第166話 情報
師匠宅でアリスさんの手による美味しい夕飯をご馳走になった後、俺たちは早速本日の成果を報告し合う。
「六番街アズライルまで行ってきたで。王都で使とる情報屋を訪ねにな」
六番街は他の街に比べると少し雰囲気が異なる場所らしい。それぞれの街に特色はあるものの、六番街は暗くどんよりとした雰囲気をまとう王都でも異質な街であると聞く。
術士としての仕事柄、クレイルは情報収集能力にも長けている。
俺にもそんなコネがあれば軽々しく情報を信じずにちゃんとフウカの身元を割り出せただろうか……。
「買った情報からいくつかわかったことがある。どうやらフウカちゃんが王宮におるんはマジらしいな。最近まで留守にしていた第六王子レイトローズが王宮に帰還、失踪していた王宮神官の女を連れて戻ってきたらしい。明るい髪をした目立つ女とくれば、まああの子やろ」
「フウカちゃん、神官だったんですか?!」
「え、マジ驚きなんだけど……」
「フウカが……神官」
王宮神官は有名な役職だ。エイヴス王国の誇るあらゆる分野における精鋭とされる術士を集めた集団であり、国の権力と力の象徴でもある。
国王に認められることは己の力や技術を磨く者にとっての誉れだ。
例えば王国最強と謳われる波導術師、「煌焔のルクスフェルト」は国民的英雄として民の信頼を集めている。
フウカがそんな人々と肩を並べるような存在だったなんて……。
「その情報を聞いて俺は逆に腑に落ちたわ。フウカちゃんの術士としての潜在能力の異様な高さはそれで説明がつく」
「確かにそうですね……」
「なあ、ナトリよ。こいつは俺の想像なんやが……」
クレイルが珍しく言い淀んでいる。俺は逆に気になって先を促す。
「なんだよクレイル」
「あのスカした王子のフウカちゃんに対する態度が気になっとってな」
「確かに王子様はずいぶんとフウカちゃんに親しげな様子でしたけど」
「神官は確かに国の高官やが、王族はまた別格の偉さや。それで王子自らあの子を探しとった理由を考えるとな」
「ふむ。クレイルくんは、レイトローズ王子とフウカさんがかなり親密な間柄であったのではないか、と考えているのですか?」
確かに、王子様が直接動くなんてよっぽどのことだ。
そんなことになるのは、家族や恋人、婚約者くらいの間柄でなければ……。
本当は俺は、その可能性について考えたくなかっただけなのかもしれない。
「うーん……、レイトローズ王子が人気な理由って、超美形な見た目もだけどものすごい硬派だからってのもあるんだって。他の王子は派手に遊んでるらしいけど、浮いた話が全然ないって聞くし」
「…………」
「ねえナトリ。煽っといてあれなんだけど、本当に王宮行くつもり? フウカ、マジで元王宮暮らしっぽいじゃん。それも超エリートみたいだしさ。あたしらとは身分が違うんじゃ……」
フウカが神官だと聞いてチェシィが日和り始める。
フウカが本当に王宮神官だというのなら、彼女の身柄はエイヴス国王によって保証されているってことになる。
クレイルの情報にはもちろん驚いた。けど、フウカが神官だからとか、王子と仲がいいとか、元々暮らしていた場所だからとか、そんなことは……もう関係ない。俺にとっては些事だった。
記憶が戻っても自分を離さないでほしい、とフウカは言った。
だから俺は彼女に会う。会って無事を確かめ、聞かなくては。フウカ自身がどうしたいのかを。それだけだ。
チェシィにそのことを告げる。
「ふーん……。フウカのこと、大事に思ってるんだ。なんか、前に王都にいた頃のナトリとはホントに変わったよね」
「どんな風に?」
「前はもっとさ、ぬらりくらりっちゅーか……、雑草みたいなってゆーか? ほら、髪の毛も緑だし」
「雑草って……、それ傷つくからやめてくれよ」
俺にとってトラウマを刺激する言葉だ。故郷ではそう呼ばれていた。
「にゃは。いーじゃん、今はもうそんな感じしないんだからさ。少なくとも前よりずっといいって」
「まあとにかく、俺らは別に破壊工作しに王宮へ忍び込むわけやない。ちょっと知り合いに会うだけや。そう重く捉えることもないやろ」
例え気休めだとしても、クレイルにお気楽な口調で言われると不思議と肩の力が抜けてくる。
師匠は独自に、王宮に出入りしている知り合いを当たって本選会場や周辺の様子などを調べてくれていた。
「大会中は王宮に入ること自体は可能ですが、エイヴス杯の会場となるマルティウス大闘技場から外へ出ることは容易ではありません。闘技場から外へ脱出する方法を見つける必要がありますね」
せっかく王宮へ渡っても警備厳重であろう本選会場の外へ出られなければ意味がない。
「私の得た周辺情報もあくまで伝聞に過ぎませんので、実際会場を見ないことにはどうにもならない」
「大会期間は三日間やったか。一日目は現地で侵入経路を探す必要があんな」
一通りの情報を共有し合った後俺たちは宿へ戻った。
明日は街で準備を整え、明後日の大会当日にみんなで会場行きの浮遊船に乗ることとなった。