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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第190話 暗闇

 


「フウカ……!」


 求めていた人が、目の前にいる。


 フウカは門を飛び越え、走って俺の元へ辿り着くと抱きついてきた。

 急な抱擁に驚きつつも痛む体で彼女を抱きとめる。


「ひどい怪我じゃない……。なんでこんなことっ」

「大した傷じゃ無い。またフウカに会えたんだから」

「私も、ずっと会いたかった……!」


 フウカはそっと俺から離れると、側に立つレイトローズに詰め寄った。


「これ、レイトローズがやったの?!」

「はい」

「……!」

「申し訳ありません、フウカ様」

「……話は後で聞くから。すぐに治すね、ナトリ」

「すまない……」


 ふと、レイトローズに詰め寄るフウカごしに何かが見えた。


 それを確かめようと首を傾げる。前庭の端、手すりを越えた向こう側にそれは浮かんでいた。



 少女だった。薄桃色の色素の淡い髪をした女の子。


 真っ白くゆったりとした服を着ている。全体的に白い印象の少女が宙に浮かんでこっちを見ている。


 そして彼女の背には半透明の翼が浮かび上がっていた。


 同じものを見たことがある。それは翠樹の迷宮で見たフウカの翼によく似ていた。


 そこまで考えた時、少女は唐突に動き出した。


 まっすぐこちらに向かって飛んでくる。その手には白い光。あれは、波導の光————。


「フウカ!!」

「え?」


 咄嗟に起き上がり、フウカを突き飛ばす。


 光の翼を浮かべる少女はまっすぐ波導の剣を構えて彼女に向かって突っ込んできたからだ。


 フウカは小さく悲鳴をあげて地面に転がった。


「ナトリくんっ!!!」

「————」


 至近距離に桃髪の少女の顔があった。この子、どこかで——。


 そうだ、水道路で惨殺された少女と雰囲気が近いような。


 そんなことに思い当たった一瞬の後、体の内側から沸き起こる熱を感じる。


 視線を下げると、胸の中心に波導の光剣が突き立ち光を放っていた。



 全身を焼け付くような熱が駆け回る。悲鳴は出なかった。

 だが苦しい。喉に何かが詰まったみたいに息が————。


「ご、ぼ……」


 口から血が溢れ出す。呼吸をしたいのに息がつかえる。同時に、急速に目の前の風景が霞んでいく。



 何が起きた?


 刺された。唐突に。


 心臓。致命傷。


 なん、で


 上手くまとまらない思考の中で、側で誰かが何かを叫ぶ声を聞きながら、俺は落下する感覚と共に急速に意識を閉ざした。




 ♢




「いやあああああぁぁぁ!!!!」


 目の前で起きた事態に理解が追いつくと同時、リッカは叫んでいた。


 目の前で少年が刺された。


 彼女にとって生きる希望であり、己の心を預けられる拠り所とも言える少年だ。


 彼女は波導の剣が少年の体から抜き取られ、大量の血を吹き出しながら倒れこむのを受け止めて跪く。



「何者だッ!」


 レイトローズが剣を抜き払い、桃色髪の少女にそれを突きつける。


「ナトリくん! ナトリくんっ!!」


 リッカが少年の肩を抱き、叫ぶ。


 だが彼の目はまるで何も見ていないかのように虚ろで濁っている。


 痙攣する体、その胸部からは絶え間なく赤黒い血が体を伝って滴り落ちていく。


「フウカちゃんッ!! 助けて、ナトリくん、ナトリくんがッ!」

「……ナトリ、ナトリ!!! 待ってて、すぐに……!!」


 フウカはリッカに支えられた少年の前に膝をつくと、その胸の傷口に両手をかざす。


 ぼうっと白く清浄な光が少年を包み込み、周囲のフィルが少年の胸部へと急速に集まり始める。


 それを横目に確認しながら、レイトローズは上空を見上げた。


 ゆっくりと飛翔していく白い服の少女。突然の凶行。その顔に表情はない。


「まさか……フウカ様を狙って?!」


 上空から四人を睥睨する少女が両手を広げる。


 手の間にフィルが収束していく。少女の波導が彼らの元へ向かって放たれた。


「『障壁ウィオル』ッ!」


 レイトローズは少年の周囲を庇うように咄嗟に波導障壁を展開するが、即座に術構築を済ませたためその強度は不十分だった。


 浮かぶ少女より放たれる光線が円形の障壁に浴びせられ、すぐにその壁面に亀裂が入る。


 そのまま障壁が砕けるか、と思われたが、翼の少女の波導は背後より飛来した火球によって中断された。


 火球に擦り、その衣服と肌が焦げる。しかし少女はそれを意に介すことなく相変わらず表情に変化はない。



 少年の周囲に集まる面々の元へ、素早く飛び寄る男があった。


「リッカ、それに……フウカちゃんか! 何やアイツは? おい、そいつはナトリか……?」

「クレイル、さん……。ナトリくんが、ナトリくんがっ!」


 リッカが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、彼らの元へ遅れて駆けつけたクレイルに呼びかける。


 クレイルは倒れてフウカの治療を受ける少年の姿を見、そして頭上で彼らを見下ろす白き衣の少女を睨み上げる。


「やったんはアイツか……。こっちは任せとけ。お前らはナトリを頼む」

「お願いしますっ!」


 クレイルはレイトローズの方にも鋭い視線を投げる。


「奴の正体は私にもわからない。だが……」


 レイトローズは銀色の剣を少女に向ける。


「彼はフウカ様を奴の凶刃から救った。愚かな私は奴の気配を感じ取ることもできずに……。

 このまま逃してなるものか。クレイルといったか。手を貸してくれないか」

「ちッ。いきなり命令かいこの王子はよォ。……だが仕方ねェ」

「頼む。響け——『交響波シンフォニア』」


 レイトローズは響波導により空中に作り出した極小の足場を駆け上がり、白衣の少女の元へ向かう。


 クレイルも地上から彼を援護するため詠唱を始めた。



 二人が謎の少女と交戦する傍ら、少年はやはり目を覚まさない。


「フウカちゃん! ナトリくんは……っ?!」

「どうして、どうしてっ……! 傷は、体は治したのに、なんで……っ!!」


 フウカの頬を伝って落ちた涙の雫が少年の衣服へ染み込んでいく。


 傷は完全に塞がり、胸に開いていた大穴は既に無い。しかし。


「ナトリくんがっ……」


 リッカが彼の傷があった部分、衣服が破けた胸の真ん中、心臓の位置に手を這わせる。そこからは、何の脈動も伝わってこない。

 それどころか、少年の体温は急速に失われていくようだった。


「嘘……!」

「ナトリ……」


 フウカが絶望に顔を歪める。少年の頬に触れ、その温度の低さに驚愕する。


 彼の命は、魂は、既に身体から失われていた。



 だが、もう一人の少女はまだ絶望していなかった。


「だめ。だめ……っ! そんなの! 私が……、私が絶対なんとかしますから……!!」


 リッカは杖を取り出すと、両手で捧げ持つようにして詠唱を詠み始める。


「時の守人よ、一刻の暇を与えん。その責を忘れ大いなる流れの妨げを見咎めること無かれ、『永遠の水瓶(アク・エイリアス)』……!」


 リッカは杖を少年の胸にあてがう。


 少年の肉体は刻の流れの軛から解き放たれ、自然な現象としての細胞の劣化や変質の一切が停滞する。


 だが、そこに宿るはずの命はこぼれ落ち、最早ただの肉塊にすぎない。


 黒波導の秘術をもってしても、失われた命を取り戻すことは不可能であった。


 秒単位で大量の煉気を消耗するその術を、リッカはただ項垂れたまま行使し続ける。まるで祈るように。


 その行為に意味はない。ただ、少しだけ亡骸の腐敗を先延ばしにするだけのこと。


 少女はそれだけの行為に、自らの持つ煉気の全てを注ぎ込むつもりだった。



 フウカは暗い空を映す少年の虚ろな瞳を見つめていた。


 自らにできることはもう何一つないと悟り、


 自分の身代わりとなって倒れた少年の手を握る。


 止めどなく溢れ出す涙が視界をぼやけさせる。



「ごめん。ごめん゛ねナトリ……。私のっ、せいでぇ……っ。ナトリ……、起きてよ。目を覚ましてよ……。私に謝らせてよぉ……、それで、それでいつもみたいに笑って許してよ……! う……う゛ううっ……っ!!」


 フウカの漏らす嗚咽は、暫く続いた後ぱたりと止んだ。頬を伝う涙も止まっていた。


 彼女は俯き、呆然とした表情のまま少年の手に自らの両手を重ねる。

 そしておもむろに口を開いた。そこから漏れるように小さな、だが凍えるように冷たい声を発する。


「――――許さない。……待っててナトリ。キミをこんな風にしたアレを――壊す」


 フウカの周囲の大気が震えた。

 それは文字通りの意味で、周囲の空間を構成するフィルが彼女の呼びかけに応じ強制的に制御された結果だった。


 フィルはフウカに集約し、その性質を変化させ実体化を始める。


 暗い空を背にし、彼女の背中に輝く緋色の翼が形成されていく。


 俯いた顔が上方、レイトローズと刃を交える桃髪の少女へ向く。

 その両の眼には、以前とは比べ物にならない血のように淀んだ赤い光が宿っていた。





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