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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第232話 東の英雄

 


 大型浮遊商艇オープン・セサミは晴れ渡る紺碧の空を順調に飛行していた。


 船内市場は昨夜の惨状がまるで噓であるかのように再び活気に溢れ、多くの乗客で賑わっていた。

 市場にある南部料理専門店の店内で、俺たちは揃って遅い朝食を摂っている。時刻は既に正午に近い。


 テーブルについて料理を頬張る面々を改めて見回すと、やはり暗い顔をしている者が多い。


「完全に油断していました……。昨夜も気を失ったまま何もできなかったし、情けないことこの上ないです……」


 特に沈んだ表情をしているのはマリアンヌだ。


「あれはどうしようもないよマリア。アスモデウスの魔法がなければ全滅だった。というか、一度全滅してるわけだしな」


 昨夜の事態について俺たちはそれなりに重く捉えている。厄災を倒す旅に出た矢先、速攻で全滅するなど冗談でお茶を濁せるような話ではなかった。


「ちょっと変な感じがするな、とは思ってたんだけど。結局気のせいなのかなって思っちゃった」


 驚くべき事にフウカだけは、呪いの発症前になんとなく体の異状に気づいていたようだ。それでも何か行動を起こすほどに確信があったわけではないそうだが。


「怪我の功名って言ったらあれだけどね、魔力の感覚は覚えたから、次はこんなことにならない……はずよ」


 リィロはアスモデウスに直接魔力を流し込まれている。彼女の扱う属性の特質もあってか、魔力を感知できるようになったようだ。

 厄災が俺たちの今後を憂いて、リィロにトラウマを刻み込んだとはとても思えないが。


「もっと気をつけなきゃだね……。私も今度違和感を感じたらちゃんとみんなに言うから」

「自覚が足りませんでした。気を引き締めます」


 今食っている料理もリィロが安全を保障してくれている。俺やクレイルは感知が苦手なので、こういうのはフウカやマリアンヌ、リィロに頼るしかない。



「追加のカウルステーキですー。皆さんどんどんお食べになってくださいにゃー」


 どんよりした雰囲気を纏う俺たちとは対照的な、笑顔の眩しいウエイトレスが注文していないにも関わらずどんどん料理を運んでくる。


「あの、さすがにこんなに出してもらうのは悪いですよ」

「いいえー。受けた恩にしっかり報いろとのオーナー直々のお達しですからー」

「そ、そうですか」


 それもカマス商会の掟なのだろうか。


「悪ィなねーちゃん。南部のカウルも悪くねェ」


 クレイルはそう言ってフォークに突き刺した肉の塊に齧り付く。


 ゲーティアーを倒した後、呪いに身体を蝕まれ、意識を失っていた者達は程なく皆起き上がった。

 中にはそのままぐっすり眠りこけていた者までいたそうだが、何か身体に後遺症が残るようなことはないようで安心した。



 テーブルに所狭しと並んだ料理を囲んで食していると、店の扉が開き複数の足音が近づいて来た。


「ジェネシスの皆様ですかニャ?」


 俺たちのテーブルの前までやってきた数人のネコ達の先頭に立つ、分厚い眼鏡をかけた小柄な男性が声をかける。


「はい。私たちがジェネシスですけど……?」


 ネコはずり落ち気味の眼鏡をくいっと押し上げる。


「商会長が皆様にお会いしたいと。会長執務室までおいでいただけませんかニャ?」

「会長さんが? どうしましょう、ナトリくん」

「商会の人達もゲーティアー討伐に協力してくれたからな。お礼言わないと。食い終わったら会いにいこう」


 出向く旨を伝えると食事が終わるのを待ってくれるそうで、彼等は一旦店を出て行った。

 ほどなく料理を平らげると俺たちは店を出た。


 外で待っていたミセス・カマスの使いに案内を頼み、オープン・セサミ船首の方に位置する会長執務室まで、市場を横切りやってきた。


 船首区画にある幅広の階段を上った先に執務室はあった。

 使いが大扉を開き俺たちを招き入れる。中は至る所に豪華な装飾がされた赤い部屋だった。


「よくきてくれたね、あんたたち。そこに座って頂戴」


 部屋の奥に置かれた幅広の重厚な机の上に転がっていた黒ネコがこちらを見る。

 ミセス・カマスはひらりと机から飛び降りると、四つ足でとたとたと歩き中央の応接用ソファの上座に飛び乗って座り込んだ。俺たちも彼女を囲むように柔らかい椅子に腰を下ろす。


「まずは謝らせておくれ。あんたたちにあらぬ疑いをかけて拘束しちまったことをさ」

「いえ、元は俺たちが疑われるような格好をしていたせいですから」


 魔人化したリッカを見れば誰だって警戒する。


「あんたたちのこと、少し調べさせてもらった。プリヴェーラを大暴走から救った英雄なんだってね」


 防衛戦の直後で、プリヴェーラはその話題でもちきりだった。当然伝わっているか。


「あんたたちがいなかったら、今頃この艇は死体で溢れかえってた。カマス商会を代表して、あたしらを救ってくれた感謝を伝えたい。……ありがとニャア」


 呪いにかかってしまった人達はかなりの人数にのぼる。彼等の命を守れたことに胸を撫で下ろしていた。


「目的地は刻印都市ルーナリアと聞いている。あたしらカマス商会が責任を持ってあんたたちを送り届けるニャア。艇内での飲食は全てあたしの奢りだ。存分にオープン・セサミを堪能していっておくれ」

「ほんとに?!」

「マジか! よッ、会長、太っ腹!」


 何故か始終気絶していたフウカとクレイルが一番喜んでいた。


「本当にいいんですか?」

「気にするんじゃないよ。あんたには大きな借りを作ったからね。このくらいじゃとても返しきれないさ。今後何か困った事があれば、カマス商会を頼っとくれ」

「そっか……。ありがとう、ミセス・カマス」

「フローラって呼んでほしいニャア」


 会長はするりと俺の座るソファまでやってくると、膝の上に上がって来てニャオンと鳴いた。

 思わずふさふさした首元を撫でる。しっかりと手入れされた毛並みは非常に手触りが良い。


「いいなぁナトリ。気持ち良さそう」

「会長さんもふもふだぁ……。私も触りたいわ……」




 §




 ロスメルタ行きの船に乗り込んで、早々に起きたゲーティアーの襲撃。今後、旅の途中でまた今回のような危機的状況に陥ることがないとは言えないだろう。


「もっと気をつけて行動しないとなぁ」


 市場前広場の長椅子に腰掛けて物思いに耽っていると、宿泊区画の方から駆けてくるフウカの姿が目に入った。


「あ、ナトリ」

「フウカ」

「ここにいたんだ。お昼、この前クレイルが見つけたっていう蒸し料理のお店にみんなで行こうって話してたんだよ」

「いいね、うまそうだ」


 フウカと一緒にみんなと合流しようと立ち上がり、歩き出す。広場の出口近くで遊んでいる子供達の脇を通りかかる。


「リベルオン!」


 木の枝を握って剣のように構える男の子と、それを見ている女の子が目に入る。


「あ……!」


 男の子が俺に気づいて近寄ってくる。


「英雄の兄ちゃんだ! すげー!」

「あは、ナトリのこと知ってるんだね」


 フウカが二人の子供に笑いかける。まだ幼いネコの兄妹だ。


「とーぜんだよ。だっておれたちのオープン・セサミを悪いやつから守ってくれたんでしょ?」

「危ないところだったけど、なんとかね」

「おれ見てたもん。兄ちゃんがあの黒いやつを光る剣でズババババーンって倒すとこ!」

「君、あそこにいたのか」


 男の子と女の子は瞳をキラキラさせ俺を見上げてくる。なんだろう、この期待を込めたような眼差しは。


「なぁ兄ちゃん」

「なんだい?」

「兄ちゃんはどうしてあんなに強いの?」


 正直なところ俺はそこまで強い人間じゃないと思うが、どう答えればいいんだろう。


「うーん……、みんなを守らなきゃいけないから、かな」

「おれも強くなりたいんだ。頑張って鍛えれば兄ちゃんみたいに強くなれる?」


 少年の意外にも真剣な眼差しを見て、彼と目線を会わせるために膝を折る。


「君、名前は?」

「ホップだよ。妹はチリ」


「ホップ、どうして強くなりたいんだ?」

「それは……」


 彼は少しだけ俯き、表情に悔しさを滲ませて答える。


「宿街のやつらがチリをいじめるんだ。でも、おれは体が小さくて弱いから、あいつらに勝てなくて……だから」

「そうか。チリを守りたいんだな」

「うん」

「大丈夫。ホップはもう、強くなるために一番大切なものを持ってると思う」

「え、それって何?」


 少年の胸を指差す。


「大事な人を守りたい、傷つけさせたくないっていう意志だよ。それがあれば、人間は強くなれるんだ」

「兄ちゃんもそうなの?」

「うん。俺は仲間達を守りたくて戦ってるからね。ホップと同じだ」


 俺には諦めの悪さと気合いしかない。頼れる力も才能も持ってないからな。


「おれと、同じ……。おれ、あいつらからチリを守れるかな……」

「ホップ。もう無理だ、できないって思ったら、本当に守りたいもののことを思い浮かべろ。きっと力が湧いてくる。そしたら何かを変えられるかもしれない」

「守りたいもの……」


 ホップは隣に立つ、大人しそうな幼女を見る。


「兄ちゃん、おれがんばってみる!」

「えらいぞ。その意気だ」

「ありがと。兄ちゃんみたいにいじめっ子を追い払ってみるよ!」

「頑張れよホップ。応援してる」


 立ち上がり、子供達に別れを告げる。


「あ、兄ちゃん名前! 名前教えて!」

「ナトリだ。ジェネシスのナトリ・ランドウォーカー」

「艇のみんなを助けてくれてありがとう!」


 遠ざかるホップとチリに手を振る。



「ふふっ」

「ん? どうしたフウカ」


 隣を歩くフウカがニマニマとしている。


「なんでもないよ。やっぱりナトリはかっこいいなって思っただけ」

「え?」

「私はナトリのそういうところ、すごく好きなんだ」


 フウカは満面の笑顔で言う。不意打ちでそんなこと言われるとドキッとするじゃないか。

 照れ隠しに顔を逸らして言う。


「みんなを待たしちゃ悪いよな」

「あ、そうだね。早くいこ!」


 軽く飛び跳ねるフウカを追い俺も走りだす。



 正直言って、英雄なんて重たい肩書きだ。到底それに見合うだけの能力や才能など持っていないと断言できる。


 けど、俺たちのやろうとしている事、厄災の討伐は、どうしたってそれ程の力を必要とする。あの伝説の七英雄ですら果たせなかった事なのだから。


 スカイフォールの神であるリーシャという少女から託された願い。厄災を倒し、世界を救えという啓示は、あの時からずっと俺の心に重たくのし掛かっている。


 マグノリア公国で出会った白ネコの少年を思い浮かべる。

 ダルク……、今ならたった一人で厄災に挑んだお前の気持ちが、少しだけ理解できる気がするんだ。

 お前の意志を継ぐためにも、諦めるわけにはいかないよな。


 俺達はプリヴェーラを防衛し、二体のゲーティアーを退けることができた。いずれも仲間達の力のおかげだ。


 ロスメルタの地に暗い影を落とす光輝の迷宮デザイアと、そこに封じられた厄災。きっと生半可な戦いでは済まないはずだ。それでも——、これ以上誰一人、犠牲にしてなるものか。


 今は信じる他ない。己の選択とリベリオンの力を。共に戦ってくれる仲間達を。


 窮地をくぐり抜けた事で、俺の心は艇の行先に広がる蒼穹のように、今だけは晴れ渡っていく。







六章「東の英雄」は今話にて完結です。

彼等は無事にロスメルタの厄災を斃すことができるのか。

七章も是非お楽しみに。


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