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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第185話 真相

 


 今目の前にいる女性のことはずっと頭の隅にあった。


 なんせ、俺とフウカは彼女の言葉がきっかけで旅を始めたと言っても過言ではないのだから。


 つい先日もアレイル図書館に彼女を訪ねに行ったばかりだ。



 頭の中に様々な疑問が渦巻いている。彼女には聞きたいことが多い。


「どうやってこの部屋に……? それに今のは」

「アールグレイ公爵の護衛に化けてここに入り込んだわ。この変装用の星骸スターアークを使ってね。正直あまりいいタイミングとは言えなかったようね……。そのことについては謝るわ」


 そう言ってフィアーはとくに悪びれもせず俺に密着したままのリッカを見下ろす。


 リッカは突然姿を表した彼女のことなど目に入らないかのように潤んだ瞳で俺を見上げている。

 乱れた肌着姿は非常に目に毒だ。


「お楽しみのところごめんなさいね。私のことは気にしなくていいから続けて頂戴。終わるまで向こうで待ってましょうか?」


 こんな状況で真面目に話せってか。かと言ってリッカを放り出すわけにもいかない。


 俺は逆に身動きを封じるようにリッカを抱き上げる。リッカの舌が首筋を這いまわりゾクゾクとするが、その状態で椅子の上に体を起こしてフィアーを見上げた。


「聞きたい事がたくさんある」

「なんなりと。でも興奮した殿方と真面目に会話できるのか、少し心配だわ」

「これは、気にしないでくれ……」



 何をやってんだ俺は……。


 冷静になれ、冷静に。リッカを宥めつつこの人から話を聞かなくては。とても話を聞くような体勢じゃないが。



「どうして俺たちの前に現れたんですか」

「あなたたちが困っているかと思ってね」

「…………」

「フウカちゃんの居場所、知りたいんでしょう?」


 危険を冒してこんなところまで潜入して、俺たちを助ける? 


 俺たちは図書館で一度会ったきりの間柄でしかない。この人の考えていることがわからない。


 おまけにフィアーはこっちの事情はすっかり把握しているような雰囲気だ。



「……なんで、俺たちのためにそこまでするんです」

「あなた達のことが心配だから」


 そう言って彼女は微笑んだ。


 そんな風に感情の読めない笑みを浮かべるフィアーを睨む。


 首元を舐めてくるリッカから気をそらしながら会話に集中する。



「フウカを騙してプリヴェーラに向かわせた理由は」

「戻ったでしょう? フウカちゃんの記憶」


 フィアーは俺たちに必要な助言を与えただけだと言う。


 俺たちは彼女の言葉に従ってイストミルに向かい、翠樹の迷宮に入り込み、結果的にフウカの記憶は戻った。


 何もおかしなところはないとでも彼女は言いたげだ。



「一歩間違えば死んでいた。今俺達が生きているのは奇跡に近い」

「でも君は生きている。彼女の記憶も戻りつつある。それでいいじゃない。何か問題があるのかしら」

「……本当の理由を答えるつもりはないってことですか」

「うふふ、あの時あなた達に本当のことを話したとして、私の話を信じてくれたのかしらね?」

「…………」


 信じなかっただろうな。突然事情を何もかも知っている奴がひょっこり出てきたら怪しむに決まってる。


 おそらくフィアーは出会った時既にフウカの素性を知っていたのだろう。


 だとしたら、フウカの記憶が消えた原因だって知っているかもしれない。



「頼む、教えてくれ。フウカはどうして記憶を失ったんだ。俺がアレイルで彼女を見つける前、フウカの身に一体何が起きたのか」


 彼女の目を見て、真剣に問いを投げる。今までずっと考えてきた。

 フウカが記憶を無くしたのは事故などでなく、人の手によるものではないのかと。




「……いいでしょう、今となっては特に隠すつもりもない。ついでに私達の目的もね」


 フィアーはそう言うと、フレームの細い、繊細な印象を与える眼鏡の奥の瞳を細めた。


「フウカちゃんが元々王宮で暮らしていたことはさっきアールグレイ公から聞いたでしょう」

「ああ」

「半年ほど前、彼女は突然王宮から姿を消した。彼女の親代わりであるアンティカーネン教授と同時期にね」

「それってまさか……」

「ええ。彼女の記憶を封じ、王宮から連れ出そうとしたのはサンドリア・アンティカーネンその人。結局教授は王宮から姿を眩まし、フウカちゃんは五番街アレイルに取り残された。そしてナトリ君、君と出会ったというわけ」


 フウカは自分の保護者によって記憶を消されたって言うのか。


「そのアンティカーネンって人は、フウカの親みたいなものなんだろ? それがどうして彼女の記憶を弄るんだよ」


 フィアーは毅然とした表情で話を続ける。


「教授は白波導研究においてはちょっとした人物でね。新しい視点からの波導研究で名を上げた新進気鋭の波導術師よ。内容によっては禁忌ともされる、人の心に干渉する波導術を専門にしている」

「人の心……」

「彼女がフウカちゃんに施した記憶の封印は非常に強固なものよ。それは並みの術士では封印が施されていることにすら気づけないほどに隙間なく、精緻で、芸術的とすら言える波導術式なの。

 でもこの世界には、その完璧な術式すらも破壊できるものが存在している」


 他人の心の領域に土足で忍び込む。心の奥底にある大事なものを蹂躙する。


 そんな感覚には覚えがある。だが……。



「厄災。正確にはあれらの行使する魔法ドミネイトという未知の力。あれは人の心を直接蝕む、魔の力なの。その瘴気は、心を閉ざす封印すらすり抜ける可能性を秘めていた」

「だから……、フウカを迷宮にけしかけたのか?」

「私の目的はね、教授がそんな大掛かりな封印術を用いてまで隠したがる()()を暴くことなの」

「…………」



 そのためにフィアーは俺たちを利用した。やはり、まんまと踊らされてたってわけか。


「……厄災のことも知ってるのか」

「厄災については、数少ない古代の文献を元に大昔から研究が行われてきた。厄災の真実を知る者も確かに存在している。

 でも……まさか君たちが迷宮を踏破してしまうなんてさすがに考えてなかったわね。人類史上誰もなし得なかった快挙よ。素晴らしいわ」


 ……白々しい。結局この女は、何か成果が上がればいい程度の認識でフウカを迷宮に向かうよう仕向けたわけか。まるで捨て駒のような扱いだ。


 別に彼女のことを心配しているわけでも、思いやっているわけでもない。


 アンティカーネンとかいう人物を追いかけ、その秘密を暴くため。

 フウカはその手がかりであり、ただの道具に過ぎないというのか。



「そんなに怖い顔をしないでほしいわ、心配になるじゃない。

 ——フウカちゃんの記憶を呼び覚ます。それはあなた達のためになると思っていたのだけど」


「記憶を取り戻すために命の危険を冒さなきゃいけないってんなら……、そんなもの戻ってこなくていい。

 そもそもあんたフウカをなんだと思ってるんだよ。親にも見捨てられて、誰にも頼れずにいたあの子を……。

 唯一残った名前だけを頼りにあの子がどんな思いで旅してたのか……、想像できるか? できないよな、あんたには」


 黒々とした怒りが胸の内に渦巻いていた。フィアーは依然表情を崩さない。


 それどころか、良心の呵責などまるで感じていないといった様子だった。



 フウカとはそれなりに一緒に過ごして来た。だから分かる。


 彼女はいつだって無邪気で能天気にさえ見えるが、その実ずっと自分の記憶や家族のことを気にかけている。


 時折寄る辺ない心細さで辛そうにしていることもある。そういうことを考えるとき、フウカはよく遠い目をしていた。


 内心で渦巻く不安や焦燥、寂しさを誤魔化すために、そんなときこそ決まって必要以上に明るく振る舞うのだ。


 だから、俺はフウカの力になりたかった。それを、こいつは……。



「ふふ、私は目的のために手段は選ばない。優しいあなたにはわからないかもしれないわね。

 聞きたいことは聞けたようだし、そろそろ私はお暇させていただくわ。そんなに怖い顔で睨まれていると、殴り掛かられるんじゃと心配だもの」

「…………」


「フウカちゃんを助け出してね、ナトリ君。私は引き続き教授の行方を探すわ」

「今更言われなくても俺がフウカを守る」

「頼もしいわね。そうそう、大事なことをまだ言っていなかった。

 フウカちゃんは今、王城東南に位置するレイトローズ王子殿下の現邸宅である離宮にいるわよ。その辺りで一番高い場所に浮いている宮殿ね」


 公爵はフウカが神官院にいると言っていたが。


「アールグレイ公爵の言っていたことは嘘よ。神官にはそれぞれ邸宅が貸し与えられ、普段はそこで生活している。けど彼女は今自宅にいない」



 おそらくフィアーの情報は真実だ。彼女の目的が先の通りであるなら、フィアーもフウカが王宮に留まる状況をよしとしないのだろう。


 俺にフウカを助け出してこいと言っているのだ。

 そして、俺が確実にそう動くことをわかっている。


 そうか、こいつが再び俺たちの前に姿を現した理由はそれなのか。また俺たちを踊らせるために……。


 フィアーの見透かしたような余裕を浮かべる瞳を睨み返す。


「怖いわね。迷宮を突破した君に脱獄の助けはいらないでしょう。それじゃ、また会いましょう。くれぐれも頑張って頂戴」


 フィアーの首に巻きつく星骸スターアークが淡く光を放ち、べとべとと再び彼女の頭に付着していく。


 部屋に来た時と同じようにネコの顔に戻ると、彼女は音もなく扉を開けて部屋を出て言った。



 俺は大人しくなりつつあるリッカを抱きかかえながら、長いことフィアーの出ていった扉を睨んでいた。


 精々私の目的のために利用されなさい、と、そう彼女は俺たちに言っているようにしか聞こえなかった。







フィアーの初登場話は14話でした。

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