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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
241/352

第234話 アンフェール大学

 


 アンフェール大学校。刻印都市ルーナリアにそれが創設されたのは300年もの昔だ。


 ルーナリアの歴史そのものとも言える、由緒あるアンフェール大学は、ロスメルタにおける知識の宝庫。

 各地から研究者や学生が集まり、都の一角で学園都市とも呼ばれる特別区を形成するほどに日夜盛んに研究や実験が行われているようだ。


「あそこは素晴らしい学校ですわ。私の息子も数年前に卒業しているのよ」

「学校ですか。確かに調べ物や、波導について理解を深めるなら最適ですよね」

「ちょうど二の月から新学期が始まるわ。急げば今期の開始に間に合うんじゃないかしら」

「学校……。私、学校に通ったことがないので少し憧れます」

「私も家庭教師の先生に勉強を教わりましたから、全然想像できませんよ」

「みんなで学校に通うなんて、なんだか楽しそう! って、あれ、どうしたのナトリ?」

「…………」

「ナトリくん、なんだかちょっと顔色よくないです。大丈夫ですか?」



 俺は学校が嫌いだ。大キライだ。何しろ一つもいい思い出がない。

 その代わり嫌なことならいくつだって挙げられる。学校なんて忌々しいもの、もう二度と関わらずに済むと思っていた。


「いや、なんでもないよ……」


 アンフェール大学なら、厄災や影の軍勢についての色んな資料や文献があるかもしれないし。創世神話や魔法について研究している人だっているかもしれない。

 ルーナリアの街で、ただ迷宮出現を待つよりきっと有意義な時間を過ごせるだろう。


 けど……、正直なところ気が進まない。



「ええんやないか? 迷宮が出現するのもいつになるかわからんし、目的もなくただ待ち続けるんはちょっとな」

「迷宮の出現時期とかって、ある程度予想されてたりするんですか?」


 リィロの質問に対し、アリョーナは首を傾げて答える。


「そのような研究がされていると聞いたことはありますが……、正確な日時がわかるわけではないのです。大体三年から五年くらいの間隔ですわね」

「そろそろ現れてもおかしくはないけど、一年以上出てこない可能性もある……。って感じですね」


「みんなは、アンフェール大学に入学してみたいと思うのか?」


 俺の問いにみんなは揃って頷いた。

 こうなってしまっては、俺一人意地を張ったところでどうしようもない。


「じゃあ、迷宮が現れるまでの間学校に通ってみようか」

「決まりだね」

「アンフェール学園都市はグレナディエ区にあります。ここアマリリスからは少し離れていますから、学生寮に入寮するのが良いでしょうね」

「ところでアリョーナ叔母さま、アンフェール大学には入学資格や試験はあるのでしょうか」

「いいえ。あの学校は学ぶ意志ある者全てにその門扉を開いていますよ」


 つまり授業料さえ払えば誰でも講義を受けられると。進級や卒業ができるかはまた別問題だろうけど。

 学校に対するトラウマとは別の部分でまた不安だ。俺、授業についていけるのか?


 俺が一人胸の内に抱く不安とは裏腹に、みんなはなんだか楽しそうだ。


 楽しそうに学校について語るアリョーナの話を、ふわふわと暇そうに近くを漂っていたフラーを捕まえ膝の上に乗せながら聞いた。




 §




 翌日、俺たちは早速グレナディエ区の学園都市までやってきた。

 朝からアリョーナ夫人の屋敷を発ち、アマリリス区とグレナディエ区を接続する移動用リフトに乗った。

 都市の下部にある動力機構から供給されるエネルギーにより、離れた区間を行き来する自動リフトが利用できるのだ。


 機械的に動く金属製の屋根つきリフトにみんなで乗り込んだ俺たちは、ゆっくりと動く都市の景観を興味深げに窓から眺めていた。



 一刻ほど街を遊覧するようにしてグレナディエ区に辿り着いた。アンフェール学園都市は非常に大きな街で、途中リフトの窓から学校の全容を見渡すことができた。


「これがアンフェール大学校……!」

「でっかー……」


 浮遊する居住街区に囲まれるようにして年季の入った色あせた赤い校舎が浮かんでいる。まるで城のように複雑な建築に、増設を重ねたように様式の微妙に異なる校舎が連なっている。


 円環状の校舎が上下に重なるようにして浮かび、それぞれがゆっくりと回転している。全体像は巨大な山形で、300年の歴史の重みを感じさせる威容を誇っていた。

 周囲には整備された街並みが広がっているのが見下ろせる。


 発着場でリフトを降りると、すでにそこはアンフェール学園都市と呼ばれる地区だった。ここらはもう既に学生や研究者が集まり居住している地区なのだろう。


 今日は見学を兼ねた入学と入寮手続きのために皆でやってきた。


 それにしてもルーナリアの街並みは独特だ。プリヴェーラが童話の世界だとすればここは刻印回路が張り巡らされた機械都市といったところ。雰囲気は王都エイヴスの王宮オフィーリアに近いか。


 フウカも興味深げに学園都市に立ち並ぶ高層建築を眺め回している。


「なんか楽しそうだなフウカ」

「みんなと一緒にいろんな場所を旅できて、私すっごく嬉しいんだ」

「そうなの?」

「うん。昔の事は全然思い出せないけど、みんなと一緒に旅した事は確実に私の大切な思い出になるから」


 思い出か。……そうだよな。


 もしかしたら明日全ての厄災が同時に復活して、こんな日常が永遠に失われる可能性だってあるのだ。

 フウカの笑顔やみんなとの日々を出来るだけ憶えていたい、とそう思った。




 §




 学校の大門を潜り、動く歩道に乗って大学の敷地の中心へ辿り着く。巨大なアンフェール大学の校舎は直上に浮かんでいる。


 中心地に建つ、広くて天井の高い壮麗な円形のホールに入っていく。入り口でキョロキョロと周囲を見回していると、後から来た揃いの学生服を着た男達がホールを進んでいった。


 彼らは壁際にずらっと並ぶシャッターの前に進み、扉の横にあるレバーを引く。ガラガラとシャッターが開き、彼等が中へ入ると昇降機はそのまま上昇を始めた。


「この昇降機に乗って上の学校まで上がるみたいですね」

「よーし」


 フウカが男達と同じようにシャッターの一つを開く。全員で昇降機に乗り込むと、箱は上昇を始めた。

 学園都市の景観を横目に箱は高度を上げていき、やがてチン、と音を立てて停止した。


 昇降機を降りた先には、高い吹き抜けのこれまた広いエントランスロビーが広がっている。太い柱が並び立ち、高い天井まで張り巡らされたガラス窓の数々が印象的だ。


 受付カウンターに座るコッペリアの学校職員に声をかける。


「入学したいのですが、どこで受け付けてもらえますか?」

「本校にいらっしゃるのは初めてでしょうか」

「はい」

「でしたら、もうすぐ入学説明を兼ねた軽い見学会が開かれる予定ですので参加してみてはいかがでしょう」

「なるほど、俺たちも参加したいです」

「あちらで少々お待ち下さい」


 女性職員が示したロビーの一角には人が集まっていた。見学参加者達だろう。


「見学会ですか、わざわざ説明してもらえるなんてありがたいですよね」

「渡りに舟やな。正直右も左もわからん」

「なんか親切だよねー。校舎の中もすっごい綺麗にしてあるし」


 その後俺たちは揃って見学に参加し、学校についての説明を受けた。




 §




 アンフェール大学への入学は、前期と後期に分かれた学期の授業料をその都度払えば可能になる。

 それなりの金額ではあるが、学生となって学校にある各種施設が自由に利用できるようになり、大学教授達の講義を受ける事ができる。


 出費は痛いが俺たちの懐はプリヴェーラ大暴走の戦果によってそれなりに潤っているし、学業の合間にみんなでモンスターを討伐して素材を売ればなんとかなるだろう。


 とりあえずこれから始まる前学期の授業料を払えば当面は学生となれるので、そこは皆問題ないようだった。


 ただ、リッカはさすがに手持ちが心許無く俺がいくらか貸すことにした。拾ってよかった迷宮産風のフィル結晶。本当に。

 フウカの方は一応王宮神官の職務として旅をしているので、エイヴス王国よりある程度の経費が支給されているので問題ない。


 リッカは申し訳なさそうに謝った。彼女から金銭関係で謝られるのは最早何度目だろう。



 とはいえ入学に際した出費はそれだけでは済まないし、寮費や食費も稼がねばならない。そうそう暇ということもなさそうだ。

 学校の方が落ち着いたら、とりあえずルーナリアのバベルに顔を出そう。


 あまり贅沢もできないので、学生寮は揃って下位グレードのものを選ぶことにした。

 資金に余裕のある波導術士の三人は俺たちに合わせる必要はないのだが、寮の場所の問題であまり離れるわけにもいかず、同じところを選んでくれた。正直申し訳ない気分だ。


「俺は別にどこでもかまわんぜ。ま、普通に寝られればの話やけどな」

「私はみなさんと同じところが良いです。庶民的な暮らしというのにも憧れますし」

「私も。っていうか、普通に節約したいだけだったり……」


 三人ともそこまで嫌がる風でないのが救いか。とはいえ資金面はちょっと不安。みんなでバベルに行き、わりのいい依頼でも探す必要がありそうだな。



 肝心の授業の内容だが、アンフェール大学には無数の学部が存在する。学部毎に専門課程の内容は異なり、学びたい分野に合わせて学部を選ぶ事になる。


「俺は普通に波導学部やな。お前らもか?」

「はい。一通り学んだとはいえ、ここで行われている専門的な研究にも興味がありますし」

「私も波導ですね。フウカちゃんも?」

「うん。もっとちゃんと波導術(ウェザリア)のこと知っておきたい」


 フウカが勉強か。あんまりイメージできないけど大丈夫か……。


「俺は刻印学部に入ろうと思う」

「え、ナトリは違うところなの?!」

「だって俺、みんなと違って波導使えないし……」

「そりゃ、せやろな」


 なんとなくで選んだわけじゃない。クレイルやリッカの持つ「盟約の刻印」は、神や厄災と多いに関係があるし、俺の武器であるリベリオンは機械だ。

 刻印(エメト)について理解を深めれば、今後色々と自分達のためになるような気がする……。そう思って決めたことだ。


「私もナトリ君と同じ刻印学部にするわ」

「リィロさんは波導学部じゃないんですか?」

「うん。私は響波導でも探知に特化してるから、正直これ以上伸び代もないのよ。かといって他の属性(エモ)使えるわけでもないし……。だったらこの際、刻印術について知見を得るのも悪くないかな、ってね」


 それぞれ希望の学部を決めたところで、今日のうちに入学手続きまでしていこうということになった。


 必要な金額を払い、機械によって板に自分の個人情報が刻印として刻まれた学生証を受け取った。ルーナリアではこれさえあれば住民証明にもなるらしい。ありがたいな。


 さすが刻印都市と呼ばれるだけあって、住民情報の管理もしっかり刻印で行われているらしい。

 学生証には難解な文様が刻まれているだけのように見えるが、これはある特定の機械でしか解析できない暗号刻印を含み、落としたり無くしても売られたり悪用されたりするのを防げるそうだ。なんなら落とした場所すら検索できるそうだから驚きだ。


「入学適性試験も受けていきますか?」

「適性試験?」


 手続きが終わると急にそんなことを聞かれた。


「ええ。新入生は新学期が始まるまでに必ず受ける決まりです。試験結果によって進級に必要な単位数が変化するのです」

「そうなんですか……」


 適性試験で高得点をとれば、マメに授業を受けたり定期試験を頑張らなくても進級しやすくなり、落第する可能性を減らし自分のやりたい研究により時間を使う事ができるわけだ。


 入学早々試験があるなんて。どのみち受けねばならないのであれば断る理由はない。

 ただ、試験に対する備えなんて全くしていないんだけどな。



 刻印学部の適性試験は合同で行われるらしく、しばし待たねばならないようだ。

 波導学部の方はすぐにやるそうなので、見学のため俺とリィロはみんなの適性試験に付いていくことにした。





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