第221話 祝祭
中央区第二層、プリヴェーラ創立記念館前広場。この街の中ではおそらく最も広い敷地を誇る白い石畳の広場だ。街の成り立ちに貢献した者達の石像が立ち並び、青い丸屋根の立派な記念館の前に広がる敷地は、普段は旅行者などで賑わっている。
しかし今日の記念館前広場は、集まった街の住民達によって埋め尽くされ、足の踏み場もないほどだ。その光景を、俺は記念館の前に急遽設えられた壇の上から見下ろしていた。
街のために消滅した神、フラウ・ジャブ様に皆で祈りを捧げた後、豊かな口ひげを蓄えたプリヴェーラ市長が語り始める。
「————彼らがかの魔龍を討伐し、街の防衛に貢献したユニット『ジェネシス』である。彼らの働きと東部三大賢者の力、そしてその身を挺して我々を守りたもうた神によってプリヴェーラは存続し、明日へとその歴史を刻むことができる。
街のために尽力した全ての者、そして壇上に並ぶ今度の防衛作戦の立役者達のために、惜しみなき賞讃を。薄れることなき栄誉を。新たに生まれた英雄達と共に、未来永劫、この偉業を語り継ごうではないか!」
市長の演説に観衆が沸き立つ。感謝と称賛の声が雨あられのように壇上に立つ俺たちへと降り注ぐ。
共に並び立ち、誇らしげに胸を張る仲間達を見、隣に並ぶリッカとフウカを見る。リッカは照れたように恥ずかしげに、フウカは満面の笑みで笑い返してくれる。
「守れたな、マリア」
「はい……!」
マリアンヌは目を輝かせ群衆を見ていた。彼女が守りたかったもの。命を賭して戦った理由。それがこれだ。
澄み切った青空の元、賞讃の嵐は鳴り止むことなく、降り注ぐ陽の光の中最高の仲間達と互いに喜びを分かち合った。
§
「あのお肉も美味しそうー!」
「フウカちゃん、どれだけ食べるつもりなの……?」
式典を終えた後、俺たちは三大賢者と共にバベル南支部へ招かれた。普段足を踏み入れられないような貴賓室へと通され、豪勢な食事が供された。俺やリッカ、リィロなどは恐縮していたのだが、フウカとクレイルは普段と変わりなく供される料理へと豪快に食らいついていった。
やがて食事も落ち着き、各自歓談の流れとなる。
「ふぃー、こんなうめえもん食ったのはひっさしぶりやのォ」
「俺は微妙に緊張してあんまり入らなかったなぁ」
「カッカッカ。もっと胸張ったらええんや、英雄さんよ」
「よしてくれよ」
魔龍を倒すことができたのは三大賢者の力があってこそ。彼等の力がなければ不可能だった。俺たちは所詮美味しいところを持っていっただけなのだ。
「で、ナトリ。お前はこれからどうする?」
街に帰っていきなり防衛作戦なんて大騒動に巻き込まれてしまったからな。だがそれも片付いた今、次の行動方針を決めなければならない。
「当初の予定通り迷宮を目指すよ。そして、そこにいるはずの厄災を倒す」
「神との約束、ってやつか」
「うん。プリヴェーラは守れたけど、厄災を倒さない限りスカイフォールに未来はないから」
「まったく難儀なもんやぜ。お前一人にそんな大役背負わせるたぁとんでもねえ奴やな。エル・シャーデってのは」
「仕方ないよ。厄災に対抗できるのは俺のリベリオンだけって話だし。俺がやらないと……」
王宮で死にかけ、死後の世界セフィロトでエル・シャーデと邂逅してからというもの、ずっと考えている。あまりに重い責任だ。理不尽とも言える。俺なんかに本当にやれるのか。大事な人達を守るためには、それでもやるしかない……。
こちらをじっと見つめていたクレイルが口を開く。
「俺らのことももっとアテにしろ。なんもかも一人でやろうとすんな」
「でもな……」
彼はため息をつくと自身の赤い頭髪を掻いた。
「お前一人に全部押し付けて逃げるほどロクでなしやあらへんぞ、俺は」
「そうですよ、ナトリくん。一人でやろうなんて思っちゃだめです。重圧に押しつぶされてしまいます。私たちにだって肩代わりできること、あるはずなんですから」
「二人とも……。ありがとう。本当に」
「だから俺らに言えや。手伝えってな」
「クレイル……、リッカ。二人とも、一緒に来てくれるのか」
「当然やろ?」
「もちろんです!」
二人は笑って応えてくれる。心が軽い。二人の強い意志が、俺に課された重責を和らげてくれるような気がする。なんて頼りになるんだ。
「具体的には、次はどこへ行く」
「……まず、今現在所在の判明してる迷宮は全部で六つだよな」
「だな」
システィコオラ大陸の「翠樹の迷宮ベインストルク」
ミルレーク諸島で俺たちが偶然巻き込まれた「時空迷宮マグノリア」
南部トッコ=ルルに存在する「災禍の迷宮エンシェントカーネル」
西部ロスメルタに出現するとされる「光輝の迷宮デザイア」
北部アプテノン=デイテス帝国に伝わる「霧の迷宮ミスティルレイン」
そしてエイヴス王国の「虚構の迷宮アルカトラ」
元々は五大迷宮と呼ばれていたものだ。時空迷宮については、世間にその存在を知られていないからな。
「確か、七英雄が厄災を封印しているんですよね」
「ああ。だから迷宮も七つ、厄災も七体いるはずなんだ」
「スカイフォールのどこかに、まだ誰も知らねえ迷宮があるっちゅうことやな」
一番厄介なのはこの未知の迷宮だ。所在のはっきりしている他と違って一から探し出さなければいけない。あとどれだけ時間が残されているかわからない状況だというのに。
とりあえず不確定要素の多い迷宮は後回しにして、判明しているところから確実に回ろうと考えている。
「光輝の迷宮をなるべく先にするべきだと思ってるよ」
「せやろな」
「早めに行った方がいいんですか?」
「うん。この前王都の図書館で調べたんだけど、ロスメルタの光輝の迷宮はいつでも入れるわけじゃないらしい」
「!」
「『光輝の迷宮デザイア』。ロスメルタ主都、刻印都市ルーナリアに出現する迷宮やな」
「出現……ですか?」
「そう。普段は消えていて入れない。しかも迷宮が出現するのは不定期で、数年単位の間隔が空くみたいなんだ」
「そういうことですか……」
迷宮デザイアは数年に一度、ロスメルタ主都ルーナリアの上空に現れる。しかも出現期間は一ヶ月の間のみとされている。もし遠方にいて、迷宮出現の報を受け急いで現地に駆けつけても攻略が間に合わない。しかも期間を逃せばもう一度入れるのは数年先になる。ちんたらしていたらその間に厄災が全て復活してしまう。
「つまりは刻印都市ルーナリアに向かい主都に滞在し、光輝の迷宮が出現するのを待つ……ということですよね」
「うん。王都にいる時モモフク師匠にツテを使って調べてもらったんだけど、光輝の迷宮が前に出たのは二年以上前なんだ」
「なるほどな。そろそろ出現する可能性が高なって来る頃やな」
逆に言えばこの機を逃せば向こう三年くらいは入れない可能性が高い。だから最優先にしたい。
「旅の準備を整えたら出発しよう」
「ロスメルタ、どんなところなんでしょうね。あ……、私、リィロさんやマリアンヌちゃんとお出かけする約束しちゃいました……」
「はは、そこまで急がないから。ちょっとの息抜きくらいは必要だ」
「みなさん、今度はロスメルタに向うんですか?」
俺たちの側にマリアンヌがやって来ていた。途中から話を聞いていたようだ。
「そのつもりだよ」
「またしばらくはお別れなんですね……」
彼女は銀色の頭を傾け、俯いてしまった。
「マリアンヌちゃん……」
「できることなら私もみなさんのお手伝いがしたい。でも、私には術士としての仕事がありますから」
そういって少女は寂しそうに微笑む。
「行くがよい、マリアンヌよ」
突然響いた耳慣れぬ声に視線を下げると彼女の前にガルガンティアが立っていた。
「ガルガンティア様?!」
「――お主には協会より特別な役目を任じる。ジェネシスの一員としてスカイフォールのため、彼らと共に力を尽くすのじゃ」
ガルガンティアの発言に俺たちは呆気に取られた。
「お主の力はまだ弱く頼りないものじゃ。――だが、何者にも劣らぬ可能性をも秘めておる」
マリアンヌのアイン・ソピアルのことだろうか。
「黙っていてすみませんでした」
「それはお主が決めること。じゃがマリアンヌよ、その力は彼等と共にあってこそのものではないか?」
「で、ですが私は……」
「あなたの力はプリヴェーラの人々よりも世界を救うために使うべき。マリア、ガルガンティア様はそう仰っておられるのよ」
マリアンヌの後ろに立ったエレナが、少女の小さな肩に手を置き優しく語りかける。
「お姉さま……」
確かにマリアンヌの力は素晴らしい。一緒に来てくれたら、どれだけ心強いだろうと思ってしまう。ガルガンティアはそれを見抜いているのだろうか。
「彼等と共に歩むのだ、マリアンヌよ。それが己のためでもあると、お主自身も分かっておるはずじゃ」
マリアンヌは小さなラクーンの老人に目を向けると唇を引き結んだ。
「――その任、お受けします。皆さんと共に、スカイフォールの平安のため力を尽くします」
「うむ。良く励め」
ガルガンティアは長い髭の間から覗く口を、にかっと曲げて笑った。そして三大賢者二人の元へ戻っていった。
「マリアンヌちゃん!」
「わっ! フウカさんいつの間に」
いつの間にか近くにいたフウカがマリアンヌの手をとってぶんぶんと上下させる。
「やった! 一緒に旅ができるねっ」
「あ、あはは……。はい、はい……!」
マリアンヌを抱えてくるくると踊り始めたフウカ。それを微笑ましく見守りエレナが俺たちに向き直る。
「今回の作戦でマリアが戦う姿を見て、ようやく実感したわ。あの子はもう立派な術士だって」
「カカッ、過保護も大概にしとけよ優等生。アイツはチビやが強えからな」
「全くその通りね……」
俺たちはマリアンヌと行動を共にしたことでよく知っている。波導も、心の強さも。あの歳に見合わないほどに強い。
「改めてお願いするわ。私の妹を、どうかよろしくお願いします」
「マリアの事は必ず守ります」
「絶対に無事にお連れします」
「任せとけ」
「……よかった」
エレナは長い銀髪に縁取られた美しい笑顔で答える。マリアンヌに向ける眼差しは、妹の成長と行く先を心から祝福しているように思えた。
♢
「……難儀なものね。あんな子供達に世界の命運を託さないといけないなんて」
「それが若き者の宿命じゃろうな」
「ハハッ、そんじゃガキ共を引率してやったらどうだ、婆さんヨ」
肘掛けに腕を載せなんともいえない表情を浮かべながら頬杖を付き、姦しく騒ぐジェネシスの面々を見ていたバルタザレアは、手のひらに黒闇を宿しならがカストールを睨みつけた。
「死にたいのね」
「おーこわ。口が滑ったゼ」
バルタザレアは波導を収め、ため息をつきながらグラスを傾け中身を口内へ流し込む。
「できることならそうしてあげたいけど。きっと駄目なんでしょう」
「我らには我らにしか、彼等には彼等にしか成し得ぬことがある」
「その通りね」
「ほーん、なんか深ぇこと言うじゃねえの爺さん。ま、確かにそうだが」
「今は若者らの道行きに、希望の光が灯っておることを願う他ない」
そう呟き、ガルガンティアは皺の寄った両目を静かに閉じた。




