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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
六章 東の英雄
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第215話 覚悟

 


「大丈夫ですか、みなさんっ!」

「問題ない。ナトリは疲れて倒れとるだけや」

「よかった……!」


 レベル4モンスター、ウルサ・マイヨルを倒し座り込んでいると、この場から離れていたリッカ、マリアンヌ、リィロが戻って来た。マリアンヌが俺の脇に屈む。


「先ほどはありがとうございました。ナトリさんが守ってくれなかったら……、私たちみんな死んでました」

「エレナさんと約束したからね。マリアをちゃんと守るって」

「本当に大丈夫ですか? すごく疲れてるみたいに見えます」

「うん、まあ……。モンスターを倒すためにかなり煉気を消耗してしまった」


 でもまだ戦える。ポーチに入った煉気水の瓶を取り出し全て飲み干す。まだ大暴走は収まる気配を見せない。ここでリタイアするわけにはいかないのだ。


 先ほどのガルガンティア協会の術士二人が瓦礫の向こうから現れた。彼らはどちらも負傷し、血を流している。


「役に立てずすまない。さっきの水流波による廃墟の崩落に巻き込まれ、足止めを食ってしまっていた」

「怪我を見せて。私が治すよ」


 フウカが彼らの前に歩み出る。


「ありがとう……、恩に着る」



「え……、なに、あれ……っ!?」


 空を見上げていたリッカが驚きの声を上げる。彼女の見ている方角を確かめると、そこには幾本もの巨大な渦巻く水柱が夜空へと立ち上っていた。


「モンスターの仕業か……?」

「そうみたいですね……。でも、あんな風に大量の水を操るなんて、強大なモンスターにちがいありませんよ」


 少なくともレベル4クラスであることは間違いない。


「次から次へと……。休んでもいられない。フウカの治療が終わったら様子を見に、……ん?」



 水柱の上がる方角から、何かが飛んで来る。空中を高速で移動しているのは、どうやら人のようだった。その人物は俺たちを見つけると、急降下してすぐ側までやってきた。


「緑髪のボーズに橙髪の嬢ちゃん、見つけたゼ」

「あなたは……」

「知ってるんですか、リィロさん?」

「一度お見かけしたことがあって。リグ・カストール様……ですよね?」

「え、じゃあこの方が三大賢者の一人、『風掌のカストール』?!」

「その通り。ま、俺様は有名人だからヨ」


 色付き眼鏡の奇抜な格好をしたストルキオは、ふんぞり返るように浮遊しながら空中で腕を組むと嘴を鳴らした。


「ガルガンティアの爺さんから、そこのボーズと嬢ちゃんを連れて来いと言われたんでな」

「ガルガンティア様が、私とナトリを?」

「おうヨ」

「最前線では何が起きとるんや。あの水柱と関係あるんか」

「『水龍ラグナ・アケルナル』。あろうことかスターレベル5の”魔龍”が現れやがったのヨ」

「……龍!」


 カストールの言葉に思わず耳を疑う。スターレベル5は、モンスターの頂点とされ魔龍と呼ばれる伝説の種のことを指す。一度現れれば災害級の被害を齎し歴史にその爪痕を残す。あの水柱は、その魔龍が起こしている現象なのか。


「レベル5?! 大暴走で手一杯なのに、も、もう終わりじゃない……っ!」

「泣き言を言うなリィロ。たとえ強大なモンスターだとしても、我々ガルガンティア協会はプリヴェーラのために戦い抜く……。ガルガンティア様もそのつもりだろう」


 魔龍出現の話を聞き、顔を青くするリィロを彼女の先輩術士が嗜める。


「カストール様、ナトリくんとフウカちゃんは何故呼ばれたんでしょうか」

「爺さんが、あの怪物を倒せんのはオメーらしかいないと言ってる。だから連れて来いってなわけヨ」

「ナトリさん達は今さっきレベル4のモンスターと戦ったばかりなんです。そんなすぐになんて……」


 マリアンヌが不安げな表情で俯く。


「まぁ、俺様も若干不安に思うところではあるんだがヨ」


 クレイルが立ち上がった俺の後ろに回り、肩に腕を回す。


「心配ご無用や。こいつらはあの厄災をぶっ倒した英雄やからな」

「爺さんから聞いちゃいるが……それホントか? 事実なら、是非とも戦力として期待してぇとこだがヨ……」


 レベル4ですら辛勝といった具合だったのに、魔龍を倒せなんて。ガルガンティア様もとんでもないことを言い出す。


「レベル5と、戦う……?」


 ……自信なんかあるわけない。隣のフウカを見る。彼女は視線に気づくと俺を見返し、力強く頷いた。フウカの決断の早さと、一見根拠のなさそうな自信は時折酷く俺を不安にさせる。

 視線を下げ、右手を見下ろす。あの時……、エイヴス王宮で厄災を消滅させた時のことを思い浮かべる。あの時同様、リベルも、フウカも、俺と一緒に戦ってくれる。……二人の力を合わせれば、魔龍を倒すことができるのだろうか。


「ガルガンティア様は、俺たちを捨て駒にするつもりなんですか?」


 顔を上げ、浮遊するカストールを見上げて問いかける。


「……かもしれねえな。爺さんはこの街を意地でも守るつもりらしいからな。けどよ、あの爺さんは無意味な戦を仕掛ける程向こう見ずでもねえ。勝算あってのことなんだろうヨ」


 ガルガンティア様を信じるなら勝機はあると。なんとなく、ここが分水嶺なんじゃないかという気がする。戦う事を選べば、もう逃げる事はできない。フウカと……、マリアンヌたち全員の命を背負う覚悟はあるのか。



「クレイル、マリアとリッカ、リィロさんのこと頼めるか?」


 クレイルは親指を自身の胸板に突きつけ笑う。


「誰に頼んどる。こいつらのことは任せろや」


 やっぱり自信なんか無い。だから信じる。フウカを、リベルを、クレイルを、ガルガンティアのことを信じる。


「ナトリ、そんな顔しないで。全部背負わなきゃ、とか思ってるでしょ。私がついてる、キミは一人じゃないよ」

「フウカ……」


 顔に出てたんだろうか。


「確かに、フウカの言う通りだよ。リーダーを任されて、責任感に押しつぶされそうになってたみたいだ」

「大丈夫です、ナトリくん。私たちのこと、信じてください」

「だから行ってこい。それとも俺らのことは信じられんか?」

「そんなことない。クレイル、みんなのこと頼む」


 クレイルが付いていてくれるなら、きっとみんな大丈夫……、そう思える。


「行くんだね。ナトリくん、フウカちゃん」

「うん、私は行く。無理しちゃだめだよリッカ。煉気、あんまり残ってないでしょ」

「……わかってるよ。二人とも、どうか気をつけて」

「私にもっと力があれば、お二人を手伝えるのに。せっかくアイン・ソピアルを使えるっていうのに……。不甲斐、ないです」

「ありがとうマリア。今はその気持ちだけで十分だよ」


「話はまとまったみてぇだな? 急ぐぜ」


 カストールがそう言うと、突然体が宙に浮かび上がった。


「うわぁっ! なんだこれ?!」

「?」


 見るとフウカも俺と同じように浮かんでいる。


「ナトリ、持ってけ!」

「おっ、と!」


 クレイルがこちらに投げたものを空中で受け取る。それはまだ未使用の煉気水だった。


「でもこれ、クレイルの分……」

「俺のことは心配すんな。まだ余力はある。お前らにこそ必要なモンや。厄災よりは楽やろ。さっさとぶっ倒してこい!」

「悪いな……! 使わせてもらうぜ」


 カストールは浮かんだ俺とフウカを連れ、みんなの側を離れていく。




 俺たちはかなりの速度で空を飛んだ。一見カストールは何も特別なことをしているようには見えないが、どうやって空を飛んでいるんだろう。

 服の襟首を掴まれ、吊り下げられている感覚だ。手を伸ばし頭の上辺りを探ってみる。すると、何か見えないものに触れた感触があった。押してみると妙に柔らかい。何も無いのに触れるなんて、なんとも不思議な感触だ。


「おいボーズ。得体の知れねぇモンにやたらと触るのは関心しねーな」

「すんません……」

「すごいね、これ。風で手を作ってるの? 練習したら私もできるかな」

「ハハハッ、面白ぇこというな嬢ちゃん。そりゃさすがに無理ってもんだ。なんせこれは俺様のアイン・ソピアルだからな」


 カストールによれば、この不過視の腕は彼のアイン・ソピアル『風掌(シーヴァ)』の超精密な風圧操作によって生み出される”風”そのものらしい。風って、精密に制御すると触れるようになんのか……。

 使い方次第で空を自在に飛び回ることも、こうして手足の代わりに使うこともできるようだ。



「あれが水龍ラグナ・アケルナル……」


 水没地区の途切れた先には荒波が立ち、上流にはいくつも巨大な渦ができていた。

 そして大渦と水柱の中心、川面から巨大な首を突き出し、街へ接近する刺々しい姿をした蒼い龍が見えた。嫉妬の厄災レヴィアタンほどの規格外さはない。だが、明らかにモンスターの枠組みから外れるほどの巨体だ。体の周囲に激しい水のオーラを纏い、近づくだけで押し流されそうな威圧感を放っている。


「あんなのが街に到達したら、何も残らない……」

「ねえ、あれっ!」


 魔龍と街の中間、荒れ狂う川面に突如真っ黒な穴が開いた。光を吸い込むような漆黒の領域はみるみる拡大し、直径50メイルに達するまでに大きくなり川面を覆う。


「バルタザレアの婆さんの影人形だな。あれほどの規模のは滅多に見られねえ」


 漆黒の穴が隆起する。穴から這い出て来たのは、黒一色に塗りつぶされた巨大な影。見上げるほどに巨大な影が起き上がり、それは頭と手足を備えた形を成す。作り出された巨大な影は、頭から小さな二つのツノを生やしたずんぐりとした体型だ。

 それは穴から這い出すと巨大な水飛沫を立てながら運河の中を魔龍に向けて歩み始める。


「すごい大きさ。大抵のモンスターは踏み潰せちゃいそう」

「すげえ……。あれなら龍を倒せるかも」


 河を進む超巨大な影人形の姿に思わず拳を握りしめる。


「無理だ。見た目ほど強度はねえし、向こうには……」


 街に向けて突進する魔龍の口元から僅かな光が漏れた。


「っ……!? チッ、こりゃあまずいゼ……!」


 飛行していたカストールは突然進路を変更し、速度を上げる。


 ラグナ・アケルナルが口を開く。そこから覗いたのは怪しく輝く蒼光だった。それを見た瞬間、背筋を悪寒が駆け抜ける。


「あ……だめッ!」


 突進を仕掛けたバルタザレアの影人形が魔龍と激突した。激しい振動と轟音が俺たちの元にまで到達する。影人形は魔龍の巨大な鎌首に腕を回し、脇に挟み込むようにしてホールドした。その直後。


 水龍の口元がカッと明滅した。そしてそこから一直線に蒼光が放たれる。光を帯びた水の激流は、影人形に抱えられ僅かに上向いた口から夜空を縦に薙ぐように放射されて雲を割った。



「きゃあああああっ!」

「うおおおおおおっ!」


 俺たちがさっきまで飛んでいた空間を大量の水の衝撃波が過ぎ去っていく。その衝撃の余波を受け、俺たちも体勢を崩して吹き飛ばされた。

 ウルサ・マイヨルの水流波なんて比較にならない。


 今の極太水ブレスの斜線を、バルタザレアの影人形が街から逸らしていなかったら。間違いなくプリヴェーラの一角は吹き飛んでいた。すぐに体勢を立て直したカストールが口を開く。


「なんだよ今の水流撃、ヤバすぎんだろ……。濃縮された水のフィルが発光してやがったゼ」

「死ぬかと思った……」

「ありゃ掠っただけで全身弾け飛ぶな。とにかく、早く爺さんのところへいく。あのぶんじゃ婆さんもそう長くは持たねえ」


 影人形は雲にも届きそうなほどの水柱を上げながら、魔龍の首と格闘を始めていた。モンスターの長い体躯を組み伏せようと漆黒の巨腕を振るうが、魔龍の長い腹がその巨体を横から打ち据える。


「あれは……」


 カストールが高度を下げ始めた。トレト河の上に浮かぶ氷の板が見える。そこに乗る二つの影も。

 氷塊に接近したカストールは空中でぴたりと停止した。そこに佇むガルガンティアとバルタザレアを見下ろす。


「おい爺さん、連れてきたゼ」

「……遅いんだよ、若造」

「面識すらねーんだぞこっちはヨ」

「ご苦労じゃったなカストールよ」


 影紡のバルタザレアは相変わらずの裸同然の格好で俺たちを睨んでいたが、かなり苦しげにその表情を歪め氷塊に膝をついている。


「暴れ龍を取り押さえるのもそろそろ限界なのよ。ガルちゃん、こいつらで本当にやれるの。――って、お前は昨日の……」


 バルタザレアに睨まれると思わず体が硬直してしまう。つい視線を逸らしてしまった。


「お主ら、カストールから事の次第は聞いておるな」

「はい、おおよそは」

「正直に言うが、儂らだけでは彼の水龍ラグナ・アケルナルとこの大暴走を止めることはできぬ」

「賢者さま達でも無理なの?」


 ガルガンティアが頷き、白ヒゲと白髪に覆われた顔を上げて俺とフウカを見る。


「だが、ゲーティアーを退け厄災を討ち倒したお主らであれば、魔龍を倒せるじゃろう」


 エレナやマリアンヌ辺りからその話を聞き及んだのだろうか。東部三大賢者が全員揃っても太刀打ちできないという、そんな怪物を俺たちでやらなきゃならないのか。だが……。


「後には引けない……。俺たちは必ずマリアを、街を守るって決めた。そうだよな、フウカ」

「ナトリの言う通りだよ。そのためだったら、龍とだって戦う」


 俺たちの様子を窺っていたカストールが笑う。


「へっ、ガキのくせにいい目しやがるじゃねーかヨ。オメーらのこと少し気に入ったゼ」

「どのみちこのままじゃ、他に打つ手は無さそうだしね……」

「よい覚悟じゃ。儂らもお主ら二人に街の命運を託そう。力及ばぬ我らに代わり、魔龍の討伐を頼む……」


 そう言うと、あろうことがガルガンティアは俺とフウカに向かって頭を下げた。カストールとバルタザレアはその様子に目を見開いた。


「……! は、はいっ!」


 彼もプリヴェーラを守りたいのだ。どんな手段を使ってでも。賢者達は厄災を倒した俺たちのことを信じようとしてくれている。できれば、その期待に応えたい。


 龍を倒す。俺とフウカで、必ず。






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