第241話 コッペリアの少年
林を駆け抜け、リィロの示す方向へリッカと三人で走る。
しばらく行くと、先の方から轟音と悲鳴が聞こえた。
「きっとモンスターに襲われてるんです! 早く助けないと!」
林を抜けると岩場へ出た。周囲には巨大な岩石がごろごろと転がっている。
そして岩と岩の合間に走っていく人影が見えた。その人物の後を追うようにして、巨大な岩の塊が移動していく。
ズン、ズン、と地面を穿つような重たい足音がこっちまで響いてくる。
「あそこだ!」
襲われている人の元へ向かう。
あの巨体は間違いないな。岩の巨人、ロックフォートだ。
その一歩は人の歩幅を大きく上回る。まるで要塞のように頑強な体と岩をも放り投げる腕力は一般人にとって脅威だ。飛んでも簡単に逃げ切れるものじゃない。
モンスターの背中が見えた時、逃げていた人は逃げ場のない崖側へと追い込まれていた。小柄な少年のようだ。
少年を追いつめたロックフォートが、彼を押しつぶそうとその巨腕を振り上げる。
「う、あ……、わあああああああっ!!!」
『リベル、出力最大頼む!』
『わかったよ』
「叛逆の剣——、『ソード・オブ・リベリオン』!」
駆けながらリベリオンを呼び出し、一気に巨大化させた光の刃をロックフォートに向けて薙ぎ払う。
リベリオンはロックフォートの防御力を無視し、岩の巨体を難なく切断してみせる。
腹部から切り分かれになった上半身が横にずれていく。その巨体は轟音と土煙を立てて地面へと落下し、動きを止めた。
「おい、大丈夫か?」
目を見開き尻餅をついていた少年の元へ歩み寄り、膝を突く。
「あ、……あ」
少年は荒げた呼吸を落ち着けると、ほっとしたようにこちらを見る。寮で俺たちの隣室に住むコッペリアの少年だった。
「ありがとう、ございます……。助けてくれて」
「運がよかったよ。偶然見つけたんだ」
座り込む少年の腕を取って立ち上がらせた。彼は妙にオドオドとこちらの様子を伺っている。
「どうしてこんな危ない場所にいたんだ?」
「それは、モンスターの素材が欲しくて」
「普通の人じゃ無理よ。ロックフォートはレベル3のモンスター。私たちがいなければ君は死んでたと思うわ」
「すみません……。あ、あの」
「ん?」
若干顔色の悪い少年はおずおずと質問する。
「いくら払えば……いいですか。オレ、あんまりお金持ってなくて」
なるほど、謝礼金を要求されると思ってびくびくしているのか。実際狩人が人助けの謝礼を要求するのはよくあることだと聞く。
「いらないよ。別に金が欲しくて助けたわけじゃないし」
「え……、いらないんですか?」
「ナトリくんはそんなにがめつくないですよ」
彼は心配ごとが消えたかのように表情を少し明るくすると、姿勢を正して頭を下げた。
「どうも、ありがとうございました。オレ、アルベールっていいます」
「アルベール、ロックフォートは倒したけどこの辺りにはまだたくさんモンスターがうろついてる。俺たちが依頼を終えるまで、眼鏡をかけた……リィロさんと一緒にいてくれないか」
「は、はい!」
「私も戦えないから二人に守ってもらってるんだけどね……。足手まといがばらけると厄介だから、ちゃんとついてくること。いい?」
「了解っす!」
素直に言う事を聞いてくれそうでほっとする。ここですぐに帰りたいとか言い出されると面倒だからな。
その後、俺とリッカはリィロとアルベールを守りながら周辺のモンスターを駆除していった。
もう一体のロックフォートを倒し終えたフウカとクレイルも合流し、日が沈む前にはなんとか対象地区のモンスターを全て掃討完了した。
「ナトリ、これでええんか?」
クレイルが波導で宙に浮かべていた岩をごとりと地面に転がす。
ロックフォートの芯鉄だ。依頼の証拠品として必要なので、クレイルに死骸からの素材切り出しを頼んでおいた。
「ありがとう。こっちも大体終わったとこ」
倒したモンスターの素材を一カ所に集めていたところだ。そこに芯鉄を転がして加える。
「じゃあ、いきますね。——星霜の彼方より存在せしめし星々、光と形を移ろわせ、その掌の内に包み込み賜え。『星空の乙女』」
山のように積まれたモンスターの素材が、少しずつ黒い膜のようなもので覆われていく。
素材の山は黒い塊と化した後、徐々に縮んでいった。
最終的に角砂糖ほどのサイズまで小さくなって、摘み上げたそれはリッカのポーチに収まった。
「終わりました」
「リッカがいるとホント助かるよ。素材を担いで帰ると余計に疲れるからな」
「他のユニットに知られたら羨ましがられそうね」
この力があればリッカはどこにいっても引く手数多だな。
「黒波導をここまで使えるのは、イストミルじゃ影紡ぎのバルタザレアくらいのもんやろうしな」
「えへへ」
「依頼も無事に達成したしバベルに戻ろうか。帰って飯にしよう」
「やたっ! 何食べよっかな?」
少し離れて見守っていたアルベールにも声をかける。
「アルベールも一緒に来るか?」
「え、オレもいいんすか……?」
「もちろん」
「じゃあ、お願いします。あ、その前に……、あっちの方へ寄ってもいいですか?」
アルベールが林の方を指差す。
「向こうに何かあるのか?」
「さっきモンスターに壊された俺の機械があっちに転がってるはずなんです」
「わかった。取りにいこう」
アルベールについて進み、茂みの多いエリアまで来た。
俺たちが見ていると彼は茂みの奥へと飛び込んでいった。
しばらくすると服に枝葉をくっつけたアルベールが戻ってくる。
彼は両腕にひしゃげた金属の塊を抱えていた。時々火花が散っているが、どうもこっぴどく壊れているようにみえる。
「なんやソイツは?」
「対モンスターの試作兵機っすよ。ぶっ壊れちゃったけど……」
「そんなものがあったんですね」
「これはオレが作ったから」
「へえ……、すごいな」
アルベールは照れたように壊れた機械を抱え直す。
「それ、重たいですよね。私が運びましょうか?」
「あ、大丈夫……です。自分で持って帰りたいんで」
アルベールは顔を赤くしてリッカの申し出を遠慮する。自作の機械は壊れてしまったようだが、彼はどこか嬉しそうにも見えた。
愛着のある機械なんだろうか。どんな形であれ、ちゃんと持ち帰れること自体に意味があるのかもしれない。
その様子を見て、アルベールという少年に興味を抱きつつ好感を持った。
コッペリアの少年を加え、俺達は夕暮れの中学園都市へ戻った。
§
「さっすがジェネシスの皆さんです! 大変な依頼も難なく達成、シビれますー!」
今しがたバベル学園都市支部の保管庫で、ロックフォートの芯鉄の確認とめぼしい素材の売却を終え、ロビーに戻ってきたところだ。
「こちらが今回の依頼報酬と素材代金になりますー」
マキアがカウンター上にどんと置いたエイン銀貨の詰まった皮袋を受け取る。
モンスターの数が多く大変な依頼だったが、その分報酬はかなりおいしい。
これで手持ちに若干不安のあるリッカも当座を凌げるだろう。
「あの魔龍を倒しただけの事はありますね〜、今後も活躍を期待させていただきます!」
マキアの何気ない一言は、受付ホールの一瞬の静寂を突いて室内にやけに大きく響いた。
それが聞こえたのか、ちらほらと固まる他の狩人達がざわつき始める。
「うわ、注目されちゃってるぅ……」
「す、すっげぇぇ……。あの魔龍を倒したんすか? マ、マジで?」
「すみませんっ。私声が大きいもので……!」
「大丈夫ですよ。知られて困ることでもないんで。それじゃあ」
各地のバベル支部自体には伝わっているみたいだし、狩人が知るのは時間の問題だろう。
「はい、またのご利用お待ちしてますぅー」
出口へ向かう途中、横合いから声をかけてくる者があった。
「お前たちが噂のユニット、ジェネシスか」
振り向くと、見目麗しいコッペリアの男女数人が俺たちを見ていた。二人は杖を手にしている。見た感じこの支部を拠点に活動する学生ユニットだろう。
「そうだけど」
「次回受けようと思っていた討伐依頼を遂行していたのは、お前たちだったのだな」
なんだ? 受けようとした依頼を俺たちに取られたと思ってるのか。彼等は表情乏しく俺たちを眺めている。
「おう、そいつァ悪かったな。今度からはもちっと早く受けといてくれや」
「本当に魔龍を倒したのか?」
「うん、倒したよ。すごく大変だったけど」
「私が聞き及んだところによれば、東部三大賢者の助力があったそうですが」
脇に控える背の高い女生徒が口を挟む。
周囲で俺たちのやりとりに聞き耳を立てていた狩人達の囁きが聞こえてくる。
「なんだ、三大賢者の力かよ」
「さすがにそうでもなきゃ無理だろうよ」
「特に用はないんだよな?」
「——ああ、少し話してみたかっただけなんだ。引き止めてすまなかった。ところで」
「?」
「ライオット。何故お前がここにいる?」
隣のアルベールがびくりと肩を強張らせ、なんだか偉そうなコッペリアのリーダーらしき人物から視線を逸らす。
青年はため息をつくと、アルベールに語りかける。
「狩人はお前に務まるようなものではない。そんなことをしている暇があるのなら————」
「……い、いいだろ別に……っ」
「何か言ったか?」
二人は知り合いのようだが、どうも仲良しという雰囲気ではないな。
「じゃあ、俺たちはこれで。依頼を終えて疲れてるんだ」
アルベールの肩に手をかけ、出口の方へと押しながら歩き出す。
支部を出ると、俺たちは手頃な大衆食堂へと向かった。
§
「なんやあのいけ好かねえ奴らは」
酒を煽りながらクレイルが言った。
「……すんません。オレ、あいつらと同じクラスなんです」
「級友か。仲良しには見えなんだが」
「嫌われてるんすよ」
騒々しい食堂でアルベールの話を聞いた。彼は俺と同じ刻印学部の二年生で14歳らしい。
すらっとした体型の多いコッペリアにしては、背が低くずんぐりしていると思ったが、個人差があるようだ。
対面の席で楽しそうにおしゃべりに興じる女子組を眺め、パン生地で肉と野菜を挟んだ串料理にかぶりつきながら隣のアルベールに聞く。
「さっきモンスターの素材が欲しいって言ってたよな。何を探してたんだ?」
「マグネロックを……」
「ガンロックの亜種か。今日討伐したモンスターの中にはいなかったな」
今日倒したロックフォートはレベル3のモンスターで、ガンロックの上位種とされる。
マグネロックの素材を求めて出かけたら、上位種に襲われたってところか。
危険を冒してまで探しにいくなんて、よっぽどのことなんだろうか。
「その素材、何に使うつもりやったんや」
「マグネロックからとれる誘導石から、刻印回路用の伝導ケーブルを作るんだ」
「なるほど、壊れちゃった機械兵器みたいのの部品か」
「伝導ケーブルで処理を高速化できれば、もっと強くできるはずなんだ……」
「アルベールは刻印に詳しいんだな。すげえよ」
「オレなんかまだまだっすよ。こんなんじゃまだ全然届かない」
「実戦投入できる機械兵器でも作る気か?」
クレイルの何気ない一言に、アルベールはテーブルの上に置いた拳をぐっと握る。
「オレはオートマターを作りたいんだ」
「オートマターって、確か開祖アル=ジャザリが使役したっていう?」
「はい。自律型の機動兵機っすよ」
「神話の話なんやろ。ほんとにそんなもんができんのか?」
「量産とかできれば、買い手は多そうだけどな」
「……そんなんじゃないすよ。そういうの、普通にかっこよくないすか?」
アルベールの答えに虚を突かれ、俺たちはぽかんとしてしまう。
「かっこええ……か?」
「超かっこいいっす! スラスター吹かして浮動させたり、ロケットパンチ実装したりとか!」
「ロケット、パンチ?」
「オレの考えた武装っす。前腕部分を切り離して、ブースターで加速しながら飛ばして敵に当てるんすよ」
刻印兵機オートマターがスラスターとやらで浮動しながら、ロケットパンチを発射するところを想像してみた。
「おいおい、そんなんしたら腕なくなってまうやろ。その後どないすんねん」
「超かっけぇ……」
「ナトリよ……」
アルベールが目を輝かせながら俺の顔を覗き込んでくる。
「ですよねですよね! でもって目からビーム撃ったり、バックパック背負わせて追尾型の誘導弾を格納したり」
「イイな!」
「お前ら、楽しそうやなァ……」
アルベールの考える最強のオートマターの話は、聞けば聞くほどワクワクが止まらない。非常に好奇心を刺激される内容だった。
「よし、アル! 俺も素材集め手伝うぞ!」
「まじっすか、うおお、さっすがナトリのアニキ、頼りになるなぁ!」
「あー、ええんか? お前勉強ヤバいんと違うか」
「そんなことよりオートマターだ!」
俺とアルベールは未だ見ぬオートマターの話で盛り上がり、すっかり意気投合したのだった。




