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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第20話 ストルキオの男

 


 エイヴス王国中央に位置する王都から、東に三日ほど浮遊船で移動すると東部イストミルへと入る。

 目指すのは東の空の玄関口でありながら最大の土地面積を誇るガストロップ大陸、オリジヴォーラ港だ。


 五番街のターミナルから出発した中型浮遊船は、オリジヴォーラに三日後の朝方入港予定だ。


  俺たちの目的地はさらにそこから船を乗り継ぎ丸二日。東部辺境のクレッカという土地。ガストロップス大陸からはかなり低い高度に位置する俺の故郷だ。




 船旅は退屈だ。最初の方こそ、通りかかる土地や雄大な空の景色をデッキからのんびり眺めたりしているが、さすがにそれにも飽きてくる。

 そうなると船客たちは雑談に興じたり、ある者は読書、ある者は賭け事、またある者はただ物思いに耽ったりと各々の方法で狭い船内での時間を潰すこととなる。


 王都を出てから一晩経ち、俺たちは船内食堂で朝食を摂っていた。

 この数日の間に負った身体中の怪我は程度こそ軽いもののまだ治ってはない。体を動かすのにも気を使う。本来ならもっと静養すべきなんだろう。


 久しぶりに予定のない比較的ゆっくりとした朝はありがたい。


 船内食堂はそれなりの広さがあって長テーブルがいくつか設置されている。食事時間ももうあと半刻ほどだが、食堂はまだそれなりに船客で賑わっていた。


 俺とフウカはカウンターで朝食の載ったトレイを受け取ると長テーブルの一つに着く。ゆったりと雑談を交わしながら朝食を食べていると声をかけられた。


「エアルの兄ちゃん嬢ちゃん、ここええか?」


 隣を見上げるとトレイを持った赤毛のストルキオの男が立っていた。


「ああ、どうぞ」


 空席はあるはずだが長身の男はわざわざ俺の隣に座り気安く話しかけてきた。


「乾パンに干肉。シケとるよなァ。そう思わんか」


 俺たちは突然話しかけてきた男に戸惑って少し警戒する。


「カッカッカ、そう構えなさんな。俺はクレイルいうモンや。よろしゅうな」

「俺はナトリでこっちはフウカ。よろしく」


 やたらと気安い男、クレイルは勝手にべらべらと喋り始める。この旅は王都からの仕事の帰りだということらしい。

 退屈で死なないように適当な船客に話しかけて回っているそうで、確かにこの気安い男にとって一人旅は退屈しそうだと思った。


「ん、嬢ちゃんもしかしてストルキオは初めてか?」


 口を開かないフウカが自分をまじまじと見ていることに気がついたクレイルは彼女に聞く。

 フウカがうなずくと、クレイルはどや、変わっとるやろ? と着込んだローブを捲って翼の名残が残る腕を広げながらカッカッカと豪快に笑う。


「ストルキオは王都じゃあまり見かけんやろうしな」


 ストルキオも七種族の一つだ。主に東部に多く暮らしていてるらしい。大きな嘴が特徴で、顔だけみれば鳥に近い。体は全体的に細くしなやかで、体格はエアルと似ている。頭髪以外の体毛が少ないエアルと違って羽毛に覆われていることが多い。

 クレイルの腰、ローブの隙間にちらりと赤いエアリアの輝きが見えた。杖だ。


「クレイルさんは波導術士(ウィザー)なんだな」

「おお、せやな。俺らからすれば当たり前やけど」


 他種族に比べるとストルキオは種族レベルで波導適正が高いのだ。彼らの中では波導が使えない者の方が少ないと聞く。


 フウカや俺達を襲ってきたユリクセスの女のように、この世界を満たしている「フィル」という物質を自在に操ることができる力を持つ者を「波導使い」と呼ぶ。

 そして、その波導をちゃんとした師匠の元で系統立った学問として学び、修めた者は「波導術士」となる。

 術士は非常に人気があって稼ぎもいい職業だが、生まれつき高い波導の適性を持ってないと就くことのできないエリート職だ。


「気持ち悪ィからクレイルでええ。そう年も変わらんやろ俺ら」


 エアルから見るとストルキオは年齢がわかりづらい。他種族の見分けが付かないのは割とありがちなことだが。


「クレイルはどこへ?」

「俺はプリヴェーラや。あんさんらは……」

「俺たちはクレッカだよ」

「クレッカ? 聞いたことあらへんな。遠いんか」


 話してみるとクレイルは随分と気さくなストルキオだった。そのことを伝えると、ストルキオには気難しい者が多いと言われるが自分のようなタイプもちゃんといるのだと誤解を解くように弁解した。


「なんで俺たちに話しかけてきたんだ?」

「そらあんさんらかなーり目立っとるし。同年代やったてェのもあるが」

「俺たちが?」

「自覚しとらんのか……。橙色の髪に薄紅の目、深緑の目と髪のエアルがおったらそらァ目立つやろが」


 フウカの見た目が派手なのはよく知ってるが、俺だって人のことは言えなかった。俺の緑がかった髪色と目の組み合わせはエアルじゃかなり珍しい。というか王都でも見たことない。


「せやから面白そうな話聞ける思てな。こいつらはただもんやないと」


 別にそんなことないと思うけどなぁ。


 でも代わり映えしない空の旅で退屈しているのはこっちも同じだ。プリヴェーラに住んでいるということだからソライドの名について聞いてみてもいいかもしれない。


 食堂の開店時間が終わりかけていたので、俺たちは食べ終わった食器を片付けてクレイルと一緒に甲板へと出た。



 船内にはロビーもあるのだが、今日は天気もいいし風も静かなので屋外は気持ちがいい。甲板にはテーブルセットもいくつか用意されているため、俺たちはそこに落ち着いて腰を据えた。


「しっかしナトリは美人の恋人連れとるな。この色男め」

「フウカは恋人じゃない。俺は彼女の保護者というか、身元引き受け人とかのが近い」

「それを恋人言うんとちゃうか?」

「……いや違うだろ」


 クレイルは俺たちの間柄について聞きたがった。特に隠すようなこともないし、時間はたっぷりとある。

 俺はフウカと出会ってからの慌ただしい一週間の事を語って聞かせた。もちろん王冠(ケテル)やドドのことは伏せておく。 


「ナトリ、お前さんええ奴やなァ。その甲斐性俺も見習わなアカンわ」


 聞き終わったクレイルは神妙な顔でうなずいた。


「フウカちゃんの方は記憶がないんか……、そら大変やろな」

「クレイル、ソライドって名をどこかで聞いたことないか? 俺たちそれを探すためにプリヴェーラにも行こうと思っててさ」


 クレイルは眼を閉じてしばし考え込んだ。


「ソライドなァ……。プリヴェーラつっても俺もまだ数年住んどるだけやからそう詳しくもないが……覚えないな。すまん」

「いや、いいよ。王都でも調べて回ったんだけどてんでダメでさ」


 さすがにプリヴェーラに居を構えているからといって街の全てを把握しているわけじゃない。クレイルに思い当たる節はないようだった。


「クレイルは術士なんだよな」

「おう。これでもいっぱしの術士やで。並の術ならちゃんと修めとる」


 フウカの使った波導について聞いてみた。現役の術士ならどういうものなのかわかるかもしれない。


「ほお、フウカちゃんは波導が使えるんか。でも普段は使えないと。そりゃやっぱ記憶が消えとるからやないか?」

「私の記憶がないから使えないの?」

「ああ。波導術(ウェザリア)は一応学問やから行使するには知識がいる。その知識がさっぱり消えてもうたらもう体が覚えとる感覚に頼るしか無いやろ。

 フウカちゃんは今、本能的で波導を出しとるとすれば納得はいく。なにせ術のイメージもよく覚えとらんようやし、使う必要に迫られた時にようやく出るんと違うか」

「なるほど……、本来は使えるけど記憶が失われたせいでどうしてもって時にしか出せないわけか」


 クレイルの分析には納得できる点が多い。王都で襲撃にあった時は命の危険が間近にあった。その危機意識がフウカの体に染み込んでいた波導力を呼び起こしたってことなのか。


「でもよ、波導術を習得しとるなら身元の確認はそう難しくはないはずやろ? エアルの術士なんて一握りやろし、訓練生なら師範なり学校なりに通っとって知っとる人間も多いんやないか」

「それを聞くと案外簡単に見つかりそうな気がするけどなぁ」



 過ぎていく雲と鳥の群れを眺めながら船上での時間はゆったりと過ぎて行った。このところずっと動き回っていた俺にとっては体を休めるいい機会だ。

 天気はよく、嵐の気配もない。空のとても穏やかな一日だった。







挿絵(By みてみん)

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