第202話 絶望の果てに
君達二人が最後の希望だ。
ルクスフェルトはそう言い残すと、金獅子の背に飛び乗り飛翔していった。
彼が飛び立った直後、空に眩い炎と爆炎が広がる。炎は空を駆け巡り、厄災の地表に破壊の炎が降り注ぐ。
ルクスフェルトが体を張って厄災の注意を引きつけ、時間を稼ごうとしている。
後には俺とフウカだけが残された。
必死に思考する。リベルも一緒にひたすら考える。
一刻も早く、「答え」を見つける。でなければ、そうでなければ……。
「ナトリ————」
フウカが縋るような瞳で俺を見た。額に手を当て、ひたすらに頭を回転させる。
「どうすればいい……っ? みんなを助けなきゃ。今すぐレヴィアタンを止めなきゃいけないのに……っ!」
「————」
「わかんない、わかんないよぉ……!!」
「————っ」
「もう、力だってほとんど残ってないのに……。早くしなきゃ、リッカが、クレイルが、マリアンヌが、モモフクさん達が……っ!」
フウカが地面に膝を突き、蹲る。その両手が握りしめられる。
「ナトリっ、どうしたら……」
今、この瞬間だ。ここで何かできなければ全てが終わる。
俺にも、フウカにも、ルクスフェルトにもレヴィアタンの分厚い肉体を貫き核へと到達できるほどの力はない。
他の場所では時間がかかりすぎるし、距離がありすぎる。
ここから、最短距離で核を攻撃するために……、もっと力が必要だ。
でも、一体どこにそんな都合のいい力がある?
「く……っ」
リッカの盟約の印や、ダルクの使っていた時空騎士剣キャスパリーグ。あんな風に神の力を引き出せるようなものはそうそうない。
神の力……。それはつまりエル・シャーデ、リーシャという少女の力のこと。
神の名、リーシャ・ソライド。フウカもまた彼女と同じ名を持つ。
ただの偶然? いや……違う。
俺は違うと信じる。
思い出せ。今まで体験した信じられないような数々の出来事を。
翠樹の迷宮で会ったガリラスの亡霊はフウカのことを「神」と言った。
時空迷宮に囚われていた英雄ダルクも、フウカについて何か特別なものを感じているようだった。
エル・シャーデを直接知る者達の言だ。フウカは厄災や迷宮と関わりがある。そしてリーシャとも絶対に何か関係がある。
だったら——、フウカも英雄達のような神の力を使える可能性はないか?
彼女に発現する緋色の翼。あれにはきっと何かある。絶対に、普通の波導とは異なる特別なものだ。
もし……、もしあれが神リーシャの力に似た何かなら。
『迷宮は神によって創造された。ならば、そこに働く力と同等の力であれば厄災に通用する可能性は高い』
『リベル』
俺は地面に膝をついてうずくまるフウカの前にしゃがみ込み、その両肩を掴む。
「フウカ。俺は君の力を信じる。君の『翼』には、まだ隠された力が眠っているはずだ……。それは厄災に通用するものだと俺は考える」
「ナトリ……」
絶望に顔を歪めるフウカの瞳を見つめる。
こんな顔をさせないために。託された意思を果たすために。みんなを救うために。
フウカの力を引き出さなければ。
「本当に……?」
「ああ、本当だ。できるはずだ、フウカなら、きっと……!」
「でも、どうすれば——」
フウカの両手をとって握る。
「呼び覚ますんだ。君の中に眠る力を……。俺も一緒に呼びかけるから」
「わかった……」
こんなことをしても、俺に何かができるとは思えない。それでも、やるしかないんだ。
フウカの両手に想いを伝える。心の中で呼びかける。フウカに、そしてリーシャに向かって。
「————!」
フウカの背に浮かぶ、緋色の翼が動いた。
細いプレート状に連なる薄い羽根が、フウカの体を回り込むようにして前方に移動していく。
背から前に展開された翼は、別の形をした一枚の板状へと組み変わった。
そしてそのプレートに文様が浮かび上がる。
「これは……」
そこに浮かび上がったのは、いくつかの文字が刻まれた丸い文様と、それを相互に繋ぐ図形だった。
まるで葉や根のように広がる図形は一本の樹を描いたもののようにも見える。
そして、浮かび上がる丸い図形部分の一つだけがゆっくりと点滅するように光を放っていた。
フウカは手を伸ばし、その光る文様部分に手を触れた。
♢
セフィロト領域と呼ばれる魂が還元される場所、そこに存在するとある場所に少女は隔離されていた。
リーシャは空っぽの塔の内部のような青白い空間で長椅子に腰掛け、瞬き一つせず虚ろな瞳をただ虚空へと向けていた。
「————」
違和感を感じ取った彼女は、セフィロトの翼をその背に浮かび上がらせた。
翼を前面へと展開し、コンソールモードへと移行させる。
彼女の瞳は、蒼みを帯びたディスプレイに浮かび上がる一つの文様に吸い寄せられた。
「まさか。ありえない。『イェソド』の接続申請……? これは私専用のセフィラであるはずなのに」
リーシャはセフィロトの翼に浮かび上がる「イェソド」の文字を見つめ、その理由について考えようとするが、その前に先ほど自分がここに呼び寄せた少年のことが思い浮んだ。
リーシャは思う。もし、あの少年が関係しているなら。
迷う理由などない。けれど——、気になる。
それもそのはずである。イェソドのセフィラを使えるのはリーシャ本人をおいて他にいない。いてよいはずがないのだ。
そこでリーシャは一つの可能性に思い至る。
「まさか、『彼』はまだ生きている……?」
もし、彼女の考える通りであったとすれば。
彼女の世界が直面する危機は、厄災だけではない。さらに予想不可能な事態が起きる可能性がある。
「でも、ここにいては何もわからない」
彼女は元より囚われの身であった。このセフィロト領域に幽閉され続ける限り彼女は無力である。
今はあの少年に全てを託すことしかできない。
彼女はそう判断を下すと、点滅するパネルに手を触れた。
「未だ見ぬ誰か。私の力を、あなたに託す————」




