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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第163話 神官



「おかえりなさいませ。レイトローズ王子殿下、フウカ様」


 アンティカーネン邸からフウカの寝起きする屋敷へと浮遊船で戻った二人は、玄関の前で直立不動の姿勢から完璧な確度でお辞儀を決めるシャルルに迎えられた。


「ただいま、シャルル」

「では私はこれで……」

「やあ、フウカちゃん」


 邸宅の玄関先で話す二人に声をかける者があった。


そこには揃いの白服に天空のような青いローブを身につけた二人の青年が立っていた。

フウカが着ているものと同じ、王宮神官の制服であった。


「ユーヴェイン様に、メドラウト様」


 シャルルが目を見開いて息を飲む。


 二人の青年はいずれもフウカと同様に神官の肩書きを持つ波導術師ウィザーだった。


「これは……レイトローズ殿下ではありませんか」


 王子の姿を認めると二人は背筋を伸ばして頭を下げ、王族への敬意を示す。


「ユーヴェイン卿、メドラウト卿。お久しぶりですね」

「はは、殿下がフウカちゃんのところへ足繁く通われているという噂は事実でしたか」


 ユーヴェイン卿と呼ばれた、ダークブラウンの髪に金色の瞳を持つ背の高い青年が答える。


「ルクス、余計なことを言うな」

「茶化すような物言いになってしまい申し訳ありません。フウカちゃんは殿下のご友人であると聞き及んでおります。ご心配なさるのは当たり前でしたね」


 そう言って、王宮神官長補佐ルクスフェルト・ユーヴェインは人の良さそうな笑顔でにっこりと笑う。


 フウカの様子を見にふらりとやってきた二人をシャルルが邸内へ案内しようとする。


「急な訪問で気を使わせてしまったかな。僕たちはここでも構わない」

「いえ。皆様ほどの方々を立ち話させるわけには参りませんので」


 心なしかシャルルの頬は赤らんでいる。

いくらコッペリアにありがちな鉄仮面の使用人シャルルと言えど、王宮でも指折りの美丈夫である三人を同時に目の前にして心の平静を保つのは難しいようだった。


「ではお邪魔させてもらおうかな」

「はい。ご案内いたします」




 §




 応接間で肘掛に座り、ティーカップを片手に向かい合う四人を壁際に下がりながらぼんやりと見、シャルルは考えていた。


 この見目麗しい美男美女しか存在しない空間を妄想好きの使用人友達であるドロテアに見せたらどんな反応をするだろうか、と。



「それにしても元気そうでよかった。見舞いに来るのが遅くなってしまって済まない」

「あなたは……?」


 ぴんとこない、という顔で二人を見ていたフウカの返答に、ルクスフェルトは落胆したように眉尻を下げる。


「話には聞いていたが、やはり僕らのことも忘れてしまっているんだな」

「ごめんなさい……」

「いいんだ。忘れてしまったものは仕方がない。だったら再び友好を結べば良い。改めて自己紹介しようか。僕はルクスフェルト・ユーヴェイン。神官長補佐を務めていて、一応君の上司にあたる」

「ユーヴェインさん」

「ルクスと呼んでくれていい。よろしくフウカちゃん」


 輝くように爽やかな笑顔を見せてルクス青年は笑った。


「それでこっちは……」

「同じく神官のルシル・メドラウトだ。俺もルシルでいい。改めてよろしく頼む、フウカ」


 艶のある黒い長髪に、焔のような赤みを帯びた瞳を持つルシル青年はルクスフェルトとは対照的に無愛想に答える。


あまり人を寄せ付けない冷徹な雰囲気が漂うが、彼もルクス同様非常に端正な顔立ちをしている。


「よろしく、ルクス、ルシル」


「お二人は王宮議会の要請でハルキュオンへ赴かれたと聞いていましたが」

「先日ここへ戻ったのさ。バベルでも手を焼いていたモンスターなだけあって少々手こずってしまった」

「レベル4のマーダーズフルドが群れを率い暴れておりました故」

「群れると厄介だという大猿のモンスターですか。あなた方が手こずるとは相当ですね」

「知能が高く、なかなか姿を現さないものだからね。それに加えて例の怪物まで出る始末さ」

「正体不明の……」

「ええ。最近噂になっている影に潜む者(ゲーティアー)と呼ばれる存在かと」

「ゲーティアーが出たの?」

「知ってるのかフウカちゃん」

「うん……」

「街中に突如出現したという報告もあるし、物騒な世の中になったものだ」

「ルクス達って、ものすごく強いんだね」


 フウカは王都からイストミルに渡る際に浮遊船の上で死闘を繰り広げたゲーティアー、ウェパールのことを思い出し感心する。


「『煌焔のルクスフェルト』と並ぶ戦闘能力を持つ術師は、スカイフォール広しといえど『銀嶺』か『遠雷』くらいのものでしょう。彼は王国最強の術師ですから」

「王子殿下にそこまで評価していただけるとは光栄だ。今度模擬戦でもどうだい? 実戦に中々出られないとどうにも体が鈍ってね」

「私にあなたと打ち合える程の力はない」

「ご謙遜を。機会があれば殿下の実力の程をこの目で確かめてみたいものだ」


 ルクスフェルトとレイトローズの話を横で聞いていたルシルがため息を吐く。


「貴様、殿下に対してその態度、どうにかならんのか。恐れ多い」

「神官は国の象徴。王族といえど敬意を持って接するべきと考えます。それに私のような立場の者に畏る必要はありませんよ」

「ですが……」

「殿下もこう言っておられる。ははは、堅苦しいのはどうにも苦手なもので」

「全く、貴様と言う奴は……」


 呆れるルシルの隣で少年のように笑うルクスフェルト。

馴染みのない王宮の話に戸惑いつつも、フウカは黙って話を聞いていた。


話題はすぐにフウカ自身のことに戻る。


「王宮へ戻ってすぐに行方不明だったフウカちゃんが見つかったことを聞いてね。こうして二人で様子を見にきたってわけだ。しかし、記憶を失くしているとは……」

「もう白術士には診せたのですか」

「クラリス・ヘリオロープ神官に見ていただきましたが、原因の特定には至りませんでした」

「ヘリオロープのご令嬢でもわからないと」


 三人はフウカをじっと見つめる。ルシルが口を開く。


「術の痕跡が残らない程に完璧な波導構築だとすれば、自ずと使い手は限られましょう」

「……彼女が王宮から姿を消すのと同時期、アンティカーネン教授も所在がわからなくなっています」

「それは確かフウカちゃんの保護者だという……? 白波導の権威だと聞いているが」


 フウカの身元引き受け人であったサンドリア・アンティカーネンは療養で王宮を離れると大学に休職届けを出していた。


 仮になんらかの理由があって姿をくらましているのだとすれば、フウカの失踪との関連性が疑われるのは自明の理であろう。



「何かきな臭いものを感じますね」

「教授の所在を調べつつ連絡をつけようと試みてはいるのですが……」

「僕も知り合いなどに当たってみるとしよう」


 ルクスフェルトはフウカの方に優しげな微笑みを向けて語りかける。


「教授のこともそうだが、不安なことはたくさんあると思う。今の君ではこの環境に戸惑うのも無理はない。だが王宮には君の助けを求める人々が大勢いる。少しずつでいいから、神官として彼らを救ってやってくれないだろうか。もちろん僕ら神官も君をサポートする」

「でも……、私にできるかどうか」

「フウカ。お前の治癒波導は唯一無二のものだ。俺たち神官は全員その実力を認めている」


 ルクスフェルトはルシルの言葉に頷く。


「あまり気負う必要はないさ。君だって大変な境遇なのだから。困ったことがあれば僕たちになんでも相談して欲しい。同じ神官として力になる」

「……なんとか、やってみようと思います」




§




 王宮神官の二人はフウカを激励すると帰っていった。


明日は毎年恒例の拳闘大会エイヴス杯を観戦しに下層へ降りるんだと、彼らはようやく訪れた休暇を満喫するつもりのようであった。


「私、明日から神官の仕事をやってみるよ」

「……そうですか。しかしあまりご無理はなさらぬように。私はフウカ様が無事に戻っていただけたことだけで嬉しいのです」


 そう言うと、レイトローズは深い青と透き通る赤い瞳でじっとフウカを見つめた。


「まだ……、あの者達のところへ戻りたいと考えておられますか」

「…………」

「私があなたを守る剣となる。どうか私を頼りにしてください」

「うん……」


 浮遊船に乗って離宮へと帰っていくレイトローズを見送りながら、フウカは途方に暮れていた。


 自分はこれからここで生きていかなければならないのだと考える。


徐々に記憶を埋め合わせることができれば、全ては元に、以前の生活に戻れるのだろうか、と彼女は物思いに沈む。


 そうなれば、心に空いた大きな穴のように空虚な思いも埋め合わせることができるのか、と。



 そしてフウカは仲間達のことを想う。


「みんな……ナトリ……。私、どうしたらいいの……?」


 不安になったシャルルが声をかけるまで、フウカは玄関先の陽だまりに立ち尽くしていた。


「大丈夫ですか、フウカ様」

「うん……大丈夫。ごめんね」


 今、彼等はどうしているのだろうとフウカは遠く空の彼方に思いを馳せるのであった。








挿絵(By みてみん)

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