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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第18話 最後の仕事

 


 午後になって俺は治療院を退院した。その前に治安部隊の人間が面会を希望しているとのことで、俺たちは病室にやってきた猫の隊員に襲撃の経緯を話した。廃墟街の事件を話をした隊員だ。


 王都にモンスターが潜んでいるとなれば大事なので、怪物の件については治安部隊も調査はしているそうだ。だが未だ決定的な証拠を見つけることができていないらしい。

 組織の残党についても全力で捜査に当たっているからどうか安心してほしいといって彼は帰って言った。とても真面目で親切な人だった。



 医者の話では、命に別状はなく傷跡は残るが後遺症はないから安心してよいとのことだった。医師は、これだけの傷を受けて大した故障がないのは相当運が良いことだと驚きを隠せない様子だった。

 俺自身、まさかもう普通に動けるとは思っておらずバラム遺跡の怪我といい自分の運の良さに驚きを隠せない。


 俺達は師匠に礼を言って診療所から出た。別れ際、出歩く際には十分に気をつけるよう忠告してくれたので、しばらく夜間は外出するまいと固く心に誓った。




 §




 屋根の上に放り出したままになっていた鞄は幸い同じ場所に転がっていたので、それを回収してアパートへ戻った。途中で今日は普通に仕事があることを思い出したが、この流れでフウカを家に置いていく気にもなれない。明日、今日の分まで配達するしかない。そう思うと退院早々げんなりした気分になった。


 治療費といいフウカのための買い物といい最近お金を使い過ぎている。二人で食べる夕食は質素なものになってしまった。食後、昨日から続く慌ただしさから抜け出してようやく人心地がついた気分になれた。


「俺、仕事辞めようと思う」

「配達、辞めちゃうの?」

「……うん。襲ってきたやつらはまだこの街に潜んでいるかもしれない。今俺たちにこの街は危険すぎるよ。仲間の仇討ちに来るような奴らだ。また報復に来たっておかしくない。だからしばらくエイヴスから離れて身を隠すべきだと思う」

「そっか、私たち助かったけど、それでも危ないよね……」


 せっかくありついた仕事だ。こんなことで辞めたくはない。でも、治安部隊が考えているよりあいつらは危険な存在だ。ユリクセスの二人組は結局捕まってはいない。あんな、当たり前のように人間を手にかけようとする奴らの相手なんてしていられない。命の方が大切だ……。


「プリヴェーラに、行ってみようか。司書さんから聞いた話ではソライド家はそこにあるって。本当にフウカの実家かもしれないし」


 思いついたことをぼそりと口に出す。


「うん。私も行ってみたい」


 フウカも特に反対することはなかった。王都で襲撃に怯えながら闇雲に探し続けるよりも、明確な手がかりがありそうな東部を目指す方が可能性があるように思えた。


「ただ、その前に実家に寄っても良いかな。プリヴェーラに行く前に一度戻っておきたくて」

「ナトリのお家?」

「そう。東部の田舎でクレッカっていう場所なんだけど」


 申し訳ないけど王都の仕事を辞める事を報告しなきゃならない。手紙を出すより直接行った方が早いだろう。それになんとなく、グレイスおばさんとアメリア姉ちゃんの顔が見たい気分だ。最近色々とありすぎたせいだな。


 フウカのためを思えば仕事を辞めることを迷う余地はなかった。命がある限り仕事はまた見つければいいし、何よりフウカの身の安全のことも考えて。身の回りのものに整理をつけて、なんとか二日後くらいには東部行きの浮遊船に乗れるだろうか。



 半年ほど続けてきた配達局の仕事を辞めるのは少し悔しい。

 でも俺自身心の底ではプリブェーラ行きを悪くないと思っている。俺にとっても大事な何かが見つかるかもしれない。そんな予感がした。


 その日はこれからどうするのかを考えながら眠りについた。





 §





 翌日、申し訳ないが一日フウカには留守番してもらうことにした。危険なので不用意に外をぶらつかないように言いつけて、まずはアパートの隣に住んでいる大家を訪ねた。今月分の家賃全額を払うことで急な退去については納得してもらった。


 そのまま仕事へと向かう。始業時間よりもかなり早く営業所へ着き、まだ同僚のいない更衣室で制服に着替える。昨日一日分溜まった配達物を袋に詰めて空輪機に吊り下げる。

 今日が最後かもしれないんだ。気合いを入れてしっかり全部配達しよう。まだ低い朝日に向けて走り出した。



 昨日の分をなんとか午前中に配り終えた。事務所に戻ると迷うことなく所長のデスクへと向かう。


「ランドウォーカーお前……」

「すみませんでした!!」


 先手必勝の謝罪だ。なんだか最近頭を下げてばかりいるような気がする。無断欠勤の理由を包み隠さず話した。所長は流石に驚いていた。そりゃそうだ。最近は自分でも信じられないような出来事ばかり起こっている。


「お前、このところ傷だらけだろう。静養してなくていいのか」

「体は動きますから大丈夫です。これ以上局に迷惑かけるわけにいきませんし」


 所長は呆れたような顔をする。


「迷惑ならもうかけられ慣れたぞ」

「すみません……。今日の分の配達、まだ手をつけてないので業務に戻ります!」

「まったくお前という奴は……」

「あ……、所長、お話ししておきたいことがあるのですが」

「話せ」

「仕事、辞めようと思ってるんです」


 所長は腕組みをして俺を見た。事情を話せ、とその目は言っていた。襲撃事件の顛末、組織の残党に命を狙われているかもしれないこと、一度東部に戻り身を隠そうと考えていることなどを話す。


「人攫い共に襲われてよく助かったな」

「危ないところでしたけど、心強い相棒がいたので。一矢報いてやることができました」

「そうか……、感謝する」


 何に対しての感謝なのだろう。


「事情は分かった。仕方ないだろうな。それで、これからのアテはあるのか?」

「いいえ……。とりあえずはプリヴェーラで仕事を見つけられればと思いますが」


 所長は目を閉じてやれやれといった風に頭を掻いた。


「お前は本当にお騒がせな奴だ。管理する側の身にもなれ」

「すみません……。でもお願いします」

「わかった。処理しておく。最後の配達、とっとと済ませてこい」

「はい!」


 所長はもう書類に目を落としていたが、俺は頭を下げて配達業務へと戻った。



 休憩抜きのぶっ通しでアレイル二層の午前とは別のエリアを駆けずり回ったおかげで、なんとか今日の分の配達を終えることができた。とうに終業時間を過ぎ、日も沈んでしまっていたが。


 へとへとになりながら急いで営業所に戻った。すると営業所の入り口脇に所長が壁にもたれて立っていた。


「他の奴らはもう帰った。早く空輪機を車庫に戻してこい。どうせ昼飯抜いたんだろう。行くぞ」


 俺は所長に連れられて、いつも近くで店を出している屋台の販売車に入った。所長は酒とツマミ、俺は軽い食事を頼んだ。


「お前局に入ってどれ位になる?」

「王都に来たのが十二の月だったんで七月目です」

「七月目とは思えん仕事の遅さだ」

「すんません……」

「だが根性はある。やり方はどうかと思うがな。そういうのはまあ嫌いじゃない」


 所長がグラスの酒を煽る。


「ままならんもんだな……。お前に能力はないが、意志は強い。根性もまあまあだ。それは大事なことだ」

「…………」

「とにかくだ。用事を済ませてほとぼりも冷めて、五番街に帰ってきたらまた局に顔見せろ。ほれ、今月分の給料」

「……ありがとうございます」


 少し泣きそうになった。普段は小言ばかりで、正直所長のことは苦手だった。だが俺の性質を知っても受け入れて、厳しく業務指導に当たってくれたのは事実だ。感謝の念がこみ上げてくる。


 フウカの分も食事を包んでもらい、俺は所長とそこで別れた。彼はまだ飲んでいくと言って屋台に居座る気のようだ。

 所長には昔別れた奥さんと子供がいると聞いたことがある。その背中はどこか寂しげに映った。王都へ戻ったらまた会いに来たいと思った。


 結局日は沈んでしまったので、相当にビビリながら暗い路地を物陰に潜み周囲を窺いながらアパートまでコソコソと戻った。もうあんな目に会うのはごめんだ。




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