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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第176話 潜入

 


「ありがとうリッカ。もう歩けるよ」


 女の子に寄りかかって支えてもらうなんて情けない体たらくで薄暗い水道路を進む俺たちだったが、雷撃で麻痺していた体は通路を進むと次第に自由を取り戻し始めた。


 リッカから離れるとよろめきつつ自分で歩き始める。


 道中打撲や切り傷などを癒しながら、なんとか水路を進む。


「クレイルさん……、一人で大丈夫でしょうか」

「クレイルは強い。今は信じて進もう」


 クレイルはあの女に対して何か因縁があるらしかった。残って戦うのはあいつの意思だ。


 先に進めと言ってくれたあいつの言葉を信じよう。


「……はい」

「ところでナトリくん。さっきの子は……?」


 水道路を瀕死の状態で彷徨っていた白い少女。

 襲撃者の雷を喰らい、無残にも頭部を拳で砕かれ惨殺されてしまった。


 この王宮で、あんな壮絶な現場に遭遇することになるなんて……、全く想像していなかった。

 俺は勝手にここは治安のいい安全な場所だと思い込んでいた。


「水道路に迷い込んだ下層の住民かもしれない。それを……あいつはなんの躊躇いもなく殺しやがった」


 拳を握りしめる。あの子は奴から逃げて暗い水道路を彷徨っていたに違いない。

 おそらく胸の大怪我も奴によるものだろう。


「……助けられなかった」

「…………」


 今は静かな水道路に、無力な呟きが木霊して消えた。それはもう起きてしまったことだ。どうしようもない。


「治安部隊に連絡すべきなんでしょうか」

「普通ならそうすべきだけど……」


 俺たちは侵入者だ。通報は俺たちにとっても色々とややこしい事態になる。


 彼女の死骸は冷たい水道路に放置されることになるが、今はどうしようもない。

 王宮から出た後なんとか事情を話して調査してもらうしかないだろう。



 先程の壮絶な出来事のせいか、胸の内のざわめきは一層大きくなっていた。一見平和そうに見えるこの王宮だが、何か普通じゃないことが起きているらしい。


 名前も知らない少女。

 それでも俺は、死に瀕する彼女に対して何故か激しく動揺した。



「フウカが心配だ。今は彼女を探さないと」

「そう……ですね」


 俺たちは長いこと入り組んだ水道路を彷徨った。俺が落下したせいで目的地から遠のいてしまっていた。


 どうにも気が滅入る。なるべく穏便に王宮に忍び込むつもりだったのに……。


 殺人の現場を目撃し、クレイルはその犯人と戦うことになるなんて。



 時間を掛けて上に向かう水道管を辿り、ついに出口から漏れてくる光を見つけた。


 通路の外へと顔を覗かせる。

 俺たちの辿ってきた水道管は、並んだ巨大な貯水槽から伸びているうちの一本だった。

 水の給水結晶から湧き出す水を貯めているんだろう。


 地上に出た場所は王宮下層に水を送っている水道施設だった。



「なんとか外に出られましたね」

「ああ。今は昼過ぎくらいか」


 リッカは水道路を滑落した時の怪我のことを心配してくれるが、問題ないと答えておく。


 ひりつくような痛みは残っているが、歩いているうちにそれにも慣れてきたし大丈夫だ。


 しかしこれから王宮の居住区に紛れ込むというのに、せっかく用意してきた使用人風の服の袖が破けてしまっている。


 シャツの上に羽織るラケルタスクロークの耐久性のおかげで胴体は比較的無事だが、全体的に薄汚れた感じになってしまった。


 上層まで上がれば上級貴族が暮らす街並みだ。見咎められないか不安に思いながら、できる限りの汚れを落とす。


 リッカも俺と同じように王宮に馴染めるよう使用人服を着用している。黒と白を基調としたエプロンドレスだ。


 コルセットの締め付けが強めの服なのか結構胸が強調されている。小柄なリッカが使用人服を着ると、非常に可愛らしくとても似合っていた。


 どちらかと言えば彼女は元々仕えられる側だったのだが。ついじっと見てしまう。


「私の服も汚れていますか?」

「……いや、似合っているなと思って」

「……!」

「ごめん急に変なこと言って。先に進もうか」



 水道路から這い出た俺たちは貯水槽区画を離れる。


 そういえばフウカのウェイトレス姿も可愛かった。緊張感の欠片もないことを少しだけ考えて気を紛らわし、施設の建物の隙間を歩いていく。


 やがて景色が開けた。茂みの向こうは明るい通りになっていた。


 目の前に王宮下層の街並みが広がっていた。明るい通り、清潔な街並み。

 プリヴェーラの街並みほど装飾過多な印象はないが、しっかりと整備された街区が連なるように浮かんでいる。


 背の高く良質な石材で建造された建物が林立している。そんな無数の浮遊街区が重なり合ってこの王宮は形成されていた。


「すごい街並みです。これが王宮……」


 規模で言えば他の大都市には及ばない。だが、一つ一つの建物が大きかったり大層立派な施設だったりと明らかに手間と金のかかり方が違うのはわかる。


 俺たちは茂みを超えて白い通りへ降り立った。なるべく自然に道を歩いていく。



 人通りの多い道へ出た。道ゆく人々を眺めながら進む。エアルやコッペリアの姿が多い。そして格好を見るにそのほとんどは貴族が召し抱えている使用人。


 王宮に暮らす人々の大部分は使用人だから、それに紛れ込もうという方針なのだ。


 貴族は専ら王宮内を飛び交っている高級そうな小型浮遊船で移動するのだろう。通りに面して軒を連ねる各高級商店の前には煌びやかな浮遊船が停まっているのが見える。



 周辺を見渡していると、一際船が多く浮かんでいる場所が見えた。中型浮遊船の影も見える。


「あそこの発着場から上層に行けるかな?」

「行ってみましょう」


 接続された街区を渡り、発着場を目指す。

 通りに面した食品店などもちらっと覗いて見たが、果物一つとっても目玉が飛び出るような価格設定だった。

 さすが王宮。きっと、こんなところで暮らすには金がいくらあっても足りない。



 浮遊船発着場までは順調にたどり着いた。王宮衛士に見咎められることもなく、俺たちは建物に入る。


 上層への船の切符を買い、船に乗り込んだ。


 クレイルはどうなったんだろう。


 危険そうな相手だった。ただでは済まないかもしれない。お互い無事で再会できるといいが……。




 §




 船が街区の合間を抜けて上層へ出ると風景が変わった。広がる青空が目に入ってくる。


 下層からは上層が屋根になって空はよく見えないが、上層へ抜けると非常に開放感がある。


 上層は中央に行くほど高く、大きな建物が連なっているようだ。

 天を衝くような尖塔、聖堂のような荘厳で巨大な建造物の数々。その中央には巨大な王城が聳え立っている。


 マグノリア城も巨大だったがあの城も負けていないな。


 浮遊船発着場前の広場に佇んで、俺とリッカは堂々たる上層の建造物群を見上げた。



「……とうとう来たな」

「来ちゃいましたね」


 後戻りはできない。するつもりもない。リッカと顔を見合わせ頷き合う。


「なんとかここまで来れましたけど、フウカちゃんはどこにいるんでしょう」

「フウカが王宮神官なら、所属するのは多分神官院」

「神官院……、王国行政院の一つですよね」


 エイヴス王国の行政を司る機関。俺がやっていた配達の仕事も総務院というお役所の管轄だった。


「神官院がどの辺りにあるのかはわからなかったけど、彼らは王宮の重職だ。だったら王城からそう遠くない場所にあるはず」

「神官達の住居もその近辺ということですね」


 俺たちはとりあえず王城を目指して進むことにした。



 それにしても、上層の雰囲気は下層とは随分異なっている。

 まず往来にあまり人がいない。とても静かだ。


 ここには上級貴族が暮らしているそうだし、人口自体が下層ほど多くないんだろう。

 だから道を歩いていると結構目立つ。


 全身鎧を装備した王宮衛士が警邏しているのは下層でも見かけたが、その数も増えていてかなり緊張する。


 俺はこの髪色も相まって結構目立つ。だから俺たちは見咎められないよう、なるべく表通りは歩かないようにして建物の間の薄暗い通りを進んでいった。


 表通りですら人はまばらなため、裏通りにほとんど人の気配はない。好都合だった。



 そうして俺たちは上層を進んでいく。塔の林立する街並みの間から王城を見上げて方向を確認しながら、断層と傾斜のある街並みを登る。


 一刻ほど進み、だんだんと城も近づいてきた。


 少し前から妙に甘い香りが周囲に漂い始めたように思う。上層の街は匂いまでこだわってるのか?


 途中、天蓋付きの野外広場を通った。花壇には花が植えられ、高い街路樹が並んでいる。上層住民の憩いの広場か。


 とはいえ表通りから離れた場所で、ここにも人気はなかった。この香りはここの花が放つものなんだろうか。



「お待ちなさい」



 広場を横切っていると唐突に声がかかった。辺りに目を走らせる。


 間違いなく俺たちに向けられた声。


 誰もいないと思っていた。気付かれずに侵入できていると。どうやらそれは甘い考えだったらしい。



 天蓋広場をまっすぐ通り抜けようとした俺たちの方へ、交差する横丁の向こう側から歩いてくる者がいた。


 白い制服を着たコッペリアの女性だ。

 ぴしっと切りそろえられた赤紫色の長い髪。種族特有の全体的にほっそりして縦に長い印象の体を空色のローブに包んでいる。


「答えなさい。あなた達は何者です」


 そう言って彼女はガラス玉のような碧色の瞳を俺たちへと向けた。







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