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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第25話 影に潜む者

 


「行こうクレイル。後部甲板へ」

「なんかわかったんか?」

「まだ……、でも試したいことがある」

「よっしゃ。ならやってみようや。しかしホンマにすごいなフウカちゃんの力。もう普通に動けるんか」


 自分でも驚きだ。さっきまで死にかけていたはずなのに。手足を動かし、おおよそ問題なく動作することを確かめる。


 しゃがんで床に腰を下ろすフウカに目線を合わせて声をかける。


「フウカさっきは本当に助かった! 俺たちはこれからまた外に行かなきゃ……」

「私も行く!」


 彼女は怒ったようにまっすぐ俺を見る。心配……だろうな。


「…………」


 ぽん、と肩に手が置かれた。クレイルを振り返る。


「ナトリ。フウカちゃんは立派な戦力になる。連れてった方がええと思うぞ」

「私、頑張るから。ナトリのこと絶対守る!」


 そうだな。俺なんかよりフウカの方が頼りになるのは明らかだ。

 何を気取っているんだか。生き残りたいのなら、俺たちが生き残る確率を少しでもあげるなら、この子の力をあてにする他ないだろう。


「わかった。一緒に行こう」

「うん!」


 俺たちは部屋を出た。船内通路を走り、外部船舷への出口を目指す。


「二人とも、どんな違和感も見逃さないでくれ! 奴らは姿を隠して寄って来る!」

「おう!」

「わかったよ!」


「ッ! ――――『火剣メルカムド』!」



 クレイルの動きは素早かった。走る俺とフウカの前に踏み込んだかと思うと、短い詠唱で術を発動させ通路の虚空を燃えたぎる炎の剣で一閃する。


 じわ、と何もない空間に二体の影が浮かび上がり、胸部を両断され床へ崩れ落ちて消滅する。


「助かったクレイル! よくわかったな」

「感知は苦手やが、勘には自信あるんや。行くぞ!」

「おう!」


 出口を抜けて船舷通路へ飛び出す。

 相変わらず船は高速で航行中だが確実にダメージを受けていた。


 すでに船内に入り込んだ影達にも出くわした。やっぱり奴らは何体も存在している。この船が破壊され尽くすまでに奴らを全て片付けるしかない。


「ナトリっ!」

「おわっ!」


 耳元で甲高い衝撃音が鳴り響く。突然の大音響に心臓が跳ねる。外側に目をやると俺たち二人の前にフウカの波導である透明な壁が出現していた。壁は振動し、何らかの衝撃が加わっていることがわかる。見えない敵が攻撃を仕掛けてきたのか。


火焔ロギアス


 障壁のすぐ外側に存在する見えない敵に、横合いから飛んできた火球が炸裂する。何もない空間で火球が弾け、盛大な爆炎が散る。


 クレイルの波導だ。さっき艇に向けて放ったものに比べると火球自体は小さく見えたが、それでも恐ろしい破壊力。

 影は塵も残さず爆散した。


 二人に視線を向け、目で感謝の意を伝える。俺たちは後部甲板まで一息に走り抜けた。


「あなた達! 無事かしら……?!」


 術士協会の女性は俺の血で濡れた服を見て驚きに目を見張った。


「大丈夫です! 大した怪我じゃありません。それよりも……」



 この船を襲っている脅威のいくつかの謎について彼女に話す。見えない敵とフウカにだけ聞こえる歌についても。


「試したいことがあるんです。協力してもらえませんか」

「何か思いついたのね。わかった。私はエレナ。協力するわ」


 エレナは澄んだ湖面のような瞳をこちらに向けて言った。


「俺は波導術について詳しく知りませんが、大きな音を鳴らすことはできますか?」

「……なるほど、そういうこと。やってみる価値はありそうね」


 賢そうな見た目に違わず提案だけで俺の意図を察してくれたようだ。


 とんっ、とすぐ側に誰かが飛んできて着地した。先ほど左舷に様子を見に言った寡黙なネコの術士だった。大柄な見かけによらずかなり身軽なようだ。


「……見えない化け物が襲ってきたので何匹か潰しておいた。次は船内の様子を見て来る」

「待って! あなたにも手伝ってほしいのモーク。ガルガンティア様のお力も借りる必要があるわ」


 エレナはモークと呼ばれたネコの術士に要点を素早く伝え、相変わらずの体勢で三界多重障壁ノア・ル・ウィオルマを維持し続ける老術師の側にしゃがみこんで何か伝えている。


「まったく……年寄りに無茶をさせよるのう。まあよかろう」


 老師のやけによく通る小言がここまで聞こえてくる。

 そういうと彼の杖の輝きは一層増し、大結界に沿って光の帯が再び走っていく。


三界多重障壁ノア・ル・ウィオルマでこの浮遊船全体を覆っていただいたわ」

「はあッ? 練気底無しかよ……」


 クレイルの驚きようを見るに、相当無茶な芸当らしい。船体が完全に障壁で覆われたにも関わらず普通に航行できている時点できっとすごいのだろう。


「しかしそういうことかい。考えたなナトリ」

「ああ。俺はフウカを信頼してる。この子の言う通りだとすれば、あの歌が謎を解く鍵なんだ」

「やりましょうモーク。いくらガルガンティア様といえど長くは保たない」

「承知した」


 エレナとモークは甲板上で向かい合い、頭上に杖を掲げた。二人の杖にはめ込まれたエアリアが発光し、激しく明滅を始める。


 光の強弱に合わせるように杖から波のような衝撃波が広がる。やがて二人の波導が重なり合い、銅鑼を叩くような大音響が鳴り響き始めた。


 思わず耳を塞ぎたくなるがそのまま二人を見守る。爆音は結界に反響し、さらに増幅される。結界内の空気を震わせ、余すことなく鳴り響く。


 十分に音をかき鳴らしたところで二人は杖を下ろした。


 変化はまず後ろを追尾してくる軍用艇に現れた。艇は金属とは思えないようにぐにゃりと歪んだかと思うと、すうっと薄れていく。


 やはりあれに実体など存在しない。俺たちの注目を集めるための幻影だ。


 そして次に現れたのは宙に羽ばたく黒い翼と全身鎧を纏った影達だ。

 見えなかった奴らは結界内いたるところにその姿を現した。見えるだけで十体以上。


 そして甲高く不気味な嬌声を振りまくのは歌声の主。

 船上に覆いかぶさる巨大なフィルタンクの上に陣取る異形の怪物が姿を現した。まるで自慢の歌声を雑音にかき消されたことに激怒しているようだ。


「確証はなかった。私たちの感覚に直接干渉している可能性……あなたのお陰ね。ええと……」

「ナトリです。こっちは」

「クレイルや」

「フウカだよっ」

「……?」


 エレナは突然現れたフウカに少し首を傾げたがすぐに浮遊船の上に陣取った怪物を見上げる。俺たちもその異様な姿をまじまじと眺めた。



 生物とも機械ともつかない不気味な体。人型をしているように見えるが、頭部が異様に大きい。しかし膨らんだような巨大な頭部は、よく見ると頭部から生え蠢く大量の触手のようだった。


 何本もの管が細い胴体を取り巻き、フィルタンクに這わせてその体を固定しているようだ。

 遠くからでもうねうねと管が蠢いているのがわかる。


 目のあるはずの場所は黯く落ち窪んでおり、その奥に怪しい紫色の眼光を宿している。


 ステルス効果のアドバンテージが失われたのを自覚したのか、数体の不気味な鎧達が俺たちを狙って飛びかかって来る。


「堅牢なる壁、『障壁ウィオル』」


 詠唱と共に視界の端でモークの杖が強い光を放つ。目の前に俺たち六人をカバーするほどの半透明な波動障壁が現れる。


 耳障りな衝突音が相次ぎ、三体の影が壁に阻まれて怯んだ。

 間髪入れず俺たちの前でエレナが軽快な踏み込みで飛び上がり、波導障壁の上から影達を見下ろし杖を構えた。


「我が内より湧き出し渦烈なる水の流れ、『水刃ウルス』」


 エレナの白銀の杖が青い輝きを放ち、先端から細く、だが怒涛の勢いで水が噴射される。杖をそのまま横に一閃。

 三体の影は綺麗に上下に切り分けられ、音を立てて甲板に転がった。恐ろしく鋭利な水流だ。


 彼女は空中で体勢を制御してこちら向きに着地した。一連の動作は無駄のない華麗な動きだった。


「ほォ、魅せてくれるやないか」

「正体がバレて焦っているのかしら」

「あの気色悪ィ奴が、耳障りなキンキン声で俺ら全員の五感を操っとったわけか。まんまとしてやられたわ」

「あたかも後ろの艇の幻影(デコイ)が本船を襲っているように見せかけ、私たちの感覚を阻害して偽装した黒羽の鎧達が幻影に合わせて船を攻撃する。狡猾ね」

「んで、全てを操る親玉は船の天辺で鼻歌交じりに寝転がっとるわけか。ええご身分やな」


「…………」

「どうしたナトリ。考え、当たっとったやんか」

「なあフウカ。あいつ……、なんか見覚えないか」

「ナトリも?」

「お前ら、アレが何か知っとるんか」


 忘れるわけがない。つい十日ほど前にバラム遺跡で味わった悪夢。

 雄牛のような頭と角を持ち地を這う怪物。空の果てまで追いかけてきそうなほど無慈悲な執念。


 頭上で蠢き俺たちを見下す化け物は、アイツに雰囲気がよく似ていた。


影に潜む者(ゲーティアー)……」


 エレナが小さく呟いた。

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