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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
七章 刻印都市と金色の迷宮
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第233話 皇都

 


 浮遊商艇オープン・セサミでの空の旅は、出だしこそ最悪だったものの道中は快適そのものだった。


 商会長ミセス・カマスの計らいにより、俺たちが船上で飲み食いする分はタダとなったので、クレイルやフウカは連日連れ立っては市場を練り歩き存分にメシを堪能していた。


 この旅の最中あの二人はほとんどの店を制覇したのではなかろうか。フウカの食い意地には驚きしかない。一体あの細い身体のどこに入っていくのだろう……。



 それはともかく、ガストロップス大陸を飛び立ち東部(イストミル)を出たオープン・セサミは、エイヴス王国の航行ルートを通って西部地域、ロスメルタに入った。

 それから五日後、ついにロスメルタ首都であるルーナリアへと至った。


 刻印都市ルーナリア。

 スカイフォール西部で最も栄えた都市。ロスメルタはコッペリアの皇族が支配する地域であり、土地柄コッペリアが非常に多い。

 ルーナリアは特に、代々刻印術(エメト)の研究が盛んに行われ、非常に高い刻印技術を誇る都市だと聞く。



「じゃあルーナリアには機械がたくさんあるのかな?」

「以前お屋敷に滞在されていた叔母様が仰っていました。街中に様々な刻印機械(エメタル)が溢れているそうですよ」


 隣に立って見え始めた刻印都市を眺めるフウカとマリアンヌが目的地について話す。


「そうだよね。だって、街そのものに刻印の力が働いてそうだもん」

「ええ……。すごいですよね」


 二人同様俺も先ほどから目を奪われていた。首都ルーナリアの全容に。



 ルーナリアは大陸の狭間に浮かぶ巨大都市だった。

 四方の空を起伏に富んだ無数の形状の浮遊大陸に囲まれ、オープン・セサミはそれを避けるようにしてゆっくりと都市へ向かっている。


 都市は自然の浮遊岩礁を残しつつも、その上に広大な街が築かれている。四つの円形都市が、中央の巨大な宮殿地区を取り囲んでいる。その一つ一つがプリヴェーラの街ほどもあろうかという規模だ。ルーナリア皇宮は陽の光を反射して銀色にきらきらと輝いている。


 それぞれ独立した街区の基底部には、巨大な歯車のような構造がいくつも組み込まれており、ゆっくりと稼働しているようだった。


「ここまで巨大な機械を見たのはさすがに初めてだな」

「都市全体にエネルギーを供給するための装置のようですね。もしかしたら古代文明の技術をそのまま使ってるのかも」


「それにしても大きな街だねー。マリアンヌちゃんの叔母さんはどの辺りに住んでるの?」

「叔母さまの屋敷は、ちょうどこの艇が寄港するアマリリス区にあるようです」



 艇内の伝声機から乗員の声が響き、ルーナリアへの到着まで後僅かである旨が伝えられる。下船手続きは既に済ませてあるので、俺達はそれぞれ部屋で荷物をまとめ乗船ホールに集合した。

 みんなと雑談していると、突然何かが背中を駆け上る感触があった。


「うわっ!」

「ニャオン」


 肩に登って俺の頭にスリスリと柔らかい体毛を押し付けてくるのは商会長のミセス・カマスだった。


「ミセ……、フローラ会長?」

「あんたたちを見送りに来たんだよ」

「会長さん、旅の間大変良くしていただきありがとうございました」


 マリアンヌが丁寧に礼を述べぺこりとお辞儀する。


「オープン・セサミの旅はどうだった?」

「すっごくいい艇だったよ。また乗りたいなー!」

「アッハハ、嬉しい事言ってくれるじゃあないかい」

「色々お世話になりました。それにしても……」


 みんながちらりと俺の肩に体を擦り付ける会長を見る。


「会長さん、ナトリくんに随分懐いてませんか?」

「何故あそこまで……」

「会長、良くしてくれてありがとう。またいつか乗りに来るよ」

「困った事があったらいつでもいいな。あんたたちに受けた恩、まだ返しきれてないんだからさ」



 船内に到着を報せる汽笛の音が鳴り響いた。


「ルーナリアに着いたようだね」


 船客乗降用のハッチが押し上げられ、外の光が艇内に入ってくる。ミセス・カマスはひらりと肩からホール中央の台の上に飛び移ると声を張り上げた。


「あんたたち! イストミルの英雄『ジェネシス』の出発だよ!」


 彼女の声に応えるように、ホールを動き回るネコ達や乗客が上階の手摺りや窓からも顔を出し、感謝と挨拶を送ってくれる。

 非常に賑やかな見送りに手を振りながら、俺達はついにロスメルタの地に踏み出した。




 §




「ここが皇都ルーナリアか」


 アマリリス区の港に降り立った俺たちは、上空に連なるルーナリアの街並を見上げ感慨に浸っていた。超巨大な円形機構の上に築かれた五つの街並は、王都エイヴスに引けをとらない迫力だ。


「うわ、広いねぇ。さっすがロスメルタ随一の大都市だわ」

「クレイルさんも来るのは初めてですか?」

「ルーナリアには一度も来た事ねェな。何しろイストミルからは大分遠い」

「ねえ、何あれ?! 道が動いてる!」


 フウカが指差す先にはおそらく歩行者用の歩道と思われる通路があったが、なんと路面自体が坂道に沿って移動していた。


「しかもみんなあれに乗ってるぞ……?」

「さすがは刻印都市。街中に機械の力が使われとるようやな」


 恐る恐る動く歩道に乗ってみる。他の歩行者と同様に、俺たちは立ったままどんどん市街の方へと運ばれていく。

 ルーナリアの建物は、東部や中央とは建築様式が異なるのか、見慣れない外観をしていて興味深い。市街地には高層の建物も多く、西部地域の建築技術の高さが窺える。


「マリア、目的地はどの辺りだろう?」

「ええっとですね……」


 ロスメルタの地図を覗き込んで唸るマリアンヌから、クレイルが地図を取り上げた。


「あッ」

「お前に任せると今日中には着けんやろ。この印んとこかァ?」

「馬鹿にしないでください。地図くらい読めますっ!」


 マリアンヌはああいうが、実際ダメだったことがあったからな。彼女がガベルの街で発揮した結構な方向音痴っぷりを思い出し、苦笑いする。


「それにしてもすごいです。至る所にこんな動く歩道が整備されてるんでしょうか?」

「思ってたよりずっと機械の街なんだな」


 動く歩道を乗り継ぎ、俺たちは目的のエリアまでたいして歩くことなく到達してしまった。マリアンヌの叔母の屋敷はほどなく見つかった。

 閉ざされた門扉に取り付けられたベルのようなものに触れると、ジリリと機械音が鳴る。


 客の来訪を知らせる装置なのか、玄関の方から使用人らしき人物がやってきて俺たちを邸内へと招き入れてくれる。




 §




「久しぶりねぇ、マリアンヌ。随分と大きくなって」

「アリョーナ叔母さまもご健在でなによりです」


 屋敷に招き入れられた俺たちは荷を降ろし、まもなくマリアンヌの叔母であるアリョーナという貴婦人にお茶をごちそうになった。


 アリョーナはマリアンヌの父であるアレク・コールヘイゲン伯爵の妹さんだ。気品に溢れながらもどこか親しみやすさを感じさせる笑みを浮かべる人の良い人物だった。


「アレクから届いた速達便であなたたちの事情は理解しているわ。うちは部屋は余っているし、ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます。お世話になります」


 俺たちも彼女に礼を述べ、ご厚意に甘えることにさせてもらう。


「お友達もこんなにたくさんいらっしゃるのね。とってもいいことだわ」

「みんな、いい人達ばかりです」

「ふふ。ところでマリアンヌ、アレクのことだけど……。あなたたちはうまくやれているのかしら? ほら、兄さんはあの性格でしょう」

「あ……、はい。とても、よくしてもらっています」

「そう、ならいいのよ。少しだけ心配だったの」


 アリョーナはマリアンヌの答えを聞いて胸を撫で下ろす。そして彼女は少し申し訳なさそうな顔で口を開く。


「みなさんには遠路遥々ロスメルタまで来ていただいたところ申し訳ないのだけど、今ルーナリアは少し物騒なの」

「何か事件でも起きているんですか?」

「ええ……。街に暮らすごく普通の人間が、突然人が変わったようになって人を襲ったり物を奪ったりする事件が相次いでいるのよ」

「それは、怖いですね……」

「本当にね。だからみなさんも人の多い場所では気をつけてくださいね」

「はい、気をつけます」


 突然人が変わって暴れ始める? とにかく奇怪な事件だ。


「ところでアリョーナさん、ルーナリアの迷宮はまだ出現していないのでしょうか?」

「そうでしたわね。あなた達の目的はあの光輝の迷宮デザイア。三年程前に出現したきりですわ。時期的にそろそろかとは思いますが」

「なるほど。タイミングはよさそうやな」


 夫人は難しい顔をして俺たちを見回す。


「本当に……、迷宮へ行かれるつもりですか」

「はい。俺たちは迷宮に入らなければいけないんです」

「光輝の迷宮へ立ち入り、帰って来たものは誰一人いないとしても?」


 彼女はそう言い切り、客室に沈黙が降りる。やはりロスメルタの迷宮も一筋縄ではいかないことに変わりはなさそうだ。


「それでも行くのですか?」

「叔母さま。私たち、ナトリさんには使命があるのです。それに、きっと厄災を放置すれば、いずれルーナリアの都そのものが……」

「…………」


 夫人としては、まだ幼い姪っ子を迷宮になど行かせたくはないのだろう。アリョーナは悲しげな表情でマリアンヌを見つめ、何かを飲み込むように目を閉じ、開く。


「光輝の迷宮はルーナリアに多くの富をもたらす存在でもあります。あれを信奉する者も少なからずいるほどに。皇家も迷宮の調査には消極的。本当に、あなた達に頼る他、ないのでしょうか……」

「イストミルでは翠樹の迷宮の過度な活性化を放置した結果、周辺地域にノーフェイスの被害が出ました」

「ナトリ君達のお陰で被害は最小限に抑えられたと聞いてますけど、もし対応が遅れていたら、システィコオラ大陸は大変なことになっていたかもしれないんです」


 同じ事がここルーナリアで起きてもなんら不思議ではない。迷宮が市街地に近い分、もっと酷いことになる可能性は高い。


「兄さんの頼みでもあるし、あなた方には出来る限りの支援をさせていただくわ」

「……ありがとうございます」


 貴婦人はふと優しい顔になってマリアンヌを見る。


「それにしても……、あの堅物のアレクがあそこまで下手に出るなんて、よっぽどマリアンヌのことを気にかけているみたいね」

「そう……なんですか?」

「ええ、そうよ。昔から全部自分でなんとかするって独りで突き進んじゃうような人だったもの。子供時代なんてね……」


 夫人はしばし幼少期の兄との思い出を懐かしげに語る。マリアンヌは興味深げに真面目な顔で聞き入っていた。

 思い出話が一段落し、話は俺たちのことに戻る。


「みなさんは迷宮が出現するまでの間、この街で準備をされるのね?」

「そうなると思います。できれば力を鍛えたり、迷宮や厄災について調べたいと思ってます」

「そう。それなら、丁度良い場所があるわね」


 俺たちはいずれもルーナリアを初めて訪れる面子ばかり。現地のことはほとんど知らない。


 何か、調べ物に適した場所でも教えてもらえるならありがたい。


「アンフェール大学校へ入学するのはどうかしら」


「……学校、ですか?」






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