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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第217話 龍を駆る者

 


 魔龍との交差の刹那、触角を狙って振り切ったリベリオンに確かな手応えを感じた。振り返ると龍の発生させる水のオーラ内を、その半ばから切断された巨大な角がゆっくりと落ちていく。

 先端に灯る光は輝きを失い、次第に黒ずんでいった。同時に元々角があった周辺の青みが明らかに薄れていく。


「やった……!」

「やるじゃねーかヨ! 確かに、水のオーラ内の属性(エモ)の強さが弱まってやがる」

「このまま……、見える部分の角を全て折れば、あの厄介なオーラを消滅させられるかもしれない」


 ふいにラグナ・アケルナルの頭が耳をつんざく咆哮を上げ天を仰いだ。角を折られた痛みに喘いでいるのか。すぐにこのまま全部へし折ってやる。


「……うぉッ!」


 上向いた状態で開かれた口が激しく明滅し、発光する無数の水弾が放射状に発射された。あろうことかその攻撃は、不規則な軌跡を描きながら俺たちを追尾するように追いかけて来る。


「おいおい聞いてねーヨ!! なんだこの攻撃は!」

「私たちを追いかけてくるよっ!」


 痛みに悶える魔龍は一層攻撃の手を強めてくる。水を自在に操作し集中砲火を仕掛けてきた。


「うおおおおおおおおっっ!!!」


 カストールが必死の形相で氷の空洞内を飛び回る。俺とフウカは障壁とリベリオンで迫る水弾を可能な限り撃ち落としていく。


「きりがないよ!」

「ぐうぁはッ?!」

「カストールさん!!」


 あまりの弾幕にカストールが攻撃を受けてしまう。俺たちにも伝わる衝撃に、彼の脚部から鮮血が散る。


「このくらいどうってこたねーヨ……」


 カストールの奮闘により二度目の頭部への接近を果たし、先ほど折ったものと対になる触角をリベリオンで切断することに成功した。


「……よーやく二本か。オーラも弱まってきたがまだダメそうだな」


 斬った角がすぐに再生するようなことはなさそうだ。首の後ろについているもう一対の角。あれを折れば頭を覆うオーラは消え去るかもしれない。だが、それまでカストールが保ってくれるかわからない。


 ふっと白い光がカストールを包む。フウカが彼に手を差し伸べ、治癒を施した。


「……?! 嬢ちゃん治癒波導も使えんのかヨ。んだこれ、とんでもねえ再生力だゼ。これならいける、か……。このままあと二回は近づいてやる。やれるなボーズ?!」

「はい!!」


 飛来する水弾を撃ち落とそうと剣を振るう。


「ボーズ、お前は無駄打ちするな。煉気を温存しろ」

「でもカストールさんの負担が!」

「……俺様の心配はいい。嬢ちゃんの治癒もある。オメーは自分の役割に集中しろヨ。奴を倒せる可能性があんのは、お前だけなんだからヨ」

「っ、……わかりました」



 魔龍の猛攻を搔い潜り接近を試みる。カストールとフウカが障壁(ウィオル)風掌(シーヴァ)で水を弾くが、それでもカストールは俺たちを庇うため傷を負う。その度にフウカが防御の合間を縫って彼を回復させる。


 ぎりぎりの戦いを続け、さらに一本の角、そしてついに最期の角を切り落とした。 魔龍の頭部を覆っていた水のオーラは四本目の触角が光を失うのと同時に薄まり、ほとんど普通の空気と変わらないまでに減衰した。



「……やった、ゼ……。後は頭に近づいてぶった斬るだけ……だ」


 しかし、カストールは風掌(シーヴァ)の繊細かつ高出力の酷使によって煉気をかなり消耗してしまっているようだった。


「カストールさん、大丈夫なのか?!」

「ああ……、俺様をナメんなヨ、ボーズ。……あ?」


 頭部のオーラが消失した魔龍が一際大きく嘶いた。その様子を見ていたフウカの顔が青ざめ、目が見開かれる。


「これ……、まずいっ!!」

「どうしたんだ、フウカ?!」


 龍の首元を固定していた氷河に、広範囲にわたってびしびしと亀裂が走っていく。それらは次の瞬間轟音と共に隆起し、割れ砕けた。そして氷の下から巨大な激流の渦が現れ、瞬く間に氷の空洞内を水で満たしていく。


「ヤロォ……、ずっと氷河の下から爺さんの氷を削ってやがったな……!!」


 激流が下から押し寄せ、どこにも逃げ場はない。このままでは全員空洞内で水没する。


「風護の結界だ。寄せ付けるかよ、『仙人掌』(ヴァナ・チャクラ)


 空洞内を満たす渦に飲まれ、押し流される。氷の空洞内は完全に水に満たされてしまった。俺たちはカストールの波導が作り出す球体状の空間の中で、押し寄せる水に抵抗する。


「チッ、野郎この空間内を水の属性で満たしやがった。他の属性を完全に水で封殺する気かヨ」


 最早水中だ。水が支配する魔龍の領域。なんとか身を守ってはいるが、こんな場所ではカストールの風による機動力は完全に削がれてしまう。まともな移動すらままならない。


「これじゃ龍に近づけない……」

「弱くはなるが、まだ俺様の風操作で進む事はできる。なんとか水中を近づくゼ」


 強烈な水流の中をカストールは魔龍へと近づいていく。だが、龍は激流に加え先ほどの水弾を再び浴びせて来る。水中こそ、奴本来の力が発揮できる場に違いない。


「あれは私が! 弾いて——、『層隔壁(オル・ウィオラス)』」


 フウカが波導で仙人掌(ヴァナ・チャクラ)の外側にさらなる壁を作り出す。防性波導術の基本的な系統術には障壁(ウィオル)系と隔壁(ウィオラス)系が存在している。隔壁(ウィオラス)系は、物理的攻撃に強い障壁(ウィオル)系よりも煉気の消費は重たいが、波導や属性攻撃を防ぐのに特化している。

 クレイルから教わることで、フウカは隔壁(ウィオラス)の上位術、層隔壁(オル・ウィオラス)も習得していた。フウカの層隔壁(オル・ウィオラス)が向かって来る大量の水弾を打ち消し、俺たちの身を守ってくれる。

 しかしフウカの様子は気になるところだ。さっきから彼女は波導を使い続けている。


「大丈夫かフウカ。まだ煉気は……」

「大、丈夫……。まだ、やれるんだから!」


 煉気量に自信のあるフウカでも戦い通しはさすがに無茶だ。早く止めを刺したいところだが……。襲い来る水弾の合間から、一際強く発光する口腔内が一瞬だけ見えた。


「あれ……、まずくないか!?」

「チイィッ!」


 次の瞬間強烈な青光が迸り、極太の水流撃がラグナ・アケルナルの口腔内から発射された。


 カストールは緊急回避で極大ブレスの射線上から逃れようとするが、間に合いそうにない。巻き込まれればフウカの層隔壁(オル・ウィオラス)といえどとても持たない。



「————叛逆の盾、『アブソリュート・イージス』!!」


 三人の体をカバーするよう、咄嗟に光の盾を展開する。全力で水中を移動しブレスの射線上から逃れようとするカストール。だが、背後から急速に水の奔流が迫る。……だめだ、飲まれる。


 青く輝く水流撃が層隔壁(オル・ウィオラス)に接触した瞬間、カストールの仙人掌(ヴァナ・チャクラ)と共にそれは消し飛んだ。


「ああっ!!」

「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 そして水流撃がアブソリュート・イージスにぶち当たると、とてつもない虚脱感を味わった。以前まだリベリオンを使えなかったころ、一撃放っては気絶していた頃の感覚に似ていた。


「ぐうううううぅぅッッ!!!」


 永遠に続くかと思われた数秒を耐え凌ぎ、水流撃は収束し光は収まった。俺たちの体はまだ無事のようだった。


『あぶね……。もう少しで落ちるとこだった……』

『よく耐えた、マスター』


「あ、あ、あぶなかったよぉ……」

「完全に終わったと思ったゼ……。お、おい大丈夫かボーズ」


 なんとか持ちこたえた盾を解除するが、すぐに喋れる状態ではなかった。煉気をごっそり持っていかれ、意識が霞みかけている。


「ナトリ!」

「まだ、大丈夫……だ! みんなキツいんだろ。俺だけヘタってたまるか、よ」


 ガルガンティアの氷山に穴を穿つほどの威力だ。ラグナ・アケルナルの水流撃は、空洞内を満たしていた水の大部分も同時に吹き飛ばしていた。薙ぎ払われたビームによって氷の大空洞は割れ、上空には夜空が覗いている。


「今ので終わりのつもりだったろーが……、水流撃は悪手だったなバケモノ。これで自由に飛び回れるゼ」


 極大の攻撃を凌ぎきったことで風の勢いを取り戻したカストールは、魔龍の首へ一気に接近することができた。ここまで接近できれば再び水流撃を喰らう危険はかなり減る。


「後は奴の首を……!」


 接近する俺たちから距離をとろうと魔龍が再び移動を始めるが、カストールの速さはそれについていく。ついに奴の首元まで達し、剣の射程内へと入る。


「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』!」


 接敵の際光剣をモンスターに向け振り下ろす。首元を狙ったが、激しく身を捩った魔龍によって狙いが外れ、光の刃は龍の口先に食い込んだ。蒼光の刃が魔龍の体を削り取る。


「クォォォォオオオォォォ!!!!」


 鮮血が滝のように噴き出し、首元の川面を赤く染めていく。どうだ、よく効くだろ。


「もう一度だ!」


 カストールが切り返し、再度龍に突っ込んだ時、大きくモンスターの頭部が沈み込む。


「河の中に潜って逃げるつもりだよ!」

「このまま逃がして、たまるかってんだ!!」


 巨大な頭部が水中に没するかというところで、急激に魔龍の動きが鈍る。見下ろすと再び水面が凍り付いていた。そして氷は見る間に魔龍と川面を浸食し、分厚い氷塊の中に閉じ込めていく。


「爺さんの援護か! ありがてぇ!」


 魔龍の放った水流撃によって射線が開け、ガルガンティアの波導がここまで届いたのだ。氷の波導により急激に動きが鈍ったモンスターは、額のみを露出させたまま氷の中に閉じ込められ、龍自体が氷山と化す。


「今なら水のオーラもないし、きっとすぐには動けないよ!」

「ああ、ガルガンティア様が作ってくれた反撃の機会だ!」

「頭に降りるぞ! それで終いだゼ」


 凍土と化した魔龍の額へ近づく。その表面は霜が吹き、白く覆われつつあった。氷を通して、完全に凍結した龍の頭部を見回すことができる。


 降りて頭を切り刻んでやる。そう思い右手を伸ばした時、突然激しい頭痛に見舞われた。


「な、ぐあぁぁぁっっ!!」

「あああああっっっ!!」

「ぐううっ! なんだ……っ!?」


 思わず頭を押えて呻くと突然体が落下し始めた。カストールの風掌(シーヴァ)が消滅し、俺たちは魔龍の頭の上に放り出されていた。


 霜に覆われた鱗の上を転がりなんとか着地する。だが、あろうことかフウカとカストールは無防備な体勢で頭部へ落下し地面に激突していた。


「フウカ! カストールさん!」


 近くに落ちたフウカに近寄るが、彼女は頭を抱えたまま転がり苦悶の呻き声を上げていた。カストールの方も同じようだ。


「あ、うう……っ!!」

「どうしたんだフウカ! しっかりしろっ!」

「あ、あたま……、頭が、割れ……」


 フウカは涙を滲ませながらのたうち回る。頭痛は俺も感じている。まるで頭の中に直接何かを流し込まれているかのような酷い異物感。だが彼女達ほど酷くはない。一体二人に何が。


『マスター、背後に異常な反応を検知。すぐに警戒を』

「!?」


 リベリオンの内なる言葉にはっとして背後を振り返る。



 頭の鱗をかき分けるように生えている大量の触角。その合間に異質なモノが鎮座していた。

 金属のような材質の見た目に反し、その造形は非常に有機的だ。人の身の丈を超える大きさの巨大な獣人。右手に持つ長い杖を龍の頭部に突き、下半身は四足でアリゲートやウーパス系モンスターのようにどっしりとしている。そして上半身はヒゲに覆われた顔を持つ老人のような、人に近い見た目。獣の背中から伸びる触手が魔龍の頭部へ張り巡らされている。


「この頭痛、こいつの仕業か?!」


 人ではない。モンスターとも違う。だが見覚えがある。


「ゲーティアー……!!」








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