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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第167話 本選、開幕

 


「初めて乗ったけど……やっぱりすげぇ!」

「なにやら楽しそうですねナトリくん」


 手摺から身を乗り出し興奮する俺に後ろから師匠の声がかかる。


 俺達はアレイル港から王宮へ向かう大型浮遊船に乗り込んでいた。


 一般人はあまり乗る機会のない大型船だ。

 ましてや東部辺境のようなド田舎で暮らしていた俺にとっては一生触れることのなかった乗り物だ。


 小型の船とは比べ物にならない、こんなに大きな船が多くの人間を乗せて飛んでいるなんて思わず感動を覚える。



「うるさいなぁ。ちょっとは静かにしなよ。子供みたいじゃん」

「王都民は淡白だよなー。リッカも感動しただろ?」

「はい。私もこんなに大きな船に乗るのは初めてなので、とっても楽しいです」

「二人ともマジ田舎者だよね」

「くそ、都会人の余裕か……」


 俺たちの乗る、アルバトロス式大型浮遊船は五番街から王宮へ向かう船の第一便だ。


 アレイルからエイヴス杯本選のために観客を乗せて王宮に向かう船は二往復しかしないので、誰もが拳闘武会を見に行けるわけではない。定員に達すればそれまでだ。


 しかし出場選手であるチェシィとその家族、そして招待できる数名にはこの第一便の席が確保されている。


 彼女が余していた招待券によって、俺たちは確実に王宮へ渡ることができるというわけだ。


「ありがとなチェシィ、俺たちを連れてきてくれて。招待券なんて売れば金にもなるだろうに」

「余ってたし別にいーよ」


 彼女の気前の良さには感謝だ。


「チェシィちゃん、調子はどう?」


 リッカの問いかけに彼女はガッツポーズをしてみせる。


「うん、バッチシ。初戦はもらったも同然だね」

「試合になったら応援にいくね、頑張って!」

「そのときはよろしく頼むよっ! あ、あたしガッコの友達に会ってこなきゃ」


 船舷通路にまで溢れる人並みを避けて階段を降りて行く彼女を見送ると、俺たちは次第に大きさを増す王宮を見渡す。


「近づいてきたな」

「わ……」

「こうしてみると、デケェな」


 浮遊船の進む先、青く霞む王宮「オフィーリア」が徐々にその威容を示し始める。


 建造物が密集し、紡錘形を形作る都市。遠目にはまるで一つの巨大な建築物のようにさえも見える。


 あそこにこのエイヴス王国を治める王が住んでいる。そしてフウカもきっと。


 王宮上層、尖塔の立ち並ぶあたりを見つめる。

 俺たちはあそこまで登らなきゃならない。


 周囲の空を見渡すと、遠くの雲間に他の大型浮遊船の影も見える。

 他の街から出港した船が続々と王宮へと集ってきているようだ。


 年に一度の拳闘士の祭典が始まろうとしていた。




 §




「第282回、王都拳闘武会エイヴス杯本選の開催をここに宣言する――——」


 大歓声が湧き起こり、周囲全てを覆い尽くす。


 円形の巨大な闘技場を熱狂の波が伝播し、ここに詰めかけた客席を埋め尽くす観客達の熱量が溢れんばかりに伝わってきた。


 拳闘武会はスカイフォールで最も人気のある娯楽だ。その頂点を決める大会となれば、世界中から人々が集まってくる。


 こんなに多くの人間が一所に集まったのを見たことがなかったからか、会場の雰囲気に飲まれ次第に気分が高揚していくのを感じていた。


 開会を告げるファンファーレが高らかに吹き鳴らされ、拡声装置によって増幅された司会の声がまもなく第一試合が始まる事を告げる。


「それじゃ俺たちも行動開始だ」

「行くとすっか」


 せっかくの試合だけど、俺たちはのんびり観戦するためにここにいるわけじゃない。


 俺とリッカ、クレイルは立ち上がり師匠やアリスさん達を残し、座席を離れて階段で闘技場内部へと降りる。



 座席の下はぐるりと回廊になっており、いくつかの階層に別れている。


 文化大臣の開会挨拶が終わって通路には人が増えてきていた。


 ここには急造の出店が並び、試合観戦のお供になる飲食物が売られている。大方はそれを調達しに降りてきた人々のようだ。


 俺たち三人は外壁をくり抜いたように解放的な外窓に近寄って、闘技場周辺の様子を見回す。


「おっちゃんの仕入れた情報でもわかっとったことやけど、ここから出る方法にあんまし選択肢はねえなァ」

「ああ……そうらしい」


 この本選会場となっているマルティウス大闘技場は王宮下層に位置している。


 この施設はエイヴス杯の会場として使われる事情もあり、外部から浮遊船を乗り付けやすい立地になっていた。


 王宮の建造物群から離れて外側に、半ば飛び出すように独立して作られたような地形だ。

 周囲は船を乗り付けるためのいくつかの桟橋が巡らされ、港のような構造になっている。


 今はそこに各街からやってきた大型浮遊船が停泊しており、その向こう側に王宮の街並みと通りが見えている。


 もちろん歩いて王宮側へ渡る通路もあるにはあるが、遮蔽物もないただの浮遊間橋だ。


 闘技場から王宮へ渡ることは禁止されているし、見張りが目を光らせている。


 見通しが良いから、船を飛ばして向こうへ渡ろうとしても簡単にバレて咎められるだろう。


 正直ここへくればなんとか道が見えるかもしれないと思ったが……、実際かなり厳しそうだ。大会期間中で警備だって増強されている。



「何か方法がないか、頑張って考えましょう!」

「とにかくこの闘技場周りを観察しながら考えようや」

「そうだな。諦めるには早い。何か方法があるはずだ」


 会場から第一試合の始まりを告げる銅鑼の音と大歓声が鳴り響く。上では試合が始まったらしい。


 俺たち三人は一旦別れ、それぞれ会場に散った。




 §




「どうです、何か侵入の手立ては見つかりましたか?」


 陽が真上に登る頃、通路の欄干にもたれて買った食べ物をそれぞれ齧る俺たちの元へ師匠がやってきて声をかけた。


「モモフクさん。それが……」

「全然見つからないですね……」


 午前中一杯を使って、舞台で試合が行われる中俺たちは施設を回ったり脱出路を思案しあったが、どうにもいい策は浮かばなかった。


 ネックとなるのはやはりこの空中に孤立したような会場の立地だ。


 王宮の街区へ繋がる二つの連絡橋は完全に封鎖されていた。警備員も複数配備されている念の入りようだ。


 大会には王宮に暮らす貴族たちも観戦に訪れるが、彼らも浮遊船で会場に乗り付ける。


 貴族の船は港の警備が特に厳重でとてもじゃないけど忍び込むなんて無理そうだし、会場には杖や武器の類は持ち込めない。


 杖や波導なしで向こう岸へ飛び移るのはさすがに二人にも無理そうだった。

 そんなことができるのはフウカくらいだろう。



「ふむ、それは弱りましたね」

「貴族を脅して船を奪うか?」

「だめですよクレイルさん。そんなことをしたら私たち本当に罪人になっちゃいます」

「うん……、できるだけ穏便な方法で入りたい」


 俺たちは再び黙り込んで思考の海に沈む。何か、何かないものか……。


「煮詰まっているようですね。気分転換に試合を観戦してみてはいかがです? 年に一度のお祭りなのですから」

「あ、もうすぐチェシィの試合ですか?」


 上の会場から試合の開始を告げる声が響く。


「ええ。ちょうど今始まった試合の次ですね」

「おっさんの言う通り、ここでウンウン唸っとっても埒があかんな。一度会場に戻るか」

「俺もそう思う。……戻ろうか」


 俺たち四人は座席に上がる階段へ向かった。


「ナトリくん」

「はい」

「どうにも解決策が見つからない時には一度視点を変えてみるのも良いものです」

「視点を変える、ですか……」

「物事を正面から凝っと眺めるだけでは知れないことも往々にしてあります。様々な角度から眺めることで、新たに見えてくるものもあるのではないですかにゃ?」


 そう言ってモモフク師匠はにっと笑う。


「なるほど……」


 師匠はいつだって俺に必要な言葉を与えてくれる。

 視点を変える。きっとそれが、今の俺に一番必要なことなんだ。


「ありがとうございます。気に留めてみます!」

「さあ、行きましょう」


 俺たちは熱狂が渦巻く会場への階段を上っていった。





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