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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第231話 残された刻の中で

 


『オセの狙いは時間稼ぎか』

『おそらくな。ヤツはマスター達の呪いが発動するのをただ待てばいい。刻限まで半刻をきってる』


 多分あいつにはわかっているはずだ。俺やリッカの呪いの発症が近い事も。あのゲーティアーが俺たちに勝利するには、この船上鬼ごっこに勝ちさえすればそれでいい。


 けどこっちにはリィロがいる。彼女が七虹響波(エル・ソナーディア)を使った波導による探知網を維持している限り、ゲーティアーの居場所は即座に特定可能。

 向こうが逃げ続けるなら、最期のその時まで追いかけ続けてやるまでだ。



『わかってるなリベル。次は逃がさない』

『もちろん』


「視えた! ナトリ君、向こうに鐘楼が見える? あの屋根の上よ!」

「『アトラクタブレード』」


 オセを探し当てたリィロが叫ぶと同時に駆け出す。時空斬を放ち、時空迷宮(ルクスリア)空間の中に亀裂を生み出す。



 転移した先は噴水広場から遠くに見えていた鐘突き塔の上空だ。空中なため、風を切り落下が始まる。落ちる先、塔の上にひっそりと立つオセの影を捉えた。


「叛逆の鉄槌――、『リベリオン・オーバーリミット』!」


 リベリオンが光を放ちながらパーツごとに分離し、右腕に張りつく。全身に漲ってくる力を自覚すると同時、空を蹴ってさらに加速する。


「おおおッ!!」


 落下してくる俺に気づいたオセが驚いたように顔を上げる。その顔面に向かって拳を叩き込んだ。自らの拳越し、至近で弾けた衝撃によってオセ側頭部の装甲が砕けるのを見る。


 轟音が響き渡り鐘楼が振動する。放たれた衝撃で屋根がひしゃげるが、オセは寸でのところで身体の軸をずらし、辛くも直撃を免れている。


 片腕を押えたオセが塔を離れ、市場へと身を投げた。それを追って俺も塔から飛び降りる。落下の途中で奴の身体が影に渦巻かれていく。


「させるかよ!!」


 全身に漲る空の加護の恩恵で、空気中のフィルを足場に思い切り蹴りつけ、落下速度を上げる。転移の予備動作中のオセの腕を掴み、転移を妨害してやる。


「————ッ!」

「捕まえた、ぞ」


 空中で捉えたオセの腕を遠心力のままに振り回し、直下に迫る地面に向けてぶん投げる。落下速度の乗った投げ飛ばしによって、オセは地面にかなりの速度で激突した。

 俺も着地し、身を起こして市場に並ぶ店舗の屋根へ逃れた奴を追う。


「今のはなかなか効いただろ」


 奴らゲーティアーは紫色に光る強固な障壁を持っているが、それにだって限界はある。地面と激突したであろう左半身、オセの左腕はひしゃげてあらぬ方向に向いているのを見るに、確実にダメージは徹っている。

 逃しはしない。転移する暇も与えず捻り潰す。オーバーリミットを発動した状態なら可能だ。


 逃走しながら体勢を立て直したオセが突如切り返し、こちらに向かってくる。不意打ちのつもりか。


『高速ステップと爪撃』


 俊足とリーチの長い爪によって繰り出す攻撃を躱し、合間を縫って拳を突き出す。俺たちは互いに爪と拳打の応酬を繰り返しながら、市場の屋根の上を駆け、飛び移っていく。


『マスター。煉気が残り少ない。これ以上時間をかけられないぞ』

『どんだけ速いんだよこいつ……! 仕方ない、ソード・オブ・リベリオンでなんとかする』


 燐光ともにリベリオンが分解し、剣へと戻る。それを好機と見たか、オセは爪を振り上げ襲いかかってきた。


「ヌッ!」


 突然横合いから飛んで来た金ダライがゲーティアーの横っ面にヒットし、オセは思わず間抜けな声を上げた。振り返ると、屋根の上に顔を出したネコ達が俺たちを見ていた。


 声を上げながらその手に持つモノをオセの方に次々と投げつける。


「オレらの店をムチャクチャにしやがってっ!」

「母ちゃんの呪いを解きやがれバケモノ!」


 さらに集まって来た他の住民達も加勢し始める。オセは投擲された箒を避け、思わず後退する。そこにすかさず槍を突き出すのは、俺の後方からやってきたハチマキをしたネコだ。


 槍持ちのネコから黒い物体がこちらに飛び、ひょいと肩に乗ってきた。


「ミセス・カマス?!」

「ボーっとしてるんじゃないよ、あんた!」

「みんな、手伝ってくれるのか……!」

「戦う姿を見て確信したよ。あんたは信用に足る男だってね。お前たち! この大罪人を叩きのめしてやんな!」


 黒ネコを肩に乗せたまま走り出す。オセに向けて突きを繰り出し、屋根の端へと追いつめる。


「今ニャ!」


 ネコたちの合図で投げ縄が飛び交う。オセは爪によって容易く縄を断ち切るが、そこら中から降り注ぐ投擲物によって素早い動きが制限されてきている。



「セイッ!!」


 屋根の上へ飛び出すと同時、オセの背中へ強烈な打突を突き込んだのはソマリだった。彼の打撃はオセの紫障壁に阻まれたようだが、その勢いまでは殺しきることができず、よろめきながら俺の間合いへと入る。


「今だよ! やっちまいなっ!」

「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」


 上段に振り上げた光刃をオセの背中へと叩き下ろし、屋根板ごと断ち切る。


「グ、ォオオォ……」


 ゲーティアーは恨みを込めた眼光を俺へ向け、半分になった体で爪を突き出す。もちろんそんな弱々しい攻撃は届かない。オセを見下ろし、その紫光を放つ瞳を見つめる。


「俺たちの勝ちだ。大人しく消えろ」

「無、念……」


 オセはゆっくりと漆黒の靄に還り、やがて跡形もなく空気へ溶けていった。



 俺たちを取り巻いていた大勢のネコ達が勝鬨を上げ、飛び上がる。


「たいした男だよ、あんたはっ!」


 歓声に包まれ、俺は寄って来たネコ達にもみくちゃにされた。




 §




「危ないところであったな。お前の呪いが発動する寸前だったぞ」


 ネコ達の包囲から抜け出して噴水広場へ戻ってくると、退屈そうに宙に浮かんでいたアスモデウスが声を上げる。


「てことは……?」

「既に船内にバラまかれた魔力の気配は消えておるわ」

「なんとかなったんだな……!」


 大きく息をつく。牢にぶち込まれたときは正直終わったと思ったよ。


『リベルもご苦労さん』

『マスターが無事でなにより』


 杖を突いたまま屈み込むリィロに近づき、その顔を覗き込もうと膝を折る。


「リィロさん、大丈夫か?」

「うん……、なんとか、ね」

「よかった……。術の負担とか、ほんとに大丈夫? 出血してたみたいだったし」


 俯けていた顔を上げ、リィロは弱々しく笑ってみせる。


「……優しいんだね。大丈夫よ。ソマリさんが守ってくれてたから外傷はないし、ちょっと疲労が溜まってるだけだから。ナトリ君こそ怪我は?」

「俺も大丈夫です。リィロさんが残っていてくれたおかげでみんなを助けられたんだ」

「キュー!」

「わ!」


 いつの間にかフラーが現れ俺達の周囲を飛び回り、リィロの胸に飛び込む。随分懐いているみたいだな。


「そうだな、お前にも感謝してるよ。ありがとな」

「キュイ!」


 心配だったリィロの無事を確認し、立ち上がる。


「アスモデウス。今回ばかりは……助かった。ありがとう」


 アスモデウスは少しばかり驚いたような顔で俺を見返し、今度は愉快そうに笑い出した。


「——くははははっ! 小僧、妾に礼を言ったのか?」

「そうだよ……。お前のおかげで俺たち全員が命を拾ったのは事実だから」

「妾はニンゲン共を喰らい滅ぼす色欲の厄災であるぞ。理解できておるのか?」

「わかってるさそのくらい。お前は人類の絶対的な敵だ。……それでも、お前は、今その人間を救ったんだ」

「…………」


 アスモデウスは突然無表情になり、黙りこくったまま俺を見つめてくる。何を考えているのか全く見当がつかず、さすがに不気味さを感じる。


 ……と思いきや、今度は薄ら笑いを浮かべて距離を詰めてきた。リッカの大きな胸が密着してたわみ、腰に腕が回されホールドされる。人間とは思えない力だ。


「妾に貸しを作ったな」

「!」

「妾に感謝しておるのだろ? ならば見返りを寄越すのが筋というものじゃ」

「それは……」


 体に押し付けられた胸がぐいぐいと存在を主張し、揺れる。まずい。何がとは言わんがこれは非常にまずい。

 彼女の唇が耳へと寄せられ、触れそうな距離でアスモデウスが囁く。


「妾の要求はわかっておろう。小娘もそれを望んでおる」

「や、やめろって!」

「くふふふっ、従わぬというのであれば、再び時間を戻し、オセを復活させても良いのだぞ?」


 どちらにしても冗談じゃねえ。


「小僧、お前も小娘の事を好いておるのだろ。なんの問題があるのじゃ」


 リッカの甘い吐息が耳にかかり、くすぐったい。


「ちょっと待て! だいたい……」

「————フン、ここらが限界かの」

「え?」


 目の前にあるリッカの背から生えた黒翼が消えていっている。同様に角も小さくなっていく。


「妾に作った貸し、忘れるでない。次は、必ず————」


 その言葉を最後にリッカは目を閉じる。魔人の特徴が徐々に消え、リッカの体格が若干縮む。

 そして耳鳴りのようなものが響き、風景が一瞬だけブレた。


 突然艇の外から朝日が差し込み、周囲を明るく照らし始めた。多分、アスモデウスが外に出られる時間が終わったことで、時空迷宮が解除されて本来の時空間に統合されたんだ。

 あいつは時間を戻したと言っていたから、時空迷宮(ルクスリア)の外はとっくに朝を迎えていたってワケか。


 そして俺の腕の中には気を失ったいつものリッカが残されていた。


「リッカ、リッカ」

「んん……」


 呼びかけると彼女はゆっくりと再び目を開いた。


「ぁれ。ナトリ……くん?」

「良かった……。戻ったみたいだな」


 ほっとしたのも束の間、リッカが叫び声を上げる。


「きゃああああ! 私、なんでこんな格好で……?!」


 そういえば彼女はほとんど下着状態だった。アスモデウスがあまりに堂々としていたものだから忘れかけていたが、非常に目によろしくない。


 慌てて自身の体を抱くリッカに上着を脱いで渡す。


「リッカ、とりあえずこれ着てくれ」

「は、はい……。一体何が、どうなってるんでしょう……?」

「リッカちゃん! 元に、戻ったんだねぇ……」


 リィロがフラーを抱えてよろよろとやって来た。心底ホッとした顔をしている。リィロも羽織っていた術士ローブをリッカに着させ、戸惑いの境地にある彼女に俺たちで事の次第を説明していく。


「そんなことが……あったんですか」

「うん、なんとか呪いは解呪できたみたいなんだ」

「あの……」

「うん?」

「私、というかアスモデウスは、ナトリくんやリィロさんに変なこと、しませんでした……?」

「ぜ、全然そんなこと……、ないよ?」


 リィロが顔を引き攣らせて答える。


「うん……、ないな」


 リィロには同情するしかないが、俺の方はやらせろって迫られた程度だし。インパクトはでかかったが。


「したんですね……。わかります、二人の反応で」


 リッカは目を伏せると、その大きな瞳に涙を溜める。


「あーあー! ごめんリッカちゃんっ! 本当に大したことされてないから! だからその、ね? 泣かないで……」

「リ、リッカ……」


 裸同然の格好でうろついていたと知ったら、そりゃ普通はショックを受けるよな……。


 とにかくこんな場所に留まってても仕方ない。俺達は気を失っていたフウカ達の様子を見に、意気消沈するリッカを励ましながら宿屋へ戻る事にした。







※誤字のご報告には日々感謝です

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