第164話 王宮への道
久しぶりに降り立った王都エイヴス五番街アレイルは、以前と変わらぬ大都会で他の都市とは比べ物にならない建造物の密度だった。
第一層からの眺めは壮観だ。重なり合うように浮かぶ街区が積層し、まるで雲のように広がって五番街を形作っている。
港から出て第一中央通りを歩きながら街を見上げた。
「プリヴェーラもすごいですが、王都は規模が違いますね……」
俺たちは四人でクレッカを出発した後、オリジヴォーラを経由してエイヴス王国へ入った。
本当にフウカは王宮にいるんだろうか……。
「ここまで来たはええが、これからどうする」
「普通に王宮に入ることはできないんですか?」
「うん。普通は居住権を持つ貴族とその関係者か、マリアみたいに特別な許可がないと」
「申請すれば簡単に入れるような場所でもあらへんしな」
調べたことはないけど、多分貴族の口添えが必要だったり厳しい審査がある。
俺たちのようななんのツテもない余所者では無理だ。
マリアンヌに頼ることはできないし、正直なところ何のアイデアもない。
「アレイルに降りたのは俺が以前暮らしてた街だからなんだ。すごく頼りになる人を知ってる。まずはそこを訪ねてみようと思ってる」
だから、フウカのことでも何かと世話を焼いてくれたラーメン屋のモモフク師匠を頼ってみようと考えていた。
「私は港の周辺で王宮に向かう船が出るのを待つことにします」
「王宮のお偉方の前で報告すんのやろ。一人で大丈夫か?」
「バカにしないでください。私だって一介の術士なんですからね」
「わかったわかった」
「頑張れよ、マリア。俺たちは俺たちでなんとか王宮に入る方法を見つけるから」
「はい……。絶対捕まったりしたらだめですよ」
「マリアンヌちゃんもお仕事頑張ってね」
不安そうな顔をするマリアンヌに見送られ、俺たちは二層に向かう浮遊船発着所を目指して歩き出した。
しばしの別れだ。きっとまたすぐに会える。
目まぐるしく浮遊船や人々の行き来する王都の雰囲気を感じながら、船でアレイル二層に上がる。
そこから師匠の家を目指した。
ウォズニアック家は街の中央から離れた方面にある。
俺は立体的な地形をした王都をスムーズに移動できないので、二人には迷惑をかけてしまう。
そのせいで多少時間はかかったが午後過ぎには懐かしい師匠の家にたどり着くことができた。
街区の端に、見覚えのある少し古びた家屋と門構えが見えて来た。
以前この家を訪れた時と同じように、門柱の上に白と翡翠色のふさふさした毛並みを持つ老齢のネコが体を丸めてうずくまっていた。
「ダイナさん」
呼びかけると彼女は眠そうに片目だけを開き、俺たちの顔をじっと見下ろす。
「おや……、あんたは……ナトリちゃんじゃないかえ? そうだろ!」
「お久しぶりです! お元気そうでなにより」
一度しか会ってはいないけど、俺の顔は覚えてくれていたようだ。
ダイナはするりと軽やかに門柱から降りると玄関の前で俺たちを促した。
「さあ、家にお入り。今日はみんな家にいるんだよ」
「お邪魔します!」
ダイナの先導で居間に通されると、そこにはウォズニアック家の面々が勢ぞろいしていた。
アリスとチェシィは食卓を挟んでマタビ茶を飲み、師匠は空に面した縁側に大きな体を横たえて日向ぼっこしていた。
「わ、ナトリじゃん! 帰って来たんだ」
「久しぶりねナトリちゃん。お友達もいっぱいじゃニャい」
「また会えて嬉しいです、アリスさん。チェシィも」
再会を喜んで仲間達を軽く紹介などしていると、縁側でのそりと起き上がった師匠が居間へやってきた。
「師匠、お久しぶりです。戻って来ました!」
「ナトリくん、元気そうで何よりです」
師匠は俺の前に立つと、そのふかふかした太い両腕を俺の胴に伸ばし大きな肉球で挟む。
そしてまるで子供をあやすように俺の体を抱え上げた。
「わっ」
「少し痩せて、筋肉がつきましたか? 体つきが良くなっています」
柔らかい肉球でふにふにと俺の胴体を押しながらそう聞く。
「ははっ、そうかもしれません。色々あったんで」
俺と師匠を見てリッカが呟く。
「いいなぁ……。私もやってもらえないでしょうか」
「ふふ。もちろんいいですよ」
§
アリスさんに人数分のお茶を淹れてもらい、俺たちは全員でテーブルを囲んだ。
俺たちのお茶はもちろんマタビ茶ではなく来客用のものだ。あれはネコ以外の種族には刺激が強すぎる。
「ねえナトリ。今日はフウカは来てないの?」
当然フウカのことも話題に上る。
「うん。今はいない」
「今度はちゃんと連れて来てよ。フウカと遊びにいく約束してるんだからさ」
「…………」
「フウカちゃん、ニャにかあったの?」
俺はフウカが記憶を探す旅の途中で連れ去られてしまったことについて四人に話す。
「え、ウソ! どゆこと?」
「そんニャことが。フウカちゃん……」
「あの子が王宮にねぇ……。本当なのかえソレは」
四人はレイトローズ王子がフウカを連れていったことについて驚きを隠せないようだった。
「ナトリくん、もしや君が王都へ戻ったのはフウカさんを?」
「……はい。この二人も同じ理由です」
「そうでしたか」
両目を閉じて唸っていたダイナが口を開く。
「ナトリちゃんよ、自分が何をしようとしておるのかわかっとる?」
「俺のわがままみたいなものだってことはわかっています。でも俺は……、どうしてもフウカを放っておけない。あの子が心配なんです」
「うぬぬ……」
「ナトリちゃん……」
「王宮に忍び込んだって、事を荒立てなけりゃ問題はないやろ。ちょいとフウカちゃんの様子を見に行くだけや」
「簡単に言うのう」
真っ先に事を荒立てそうな奴が言ってもあまり説得力はないが。
気を引き締め、改まって師匠に向き直る。
「知りませんか師匠。俺たちでも王宮に入れる方法を」
師匠の顔と交友関係が広いのは知っていた。
もしかすると彼なら、俺たちに道を示してくれるのではないかと俺は淡い期待していたのだ。
師匠は腕を組み、糸のような細目で俺を見下ろした。
「フウカさんに会いたいという君の気持ちは揺るぎませんか」
「フウカにあって無事を確かめる。それが、俺が今やるべきことです」
「大切なことは心で決めろ。君にそう言ったのは私でしたね」
「はい」
師匠は大きく頷いた。
「少し見ないうちに、見違えましたね。進むべき道を見つけられず迷っていたあの頃の君とは大違いです」
「そうだね。ずいぶん頼もしくニャったよ、ナトリちゃん」
「色んな出会いが君を変えたんでしょうか」
「そうです。今俺がこうしていられるのはみんなのおかげだから」
クレイルとリッカの顔を見る。二人とも俺の最高の仲間だ。
それはフウカも同じ。だから俺は行かなきゃならない。
「わかりました。微力ながら王宮へ入る手伝いをさせていただきますニャ」
「本当ですか!?」
「マジかおっちゃん。ありがてェ」
「すごく心強いです!」
「しかし簡単にはいきませんよ。半端な貴族のツテを頼るのは難しいでしょう。侵入を手引きをしたことが知れれば没落は免れませんし。さしあたっては……」
心強い師匠の協力も得られ、本格的にどう王宮へ入るかという話に進もうというところで黙って聞いていたチェシィが口を開いた。
「王宮に入りたいんでしょ? だったら簡単な方法があるよ」
「本当に?」
「うん。三日後に開かれる王都拳闘武会のエイヴス杯。期間中の三日間は王宮の闘技場が一般公開されるから、誰でも王宮へ入れるじゃん」
「……ということですニャ」
「……なるほど」
チェシィの示した方法なら活路を見出すことができるかもしれない。
少しだけ希望が見えてきた。