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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第219話 破壊衝動

 


 水龍ラグナ・アケルナルの首を丸ごと凍てつかせた氷山が激しく振動を始める。とても立っていることができずに俺は地面に蹲った。


 イモータル・テンペストで粉砕したゲーティアーの破片が宙を舞う。ふと視線を上げた先に、肘から先のみが残った腕と、そこに握られたゲーティアーの杖が目に入る。空洞内に放り出されたそれはまるで、最期のあがきのように怪しい光を放った。

 杖の先から紫光の軌跡を描き、光は空洞の割れ目から上空へ登る。そして空中に描かれた文様へと達した。


「……!!」


『中断されていた術式構築が完了したみたい。まずいよマスター』


 最期の最期に文様の完成を許してしまった。詰めが甘かったか……!


『あれが完成するとどうなるんだ』

『わからない。いや————、巨大な質量を検知。具現化、いや、召喚されている?!』


 なにかやばいことが起きようとしていることだけはわかる。目の前に緋色の翼を背負ったフウカが降りて来て、俺へと手を差し伸べる。


「ナトリ、早くここから脱出するよ!」

「そうだな!」


 今や激しい揺れは氷の大空洞全体に広がり、不穏な軋みを上げている。そして足下の氷山は魔龍の討伐と同時に崩壊を始めていた。カストールのことを気にしつつもフウカの手を掴み、俺たちは宙へ浮かび上がった。


「危ない!」

「っ!」


 フウカの背後から彼女を狙って蛇のようにうねる水流が飛んで来る。


 間一髪でそれを躱し、フウカが身を翻す。


「……!!」


 分厚い氷の奥へ閉じ込められた魔龍の多眼が明滅を繰り返し、燃えるような深紅の輝きを放っていた。それに呼応するかのように無数の水弾や水流渦が俺たちに襲い来る。


 魔龍の最期の足掻きか。死が訪れるその瞬間まで、止めを刺した俺たちを許す気はないらしい。


「ううっ!!」


 高速飛行するフウカは龍の猛攻を搔い潜り、上空の割れ目を目指す。


「叛逆の盾、『アブソリュート・イージス』ッ!」


 青光の盾を展開し、下から俺たちに迫る無数の水弾を防ぐ。


「——ぐうううううううっ!」


 最期の力を振り絞った、あまりに激しい水の勢いに全身から煉気が失われる感覚を味わう。


『やばいぞマスター、煉気残量5%を切った。このままだと……!』


 攻撃はいまだ収まる気配を見せない。


「ナ、ナトリ……っ!!」



「吹き荒れろ、『百烈掌(サート・カーラ)』」

「!?」


 真下からアブソリュート・イージスに殺到する水の勢いが消え、盾にかかっていた負荷が消える。同時に激しい突風が吹き付けた。至近距離で強烈な風が巻き起こり、迫り来る水の攻撃全てを吹き晴らしていった。

 その嵐の中心に浮かぶのは、黄色い毛並みを持つストルキオ。


「カストールさん!!」


 彼は色眼鏡の奥の瞳をこちらへ向けると叫ぶ。


「よそ見してんじゃねーヨ! このまま脱出すんぞ!」

「はいっ!」


 カストールの操る「風掌(シーヴァ)」の攻撃に守られ、俺たちは氷山を脱出した。魔龍の領域を脱すると同時に魔龍の足掻きは勢いを失い、やがて途切れた。


「龍が、倒れる」


 トレト河から突き出した巨大な首が、大きな倒壊音を立てながら氷河を割って倒れ込む。その六つの赤い瞳から光が失われるのが、遠くにみえた。


「オメーら、マジでやりやがったな!」

「わ!」


 カストールがフウカにぶら下がる俺の背中を思い切り叩く。


「よかった……、生きてたんですね」

「正直終わったと思ったゼ。運良く氷河に空いた穴に落ちたんでな」

「二人とも、あれ!」


 カストールの無事を喜ぶ間もなく、俺たちはフウカの指差す方を向く。そこには想像を絶する光景が広がっていた。魔龍を閉じ込めるためにガルガンティアが作り出した氷の牢獄、その向こう側に波が生じていた。普通の波ではない。あまりに巨大、あまりに広範囲。向こう岸を見通せないトレト河の川幅全てを覆い尽くすかのような高波が、上流から迫ってきていた。



「噓だろ……」

「チッ、魔龍の仕業だ。最期の力で全てを押し流すつもりかヨ」


 死に際になんてことをしていきやがったんだ、あのモンスターは。


「どうするの?! あんなのが街を飲み込んだら何も残らない……!!」

「どうもこうもねえ。今すぐ全員避難を————」



「よくぞ魔龍を倒してくれた」

「あ……」


 氷板に乗ったガルガンティアが俺たちの背後に浮かんでいた。


「爺さん!」

「ガルガンティア様!」

「いやまて、喜んでる場合じゃねえゼ」


 老師は慌てるカストールの横をすり抜け、前に出る。


「あれは儂がなんとかしよう。お主らは上空のアレに対処するのじゃ」

「なんとかったって……、おい!」


 ガルガンティアは少し高度を下げ、今も迫り来る大津波の正面に位置取った。


「どうするつもりなんだ……」

「……え?」


 フウカの目が驚きに見開かれる。


「どうしたフウカ」

「ガルガンティア様の周りに、すごい力が渦巻いてる」

「あれだけ波導を撃ちまくっといてまだこれか。底なしかヨ……!」


 瞠目する二人の見下ろす先で、ガルガンティアは身の丈より大きな大錫杖を目の前に突き立てる。


「!」



 そして俺にも見えた。川面から水が柱となって立ち上り、ガルガンティアの周囲に集まっていく。彼を中心にして包み込むように、河から吸い上げられた水はいくつもの巨大な輪の流れとなって球体を形作る。そこから彼の杖に水が集まり始めた。周囲の水を吸収するたび、ガルガンティアの杖に灯る白光がその輝きを増していく。


「マジでやる気か、爺さん……」


 高まる冷気の気配に身を震わせる。研ぎ澄まされた空気が辺りに満ちていく。膨れ上がった白光の灯る杖を握り、彼は詠唱を刻み始める。


「——天地別れし神さびて、高き貴き高嶺よ。渡る日の影も隠らひ、照る月の光も見えず、白雲も行きはばかりて、雪ぞ降りけり。————語り継ぎ言ひ継ぎ行かん、『銀嶺(ニヴルヘイム)』」



 大波に向って突き出された錫杖。そこから闇夜を塗りつぶすほどの白光の渦が解き放たれ、大津波と激突した。


「わあああああっ!!」

「うおおおっ!」


 迸る冷気と衝撃、そして発光エアリアを間近で炸裂させたような光に思わず目を閉じる。それは何秒間か続いた後、唐突に収まった。


 目を開くと、そこには。一面白く、銀色に輝く世界が広がっていた。


 そして聳り立つ、視界を遮る氷山。厳しい自然を思わせるそれはだが美しく、まるで芸術品のようにどこまでも連なるの連峰が続く。



「これが、『銀嶺のガルガンティア』……」


 大津波は完全に停止し、トレト河に聳り立つ氷の山と化した。全てが停止する零度の世界。俺たち三人はしばし呆気にとられ、目の前に広がった銀世界を眺めた。



 


「ガルガンティア様が!」


 フウカの声に我に返り、風景を作り替えてしまうほどの大波導を行使したガルガンティアを見下ろす。彼は氷板の上でゆっくりと体を傾げるようにし、そこから足を踏み外すと河に向かって落下した。フウカが彼の後を追い急降下を始める。


 と、空間に黒い穴が開きそこから黒髪の少女、バルタザレアの上半身が現れる。彼女は落ちて来るガルガンティアの体を受け止めると、その腕の中に抱きかかえた。


「もう……歳のくせに無理するんだから」


「ガルガンティア様は大丈夫?」

「煉気切れよ。しばらくは目を覚まさないでしょうね。あれだけのことをしたんだから当然か」


 バルタザレアはトレト河上流に聳え立つ氷山の連峰を振り返る。

 どうやら命に別状はないようだ。そのことに胸を撫で下ろす。


 フウカにぶら下がりながら遥か上空を見上げる。そこには依然として、紫光で描かれた文様が浮かんでいた。そして先ほどリベルの言った通り、その巨大な陣形術式から何かが現れようとしていた。


「なんだ?!」


 怪しい文様の幅一杯に現れつつあるのは岩のような物体だった。赤い亀裂のような線——、内側に内包する高熱のエネルギーだろうか、その巨大な黒岩には炎のように赤いラインがいくつも走り、そこから火の粉が噴出している。

 岩石は徐々にその全容を現しつつあった。おそらくはその内部にかなりのエネルギーを貯め込んだ物体。俺たちはただそれを見上げる。一体あのゲーティアーは最期に何を……。


 ついに巨岩の全容が姿を現した。そしてそれは落下を始めた。————プリヴェーラの街に向って。



「ウソだろ……。あんなもん、どうしろって……」


 灼熱の尾を引くようにして街へ墜落しようとする岩塊が、夜空を赤く燃え上がらせる。唖然としてその光景を見上げる。あんな巨大なものが街に墜ちたらどうなる。きっと……なにも残らない。


「そういう……ことかよ!!」


 魔龍といいゲーティアーといい、往生際が悪過ぎる。最期にとんでもないことをしでかしてくれた。


「ナトリっ!」

「フウカ! なんとか、なんとかしてあれを!」


「……無駄よ。今からじゃ間に合わない。たとえ破壊できたとしても遅すぎる。破片は街へ降り注ぐでしょうね」

「!」


 せっかく魔龍とゲーティアーを倒し、最大の脅威を退けたっていうのに。こんな結末で終わりなのかよ。


「それでも……。街の近くにはまだたくさん人が! リッカも、マリアも、クレイルもみんな!!」

「壊させないよ、絶対に!」


 フウカは緋色の翼で一気に加速し街へ向って飛び始める。だが巨大岩石は恐ろしい速さで街へ向って墜ちている。たとえ間に合ったとして、どう食い止める。


「みんな……!」


 近づけば近づくほど、燃え盛る大岩の規模がハッキリと認識できた。直径は優に100メイルを超えているだろうか。落ちれば一体どれほどの衝撃が街を襲うのか。


 俺たちはその巨大さに、どうしようもない落下速度に思わず顔を歪める。


 ただ落とすだけ。超巨大な質量を街に向って落下させる。そんなことだけで、俺たちが必死に守ろうとする街は跡形もなく消え去ってしまう。


 間に合わない。

 どうしようもない。


 みんな————。





「……?」


 降り注ぐ巨岩の直下、プリヴェーラの街から白い物体が大岩に向って立ち上っていく。目を凝らし、その正体を見極める。


「フラウ・ジャブ様?!」


 それは街のエルヒム、いつも美しい姿で街上空を漂っている白龍、フラウ・ジャブだった。彼らは普段何が起ころうとただ()()()()()だけ。その白龍がまっすぐ大岩を目指し、天へと昇っていく。


 俺たちの見ている前で白龍は大岩に激突した。その周囲一帯に青い水の波導が広がり、障壁を形成する。フラウ・ジャブの水の波導と燃え盛る大岩が激突し、激しい衝撃波が押し寄せる。


 白龍は岩を食い止め、全身の波導を使いその勢いに拮抗しようとしていた。


「エルヒムが、街を守ろうとしてやがるのか……?」


 龍の体が放つ青光が強まる。それは急激に勢いを強め、膨れ上がった。


「————!!」


 とても目を開けていられない。プリヴェーラの夜空はエルヒムの放つ光に包まれた。光は辺り一帯を丸ごと包み込みながら、衝突した巨岩ごと弾け飛んだ。


 ようやく目を開いた時、視界に入ってきたのは夜空を流れる流星だけだった。無数の光がトレト運河の彼方へと降り注いでいく。


 俺とフウカはただその光景を眺めた。


「きれいだね……」

「そうだな」




 ♢




 その日プリヴェーラの街のエルヒムである、フラウ・ジャブは街を守るためその身に内包する生命力を使い果たし、フィルへと還った。

 龍の放つ水の波導によってエネルギーを相殺された巨岩は崩壊し、微細な破片となって夜空へ散った。


 スターレベル5、モンスターの頂点に君臨する魔龍の一体、水龍ラグナ・アケルナル。そして後にゲーティアー『アガレス』と呼称されることとなる影の軍勢の一体。


 街を襲った大暴走の核である二体の脅威は、イストミルに新星の如く誕生したユニット「ジェネシス」の新たな英雄達によって討たれたのだった。







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