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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第184話 尋ね人は夜更けに

 


 クリィム・フォン・アールグレイ公爵が部屋を出ていくと辺りは静まり返った。


「ごめんリッカ」


 小声で謝りつつ、隣に座るリッカに身を寄せる。鼻先にふわりとしたリッカの髪を感じる。


「えっ、ナトリくん……?」


 俺の急な行動にリッカは慌てたような声を上げる。だが抵抗はしないでくれた。


 耳元に口を近づけ、小声で話しかける。


「誰かが聞いてるかもしれないから、悪いけどこのまま話すよ」

「あ……はい」



 結局俺たちはクリィムに連行され、この施設に軟禁されることになってしまった。


 扉の外には見張りが配置され、耳をそばだてているかもしれない。


 このままでは俺たちは明日治安局に引き渡され、フウカに会うことができなくなってしまう。



「ここから脱出する」

「どうやって出ましょう」

「人気がなくなる深夜を見計らって俺が壁に穴を開ける。……そしたら夜闇に紛れて施設を脱出しよう」

「……わかりました」


 無理やり扉を開けるより壁を破壊して直接外に出た方が安全だろう。


「とりあえずは夜まで大人しく過ごして、体を休めておこうか」

「はい」



 拳闘武会は明日も開催される。それまでに闘技場まで戻れば、王宮からの安全な脱出は可能だ。


 俺たちはさっきの神官との戦闘で消耗していた。

 彼らがまだ俺たちを探し回っているかもしれないし、今すぐフウカを探すのは無謀だ。


 それを伝えるとリッカの体を解放する。



「フウカちゃん、やっぱり王宮出身だったんですね」

「そうらしい。もしかしたら、家に帰れたことで案外記憶も戻っているかもしれない。そうだったら俺たちのやろうとしてることは徒労になるな……」

「そんなことは。フウカちゃんは自分の意思とは関係なしに無理やり連れて行かれちゃったんですから……。彼女もきっとナトリくんに会いたいって思ってるはずです」


 だからこそ、直接会って確かめたいと思っている。


「ありがとう。リッカがついて来てくれてすごく心強いよ」

「私自身が望んでいることだから」


 そう言って彼女は微笑んだ。少しだけ前向きになれた。


 クレイルのことも心配だが……、今は俺たちも身動きが取れない状態だ。



 その後しばらくすると、扉が開いてクリィムに付き従っていたネコが部屋に入ってきた。


 持っていたトレイには食事が載っていて、彼はそれをテーブルに置くと無言で部屋を出て言った。



 俺たちは供された食事を静かに食べたが、今は味を楽しむような余裕もない。


 あのユリクセスの少女クリィムは変わった人物ではあるけど、多分悪い人ではないのだろう。


 普通の大貴族だったらその場で鞭打ちになったり処刑される可能性もあった。


 けど彼女は治安局に身柄を渡しても穏便に済むように取り計らうと言った。

 貴族からの温情を裏切るのは内心かなり恐ろしくもあるが……。



 食事を終え、完全に陽が沈むと室内は暗くなった。常備されている夜光灯の静やかな青い光が淡く室内を照らす。

 俺たちは深夜まで体を休めることにした。


「あの、椅子で寝るんですか?」

「うん」


 ベッドは一つしかない。そこまで大きくもない。


「ナトリくん、たくさん怪我してます。だから私がそちらでも……」

「疲れてるだろ? リッカが使ってくれ。これでも体力には自信があるんだ」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えちゃいますね」


 両側の肘掛に足と頭を乗せて長椅子の上に寝転がる。多少窮屈だけど寝れないことはない。


 リッカがベッドに腰掛けて寝支度のために使用人のエプロンドレスを脱ぎ始めたので、そちらを見ないように体の向きを変える。


 衣擦れの音が続き、やがて静かになった。


「おやすみなさい……」

「うん、おやすみ」


 今は休息を取り、起きたらしっかりしないと。リッカを守りつつフウカに会うんだ。


 とはいえ、俺もこんな状況でぐっすり熟睡できるほど図太い神経は持ち合わせていなかった。


 姿勢を入れ替えながら、目を閉じて体と精神を休めようと努めれば努めるほどに神経が高ぶってどうにも寝付けない。


 リッカは……どうだろう。




 §




 うつらうつらと、まどろみを繰り返したように思う。

 途切れ途切れな意識の中物音はなく、相変わらず夜光灯の幻想的な青い光が視界の隅をほんのりと照らしている。


 うまく眠りに入れずにうっすらと目を開けて天井を見上げる。そろそろ真夜中だろうか。



 ギシリとベッドが軋む音が聞こえた。


 リッカが寝返りを打ったのか、と思ったら、長椅子の隣に彼女が立つ気配があった。


「……リッカも、眠れないか?」

「…………」


 返事はない。代わりに荒めの呼吸音が静かな室内に響く。


 リッカはそのまま横たわる俺の上に乗りかかってきた。


「ん……あ? おい、リッカ……?」


 彼女の顔が間近にある。頬が上気し、大きな青い瞳が見開かれている。


 ここ最近、これと似たような状況に出くわした事があった。間違いない。これはあの時と同じ。


「色欲の厄災の影響か……!」

「はぁ……ふぅ、んんっ……」



 リッカが悩ましげな声を発する。押し付けられた体から、僅かに彼女の汗の匂いが漂ってくる。


 薄い下着の首元から、俺の体に押し付けられるリッカの小柄な体に見合わない大きな胸が覗く。


 思わず深い谷間に目が引き寄せられてしまった。


「ぐっ……!」


 理性が吹き飛んでいきそうになるのを必死に押しとどめようと目を瞑る。



「んく……ナトリ、くん」


 リッカはかなり強い力で俺の体に抱きついてくる。

 彼女の火照ったような体温と、彼女から発散されているのか妙に甘ったるい匂いみたいなものに包まれた。



 思えば、今日リッカはアスモデウスに体を乗っ取られていた。


 厄災の影響が彼女の体に強く残っていても不思議じゃない。


「落ち着けリッカ。大丈夫……、すぐに元に戻る」

「……ふぅ、は……ぁ」


 リッカが落ち着きを取り戻せるように、その背中をさすってやる。


「大丈夫。大丈夫だから……」

「んんぅ……」


 リッカが俺の首筋に顔を埋め、喘ぎながら鼻先でまさぐるようにして唇を押し当ててくる。くすぐったい。


 彼女の唇は熱く、その熱に浮かされるように胸の奥に疼きを感じる。


 リッカの体温に触れていると、その温かさで理性すらも蕩けていきそうだ。


 これは、大変よろしくない……。抑えろ俺。心を無にしろ……。





「あー……コホン。お取り込み中だったかしら」

「?!」


 聞こえるはずのない声に、俺は目を見開いてリッカの頭越しに部屋の中を見回す。



 声の主は部屋の中央に音もなく立っていた。


 鋭い目つきをした灰色のネコ。クリィムに付き従っていた寡黙な男だ。


「エッチなことは禁止されてたように見えたのだけれど……」


 そいつはまるで女性のような声で喋った。

 そんな声をしていたのか。外見のギャップが激しすぎる。


「いつの間に部屋の中に……?!」


 男の顔が突然波打ち始め、俺は目を見張った。


 頬骨が、額が、髪がぐねぐねと揺れ動き、水のように透き通っていく。

 透明になった皮膚は垂れ下がり、首回りにぼとぼとと落ちていった。


 かなり気味の悪い光景だった。



 息を詰めて、リッカを抱えながらそれを見ていると、透き通ってドロドロになった皮膚の下から全く別の顔が現れた。


 最終的に透明な皮膚は首回りに巻きついて、襟巻のように凝固した。まるで生き物だ。


「あ、あ……、あんたは!」

「随分と久しぶりね」


 顔の皮膚が剥がれ落ちた後、そこに立っていたのはエアルの女だった。

 青みを含んだ長い髪、メガネをかけた知的美人。



「フィアー、さん……」

「あら、覚えていてくれたのねぇ。もしかしたら忘れているんじゃないかって、とても心配していたのよ」


 まだフウカと王都で出会った直後。


 彼女の身元を調べるために出向いた図書館で。


 俺たちに東部行きを進めた、いや、迷宮へ向かうよう仕向けたと言った方がいいか。



 そこには、アレイル図書館で遭遇した偽司書員のフィアーが静かに佇んでいた。





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