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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第170話 王宮へ至る道

 


 闘技場の通路を駆ける。

 エイヴス杯本選第八試合、チェシィとエルマーの戦いが終わると俺はすぐに席を立った。



 闘技場の外周をめぐる回廊と、二つの選手入場口は繋がっている。舞台へ連絡する通路の途中に控え室があるらしい。


 試合を終えた選手は入場時と同様にここを通って控え室へ戻るはず。


 回廊側の通路入り口に立って見ていると、舞台側の出口に小さな人影が現れた。若干ふらふらとしながら控え室に向かって歩いてくる。


「エルマー!」

「ナトリ……?」


 選手用通路の前に立つ警備の男が静止してくる。


「この先に何用か」

「俺っちの知り合いだよ」


 エルマーの声を聞いて警備が身を引く。俺は彼に歩み寄っていった。


「試合見た」


 そう言うと彼はどこかバツの悪そうな顔をした。


「そっか、みっともねえとこ見られちったぜ」

「そんなことない。すごい戦いだった。エルマーはどんどん強くなるな」


 試合は結局チェシィが勝利した。


 速さで圧倒する彼女に対して、エルマーは土壇場で硬気功を使い勝負に出た。


 硬気功は気功の一種で、地の属性エモを体に纏う。それによって元々頑丈だったエルマーの体は一時的に鉄壁の防御力を発揮した。


 その腕力で強引にチェシィを捕らえたエルマーだったが、あと一歩のところで勝つことはできなかった。


 チェシィは温存していた煉気を込めた『震撃』という響気功の技により、エルマーの硬気功の守りを貫いたのだった。


 地の属性は響の属性を非常によく通してしまう。相性が悪かった。



「まだ気持ちわりーぜ……。内臓を直接ぶっ叩かれた感じだ。なんだったんだアレ」


 俺はチェシィの技について、師匠から解説を受けたことをそのままエルマーに教える。


「気功かぁ。エリアルアーツってえのは奥が深ぇんだな」


 驚いたことにエルマーは自分が使った硬気功のことを知らなかった。

 というか、さっき初めて使ったらしい。無意識に。


「俺っちもまだまだだ。でも今度は負けねぇぜ。で、なんでナトリがここにいんだ?」


 フウカが攫われ、彼女を取り返すために王都へ来たことを話す。


「あの姉ちゃんが……。でもそんなことして大丈夫なんかよ?」

「さっきの試合見て気合が入った。ありがとうな」

「?」


 エルマーがよくわからないという顔で見上げてくる。


 こいつは己の信念に従って地道に努力を続けている。それに比べて俺はどうだ。


 たった一度のされたくらいでへこたれて、身分の差を見せつけられたくらいでびびって。


 ……全く情けないな。こんなんじゃクロウにも合わせる顔がない。


 俺は二人に置いていかれたくない。負けたくない。


 エルマーを見る。


「俺も簡単に諦めたりしない。とことんまでやってやる」

「なんかよく分かんねぇけど……頑張れよ」

「そっちもな」


 俺達はなんとなく笑って、そこで別れた。


 施設内の公衆トイレで用を足し、客席に戻る。王宮の施設ともなるとどこもかしこも清潔だ。普通に貴族たちも利用するんだから当然か。


 驚いたことに、ここには下水のみならず上水道まで引かれていた。


 大きな街なら下水道が整備されていることは多いけど、水が使い放題になってるなんて聞いたことがない。使うときに水道代を取られるんじゃないかと少し躊躇うほどだ。




「あ、ナトリさん」


 観客席に戻る。試合の決着が着くなり飛び出していったままだったので、みんなは何事かと思ったかもしれない。


 観客席には既に試合を終えたチェシィが戻ってきていた。エルマー相手に見事勝利を収めた彼女の健闘を讃える。


「すごかったな。また速くなったんじゃないか?」

「ふっふーん! 結構強かったけど、私の敵じゃなかったねー」

「エルマーは実戦で鍛えてるから、気を抜いてると追い越されるぞ」

「なぬ、ナトリの知り合いなのぉ?」

「うん。それにあいつ、自覚なしで硬気功を使ってたみたいだよ」

「げげっ! それマジぃ? 確かにパパから『震撃』教わってなかったらヤバかったかもだし……。イストミルのエルマーか、侮れないなー。あたしは決して驕らないのだ」


 きゅっと表情を引き締めるチェシィを見届けると俺は立ち上がった。

 もう一度闘技場を見て侵入方法を考えよう。まだここにいられる時間は残ってる。


「チェシィの試合も終わったことやし、もっぺん侵入経路について考えっか」


 クレイルとリッカも立ち上がる。俺たちは再び階段を降りて通路に出た。


 施設内は午前中にあらかた見終わっている。どこへいっても警備の人間が立っていて、怪しい行動をしようものならすぐに詰問されそうだ。


 警備の中には術士だと思われる者も混じっている。クレイルの話では感知型の術士を配備して、危険な波導を使用するとすぐに感知できるような体制になってるのだとか。


「わかってはいましたけど、すごく警備が厳重ですね……」


 この闘技場には杖や武器の類が持ち込めない。仮にも王都に一般市民を引き入れるんだから当然そうなる。


 自然な形で王宮へ入れる拳闘武会は好機だと思ったけど、そんなのは誰でも考えることで当然警備は強化されている。


 この厳重な警戒の中侵入する方法なんてあるのか。


 回廊の手すりを掴んで、闘技場から市街地の方へ伸びる連絡橋を眺める。どうにかして、あそこを通ることはできないか……。



 ——解決策が見つからない時には一度視点を変えてみるのも良いものです。


 師匠の言葉について考える。視点を変えるにしたって、どのみち向こう岸へ繋がる橋は二つしかない。そこを通らず、波導の力もなしにかなり離れた王宮側まで渡ることなんてできるのか?


「…………」


 ……視点か。通路を歩き、連絡橋を様々な角度から観察してみる。


 橋といってもものすごくシンプルな造りだ。地の波導術で形成されたフィル鉱石を含む強化石材の塊みたいなもので、広めの幅と結構な分厚さを持つ浮遊間橋だがとっかかりや継ぎ目なんて見えない。


 側面に張り付いたり、下にくっついて渡りきるなんて芸当は俺には絶対できそうもないし、それなりに距離があるからリッカやクレイルでも多分無理。


 本当に上を歩くだけの簡単な作りの橋だ。



 うん? でも待てよ。だったらこの闘技場は王宮からほとんど孤立している形になるのではないか。


 闘技場には様々な設備が整備されているが、その動力はどこから得ているんだろう。


 少しだけ引っかかる。もう一度、見てみるか。


「ちょっと下を見てくる」


 そう二人に声を掛けて俺は通路を歩き出した。



 §



 翌日。天気は相変わらずの晴天。珍しいことに王宮から雲脈を望むことができた。王都から見られることは稀だと聞いたことがある。


 俺たちは昨日と同じように浮遊船に乗って闘技場に入場した。

 隣を歩くリッカとクレイルに聞く。


「止めるなら、ここが最後の機会か」

「はッ、今更何言うとる」

「そうですよ。もう心は決まってますから」

「そうだな」


 試合が始まる時刻にはまだ時間がある。多くの人で賑わう一階通路で、ウォズニアック家の面々と顔を見合わせた。


「師匠、それじゃあお願いします。すみません、こんなこと頼んでしまって」

「構いませんよ。このくらいしかあなた達の力になることができず申し訳ない」

「チェシィ、直接応援はできないけど今日も頑張れよ」

「言われなくても。そっちこそ上手くやんなよ。あたしも勝つから」


 チェシィの次の対戦相手はかなりの強敵だと聞いている。


「カッカッカ。安心せえ、俺らこういうんは慣れとるからな」

「みんニャ、気をつけるんだよ。それにちゃんと戻ってきて。美味しいご飯作ってあげるから」

「はいっ、アリスさんの料理楽しみにしてますね」

「若い時分にゃあ無理するのも必要なことじゃな。無事を祈っとるわ」

「また、後で!」


 ネコの一家と別れ、俺たちは目的の場所に向かう。


 昨日、なんとか王宮潜入の算段はつけた。あとは実行に移すだけだ。





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