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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第242話 トライアングル

 


 俺達のアンフェール大学での学生生活は概ねうまくいっていた。


 刻印学部二年生の少年、アルベールとはあれから直ぐに打ち解け交流するようになった。

 アルベールは俺のことを何故かアニキと呼び、妙な持ち上げ方をしてくるのだが……。


 皆とは予定のない日を合わせてちょくちょく狩りに出る。


 依頼の達成も順調で、リッカも多少は懐に余裕が出てきたようだ。


 ただ、全てが順風満帆とはいかない。俺はいくつかの悩みを抱えていた。



「ハアァ……」


 学校の広い中庭に等間隔に設置されたベンチに寝転んで、上空に浮かんだ校舎を見上げながら溜息をつく。

 目下最大の悩み事、刻印について考える。


 刻印理論の授業は難しかった。それも半端じゃなく。


 覚える事が多いのはまだ何とかなる。寝る間を惜しんで机に向かえば頭には入れられるはずだ。


 けど、肝心の刻印の基礎概念が把握しきれないのだ。


 経験が浅いのか、ほとんど触れてこなかったせいなのか、教授の話を聞いていても全く噛み砕いて理解することができない。


「俺、頭悪いな」


 その点他の皆はさすがとしか言いようがない。


 俺が教本通りのことしかできない側で、刻印初心者であるリィロですら実習ではすでにそれなりの応用力を見せつけてくる。


 そもそも俺はみんなの中で一番必要単位数が多い。

 勉強に追われるあまり、厄災や神話について調査を進める事が全くできていない状況だ。



「くそ……。これじゃ本末転倒じゃないか」

「キュ!」


 腹の上に寝そべって日向ぼっこをしていたフラーが鳴いたので、のど元に生えた白い毛を撫でてやる。


「心配してくれるのか、お前はいい奴だな」


 身を起こし、フラーを膝の上で抱えると聞き覚えのある声が耳に届いた。


 前を見ると、芝生の近くの通りに二人の生徒の姿を見つけた。一人は遠くからでもはっきりわかる橙色の髪、フウカだ。


 そしてもう一人は、近頃俺の悩みの原因の一つとなっている人物。


 レイトローズ・エアブレイド。紛う事なきエイヴス王家の血を受け継ぐ超絶美男子だ。


 彼はここへ留学してからこっち、フウカにべったりだ。

 基本的に同じ講義を受けているらしいので寮以外はほとんど一緒に行動しているようなものだ。


 王宮神官であるとはいえ、何故一国の王子があそこまでフウカに肩入れするのだろう。


 少し遠いがこちらからはレイトローズの表情が窺える。

 彼は柔らかい笑顔を浮かべていた。


 いつものような冷たい無表情ではない。そこには親愛の情がありありと見て取れる。


 あいつ、やっぱりフウカのことが……。


 美男美女の組み合わせは眩しいほどにお似合いに映る。


「…………」


 思わず拳を握りしめてしまった。



 親しげに会話していた二人だが、やがてレロイはフウカに手を振ると踵を返し校舎へ消えていった。

 レロイと別れたフウカはこっちへ歩いてくる。


 すぐに俺を見つけたのか、走り寄ってきた。


「ナトリ! 今休み時間?」

「うん。ちょっと休憩中」

「私も休憩しよっと」


 フウカは俺の隣に座る。彼女はふわふわ浮いていたフラーを捕まえぎゅっと腕の中に抱き込んだ。



 最近の出来事や、他愛のない会話を交わす。思えば最近フウカと二人でいることは珍しい。


 学内で合う彼女には大抵余計なヤツがくっついているし、俺もクレイルやアルベールの男子組と行動することが多かった。


「王子とは何を話してたんだ?」

「あ、見てたんだね。今度おいしいお茶を飲みに行きませんかって誘われたの」

「出かけるの? レロイと……」


 フウカは目をぱちくりとさせて俺を見る。


「ナトリは、私にレロイと一緒に出かけてほしくない?」

「……。どちらかといえば、うん、ちょっと嫌だ」


 彼女は少し困ったように眉尻を下げた。


「そっか、ごめん……。私、ナトリに嫌な思いさせたかったわけじゃなくて」

「いや、こっちこそごめん。勝手な事言った。俺の事は気にしなくていいから行ってきなよ」


 困り顔から一転、今度はフウカはどこか悪戯っぽく含みある笑顔になっていく。


「ナトリ、もしかして私に嫉妬してくれた?」

「あ……、その、まあ、うん」

「そっかー……、あはっ」

「なんだよ」

「嬉しかったんだ、ナトリの気持ち。好きだって言ってくれたもんね、私のこと」


 フウカは花のような笑顔を咲かせる。いつ見ても魅力的だ。


「ねえ、私ナトリのほんとの気持ち聞きたい」

「え?」

「どう思ったか、言ってみて」


 俺、もしかしてフウカにからかわれてるのか。だが俺も男だ。ここは男らしく————。



「フウカがレロイと二人で出かけるなんて許せん! 俺が一緒に出かけたい!」


 思った事を正直に吐き出した。


「あははっ、よくできましたー」

「キュウウー」

「フラーも一緒に出かけたい?」

「えぇ……」


 フウカが俺の目を覗き込むようにぐっと顔を近づけてくる。


「私もナトリと出かけたい。ね、今度遊びに行こうよ。デートってやつ。デリィから楽しいって聞いて、ずっとしたかったんだ。レロイとは講義でずっと一緒だし、大丈夫だから」

「お、おう。そっか……うん、うん。よし、遊びに行こう!」


 さっきまでの鬱屈した心持ちが、吹き飛んだように晴れやかな気分だ。




「二人とも、どこかへ遊びにいくんですか……?」

「リ、リッカ?」


 突然の声に驚いて振り向くと、ベンチの脇に幽鬼のように虚げな目をしたリッカが立っていた。


 もしかして今の気恥ずかしいやり取りを聞かれていたのだろうか。何故かリッカの顔からは表情が消えている。


「私……」

「うん?」

「私も、ナトリくんと遊びたいです……」


 リッカにしては素直な一言。


「うん、じゃあリッカも一緒に出かけようよ」


 フウカからは実に単純明快な提案が。自分でデートと言っときながらあっさり友達誘えちゃうの?


「ナトリくん」


 リッカが妙な迫力を滲ませた瞳でじっと見つめてくる。


「よ、よし。二人とも、今度の休みにどっか行こうな」

「嬉しいな。最近、ナトリくんずっとクレイルさんやアルくんと一緒でしたから」


 二人ともお互いの存在は気にならないのだろうか? という疑問が浮かんだが、言葉にはしないでおいた。


 納得しているなら別に問題はない……のか?


 フウカとは反対側に腰を下ろしたリッカが、にこにこと嬉しそうな笑顔を向けてくる。


 コレが話に聞く両手に花ってやつか。



「…………」


「あ」


 少し離れた場所からマリアンヌがこちらを見ていた。


 俺の視線に気づくと、彼女はふいっと顔を背けて去って行ってしまう。


 これも俺の最近の悩みの種だ。どうにもマリアンヌが冷たい。何か彼女の気に障ることをしてしまったのだろうか。


 思い当たる点がないだけに結構辛い。


「最近、なんかマリアに邪険にされてる気がするんだよな……」


 俺の呟きに、フウカとリッカはただお互いに目を見合わせるだけだった。




 §




 フウカとリッカが講義のない日を選び、俺たちは学園都市のあるグレナディエ区を出てグリシーヌ区へとリフトで渡った。


 グリシーヌの中心街は様々な商店が軒を連ね、商店の複合施設なるものまで存在している。

 二人の希望を聞いて今日はここに遊びに来た。


 前評判通り、通りや広場は人々で溢れ非常に活気がある。


「ルーナリアの街って本当に広いですよね。プリヴェーラに来た時も思いましたけど、それ以上です」

「コッペリアもたくさんいるしね」

「さすがの技術力だよな。見ろよあの建物。何階まで店が詰まってるんだ?」


 街を見て回るだけでも興味深いものが多く見られる。


 広場でジャグリングをする人の形をした刻印機械だとか、通りを行き交う、店舗の広告らしい煌びやかな光る看板をつけた飛行機械なんか。


 ロスメルタの服屋を覗いてみたり、二人が気に入った可愛い小物を買ったりして楽しい時間を過ごす。



「ふぅ、結構歩いたなぁ」

「荷物も増えちゃったよね」


 俺たちは午後に入り、休憩を兼ねて昼食をとるためこじんまりとしたレストランに入っていた。


 二人とも相変わらずの食事量だった。量的には俺の食う分とほとんど変わらないか、下手をすると上回っている。


 でも美味しそうに食べる二人を見ているのもいいものだ。こっちまで幸せな気分になってくる。


 ボックス席の隅には買い物袋が積み上げられている。生活必需品などもついでに購入していたらこんな量になってしまった。帰る段になったらリッカに小さくしてもらいたいくらいだ。


「私ちょっとお手洗い」

「うん」


 フウカが席を立つ。ルーナリアの店には共用トイレがある場所も多い。街の隅々まで整備が行き届いている。


「フウカちゃん、たくさんお茶を飲んでましたからね」

「はは、そうだな」


 対面に座るリッカが俺をじっと見つめていた。


「どうした?」

「あ、その……なんでもないです」


 そう言ってリッカは目を伏せるが、思わせぶりな態度を取られると余計に気になってくる。

 探るように彼女を眺めていると、思い直したようにリッカは口を開く。


「やっぱり、聞いてもらっていいでしょうか……」

「かまわないけど」

「最近、あの……、ちょっとむずむずする、といいますか……」

「むずむず?」

「つまり……その。気持ちが昂ってしまったりとか」

「あ……?」


 もしかしてリッカの衝動のことか。色欲の厄災のせいで強くなってしまったという彼女の性欲。


「そろそろまた、オープン・セサミの時のようにアスモデウスが表に出てきてしまうんでしょうか」

「うーん……。それは確かに困った問題だな」


 リッカが王宮で俺を蘇生してくれた時、代償としてアスモデウスと契約し盟約の印の一部を明け渡している。


 その影響で、リッカは厄災に完全に体を支配される瞬間を避けられない。


 もしまたそうなった時、あいつはどう行動するか。


 男漁りかもしれない。オープン・セサミでも俺に迫ってきたし。


 リッカがいるのは女子寮だが、アスモデウスは男を求めてまた下着姿で外をうろつき始めるかもしれない。リッカは常に貞操の危機に晒されているともいえるのか……。


「現状抑える手だてはないんだよな。寝る度に自分の手足を縛って拘束する訳にもいかないし」

「はい……」


 一応同室にフウカがいる。異常な気配を感じ取れば、ある程度対応してくれるとは思うが……。それでは他人任せが過ぎる。


「衝動が満たされれば、少しは大人しくなるのかも」

「ふむ」

「自分でも処理できなくは、ないですから……」

「……」


 でもそういうのってどうなのか。下手をすれば逆効果ってこともあり得るのでは。


「衝動に限らず、私自身が満たされた心持ちになっていれば、多少その危険は軽減されるのでは……とも思うんですが」

「つまり?」


 若干恥ずかしげに頬を染めたリッカが俺の目を覗き込んでくる。

 彼女は席を立ち、テーブルを回り込んで俺の隣に腰を下ろした。


 隣のリッカの表情は前髪に隠れ窺えない。


「……ナトリくんと触れ合うことは、きっと私の心を満たしてくれるはず」


 ……そういうことか。


 幸いこの席は通路以外を植物やしきりによって遮られている。注目を浴びる心配はない。


 リッカのためなら。


 いや、そんな言い訳をすまい。俺自身そうしたいという欲求は確かにある。



 隣に座るリッカの体に腕を回し、そっと引き寄せる。


 鎖骨の辺りにもたれかかる彼女の頭。ふわりとした金髪からほのかな芳香が漂う。


 豊かな髪を撫でる。彼女の吐息が胸の辺りを撫でる。


「できれば……、たまにこうやって、ナトリくんに優しくしてもらいたいです」


 今後衝動に耐えられないのは俺の方かもしれない。


「大丈夫だよ。またアスモデウスが出てきても、俺がなんとか対処してみる。フウカだっているし」

「……ナトリくん」


 リッカが顔を上げ、俺を見上げる。潤んだ大きな青い瞳に吸い込まれそうだ。


 しばし見つめ合った後、その顔が徐々に近づいてくる。こちらもリッカに覆い被さるように————。



「ああーっ! 何してるのリッカ!」

「ひゃんっ!」

「うわ!」


 振り向くと通路に仁王立ちしたフウカがこちらを見下ろしていた。


「リッカだけずるい! 私もするっ!」


 言うが速いかフウカはリッカの反対側に陣取り、俺の腕をとって体を密着させてくる。


「お、おいフウカ。いきなり」

「リッカはよくて私はダメなの?」

「……いいえ」


 なんだこの状況。両側から女の子達に密着され、嬉しいような気まずいような。


「ふふっ、ナトリの体、意外とがっしりしてて大好き」

「そうですね。とっても逞しいです」


 ご満悦な様子で肩に頬ずりをするフウカ。少し困惑しながらもぴったりと身を寄せてくるリッカ。


「なんか、ごめん二人とも。俺は今無性に自分が情けないよ……」

「どうして? ナトリはすっごく頼りになるよ?」

「ナトリくんのことは、よくわかってますから」


 なんなんだ、この二人の優しさは。


 最低のことをしてるはずなのに許された気分になる。それがまた情けない。


 すまない。でもありがとう、二人とも。

 勉強によって擦り減り気味だった精神が、今だけはとても安らかだ。






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