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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第2話 昼下がりの傍観者



 昼前になんとか配達所に戻ると所長が俺を待っていた。


「おい、ランドウォーカー。水浴びでもしてたのか?」

「すみませんでした……」


 所長の頬はピクピクと引き攣っていた。


「お前の担当区から苦情が来ている。すぐ謝りに行け!」

「はいっ!」


 まだ昼飯を食ってない。でも口答えは無用だ。空輪機をヘコませたことはまだ黙っておく。でなきゃ心が持たない。

 俺は事務所の自分の卓に落ち着く間もなく慌ただしく出て行こうとして再び所長に呼び止められた。


「これ持ってけ。先方の車の修理代。あと住所。失礼のないように。無くすなよ」

「ありがとうございます!」

「もちろん給料から天引きだぞ」

「はい……」


 当然だよ。俺は封筒を受け取って事務所を出た。午前の配達中に空輪機で追突した車の持ち主に謝罪するために。俺がさっき水路に落ちた原因だった。




 ◇




 ナトリが出て行くと所長のドレウィンは腰に手を当てて寂しくなり始めた頭髪を掻いた。二人の会話を聞いていた、近くの机で書類の整理をしていた事務員が彼に声をかける。


「所長、ランドウォーカー君またやっちゃったんですか」

「あいつには困ったもんだ」

「人一倍やる気はあるんですけど、それだけに残念というか」




 ◇




 俺、ナトリ・ランドウォーカーが、この王都配達局アレイル地区の営業所に配属されてから半年ほど経つ。

 半年前田舎から上京し仕事に就いた俺は希望に満ち溢れており、見慣れぬ浮遊都市群の風景に心躍らせたりしたものだった。


 だが現実は厳しい。早くも俺はそれを思い知りつつある。

 同期の配達員達は、すでにそれなりに上手く仕事をこなせるようになっている。そんな中俺はどうしても配達の効率を上げられず、一人置いてかれていた。

 簡単にいかないことは分かっていた。覚悟もしていた。足りないなら頑張るしかない。それで間違っていない、と思う。でも結果はなかなか出なかった。




 衝突の謝罪を済ませ、午前分の荷物をようやく捌いた。

 遅い昼食をとるため道端の手頃な販売車でミートサンドを買い、公園のベンチに腰を下ろした。

 午後の配達も残っているし、のんびり昼飯を食っている余裕はない。


 ミートサンドを胃に落とし込んでいると背後の通りから大声で何か喚くような声が聞こえてきた。何事かと振り向いて声の主を探す。

 通りを挟んだ向こう側に男がいて、傍に立っている女の子に何か喚いているようだ。



 そこにはさきほど俺の財布を拾ってくれたあの少女がいた。

 橙色の髪と格好、間違えようがない。往来にいる明るい髪の少女はとても目立った。男はかなりの剣幕で、頭に血が上っているらしい様子。

 そこそこ人通りがあって通行人から注目を集めている。なんだかちょっとまずい感じだ。絡まれているのか。


 長椅子から立ち上がりかけるが、思い直して再び腰を下ろす。

 俺はとくに頼りがいのある人間じゃない。体格は普通、力と飛力はないに等しい。

 ただでさえ仕事が遅れているのに、この上面倒事に首を突っ込む勇気すらない。ないないづくしの落ちこぼれだ。


 あの子の笑顔が脳裏に浮かんだ。そんな俺にもあの子は優しくしてくれた。きっといい子だと思う。もちろん助けたいと思う。でも思うだけだ。


 シャツの胸元をギュッと握る。人に自分の性質を知られるのが怖い。首を突っ込んで自分の立場を危うくするのが怖い。頭に浮かぶのは言い訳ばかりだ。


 往来であんなに目立っているんだ、きっと治安部隊か正義感に溢れた親切な人がやってきて、その場をきれいに治めてくれる。

 俺のような雑魚が出しゃばってもどうにもなりはしない。何もしない方がいい。

 俯き、頭の片隅に残る少女の笑顔の残滓を振り払うように頭を振る。


 長椅子に座り直して食事を再開する。だけど飯の味は消えて、心の中にはなんともいえない無力感が広がっていく。

 広がる青空と公園の緑が一段階色褪せたように見えた。


 しばらくしてもう一度彼らの方に目をやる。二人の傍にさっきまでいなかった若い男がいた。少女をかばい、仲裁しているのか興奮気味の男としきりに言葉を交わしている。

 ああ、よかった。これであの子は危害を加えられたりすることもない。世の中には親切な人だっているのだ。

 ほっと胸をなでおろすと、それきりそちらの方は見ないようにした。



 飯の残りを食べ終えて水筒の水を飲み下すとベンチを立つ。

 脇に止めた空輪機を押して公園を出る。通りに出たところでそれに股がり、変換器のロックを外す。推進力が加わり、車体がわずかに地面から浮いた状態で前進を始める。


 午後の配達を片付けるため、俺は身体にまとわりつくようなやるせなさを振り切るように、午後の日差しの降り注ぐ街へと風を切って駆け出した。


 通りにいた女の子と男達の姿はもうなかった。








挿絵(By みてみん)

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