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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第182話 大貴族

 


 魔人と化したリッカに腕を掴まれ、ろくに体を動かせないままものすごい速さで上層の街並みの上を飛行した。


 厄災が急停止して地上へ降り立つと、俺は側に放り出された。


「ぐえっ」


 続けてリッカもすぐその場に倒れこむ。

 彼女の頭部に生えた角と羽、尻尾は黒いもやとなって消え去った。


「リッカ……?」

「は、はい」

「アスモデウスじゃ、ないのか」

「大丈夫、私です……」


 どうやら彼女は自分を取り戻しているらしい。


 突然厄災がリッカの体を支配し、時空迷宮(ルクスリア)を発動させようとした時はさすがに焦った。


 しかしアスモデウスは急にあの場を離脱して、俺たちは神官から逃げ果せた。


 やはりリッカに盟約の印がある限り完全復活は難しいってことなのか?


 ともあれ俺たちは助かったらしい。体はあまり無事とは言えないけど……。



「とにかく、よかった」

「そうですね……」


 軋みを上げる体をゆっくりと起こす。クラリスにかけられた白波導の効力は確実に薄まってきている。なんとか自分で立ち上がるくらいならできそうだ。


 リッカはまだ動けないらしい。俺は倒れこんだ彼女を起こしてすぐ側にあった花壇にその背をもたせ掛けた。


「大丈夫か」

「まだ動けそうになくて」

「あんなきつい波導を受けたんだ。無理もない……」

「ごめんなさい、私のせいで神官に見つかってしまいました」

「あんまり気に病まないでくれ。リッカがいなければ俺達はここまで来れなかったんだから」


 王宮神官に目をつけられたものの、逃げ出すことに成功しただけで上出来だ。



「厄災は……どうして俺を連れて逃げたんだろう」


 疑問がをついて出る。厄災が魔法ドミネイトの行使を中断して逃げ出したこともそうだが、俺を助ける意味がわからない。


 アスモデウスにとって俺はどうでもいい、いや消えて欲しい存在のはずなのに。


「わかりません……。身体を乗っ取られている間、意識はずっとあったんですけど私はただ見ていることしかできなくて」

「そっか……」


 治癒エアリアを取り出して砕く。リッカにそれを飲ませて、自分にも使う。少し休めば動けるようになるだろうか。


 俺たちは往来に面した公園のような場所に放り出されていた。人通りは少ないが、誰かに見られたかもしれない。

 早めに人目につかない場所へ移動した方がいいだろう。


「でもよかったよ。俺はあのままリッカが元に戻らないんじゃないかと……」

「お前たち、ここで何をしている」


 掛けられた声の方へ振り向くと、花壇の端から鎧を着込んだ二人の王宮衛士が俺たちを見ていた。


「…………」


 まずい。アスモデウスが飛ぶところを見られていたか?


 二人は地面に座り込む俺たちの前までやってくると、見下ろしながら高圧的な態度で詰問を始めた。


「何をしている、と聞いている」

「彼女が買い物に疲れて座り込んでしまったので、休んでいます」

「先ほど、不審な人物が飛行していくのを見たという報告を受けた。お前たちのことか」

「なんのことだか、わかりません……」


 言い訳が苦しい。二人の視線が厳しい。確実に疑われている。


「その格好、使用人か。それは何による負傷だ」

「これは……」


 どいつもこいつも、放っておいてくれさえすればいいってのに。

 実力行使で切り抜けるしかないのか……? 俺はわずかに汗の滲む手に力を込める。


「ねえキミたち。ウチの者に何か用なの?」

「ぬ?」


 剣呑な雰囲気になりつつある場に第三者の声が割り込んだ。


 衛士は声の方、公園の入り口を向く。


 そこには白い髪の少女が立ってこちらを見下ろしていた。

 真っ白な髪は、先ほど水道路で出会った白い少女を思い出させるが、赤みを含んだ瞳と雰囲気に不釣り合いな幼い容姿からどうやらユリクセスらしいと考える。


「全く、こんなところで油売って何してたのかなぁー? 買い付け一つまともにできないとか、もう使用人辞める?」


 少女は尊大な態度で階段を下りながら近づいてくる。

 十にも満たない少女だ。ユリクセスなら実年齢はもっと上かもしれないが。


 彼女は衛士達の隣に立つ。ちんまりとしていながら自信ありげに足を開き、腰に手を当てる。


「こ、これはアールグレイ公っ! 申し訳ありません、閣下の使用人でありましたか」


 衛士は傍目にもそれとわかるほどに恐縮する。


「そうだよー。勝手に連れてっちゃだめだって」

「では、我々はこれにて失礼を……」


 彼らはすごすごと引き上げていった。偉そうに俺たちを見下ろす少女だけがこの場に残った。


 見下ろすといっても、地面に座り込む俺たちとそう目線は変わらないが。


「あの、もしかして助けてくれたんでしょうか……?」


 そう聞くと少女はにいっと笑った。子供の純粋さのかけらもない、確実に何かの思惑を含んだ笑み。

 嫌な笑い方をする人だ。



「助けた? 違うよ。だってボクはこれからキミたちを攫うんだから」

「えっ……?」


 彼女はくるりと体の向きを変えた。肩にかけたサイズの大きなぶかぶかの白衣と、側頭部で結われたツインテールがふわりと翻った。彼女はぱんぱんと手を叩く。


「さー、早いとこ連れてっちゃって」

「かしこまりました」


 少女の合図で公園入り口の方から、かっちりと整った服装に似合わぬ屈強な男がぬっと現れる。


 そいつは黙って俺とリッカをひょいと担ぎ上げると両脇に抱えた。


「え、ちょっと、待っ」

「いこっか」


 男は少女の後に従い公園の敷地を出る。入り口で佇んでいたもう一人の灰色の毛並みをしたネコの人物を従え、そのまま通りを歩き出した。


 そうして俺たちは態度の大きな謎の白髪少女に有無を言わさず連行されることとなった。


 畜生、神官から逃げられたと思ったのに、こんな奴らにあっさりと……。




 §




「ボクの名前はクリィム・フォン・アールグレイ。ここ、王宮兵器開発局の長官をやってるわ」


 俺たちの前、クッションの柔らかい長椅子にゆったりと沈み込んだ少女は言った。


「で、君たちはどこの誰?」

「…………」


 現在俺たちはユリクセスの少女に尋問されている。


 運び込まれたのは、でかい敷地を持ちいくつかの立派な建物のある施設だった。


 丈夫そうな石材で組み上げられ、がっしりした印象の施設は、彼女の言葉通りであれば兵器開発局という建物らしい。


 この部屋はその施設内の一室だ。敷地内に見えた建物の中でもひときわ高い棟の中。昇降機を使ってこの階まで登ってきた。



 部屋の中は小綺麗で、最低限ではあるが家具が置かれている。部屋の真ん中にある応接セットに座り俺たちは向かい合っていた。


「ひどいなぁ。ボクはちゃんと名乗ったのに。でもま、沈黙もまた答えなり。大体想像つくからいいわ」


 クリィム・フォン・アールグレイと名乗る白髪の少女は、テーブルに置かれたお茶菓子をつまみ、もくもくと頬張りながら言った。


「俺たちをどうするつもりですか」

「決まってるでしょ。キミたちの力が非常に興味深いものだったから話を聞きたいのよ。衛士なんかに渡すの勿体無いもん」


 一見貴族のワガママ娘にしか見えないクリィムだが、どうもやらこの施設で一番のお偉いさんらしい。


 ここに来るまで彼女に上から物を言う人物は誰もいなかった。


 ていうか、長官と言ってたから王国防衛長官の次くらいに偉いポジションだよな……。

 なんでそんな雲の上のような人が直接俺たちのことを。


「そ・ん・な・ことよりー! キミの使った武器、あれは一体なんなのよ??」


 彼女はテーブルの上に身を乗り出すようにして聞いてくる。どうやら神官と戦闘になったところも見られていたようだ。


「遠目に見たけど星骸スターアークか、もしかすると王冠ケテルの類かも……? ねえ、ちょっと見せてくれない?! そうすればキミたちに便宜を図ってあげてもいいから。お願いっ」


 彼女はリッカよりも、リベリオンに興味があるらしい。


 近づけられた顔、目はきらきらと輝き少々鼻息が荒い。あまりの勢いに少し身を引いた。


「いいですけど……。条件があります」

「うんうん、何かな?」

「見せたら、俺たちのことを見逃してください」


 問答無用で斬り捨てられないところ、話を聞いてくれるつもりはあるらしい。


 こうなったら、なんとか彼女と上手く交渉してこの場を切り抜けるしかないだろう。




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