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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第228話 怒れる大商人

 


「この騒動はあんたらの仕業なのかい。え、どうなんだ?」


 商会長ミセス・カマスは檻に閉じ込められた俺とリッカを見下しながら問いかける。


「違う!」

「ハン、犯人は皆そう言うよ。そこの娘、お前からは嫌な匂いがプンプンするんだよ。到底無関係とは思えないニャア」

「は。獣風情が言いよるわ」

「——ぁんだってェ? ……不遜な小娘だね。鞭打ちと水攻め、どっちが好みだい?」


 ミセス・カマスは黄色い瞳をカッと開いてアスモデウスを凝視する。二人の間に早くも剣呑な雰囲気が漂い始める。


「身の程知らずのニンゲンが。妾がその身に恐怖を刻み込んでくれようぞ」

「牢にぶち込まれながらその態度。気に入らないねぇ……。どこの田舎モンだニャア?」

「くふふっ、妾こそ彼の伝承に伝えられる——」


 慌ててリッカの口を手で塞ぐ。


「何をする小僧。無礼であろうが」


 アスモデウスが殺意を込めた視線で俺をギロリと射抜く。


「アホか! 厄災なんて言おうもんなら最早犯人確定だっての!」

「お前もみみっちい小僧よな」

「頼むから黙っててくれ……」


 ミセス・カマスを振り仰ぎ彼女に弁解を試みる。


「すみません。この子ちょっと変わってまして。変な格好して偉そうに喋るのが趣味なんです」

「アタシニャア理解できないよ」

「そうですよね。はははっ」

「——そんな戯言を信じると思ってるのかニャア?」

「…………」


 ですよね。神輿の上に鎮座するミセス・カマスの瞳は冷え切っている。


「船員にもかなりの被害が出てるんだ。このままじゃ艇を動かすこともままならない。下らない三文芝居を聞いてる暇はないんだニャア」


 ミセス・カマスが合図をすると後ろに控えていた屈強なネコの二人組が歩み出る。


 やばい……。このままじゃ元凶を探すどころか俺達が犯人に仕立て上げられる。というかアスモデウスが何を仕出かすか分からない。なんとかこの状況を変えないと……。



「待ってくれ! 俺達は真犯人に心当たりがある!」

「あぁん? 口から出まかせだったら承知しないよ!」

「俺達は本当にやってないんだ……。こっちだって仲間が何人も意識を無くしてるってのに」


 こうしている間にもフウカたちの身体はどんどん呪いによって蝕まれていく。


「じゃあ何かい、代わりにお前達が真犯人を探し出すとでも言うのかニャア?」

「——そ、そうだ。俺達を自由にしてくれれば、この事態を収拾してみせる!」


 品定めするようにこちらを探る黒ネコの瞳が光る。


「お前、犯人に心当たりがあると言ったね? 聞いてやろうじゃないのさ。詳しく話しな」


 多少は話を聞いてもらえそうな雰囲気に一息つく。


「ただし信用に値しない話、もしくはアタシがただの時間稼ぎだと感じたらすぐ拷問にかけるよ」


 黒光りする鞭を手にした屈強なネコが檻に寄ってくる。呪いの元凶を排除しなきゃどのみち死ぬんだ。なりふり構ってられる場合じゃない。なんとしてもミセス・カマスを納得させなくては。


「艇の人達に呪いをかけてるのは多分ゲーティアーだ。あんたなら知ってるだろう」

「ゲーティアー……、巷で噂の影の怪物って奴かニャア。根拠をお言い」

「あんた達も見たはずだ。触れない炎を。あれはただの波導じゃない。奴らの使う魔法って力によるものだ」


 黒ネコは側に控えるローブ姿のネコを見た。お付きの術士だろうか。彼はミセス・カマスを見上げると頷いてみせる。


「確かに波導術や刻印術の類いじゃないようだね。影の怪物が使う外法によるもの……ねえ」

「わかってくれたなら出してくれ。俺たちは一刻も早く呪いの原因を除去しなきゃならないんだ!」

「確かにあんたたちは色々と知っていそうだ。けどね、それであんたらの疑いが晴れるわけじゃニャい」

「くっ……」

「今あんたたちにできるのは知ってる情報を全て吐き出すことだけさね。それでアタシらを納得させな。言葉を使って信頼を勝ち取るんだよ。そうすればそこから出してやるニャア」


 大商人は神輿の上で寛ぐように体勢を変えると、俺に向って何か喋るように顎をしゃくって促す。



 おそらくは彼等も手詰まりな状況なのだ。問答無用で拷問を仕掛けないのは、もしかしたら俺たち……いや、アスモデウスのことを警戒している?

 考えてみれば当然だろうな。怪しい術を使って船員の意識を奪う輩だ。おいそれと手を出したら何をされるかわからない。彼等も俺たちの手の内を探ろうとしている。


 お互いに目的は一致しているはずなんだ……。彼女の言うように、言葉によってミセス・カマスを説得できさえすれば、彼女は俺たちに協力してくれる可能性もある。


 やるしかない。彼女が納得するだけの状況説明と、俺たちの身の潔白の証明。



 少しの間目を閉じ、心を落ち着ける。


 よし。


「アスモデウス。あの呪いはどうやってかける。まさか見ただけで呪いが発動するのか」

「イリスの眷属でも妾のような最上位であればそれも可能であろうが、有象無象の眷属にそんな魔力はない。直接触れるか、自らの魔力を対象に取り込ませる程度のことは必要であろうよ」

「魔力を……取り込ませる」


 乗船してから船員と直接触れ合った記憶はない。となると、もう一つの魔力を打ち込まれているパターンになるが……。俺もリッカも、みんなも、一体いつゲーティアーの魔力を取り込んでしまったというんだ?


 最も可能性が高いのはやはり食い物か。オープン・セサミに乗り込んで以降、ずっとここで買ったものを食べて過ごしている。食事にゲーティアーの魔力が混入していた……、という線はいかにもあり得そうだ。



「食べ物、か……?」

「直接触れて魔力を流し込まれたのであれば、眠っておった妾もさすがに気がつく。十中八九そうであろうよ」


 ミセス・カマスを見上げて口を開く。


「呪いの原因はゲーティアーの魔力が混入した食べ物だ」

「それで?」


 問題はいつ、どこで、誰によってそれが提供されたか。


 俺達ジェネシスは全員が呪いにかかってしまった。魔力の入った食い物を全員どこかで口にしてしまったとういうことだ。


「アスモデウス、俺たちは呪いの発動からどれくらいで死に至るんだ」

「おおよそ五刻といったところじゃ」


 こいつによればフウカやクレイル達が発症したのはほぼ同時だという。俺とリッカだけ二刻ほどのタイムラグがあるのが気になる。


 俺たちは乗船してから毎回全員で食事をしていたわけじゃない。特にクレイルは単独行動が多かったし、マリアンヌとリィロも二人で食事をする機会が多かった。

 逆にほとんど行動を共にしていた俺、フウカ、リッカの呪いの発症タイミングが不揃いなのはどういうわけだ。俺たち三人はこの三日間、同じものを口にしていたはずなんだ。


 俺とリッカを除いた他ユニットメンバーが同時に口にしていて、俺とリッカだけが食べなかったタイミング。俺たちが呪いにかかったのはきっとその時だ。思い出せ。……きっと何かあったはずなんだ。


 脳裏に初日に出会った饅頭配りのネコの顔が過った。はっとしてアスモデウスを振り返る。



「リッカの記憶で、艇に乗り込んだ直後にネコから饅頭をもらったの覚えてるだろ。あれ、あの時食ったのか?」

「小娘の記憶では自室まで持って帰っておるな」

「俺も同じ……。あの時突然小さいフラウ・ジャブ様が現れたから食うタイミングを逸した。それで、後で食ったんだ」


 俺たち以外のみんなは渡された直後にあの饅頭を食っていた。それなら俺とリッカの発症タミングがズレていることの説明が付く。あいつ……怪しいな。あの縞ネコへの疑いが強まる。



「……魔力が入った食べ物を配り歩いてる奴がいた、かもしれない」

「配り歩く? この艇にそんなことする奴はいないよ」

「いないって……本当に? 実際俺たちはあの時」


 ミセス・カマスは鼻を鳴らして頷く。


「このカマス商会にタダで物を配るネコはいないのさ。ウチの掟に反するからニャア」


 彼女の背後に控えるネコ達がざわめき始める。


「なんだい? うるさいね、静かにおし!」

「ボス、饅頭を配り歩くネコを見た者がおります」

「なんだってぇ?」


 黒ネコの指示で彼女の前に心当たりのある数名が並べられた。


「あんたたち……、まさかタダで食い物を受け取ったのかい!?」


 小さな体に見合わぬ迫力をまとい、ミセス・カマスは並べられた船員達に対して凄む。


「俺は見かけただけっす! 誓ってもらってませんですっ!」

「見かけない奴だニャとは思ったんだけど、ボク忙しかったから……」

「丁度お腹が減ってたもんで……ちょびっとだけ。ニャハハ」

「そいつを放置したんだねェ……?!」


 申し訳なさげに愛想笑いを浮かべる船員達を前に、ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうな形相で、鋭い牙を覗かせるミセス・カマス。


「……お仕置きは後だ。まずはそいつの特定だニャア。チロ、そいつの特徴を話すんだよ!」

「は、はいニャ。確か縞柄の————」

「?」


 受け取った饅頭を口にした、と証言したネコは途中で言葉を切り、急に虚ろな目つきになり黙り込む。

 突如彼女の胸にぼうっと紫色の炎が灯り、揺らめいた。同時にネコはばたんとその場に倒れ込む。


「お、おいっ!」

「……早いとこチロを医務室へ運びな。もたもたするんじゃないよっ!」

「はいニャ!」


 ミセス・カマスは俺たちに視線を戻す。


「確かにあんたたちの言い分通りだよ。怪しげな饅頭配り。ソイツが犯人だって言うのかい」

「聞いてくれ。呪いの発動には時間差があるんだ。そして一度発症してしまえば五刻ほどで死に至る……らしい」

「五刻で……かい」


 黒ネコは眉間に皺を寄せ、目を閉じる。その表情は先ほどまでの激しい気性とは裏腹に、やつれた印象を覚えるものだった。


「ミセス・カマス。頼む……。俺たちは絶対に犯人を見つけて呪いを解呪させる。だからここから俺たちを出しほしい」


 彼女の黄色い瞳を見つめ、訴える。視線が交差する。大商人はそのまま沈黙し、考えているようだった。



「……分かった。あんたたちは現状を説明するに足る材料を示した。約束は守るニャア。解放してやりな」


 見張りのネコがやってきて、錠前に鍵を差し込む。ようやく俺たちは狭い檻と密着状態から解放された。


「ありがとう。俺たちを信じてくれて」

「アタシはあんたの情報の価値に対価を支払っただけさ」


 ミセス・カマスによって無事な乗員から聞き取りが行われ、饅頭配りのネコについての情報が共有される。しかし、誰一人としてそのネコの正体を知る者はいなかった。

 ほとんどの船員を把握するミセス・カマス自身誰とも特徴が一致しないようだ。


「部外者でしょうか?」

「誰にせよ、まだ艇内に潜んでいるはずだ。まだ動けるヤツを総動員しな。引っ捕らえて八つ裂きにしてやるんだよ!!」

「へい!」


「俺たちも犯人を探す」

「部外者は黙っておいで……と言いたいところだけどね。今はエアルの手も借りたいくらいの事態だ。頼めるかい、あんたたち」

「言われなくても」

「ふん……、意外といい目をするじゃないのさ。覚悟の決まった男の目、嫌いじゃない。……ソマリ!」


 俺たちを拷問しかけた、鞭持ちの屈強なネコの一人が俺たちの前にやってくる。


「こいつらについてやりな」

「承知しました」


 身長2メイル近くある巨体の男だ。肉体派っぽい見た目と立ち居振る舞いから戦闘能力の高さが窺える。彼はのっそりと俺とリッカの側に立つ。

 おそらくは監視の役目もあるだろうが、協力してくれるということなのだろう。


「ゲーティアーを見つけるための手段、考えないとな……」


 なんとか誤解は解く事ができた。でも、俺たちに残された時間は少ない。なんとかしてみんなで生き残る方法を探すのだ。





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