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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第171話 滑落

 


 マルティウス闘技場の一階通路、太い柱の陰から通路の先の様子を窺う。


 視線の先にあるのは通路に面した何の変哲もない鉄扉だ。

 そしてその付近には鎧を着込み武装した警備兵が立ち、周囲に目を配っている。


 多くの人々が行き交う回廊の先からモモフク師匠がのっそりと歩いてくるのが見えた。



「師匠が来た。……行こう」

「おう」

「はい」


 師匠が警備兵に声をかけるタイミングで俺たちも行動を開始する。


 彼の背中を目指して足早に移動を始めた。師匠は縦にも横にも大きなその体で警備員の目から扉を遮り、注意を逸らしてくれている。


 俺たち三人はすぐに扉の前にたどり着く。クレイルが扉の取っ手の下にある鍵穴に指を当てる。

 彼が取っ手を回し手前に引くと、扉はすっと開いた。


 扉の隙間から俺たちはなんなく部屋の中へと体を滑り込ませる。素早く扉を閉じながら、囮役を買ってでてくれた師匠の大きな背中に感謝する。


 クレイルには鍵を最低限の出力の波導で溶解してもらった。指先に込めた超高熱の波導だ。

 扉の前に立つ男が術士でなくて助かった。感知型術士ならこれだけでも勘づかれたかもしれない。



 部屋は物置だった。師匠の得たマルティウス大闘技場の大まかな施設情報からあたりはつけていたけど、やっぱりここは闘技場内で使用する備品や道具をしまっておくための部屋だ。


 一応近くに見張りはいたが、さして重要なものが置いてあるわけでもないのでそうそう人は来ないし警備も手薄だ。


 室内は薄暗い。明かりは鉄格子の嵌った小窓から光がわずかに差し込んでいるのみ。

 埃っぽく雑多に物が積み上げられた室内の様子がぼんやりと浮かび上がってくる。


 俺たちは高く積まれた箱や資材を避けながら部屋の隅まで進んだ。


「この辺かな」

「この大箱の陰はどうですか? この木板を被せれば、簡単には見つからないと思います」

「よし、ここにしよう。——リベリオン」


 手に意識を集める。燐光を散らして現れるは白銀の杖。青白い刃が静かに伸び、青光が周囲を照らす。


 リベリオンを逆手に持ち替え、床に垂直に突き刺す。

 青い光が床に沈んでいくと、程なくわずかな抵抗感が消えて剣が貫通したことを感じた。


 一旦光の刀身を消し、床に穿たれた小さな穴を覗き込む。

 床の厚みはそれほどではない。この部屋の下にある空間はここよりも明るかった。


 少し階下の様子を探るが、人の気配は感じられなかった。小さな穴からはわずかな水音とひやりとした空気が抜けてくるのみだ。


 再び剣を穴に突き刺し、外周を削るように少しずつ広げていく。


 リベリオンなら王宮にもこうして持ち込めるし、波導と違ってフィルを使っているわけじゃないから術士の感知にひっかかることもこともない。


 地面を削るのに大した力は必要なかった。ぎりぎり人が抜けられるような穴はすぐに開通した。


「先に降りるよ」


 床にできた穴の縁に手をかけて覗き込み、中を確認した後ぶら下がるように穴の中へ降りる。再度周囲を見回した後、手を離す。


「い゛っ!」


 天井から床まではちょっとした高さがあった、着地の際に転がって膝を打つ。


 すぐに空間内の状況に気を配る。

 ぼんやりとしたフィル灯の明かりに照らされた地下室の中に人の姿はない。水の流れる音が途切れることなく聞こえてくる。


 上から俺を見下ろす二人に合図をする。それを見たクレイルとリッカは軽く音を立てて俺の隣に着地した。


「穴は板で隠しました」

「これで誰か来てもわからんやろ」


 俺たちは辺りを見回しながらそこそこ広さのある地下室を歩く。目的のものはすぐに見つかった。


 ここはマルティウス大闘技場地下にあるポンプ室だ。本来この地下室へ入るためには闘技場の外にある入り口から入る必要がある。


 だが闘技場の外へ出ることは出来ないし、地下への階段も警備がしっかりと張り付いて相当警戒されていた。


 だから、この地下室の真上に位置する可能性の高い闘技場内の物置部屋から無理やり入ることにしたのだ。


 間取りが正確かどうかは賭けだったし、別の役割を持つ部屋の可能性もあった。が、どうやら狙い通りにいきそうだ。



 俺たちが探していたもの、太い水道管の前にたどり着く。金属の配管だ。

 それはこのポンプ室の石壁から生えていて、その先は低く唸るような作動音をこの地下室に響かせる大型の機械に繋がっている。


 この闘技場は空に浮かぶ独立した立地で、連絡橋で王宮と繋がっている。

 しかしここには公衆便所などの施設が造られ水道も引かれていた。だったら、一見してただの無骨な石材の塊に見える連絡橋の中には水道管が埋まっていてもおかしくない。


 師匠の助言のおかげで俺はそれに気づくことができた。



 昨日試合が終わりアレイルに帰った後、俺たちはこの侵入経路を使った作戦を立てた。


 大会二日目の今日、目論見通りポンプ室に忍び込むことに成功し、俺たちの前には水道管沿いに造られた作業用通路が壁に暗い穴を開けて続いている。


 連絡橋の中に巡らされたこの通路を歩いていけば、警備に気取られることなく王宮に忍び込めるだろう。俺はリベリオンで躊躇うことなく作業用通路を塞ぐ鉄柵の扉に巻きつけられた鍵を破壊する。


「こんな場所があったなんて……。よく思いつきましたね」


 闘技場は上水道の水道管が整備されていた。水道は水のフィル結晶から湧く結晶水を使う方法もあるが、誰も給水結晶特有の水の属性エモの気配を感じられなかった。


 それで王宮の方から水道管が引かれていて、それを使うことができるんじゃないかという考えに至ることができた。

 点検用の通路等が無ければ、最悪水道管の中を這ってでも進むつもりだったが。


「おし、これでなんとか忍び込めそうやな。こっから先は気合入れろよ」


 俺とリッカはクレイルの言葉に頷き、封鎖されていた狭い通路を進み始めた。



 無言で周囲に気を配りながら、等間隔で照らし出される薄暗く狭い通路を歩いていく。


 しばらく歩き続けると俺たちの前を再び鉄柵扉が塞いだ。さっきと同じように鍵を焼き切る。


 何者かが侵入したことはバレてしまうだろうけど、少しの間でも気づかれなければそれでいい。侵入に気づかれる前に撤退できればそれが理想だ。


 扉の向こうの通路はさっきまでよりも広くなっていた。余裕で三人並んで歩くことができる。

 多分ここは闘技場と繋がる連絡橋の端。内部を通って王宮側へ渡りきったんだろう。


 さらに進んでいくと、地下通路は三叉路に達した。道と同じように水道管も別れている。


「この辺までくれば感知はもう大丈夫やろ」

「そうですね、戻しましょう」


 そう言うとリッカは懐から小さな物体を取り出す。親指と人差し指でつまめるくらいの大きさをした黒い角砂糖のようなものだ。


「茫漠たる夜のとばり、世を覆い護る星々の加護、我に力を。歪なる事象を在るべき姿へと還元せしめよ、『星空の乙女(アストラ・イア)』」


 その小さな塊を地面に置き、両手をかざしてリッカは厳かに詠唱を刻む。


 既に構築された精密な波導術式が、彼女の詠唱によって解き解されていく。


 塊はほんのりと発光しながら徐々に大きくなる。

 変化が終わった時、それは両手で抱えるほどの大きさの細長い木箱になっていた。


「ふう。杖がなくて不安だったけど、なんとかできました」

「物を圧縮する波導か。便利な術やな、重さまで消えるとか、わけわからん術や」

「そうでもありません。大きな物だとものすごく煉気を使うんです。術の構築に関しては正直私も感覚に頼っている部分が多いです。黒波導を言葉で説明するのは難しいので」

「そういえばダルクも時空間に関することは説明しづらいって言ってたな」

「ふふっ、ダルクでもそうだったんだ」


 ずっと硬い表情をしていたリッカだが、それを聞いて少し和んだらしい。緊張が少しでもほぐれたのならいいのだが。


 リッカが木箱の蓋を開ける。中にはクレイルとリッカの杖など、俺たちの細々した道具類が入っていた。


 王宮に向かう浮遊船に乗るにはしっかりした検問を受ける必要があった。

 事前に告知されていたことではあるが、杖や武器などの危険物は持ち込めないし波導の使用も禁じられる。


 そこでリッカの黒波導の出番というわけだ。


 彼女の使う時空間を圧縮する黒波導によって俺たちの荷物を懐に入る大きさまで縮小。感知術士の目を逃れたところで元に戻せば、王宮を進むために必要な道具を持ち込める。


 リッカと二人でプリヴェーラでモンスターを狩っていた時に彼女の黒波導にはとても助けられた。

 素材や荷物を波導で小さくできるので、とても荷物が軽くなるのだ。


 俺たちはそれぞれの荷物を木箱から取り出して身につけ、木箱を水道管の陰へ押しやって隠す。これで準備は整った。



「よし、目指すは王宮上層だ。フウカもそこにいるはず」

「水の流れを辿っていけばいいんですよね」

「とりあえずは上へ行けるやろ」


 三叉路を後にし、水の流れに逆らって進む。流れの方向を確かめなくても通路は微妙に傾斜しているのでわかりやすい。


 薄暗い水道路をひたすら歩いて進むうち、通路は別の通路に合流していく。それを繰り返すたびにだんだんと空間が大きくなっていく。上水道の本流に近づいているんだろうか?


 脇道が増え、そこから多くの水道管が本流に統合されていく。

 大小様々な太さの管がそこら中から飛び出すようになってきた。自然、通路は平坦な道ではなく起伏が激しく、植物のように絡む配管が行く手を邪魔して進みづらくなってくる。


「王宮の地下はこんな風になっとるんか。迷路やなこりゃ」


 クレイルが漏らす感想を聞きながら、進路を遮る太い配管を跨いだ時だった。


 足が空を掻く。超えた先に地面が存在しなかったからだ。

 しまった、と思った時にはもう遅い。俺はバランスを崩して床に開いていた水道路の穴に転落した。


「うおっ!」

「ナトリくんっ!」


 穴の縁に咄嗟に手をかけようとしたが、抵抗虚しく手は空を掻いた。


「うわあああああっ!!」


 俺の重たい体は、穴の中をなす術なく滑り落ちていく。壁面が漏れた水によって微妙に滑っているせいで踏ん張りなど効かない。


 やばい、死ぬ――――。





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