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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第237話 危険人物

 


「ナトリさん、あの人のこと知っていたんですか?」


 入学式を終えた後、俺たちは学内にある広い中庭に面した食堂の一角に集まり昼食にしていた。

 今日は式だけで講義は行われない。


 マリアンヌが言っているのはもちろんフィアーのことだ。


「ああ、知ってる。マリアとリィロにはまだ話してなかったよな。あの女、フィアーは俺とフウカを翠樹の迷宮へ向かうように仕向けた奴なんだ」

「ナトリとリッカが王宮で会ったっていう話は聞いてたけど。まさかあの司書さんがこんなところにいるなんて」


 まだフウカと出会って間もない頃、王都五番街アレイルの図書館で会ったのが最初だ。


「なんでこんなところにあいつが……」

「あら、私がここにいてはいけないかしら?」

「っ?!」


 椅子に座ったままがばっと振り返ると、テーブルの間を件の人物であるフィアーが、長いポニーテールを揺らしながらこっちへ歩いてくる。


「お久しぶりねナトリくん、フウカちゃん。それに……」


 フィアーはリッカを見下ろしにっこりと笑う。リッカはそれを受け、ばつが悪そうに視線を逸らした。


「今日は普通みたいね」

「…………」

「俺たちに何の用だ」

「あまり歓迎されていないようね。これからの学園生活が心配だわ。知った顔を見かけたものだから挨拶しておこうと思ったの。それだけよ」


 女子制服に身を包み、元からしなやかなスタイルがより強調されたフィアーは、テーブルを囲む俺たち全員を見回して、よろしくねと人の良さげな笑顔を振りまいた。


「あんたがルーナリアにいるってことは、アンティカーネン教授の行方を追ってここに?」

「察しがいいわ。——その通り。彼女は今、この街に潜伏している可能性が高いの」

「……!」


 フウカの保護者、サンドリア・アンティカーネン。彼女が今ルーナリアにいるかもしれない。


「どこにいるのっ?!」


 隣のフウカが身を乗り出すようにして立ち上がる。


「フィアー、ウチら、すっごい、み、見られてる」

「……おなか、すいた」


 フィアーの後ろには二人の女生徒がくっついていた。


 オドオドと周囲を見回す気弱そうな茶髪の少女と、桃色の豊かな長髪を流し眠そうな目をした非常にグラマラスな体型の女だ。


「も、もう、帰ろうよ」

「あなたたちね……」


 フィアーは彼女達を振り返り、やれやれといった風に首を振るとこちらに向き直る。


「彼女達は私の学友なの。ナーバスとグルーミィよ」


 二人ともなんだか心ここにあらずといった様子に見えるが……。


「教授のことについてはまた今度話しましょうね。これからはいつでも会えるのだし」


 ふふっと妖しい笑みを浮かべ、体の向きを変えた。




「待て」


 去ろうとするフィアー達を、ドスの聞いた声が引き止める。

 立ち上がったクレイルがフィアーに詰め寄り、見下ろす。


「なにか御用?」


 クレイルを見上げ平然と答えるフィアーに、クレイルが言い放つ。


「『ジョーイ』の居場所を教えろ」 


 言葉と態度に威圧感を滲ませるクレイルと、それを静かに見上げるフィアーが向かい合う。


 クレイルの目には殺意が浮かんでいる。彼の体から発される炎の気配が、陽炎のように一瞬周囲の景色を歪ませたようにすら思えた。


「もう一度言う。『ジョーイ』の居場所を教えろ」


 ジョーイ。それは確か、王宮地下で俺たちに襲いかかってきたエンゲルスの波導使いの女から聞き出したクレイルの仇の名前だ。


 まさかクレイルは、フィアーもエンゲルスの一員だと考えてるのか。


「…………」


 フィアーは彼の圧にも屈することなく無表情にクレイルを見上げていたが、やがて口を開いた。


「それは誰のことなのかしら。聞く人を間違えているんじゃない?」


 彼女はすげなくクレイルの詰問に対し知らぬと答えるが、クレイルはもの言わぬままに鋭い視線でフィアーを射抜き続ける。



 そんなこう着状態がしばし続くが、次第に周囲の生徒達がざわつき始める。


「おい、あれ」

「うわ、代表が絡まれてる」

「何あの人。目つき恐すぎ……」


 野次馬の視線が集まり始め、その多くがクレイルに避難の目を向ける。

 片や新入生代表、片やほとんど不良みたいな格好の粗暴な男だ。


「……クレイル君」


 リィロが場の雰囲気を気遣ってか、クレイルに声をかける。


「ちっ」


 彼はフィアーから視線を外すと、椅子にどすんと腰を下ろした。



「おなか……すいた」

「……はいはい、わかったわよ。これから一緒に学ぶのだから、仲良くしましょうね。それじゃ、ごきげんよう」


 フィアーは余裕ある笑みを浮かべ、連れの二人とともに遠ざかっていった。



「貫禄あるなぁ、フィアーさん」

「かっこいいよね。すっごい美人だし」

「あのストルキオはやべえな。危険人物だ」


 周りからはひそひそと先ほどの出来事についての会話が漏れ聞こえてくる。非常に居心地が悪い。


「……すまんな。飯が不味くなった」

「気にすんなよ。なんとも思ってないさ」

「クレイルさん、さっき彼女に言ったこと、どういう意味ですか」


 マリアンヌはクレイルのとった行為の意味を知りたがる。


「クレイルさんは、フィアーさんがエンゲルスの構成員だと思うんですか?」

「ただの勘やけどな。ちょいと揺さぶってみたが、さすがにボロは出んな」


 フィアーが奴らの一員か。どうなんだろう。彼女の目的はアンティカーネン教授の捜索らしいが。


 ただ、それが真実かどうかはわからない。

 でも己の目的のためなら、フウカや俺を利用しようとする危険な人物であることは間違いない。


「ねえ、もしあのフィアーって人が本当にエンゲルスなんだとしたらさ」

「そうだよ。クレイルやリッカがあの人に近づくのってまずくない?」


 俺たちの中では、エンゲルスの目的は『盟約の印』だという見解が濃厚だ。

 各地で殺戮の限りを尽くすような残虐ぶりが、そのを捜索するためだとすれば。


 二人が印を所持していることがバレると、かなりまずい事態になるのでは。


「俺の方はかかってくるならのぞむところやけどな」

「クレイルさんはともかく、リッカさんは注意した方がいいですよ。絶対」

「そうだな。なるべくフィアーには近付かないようにした方が良さそうだ」

「そもそもこの状況って偶然……なんだよね?」


 リィロはフィアーが狙って俺達に近づいてきた可能性に言及するが、さすがにそれはないと思いたい。

 なにせ俺達が入学を決めたのはつい十日ほど前なのだ。偶然だろう。


「フィアーさんが、アンティカーネン教授の捜索にルーナリアへ来たなら、どうしてアンフェール大学に入学する必要があったんでしょう?」

「何か理由があることには違いないわね」

「もしかして!」

「どうしたフウカ」

「サンドラは、この学園都市のどこかにいるとか?」


 確かにそれなら納得もいく。この学園都市や学校の中で制限なく自由に行動するため、フィアーは入学してきたと考えれば。


「それもあるが、もし奴がエンゲルスなら盟約の印保持者を探すためかもしれん」

「その場合狙いは私たちじゃなくて、この学校に通っている印を持つ者ってことになりますよね」


 俺たちは暫くフィアーの思惑について考えを巡らせる。可能性でしかないが、俺たちのことを直接狙って接近してきたわけじゃなさそうに思える。


「教授の事とか気になる事は多いけど、とりあえずフィアーとその取り巻きには要注意だ」

「そうですね……」




「ところでみなさん、適正試験の結果はどうでした?」


 入学式の後、俺たちは適性試験の結果を受け取っていた。

 渡された記録用紙には学生番号と進級に必要な単位数が印字されていた。


「私は特級クラスっていうのになったよ。なんか色々できるようになるみたい」

「特級?! マジか!」


 フウカがテーブルに置いた用紙を覗き込む。確かに特級クラスへの所属を認めるとある。

 しかも進級に必要な単位数がめちゃめちゃ少ない。俺の五分の一以下じゃねえか。


 しかも俺の用紙にはない、特級クラスの生徒のみが持つ権限がずらずらと書き連ねられている。

 禁書の一部閲覧を許可するとか、特別演習場の利用許可とか、研究個室の申請可能とか、なんか羨ましい項目がたくさんあるぞ。


「私も特級クラスでした」

「リッカもか」

「私とクレイルさんは上級クラスですね」


 波導術の基礎力でいえば、リッカは既に何十年か分の修行の経験を持っているし、扱う黒波導が特殊なこともあっての特級認定なのだろう。


 どうも入学時点で実力が規格外の者が特級クラスに所属するようだ。


 クレイルとマリアンヌの上級クラスも必要単位数は半減する。こちらも基礎的な部分はほぼできているので、より専門的な部分を学んでいくためなのだろう。


 波導学部組はそれなりに優秀な成績を残したようだった。


「俺は初級クラス」

「私もね」


 まあ、二人ともほぼ入門者だからな。


「カッカッカ。頑張って勉強に励めよ、二人とも」


 クレイルが含み笑いを浮かべて煽ってくる。


「うるせえなわかってるよ」

「頑張って、ナトリ!」


 刻印について学びながら、学校の充実した施設を利用して厄災や神話について調べるつもりが、勉強にかかりきりになる可能性が浮上してきた。


「いつ光輝の迷宮が出てくるのかわかんないけどさ、それに備えて今は各々しっかりと実力を磨いてこいこう」


 俺の言葉にテーブルを囲む面々は力強く頷いてくれる。


「明日から早速講義だね。みんなで勉強がんばろー」


 不穏な影が見え隠れしつつも、こうして俺たちの学生生活は幕を開けることになった。





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