがあり、高い吹き抜けの先に青空が見える。


 壁の高い位置に四角く切り取られた小さな窓がついている程度で、石の床と壁に囲まれた閉塞感のある空間だった。


 牢獄、という言葉が頭の中に想起されるが、人目を避けて訓練をするにはもってこいの場所だ。

 壁は様々な衝撃を受け薄汚れていたが破損はしていない。かなり丈夫な材質なのだろう。



 門の隣に置かれた小さな木椅子に腰を下ろし、中央付近に立って杖を構えるマリアンヌを見守る。


 マリアンヌは泡石(エトピリカ)を発動させ、縦横に泡を操作しながら集中を高めていく。




 §




「退屈ではありませんか?」


 休憩か、訓練を終えたマリアンヌが俺の隣へやってきて腰を下ろした。


「いや、波導力を持たない人間からしたらずっと眺めてても飽きないよ」

「ナトリさんは変わってますね」

「はは、前も言われたなそれ」


 確か迷宮の中だったか。


「だって、本当に変わってます。今日だってどうして私の訓練なんかを見に来たんです?」


 最近マリアンヌの態度が変だから様子を見に来た、とは言いにくい。


「心配だったんだ」

「私のことが、ですか……?」

「うん。ちょっとな」

「…………」


 マリアンヌは足下に目線を落として言葉を失くす。

 最近の彼女は、見ようによってはあまり余裕がないようにも思えた。


 彼女は視線を下げたままで呟いた。


「私は……、あまり皆さんの役に立っていません」

「え?」

「プリヴェーラ防衛作戦の時も、オープン・セサミがゲーティアーに襲撃された時も」


 マリアンヌは膝の上に置いた小さな拳をぎゅっと握りしめる。


「私はアイン・ソピア(神の叡智)ルを使えるはずなのに。もっとみんなの……、ナトリさんの力になれるはずなのに」

「…………」


 俺は驚いていた。まさか、マリアンヌがそんな風に考えているなんて思いもしなかったからだ。


 防衛戦の時彼女は勇敢にモンスターと戦っていたし、オープン・セサミの出来事はある意味仕方ない状況だった。


 だけど、マリアンヌは思った以上に活躍できなかったことを気にしていたようだ。


「いずれ現れる迷宮に、私たちは乗り込まなきゃいけないでしょう? そのために、もっと泡石(エトピリカ)を使いこなさなきゃいけないんです」

「マリア」

「私は、弱い。ものすごい波導力を持ってるフウカさん、強力な黒波導を使うリッカさん、盟約の印を持つクレイルさん、明確な役割でユニットに貢献できるリィロさん。私だけ……、私だけがついて行けてないです」


 ぽたり、と小さな手の甲に水滴が落ちる。


「私、本当は怖いんです……。怖がっちゃ行けないのに。自分で決めたことなのに……っ! 弱い私のまま、厄災と対峙するのが、怖くて」


 マリアンヌは肩を震わせ、しゃくりあげる。


 頭をハンマーでぶん殴られたかのようだった。彼女の様子を見て、俺は衝撃を受けた。


 出会った時から、幼い外見と裏腹にマリアンヌは非常に大人びていた。


 考えもしっかりとしていて、非常に合理的な考え方ができる。とても頭が良く、才能があった。



 だが……。


 今、目の前にいるのはまだ13歳の、普通の少女に過ぎなかった。


 俺は彼女のことを見誤っていたのだ。


 こんな少女が、遠く家を離れて遠い地でたった一人。心細いに決まっている。

 おまけに厄災と戦うなんて重圧を、その背に負おうとしているのだ。


 怖かったはずだ。それでも。それでも……マリアンヌは俺たちについてきてくれたのだ。



「————ふんっ!」


 右手を持ち上げ、自分の拳を力一杯自分の頬に叩き込んだ。


「ナ、ナトリさんっ?!」



 馬鹿か。


 俺は馬鹿だ。

 最近マリアンヌが冷たいことが悩みの種だ?


 ふざけるな。


 俺はこの子の気持ちなんて何一つ考えず……、自分のことしか見ていなかった。


「血……、血が」


 つうっと口の端を液体が伝い、地面へと落ちた。歯で唇を切ったらしい。


 マリアンヌがすぐに立ち上がり、俺の口元に手をかざそうとする。


「治さなくて、いい」

「え……」

「意味ないんだ、治してもらったら。これは戒めだ」


 マリアンヌは訳が分からないといった顔で困惑する。そりゃそうだろう。


 血が滴るに任せ、口を開く。


「ごめんな……、マリア」

「どうしてナトリさんが謝るんです?」

「マリアは俺たちと一緒に来なきゃいけない理由なんてないのに、それでも付いて来てくれたんだ」

「それは違います……。私だって街のみんなを守りたかった。でも厄災が存在する限り、それは叶わないと知りました。だから……」


 だとしてもだ。マリアンヌはまだ、心も体も未発達。俺たちに比べれば明らかにハンデを負っている状態だ。


「だからこそ、もっと俺は君のことをちゃんと見るべきだった」

「はい……?」


 このところは、厄介ごとを先延ばしにするかのように頭の隅へと追いやろうとしていた。最低だ。

 この子のために、俺が出来ることをする。たいして力になれなくとも、だ。


 マリアンヌの顔を覗き込み、真っすぐ彼女の目を見る。


「マリア、なんでもいい。俺にできることがあればやる。何かやりたいことや手伝ってほしいことはあるか? もっと俺に甘えてくれ」


 マリアンヌの顔が赤くなり、彼女はさっと顔を逸らしてしまった。


 い、いかん。ちょっと一人で熱くなり過ぎた。逆に怖がらせたか……?


「いいんですか……? そんなこと」


 顔を伏せたまま彼女は小さな声で呟く。


「ナトリさんは勉強で忙しいって聞いてます。私にかまってる余裕なんて」

「そんなこと気にするな。俺はマリアといたいんだ」

「えっ?! ……だって、ナトリさんにはフウカさんも、リッカさんもいるでしょう……?」

「あの二人は大丈夫だよ。俺がついてなくても平気だ」


「それじゃ……、ナ、ナトリさんは。私と一緒にいるのがいいって、そう……言うんですか」

「さっきからそう言ってるだろ? いつだってマリアに付き合うよ」

「つ、つきっ?! あぅ……」


 マリアンヌは何故か顔面を瞬間沸騰させ、驚くほどに赤く染める。


 ん、なんか変な事言ったか?


「あの……。私、こんなですけど……」


 マリアンヌはしどろもどろになりつつも少しずつ思考をまとめ、呼吸を落ち着けているようだ。


「うん」

「ナトリさんの気持ち、すっごく嬉しいですっ……!」

「あ……」


 マリアンヌが見せる年相応の無邪気な笑顔。そうだ、俺はこれが見たかったんだ。


「私のわがまま、聞いてもらってもいいんでしょうか……?」

「俺に出来る事ならなんなりと」

「特訓、手伝って欲しいです。それで……もし、うまくいったら、褒めてくれます?」


 彼女の健気な言葉に自然と笑みがこぼれた。


「それくらいお安い御用だ。マリア、特訓頑張ろうな!」

「……はい! ナトリさんが見ていてくれるなら、絶対に上手くいく気がします!」


 俺たちは顔を見合わせ、笑い合う。


 やっぱり様子を見に来てよかった。一歩彼女に踏み込めてよかった。



「ところで、やっぱり治しませんか? その傷……」

「……洗い流すだけのだけ、頼めるかな」


 俺の首元は唇の傷から垂れた血で真っ赤に染まっていた。





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