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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第178話 白の幻影

 


「彼女は決して邪悪な者なんかじゃない。だから俺たちを見逃してくれ」

「……何ですか、その剣は。圧倒的な力……ですがフィルの流れを感じません。——いいえむしろ逆、吸収、それともまさか消滅を……?」


 クラリスはリベリオンを不気味な物を見るような目で凝視する。


「わたくしの捉えた影の気配は確かに貴女から立ち上っています。ですが……よもやこんなものが存在しているなんて」


 彼女は何か一人でぶつぶつと呟いている。


「貴方は理解しているのですか。その剣が発する、異常な力の正体を」

「異常……?」


 リッカを見ていた彼女のガラスの瞳が俺へと向けられる。正確には手元のリベリオンに。


「この世界の全て、万物はフィルと密接に絡み合い、形作られていることはあなたもご存知のはず。しかし……その剣はフィルを消滅させている。

 理に反する、この世界に存在しえない力です。放置すればいずれこのスカイフォールに災いを齎すことでしょう」

「……?!」


 一瞬リベリオンの刀身が揺らぐようにぶれた気がした。



 リベリオンが世界を壊すだと? ふざけたことを……。


「俺たちを見逃す気はないんだな。どうしても彼女を連れて行くっていうなら……」

「このような力を野放しにすることはできないでしょう。あなた方の身柄はここで拘束させていただきますわ————。

 白昼の夢、たゆたうは蝶の如く『幻想夢ザナーディア』」


 クラリスの抱える杖に嵌め込まれた透明なエアリアが白く瞬いた。


「?!」


 彼女が歩くと、まるで背後にもう一人のクラリスが隠れていたかのようにその姿が二人に別れた。


 ゆっくりと俺たちの周囲を歩く彼女は次々に増えていく。


 すぐに俺とリッカは全く同じ姿をした大勢のクラリスに取り囲まれた。



「……幻覚です」


 白波導は人間の感覚に干渉する力だとリッカは言う。

 本物のクラリスは一人。あとは幻影ということだ。


 彼女は俺たちを逃すつもりはない。だけど俺たちも大人しく捕まるつもりはない。


 一戦交えるしかないのか。



「おおおっ!」


 俺たちを包囲するクラリスに向かって走る。杖を狙ってリベリオンを振り抜く。


 ——が、刀身は彼女の体と杖をそこに何も存在しないかのように通り抜けた。


 クラリスは済ました顔で俺を見ている。幻影だ。


「くっ!」


 さらに隣のクラリスに斬りかかる。結果は同じ。



「鳴り響け。揺らめき波音——、『崩曲オーディアル』」


 十数人のクラリスが同時に歌うような詠唱を諳んじながら杖を掲げる。


 空間に硬質な音が響き渡った。それを聞いた瞬間、俺の体は地面に転がっていた。



「あ?」


 横倒しになった視界に、両膝をついて地面に屈するリッカの姿が映る。


「ううううぅぅっ……!」


 彼女は目を閉じ、苦しげに呻いていた。


 俺も同じだ。まるで目玉がぐりぐりと勝手に回転しているみたいに視界が揺れている。



 気持ちが悪い。思わず目を閉じたくなる。


 俺たちの平衡感覚を狂わせ、体の自由を奪う術。



 こんなんじゃリッカを守れない。屈してたまるか……。


 気合いで体を起こし、周囲に気を配る。


 揺れ動く視界の中。立ち並ぶクラリスを睨みつける。どいつだ、本物は。



 俺たちは最初から彼女の術中だった。一体いつから彼女の波導に捕まっていた。


『香り』


 リベルの言葉にはっとする。


 ……しばらく前から漂っているこの甘い香り。これこそが幻覚を見せるクラリスの波導、なのか……?


 だとしたら最初に出てきたクラリス、あれからしてすでに幻影だった可能性が高い。


 こんな高度な幻覚を使いこなせるなら、本人がわざわざ姿を表す理由は無いからだ。



 そうだ……。おそらくこの中に本物のクラリスはいない。


 でも遠すぎても俺たちに術をかけることは不可能なんじゃないのか。


 改めて周囲に目を走らせる。


 立っているクラリスだけじゃない。僅かでもいい。何らかの違和感を見つけるんだ。


「……!!」


 彼女たちの背後の空間が、一瞬だけ歪んだように見えたのを見逃さなかった。

 まるでそこだけ景色がずれたような、透明な何かが移動したような——。


「叛逆の……弓、『アンチレイ』!」


 剣が形を変える。めまいを感じながらも空間の歪みに向けて杖を構え、トリガーを引いた。



「っ?!」


 青い光が放たれた。それはクラリス達の間を抜けて遠くの建物に当たり壁を焦がす。


 俺はその時確かに聞いた。リベリオンの光弾が空間を裂いた時、地面を蹴るような物音を。


 間違いない。彼女は姿を消しているがリベリオンの射程内に必ずいる。


 俺は吐き気をこらえて立ち上がった。


「……次は、当てる」


「驚きです……。崩曲オーディアルを受けて立っていられるなんて。幻視香フラロウスの効果も薄いようですし……並外れた波導耐性ですわ」


 リッカを奴の白波導から解放するため、クラリスの集中を乱すのだ。


 幻覚の綻びを追って俺は駆け出した。


「妨げよ、『石壁』(ルテラ・ウィオル)!」


 行く手を塞ぐように地面から石の壁がせり上がり、四方から覆いかぶさってきた。


「『ソード・オブ・リベリオン』ッ!」


 杖を剣に戻し、倒れ込んでくる目の前の石壁に向かって振り上げる。壁はあっさりと縦断された。


 ずれた隙間から石壁の包囲を飛び出す。


 しかし術の綻びは消えていた。今のは目くらましか。警戒されては居場所の特定は困難となる。


「リッカ、大丈夫か?!」

「な、ナトリ……くん」


 リッカの状況がよくない。だがどうやってクラリスを捉える。


『マスター、「アトラクタブレード」の使用を推奨する』

『あれを……?』


 リベルの助言に従い詠唱する。


「ソード・オブ・リベリオン、『アトラクタブレード』!」


 少しだけ剣の持ち手の形状が開くように変化し、青い光の刀身が翠がかった色へと変化する。

 刀身が燃え盛るように光が勢いを増した。


「!」


 周囲の景色が変化して見える。広場の向こうの風景が別の景色に変わった。


 幻影のクラリスの姿が搔き消え、そして離れた別の場所に一人だけクラリスが浮かび上がる。あれが本物か。


「まさか、わたくしの姿が見えて……?! 白波導が通用しないなど、そんなことがっ!」


 凛とした佇まいを崩さなかったクラリスが遠目にも動揺するのがわかった。


 アトラクタブレードは、時空迷宮マグノリアの中で迷宮内の時空間を移動するために使った能力だ。


 迷宮脱出後、リベルに具体的にどんな能力なのか教えてもらった。



「アトラクタ・ブレード」ソード・オブ・リベリオン第二の形。形ある物体に加え、本来形を持たないものであっても切断することが可能。


 正直なところ、リベルの説明を聞いただけではどう使うものなのかよくわからなかった。なんとなく斬れるものが増えたくらいに思っていた。


 迷宮ではその能力を使い、時空間に切れ目を入れて別の空間との行き来を実現した。


 そして今は、発動させたことで俺にかけられたクラリスの幻術の効果を()()、消滅させた。


 これでもう俺に彼女お得意の白波導は効かない。神官クラリスを制圧し、リッカを助ける。



「大地よ砂塵となれ、『砂化セケル』!」


 クラリスは、自身の幻術が破られた若干の焦りと共に地の波導を行使する。


 彼女は、発動が容易かつ即座に展開が可能だからという理由で咄嗟に砂化セケルの術を使ったに過ぎないだろう。

 本来なら一瞬の足止め程度にしかならないはずだった。


 しかし、砂化の術は加護を持たない俺にとって最高の効果を発揮した。


「おわあっ!」


 彼女に向かって走っていたその足元が突然沈み込む。


 足を取られて地面に手をついた。その手も砂の中へと沈み込む。


「くそっ!」


 リベリオンを振るうが刃は砂を掻くだけだ。俺はもたもたと砂化していない地面へと進み、手を伸ばす。


 クラリスは身動きを封じられた俺から距離を取るように後退している。


「愚鈍な殿方で助かります。貴方のお相手は後でして差し上げますわ。しばらくそこでじっとしていてくださるかしら! 

 渦巻く真砂、吹き荒れよ怒涛の如く。『砂流砲メルセゲル』」


 地面に杖を突き立てるクラリス。彼女を取り巻くように細かい流砂が竜巻のようになって巻き上がり、そのまま俺の方へ大量に押し寄せてくる。


 必死に両手で前方をかばうが、吹き付ける大量の砂にまみれて徐々に身動きと視界が塞がれていく。


「くっ、リッカぁっ!!」

「ナトリくんっ!」


 地面にうずくまり、苦しげにこちらを見つめるリッカの姿が見える。


 俺はなんとか彼女の方へ進もうとし————、すぐに全身を完全に砂の中へと埋め立てられた。







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