第165話 疑念
エイヴス王宮、オフィーリアでは、毎年最強の拳闘士を決める拳闘武会、エイヴス杯の本選が行われる。
王都の各街で地区予選大会が開かれ、優勝者と準優勝者は栄えある本選大会に出場することができるのだ。
エイヴス杯は非常に名のある拳闘武会だ。
王国の一大イベントとして他の地方からの関心も高く、毎年その時期になると民衆は拳闘士達の戦いに熱狂する……と聞いている。
「なんと今年はあたし……アレイル地区予選で準優勝したのさっ!」
「え、マジかよ、すげえ!」
「ほー、チェシィは拳闘士なんか」
「大人も出る大会で準優勝なんて、強いんだねチェシィちゃん」
「あっはっはー。もはや五番街でこのチェシィちゃんに敵う拳闘士はいないよ! 女の子だからって舐めちゃいけないぜ」
決勝で負けてるんじゃ……。
ともあれ、チェシィは五番街の予選大会を実力で勝ち上がり、見事本選への出場権を手にしたようだ。
ぱっと見彼女はどこにでもいるネコの少女に見えるが、この広いアレイルの街にいる拳闘士の中で二番目の実力を持っている、ということになる。すごいことだ。
「パパとの辛い特訓の日々……。でもそれを乗り越えてあたしは強くなったんだ」
「チェシィにエリアルアーツを教えてたのって師匠だったんですか」
「ええ、そうですよ」
正直その巨体からはモモフク師匠が軽やかに宙を舞う姿を想像できないが……。謎の多いお方だ。
「私たちもお弁当作ってチェシィの応援に王宮へ行くのよ」
「大怪我だけはせんようにするんじゃぞ」
「うん、みんな応援よろしく! このチェシィちゃんの勇姿をその目に刻み込んでよね」
誇らしげに笑うチェシィは気合十分といった感じで燃えている。俺も是非応援したいところだ。
「私は大会にでなきゃいけないけど、ナトリ達は大会期間中に王宮に忍び込んでフウカに会ってきなよ。もし悪い奴らにひどい事されてたら……、あたしもそいつらをぶん殴りにいくからさ」
「王宮へ忍び込むには、まだ色々と準備をせんとな」
「そうだな。会場に入るだけじゃどうしようもないし、もっと情報を集めないと」
「エイヴス杯は三日後です。明日明後日で準備を整えるのが良いでしょう。私も知り合いを当たって情報を集めます」
「お願いします……!」
王宮への潜入に向けて俺たちはそれぞれ動き出すことになった。
§
アレイル二層に宿をとった俺たちは、翌日から早速行動を開始した。クレイルは独自に王宮の情報を集めると言って一人出かけていった。
俺とリッカは三層にあるアレイル図書館を訪れていた。王宮の構造などに関する資料でもあれば、と期待してやってきたのだ。
二人で手分けして王宮に関することが書いてある本を引っ張り出し、読み漁った。
エイヴス王宮オフィーリア。
現在は数多くの建造物が乱立する紡錘形の浮遊都市だが、完全な人口島ではなく元々は自然な陸地の上に築かれた普通の王宮だった。
700年程昔、初代国王エイヴス・エアブレイドによって王国が打ち立てられた際に当時の王宮が築かれ、世界の中心となり多くの人と物とが集結し増築が進んだ結果、今のように建造物に覆われた姿となった。
現在も拡張が進み、王宮は徐々に大きくなっているらしい。規模的にはもはや一つの街だ。
貴族達に仕える使用人やありとあらゆる生産活動に必要な人員が中心となり生活している。
日夜様々な政務や製造、研究、経済活動が行われる王宮はもはや城というよりも一つの都市となっていった。
王宮は大まかにその紡錘形の形の上下で上層と下層に分けられ、住人達もそう認識しているらしい。
王族や有力な上級貴族、王国の重鎮達は上層に暮らしているようだ。
このことから、レイトローズ王子に直接連れて行かれたフウカは王宮上層にいると考えるべきだろう。
王宮の地理が詳細に記されたような本はさすがに閲覧不可能だったが、大まかな立地くらいは知ることができた。
頼りになるとは言い難い情報ではあるが。
俺とリッカはそういった情報を拾い上げて覚書として書きとめる作業を行っていく。
今夜再びウォズニアック家に集まり、情報交換と作戦会議をするつもりだ。
俺はそんな作業の合間、休憩を兼ねてホール受付に立つコッペリアの女性に声をかけた。
「司書のフィアーさんという方はいますか?」
以前ここで出会った、眼鏡をした女性司書員の顔を思い出しながら聞く。
「少々お待ちを」
彼女は手元にある刻印機械の表示板を操作する。
元々フウカの家に関する情報は以前ここに来た時に出会った司書員の女性から聞いたものだった。
折角来たんだし、もし出勤しているならプリヴェーラのソライド家はフウカと関係がなさそうであることを伝えておくべきだと思った。
わかったら教える、と言った手前。
機械を操作する手を止めて彼女は言った。
「職員名簿を照会しましたが、当館にはフィアーという名の職員は在籍しておりません」
「え?」
そんなはずはない。何かの間違いだろう。
「半年くらい前にここで話したんです。メガネをかけて、青みがかった長髪をしたエアルの女性です。ちゃんと図書館の司書服も着てました」
「私はここ一年内であれば本館に勤める司書員のことは一通り把握しています。そのような人物は記憶にありませんが……」
「そう、ですか……」
彼女は俺の話をあまり本気にしていないのか、進んで追及してくるようなこともなく俺は案内受付を離れた。
俺は確かにあの時ここでフィアーと名乗る女性と会話した。
特徴名前共に一致する職員がいないということは、つまり彼女はああ見えて部外者で、自らを司書員だと偽っていたということか?
「…………」
彼女の助言は俺たちの旅のきっかけだったとも言える。
ソライドという家名に全くアテがない俺たちは、藁にも縋る思いでプリヴェーラを目指した。
確かにプリヴェーラにソライド家がいた痕跡はあった。あったのだが……。
どうにもフィアーという偽司書の存在がひっかかる。
何故、身元を偽ってまで俺たちに助言を与えた? その目的は?
考えすぎだろうか。
彼女は図書館で司書の格好をするのが趣味の変わった人で、単純に俺たちの力になろうとしてくれた……とか。
「ナトリさん、こんなところに立ったまま何してるんですか?」
「ごめん。ちょっと考え事を」
「陽が傾き始めてきましたね。そろそろモモフクさんのお家に向かいましょうか?」
「そうしようか」
「晩ご飯をご馳走してくださるなんて、すっごく楽しみです」
「うん。なんたって本職だからね」
俺たちは引っ張り出してきた資料を片付けると、その巨大な影を伸ばし始めた古めかしい古城のようなアレイル図書館を後にした。