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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第161話 訪問者たち

 


 クレッカでの日々はあっという間に過ぎていく。


 牧場を手伝い、アリュプ達の世話をしながら傷ついた体を休めた。


 リッカは親しみやすい性格もあり、おばさんや姉ちゃんともすっかり馴染んだようだ。


 彼女の過酷な宿命や身の上話を聞いて、涙もろいアメリア姉ちゃんは幾度となく頬を涙で濡らすこととなった。



 穏やかな島の空気の中で腕の痛みも薄れ始めていた。


 王宮へ向かい、フウカに会いに行こうと思っていることを二人にも伝えた。


 さすがに顔面蒼白となって慌てたが、引くつもりはないと言い切ってなんとか説得した結果二人は諦めたように折れてくれた。


俺の意志を覆すのは不可能だと悟ったみたいだった。


 二人には俺のわがままで心配をかけてばかりで本当に申し訳ない。それでも俺は行くと決めている。



 一週間が経つ頃、牧場に思わぬ来客があった。


 夕暮れ近く、俺が牧草地巡りから戻って家の扉を開けるとなにやら家の中が騒がしい。


 居間を覗くとそこでは見知った人物達がくつろいでいた。



「おう、戻ったか」

「お久しぶりですね、ナトリさん」

「クレイル、それにマリア!」


 背の高い赤毛のストルキオと銀髪のエアルの少女。なんだか不思議な取り合わせだ。


 一緒に迷宮を登った仲間達だった。


 二人は数刻前に牧場に着き、家に招き入れられてリッカやおばさんと話をしていたらしい。


「どうしてこんなところまで?」

「この前プリヴェーラでばったりちびすけに会うてな。お前のことを話したら心配だから会いに行きたいーちゅうから、ついでに俺もついてきたってわけや」

「クレイルさん、私そんなこと言ってませんっ!」


 全く似ていない口調でマリアンヌを真似てクレイルが言い、彼女が慌てたように叫ぶ。


「元気そうだな、二人とも。それにしてもこんな辺境まで……」

「クレイルさんからナトリさんが怪我したって聞いたのでお見舞いにと。それに……」

「さあさあみんな、夕食の時間だよ」


 台所で夕食の準備をしていたおばさんが言い、その日はいつもより賑やかな夕餉となった。


 リッカとマリアンヌは既にお互いの紹介を済ませていた。


 マリアンヌがこの歳で術士協会に所属していることを知るとさすがにみんな驚いた。


 姉ちゃんもおばさんも、俺がクレッカの外で作った知り合いを温かく迎え入れてくれる。

 二人の寛大さには頭が下がる。



 夕食後、リッカ、クレイル、マリアンヌを二階の自室に連れてきた。


 各々が適当な場所に腰を落ち着けながら興味深そうに俺の部屋を眺め回す。


「綺麗にしているんですね」

「あんまし物がねえな」



 俺たちはそれぞれの近況について話した。


 狩りで負った怪我の療養に努めていること、クレイルが街で受けた仕事や、マリアンヌの迷宮調査のその後など。


「ずっと気になってたんだけど……、翠樹の迷宮はあの後どうなったんだ?」


 迷宮の活性化に伴うノーフェイスの暴走で、システィコオラ第五層エムベリーザはかなりの混乱に陥っていたはず。


「ご心配なく。ナトリさんとフウカさんが嫉妬の厄災レヴィアタンを撃退してくれたお陰で迷宮は沈静化しています」

「そっか、じゃあノーフェイスも?」

「はい。厄災の消失と同時にノーフェイスの流出は止まり、迷宮内のノーフェイスもその数を徐々に減らしているみたいです」


 エムベリーザに暮らす人々の生活は、一応は守られたということらしい。



「実は私、エイヴスの王宮から招集を受けているんです。この度の迷宮調査の件で」


 マリアンヌは元々、ガルガンティア波導術士協会からシスティコオラの迷宮調査隊に派遣された調査員だ。

 迷宮に入り、しかも踏破して戻って来た迷宮内部を知る貴重な生き証人となっている。


「ほお、わざわざ中央から呼び出しかィ」


 当初、調査隊は迷宮や厄災について知り得た情報を世間に公表する予定だったという。


 しかしそこに調査隊の出資元である東部領主連合から()()()がかかり、現在に至るまで何も行動を起こせないでいるそうだ。


 その後調査隊員には特別手当として破格の報酬が与えられた。彼等の中ではおそらく口止め料だと考えられているらしい。


 マリアンヌは、それを東部に強い影響力を持つエイヴス王国の介入と見ている。


「みなさん、エイヴス王国とイストミルは同盟関係にあることは知ってますよね」

「もちろん」

「表向きは対等な関係……ということになってます。ですが、その実王宮議会は東部領主連合の有力上級貴族のほとんどを掌握しています」


 東部領主連合には腐敗の噂が絶えない。

 中央と東部は安全保障条約を結んでいるが、その実多額の賄賂を受け取る代わりに一方的に軍事力を差し出し、戦力として中央に都合よく使われているのではないかという話は耳にしたことがある。


 政略結婚や密約によって、エイヴス王国は徐々に東部領主連合を浸食していったのだと専らの噂だ。


「そんなとこやと思ったわ。東部の大貴族は腑抜けばかりやからな。故郷をないがしろに資源を中央へ差し出し、甘い汁を吸うことしか考えとらんぞありゃ」

「エイヴスとイストミルが同盟を結び、北部アプテノン=デイテス帝国と領土争いをした結果、私の実家マグノリア家は祖父の代に中央からミルレークへと派遣されて国を治めることになったと父から聞きました」

「ミルレーク戦役か。ユリクセス迫害の原因となった戦やな」


 ミルレーク戦役以降、ユリクセスとその他の種族との仲は険悪になっている。

 当時は北部人の極悪非道な蛮行と略奪行為がエイヴス王国によって喧伝されていたと聞く。


 昔の話だが、今なおユリクセスとの溝は深い。



「とにかく、王宮が迷宮の情報を口止めさせたのは軍事的な理由もあるでしょう。迷宮は各国が抱える爆弾でもありますから、極力仮想敵国に情報を渡したくないんだと思います。中央にとって資源の豊富なイストミルは重要な地域ですから」

「だからといって……」


 リッカが言いかけた言葉を飲み込む。


 言いたいことはわかる。世界全体の危機だというのに、国同士の諍いや見栄を気にしている場合じゃないだろうとは俺も思う。


 でも、国を動かすような雲の上の上級貴族達にとってはそちらの方がよっぽど重要だし、きっと自らの地位や名誉、財産を守ることで頭が一杯なのだろう。



 これで多くの人は厄災が目覚めた事を知ることはなくなった。

 他の厄災の目覚めが近付いていることも。


 本当に、これでいいのか。


「じゃあ、マリアンヌちゃんの功績は……?」

「気にしてませんよ。功績だなんて言われるようなこと、私は何もしてませんから。私はただの無鉄砲でしたし、お二人の力がなければ迷宮から生きて戻ることもできなかった」

「マリア……」


 本格的な迷宮の実地調査を成し遂げ、厄災の存在も確かめたとなれば、その名が歴史に残ることは想像に難くない。


 それが潰えるというのに、マリアンヌは別段残念がっているようには見えなかった。


 この歳で一体どれだけ大人びているんだ。



「皆さんの方も大変だったみたいですね。まさか、新たな別の厄災と戦っていただなんて思いもしませんでした……」

「ああ、とんでもないものに巻き込まれたもんだよ。でもそのおかげでリッカを連れ出せたんだ」

「本当、なんですか。リッカさんの中に厄災が存在しているというのは……?」


 マリアンヌは少し不安げにベッドに腰かけるリッカを見る。彼女はリッカの隣にぺたんと座り込んでいる。


「うん。でも安心して、今は大人しくしているみたい」

「そう、ですか……」

「しかしナトリよ。心配して来てはみたが存外いつも通りで安心したぜ。プリヴェーラに戻って別れた時は、ひでェ顔しとったからな」

「それについては心配かけたな。でも故郷に戻って見えてきたんだ、自分がどうするべきかが」

「フウカさんのこと……ですよね」


 フウカがいなくなった事はクレイルから聞いているんだろう。


「うん。俺とリッカは王宮に行く」

「……!」


 マリアンヌは目を見開き、窓辺に寄りかかって腕を組むクレイルは獰猛に笑った。


「やっぱり止めても、行くんですよね」

「お前がそれを言い出すのを待っとった」

「クレイル」

「俺も行くぜ」

「……クレイルさん!?」


 俺もかなりの向こう見ずだけど、そこに関してはクレイルも筋金入りだった。


「本気なんですか、みなさん。私もフウカさんのことは気になるけど……」

「お前は仕事に専念せえ。家への影響がでかいやろ」


 マリアンヌは俯いてしまう。


 貴族にとって代々積み上げてきた家の評判を落とすのは致命的だ。

 侵入の片棒を担いだとなれば、コールヘイゲン家は最悪爵位を剥奪されるかもしれない。


 俺たちに加担するにはリスクが高すぎる。


「フウカちゃん、今頃どうしてるのかな……」

「牢屋にぶち込まれとるようなことは無いと思うがな」

「あの子が元気でやってるならそれでいい。でも」

「でも?」


 その事について実のところ俺はずっと考えていた。何故こんなにも俺はフウカのことに不安を覚えるのか。


 思えば最初から何かが変だった。名前以外の記憶を失い、アレイルの街で目を覚ましたフウカ。


 王宮で暮らしていたなら、フウカの記憶を消したのは王宮関係者なのではないか?


 彼女の家に関する手掛かりから始まった旅は想像もできない事態の連続だった。


 だが、その全てが果たしてただの偶然で片付けられるだろうか。



 フウカは迷宮や厄災と何らかの繋がりがある。もしかしたら、一連の出来事は起きるべくして起きたことなんじゃないのか。


 その違和感についてみんなに話す。


「ナトリさんは、何者かがフウカさんを陥れようとしているって、そう考えているんですか?」

「うん。目的はわからないけど……。だってさすがにおかしいだろ。この短期間で、俺たちは二つの迷宮、そして厄災に巻き込まれてるんだ」

「言われてみりゃあちと出来過ぎ感はあるなァ」

「ずっとフウカちゃんと一緒に行動してきたナトリくんだからこその意見でしょうか……」

「俺らが翠樹の迷宮登ることになったんも、時空迷宮に取り込まれたんも、フウカちゃんがきっかけなのは確かやな」


「でも、誰が、何のためにそんな嫌がらせのようなことするんです」

「分からない……。けどフウカは王宮で、また何か危険なことに巻き込まれているんじゃないかって、そんな気がするんだ……」


 フウカを放っておけば彼女の身によくないことが起こる。


 その疑念、懸念は、彼女と別れてからずっと脳裏にあったものだった。


「なんにせよ、行ってみりゃ分かる」

「簡単に言いますよね……」

「俺らは翠樹の迷宮踏破したんや。王宮に侵入する方がぶっちゃけ楽やろ」

「明日、クレッカ港に上りの定期船が来る。それに乗ってオリジヴォーラ経由で王都に向かおうと思ってる」

「すみません……、みなさん」


 マリアンヌが下を向いて、か細い声で謝る。


「何を謝っとる」

「悔しいです。私にできる事、なにもないから……」

「その気持ちだけで嬉しい。ありがとな、マリア」

「ですが、王都には私も一緒に行きます。元々ナトリさんの実家には王都へ行く前に寄ろうと思って来たので」


 その後も俺達は夜更けまで色々なことについて語り合った。


 王宮のことや、迷宮や厄災についても。


 ダルクの言っていたエル・シャーデという存在について、マリアンヌは聞き覚えがあるそうだ。


「エルヒムについて学んでいた時、先生がその存在について触れたのを覚えています」

「本当? マリアンヌちゃん」

「はい。確か、ユリクセスの間で信仰されるとても古いエルヒムだと先生は仰っていました」

「ユリクセスの」

「他の種族の間ではほとんどその存在は知られておらず、忘れ去られた異郷の神である、と」

「……そうなんだ」


 マリアンヌの話を聞く限りでは相当マイナーなエルヒムのようだが……。


 ユリクセスの間で信仰が続いていれば、まだどこかに存在している可能性はある。それについても調べていきたい。


 ひとしきり話し込み夜も更けた頃、俺達は明日に備えて眠りにつく事とした。





GWなので隔日更新予定です

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