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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
一章 風の少女
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第17話 病室

 


 目を開けると見慣れぬ木張りの天井が目に入った。少し開けられた窓から入ってくるそよ風が頬を撫ぜる。部屋の中は明るい午前の光で満たされていた。


「診療所……か」


 ふと視線を天井から自分の寝ているベッドの脇に落とすと橙色の髪が目に入った。ベッド脇から上半身を乗り出してシーツの上に腕を組んで顔を突っ伏しているのはフウカだった。寝ているらしい。


「フウカ……よかった」

「おはようございますナトリくん」

「師匠……?」


 左を見るとむくむくした毛むくじゃらのモモフク師匠の大きな体が俺を覗き込んでいる。


「意識ははっきりしているようですね」

「……助かったんだ、俺」


 起き上がると背中がきりりと痛んだ。痛みに顔を歪める。



 気を失った後のことについてベッドに腰掛けたまま師匠から色々話を聞いた。


 フウカは無事に大通りまで逃げ延びることができた。だが俺はすでに気を失っていたのでうまく着地できず無様に地面に転がったらしい。

 背中がぱっくり開いた血だらけの男を、少女が振り回しながら飛来したことで大通りは大騒ぎになったそうだ。

 フウカは事情を聞かれ、俺は診療所へ搬送され、治安部隊が出動し……なんやかんやあって今に至ると。



「ずいぶんな騒ぎになったようです。二層南部で緑髪の男が殺された、と私のところまで噂が聞こえてきましたよ。そんな特徴的な髪色はあなたくらいなものですから、さすがに焦りました」


 背中をバッサリやられて意識をなくしたんだ。普通助からないと思うだろう。俺、よく生きてるな。


「いや、命があって本当に良かった。背中の傷の状態は見た目ほど酷くはないようです。医師によればあと少し深ければ致命傷だったそうですが。私よりもフウカさんの方が君のことを心配していましたよ」

「……そうですか」


 眠るフウカに目をやる。もしかしたらずっとついていてくれたのかもしれない。

 師匠は既に事の顛末についてフウカからある程度聞き及んでいた。そこでもしものことがあればいけないと朝まで俺とフウカについていてくれたらしい。頭が上がらない。

 奴らのリーダー格には致命の一撃をくれてやったので、すぐ報復に来るようなことはない……と思いたい。


「助かったのはフウカのおかげです。彼女、波導が使えるみたいで」

「なんと……そうなのですか」


 昨夜のフウカ、薄紅色の瞳の輝きを思い出す。彼女自身あんな力が使えることを忘れていたんじゃないかと思う。波導の力に、あの身体能力。

 フウカ……、謎の多い女の子だ。



「そういえば。師匠、俺は気を失うときに杖を持ってたと思うんですけど……」

「杖、ですか?」


 師匠にバラム遺跡で見つけた不思議な杖のことを話す。あれのおかげで窮地を切り抜けられたのに、その所在はまたわからなくなってしまっていた。


「俺は星骸(スターアーク)なんじゃないかと思ってるんです」

「星骸は素材となるモンスターの力を宿しているのが常ですが、突然現れたり消えたり、波導の壁をすんなり通過するなど聞く限りでは少し不可解なものですね」

「では、星骸じゃないんでしょうか?」

「少なくともそんな性質の星骸は耳にしたことがない。スターレベル5のモンスターの素材を使っていたらわかりませんが……。古代遺跡から見つかったのであれば、より可能性が高いのは王冠(ケテル)の方ではないかと」

「王冠……?」

「ええ」


 王冠(ケテル)とは、稀に出土する古代の技術を宿した遺物のことらしい。

 エイヴス王国の初代の王であるエイヴス・エアブレイドがスカイフォールを平定し、七種族をまとめ上げる以前、長きにわたる混乱の旧世紀と呼ばれる時代が続いていた。


 古代、今より技術の進歩が目覚しかったスカイフォールはその発達しすぎた技術力によって常に戦火が絶えることがなく、多くの大地が空の彼方へ消え、数々の文化と文明が失われた。

 そんな歴史書にも詳しい記述の少ない、暗黒の時代に力として振るわれたのが「王冠」だとされる。


 今現在そのほとんどの技術は遺失し、現存する王冠は稀だという。だが、当時の力をそのまま発揮できる王冠も現に存在しており、常識はずれの能力を搭載したものも実際にあるらしい、と師匠は説明してくれた。


「王宮に配備されている王冠『エルヘイ厶』は大陸一つ消し飛ばせるほどの力を有しているという噂です。

 バラム遺跡は初王エイヴスの時代より古い旧世紀の遺跡ですから、そこに未発掘の王冠が眠っていた、という可能性はなくはないですね」

「……マジですか」


 本当に王冠だったら、かなりヤバいものじゃないか。国家戦略級の兵器って可能性もある。売って金に変えるとかいうレベルではない。顔から血の気が引いていく。


「とはいえ、話を聞く限りではそこまで規格外のものとも思えない」

「はい。強力な武器だとは思うんですが、噂に聞くようなものとは……」



 その時ベッドに体を伏せていたフウカがむくりと起き上がった。外の光を反射して輝く橙色の髪が乱れて白い頬にくっついている。目が会うと驚き、そしてうるうると目を潤ませ始めた。


「ナトリー! ……よかった、よかったよぉ……」

「おはようフウカ。心配かけてごめん」

「もう目が覚めないかと思ったよぅ……うう」


 つうーっとフウカの目から涙が溢れる。フウカなりに随分と俺のことを心配してくれていたみたいだ。


「わわっ、もう大丈夫だよ! ちゃんと生きてるし。ほらこの通り! だから泣かないで!」


 アピールのために腕を広げたが、背中が痛みで少し引きつった。しばらくは動くたびに痛そうだ。ぐすぐすと子供のようにぐずるフウカをなんとか宥める。


「私……私っ、あの時後ろに気がつけなかった。そのせいで……。ごめん、ナトリ。ごめんなさい」

「そんなこと気にするな。俺のこと必死で守ってくれたじゃないか。それよりフウカが生きててくれてよかった」

「夜の間、ずっと怖かった。もう起きないんじゃないかって。ナトリが死んじゃったら、私、一人だから……」


 フウカは俯いて、沈痛な面持ちで素直な気持ちを吐露する。そうか。そうだよな。この子は記憶を失って、身寄りも帰る場所もわからない。その事情を共有できる俺がいなくなるのはすごく恐ろしいことなんじゃないかと思う。

 彼女の頭に優しく手を置いて笑いかける。


「大丈夫。大丈夫さ。俺はフウカが生きてる限り、絶対いなくなったりなんかしない。だから一緒に君の家族を探そうよ」

「……うん。ありがとう、ナトリ」


 フウカの不安と恐怖が収まるまでそうしていた。ふと左を見たが師匠の姿はそこになかった。いつの間にか病室を出て行ったらしい。気を利かせてくれたのだろうか。


 優しい風が病室の窓から入ってきて、カーテンを揺らす。フウカが落ち着くまで、俺は彼女を宥めながら見守った。

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