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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第159話 叛逆の意志

 


 みんなで夕食を食べた後、俺は散歩がてら一人夜の草原を歩きに家を出た。


 空には大小合わせて五つの月が静かに輝き、草原を夜の光で照らしている。



 虫の声を聞きながら広い草原をさわさわと歩いていく。


 歩きながら俺はリベルのことについて考える。


 どうして声をかけても応えてくれないのか。消滅したとは思えない。きっとあいつはまだ俺の中にいる。


 一人の俺は確かに弱い。

 それでも信頼し支え合い、共にいてくれる誰かがいれば倒れることなく進むことができるかもしれない。リッカがそのことを教えてくれた。


 リベルと俺もまた、そういう間柄だと思っている。俺にはあいつの力が必要だ。



 リベルとも色々あったな。最初は声を聞くこともできなかったし、煉気をうまく加減して使うこともできなかった。


 少しずつ、少しずつ絆を深めて、やっと会話することができるようになったんだ。


 俺はリベルのこともまだまだたくさん知っていきたい。

 そのためにも、もう一度あいつと……。



 いつの間にか山の麓近くまで歩いてきていた。

 斜面を少しばかり登ってきたところで草原を振り返って腰を下ろす。


 ここからは空も、広がる丘陵もよく見渡せた。


 離れた場所にランドウォーカー牧場の明かりが見え、心地よい風が緩やかな斜面に生える下草を撫でる。いい夜だった。


 座り込んでぼうっと月を眺めながら、漫然とリベルのことについて考え続けた。


「よう」

「ッ?!」


 周囲には動物やモンスターさえ全くいないと思い込んでいた。


 突然掛けられた声に心臓の鼓動が跳ねる。


 声のした方に首が捩じ切れそうな勢いで振り向いた。



 そこには——古ぼけた木箱が置いてあった。

 いや、それだけじゃない。目を凝らすと、夜の帳に溶け込むような濃紺のローブで全身を覆った人物が箱を前にして椅子に座っている。


 不気味な仮面が月の光を反射してきらっと光った。


「……またあんたか」

「リアクション薄いなー」


 そいつはあの怪しい仮面の男だった。以前何度か会った時と全く同じ出で立ちだ。


 それがこの夜中の人っ子一人いない広くて寂しい草原で、汚れた木箱を机に即席の占い露店を開いている。


 斜面という不安定な立地で若干座りにくそうにバランスをとりながら木椅子に腰掛けている。


 あまりにも奇妙な光景だった。



「また会ったな、少年」

「…………」

「無視?! 挨拶くらいしてくれてもいいじゃん」

「何してんだよ、こんなところで」

「月が綺麗だったからね。夜の露天てのもおつなもんだよ」


 わからない。こいつの考えていることが。この、どこにでも現れる神出鬼没な仮面の男の目的が。


「なあ、あんた本当は何者なんだよ。どういうわけで毎回俺の行く先々に現れるんだ」

「おお、記憶直ったんだな? あのまま忘れてるんじゃないかって少し心配してたんだよな」


「あんたはマグノリア公国、いや時空迷宮マグノリアに取り込まれたにも関わらず記憶を失ってはいなかった。普通の人間とは思えない」


 それはつまり、色欲の厄災の魔法ドミネイトの影響を跳ね除けたってことになる。


 厄災の力は到底人が抗えるようなものじゃない。


「俺が何者か、か。それは俺自身が一番知りたいことだな」

「……?」

「長い間ずっと探しているんだよ、自分というものを。そこは君と同じかな」

「…………」

「こんな寂しい場所で一人しょぼくれているなんて、君の方は例によって壁にぶち当たっているみたいだな。……クレッカの住民は大して占いに興味ないみたいだし、俺が話し相手になってやろう」

「みんなあんたのような怪しげな余所者を警戒してるんだよ」


 仮面の男は所在なさげに頭を掻いた。


「ところで、プリヴェーラでやった占いを覚えてる?」

「……なんとなくは」


 たしかあの時、俺は吊るされた男が描かれた絵札を選んだんだっけ。


 罰を受け木から吊るされた男。試練や、苦境の象徴……、そんな気が滅入るような話だった気がする。


「君の人生は、まさに『吊るされた男(ハングドマン)』のカードが象徴するような苦難の道だな。常に壁にぶち当たり、己の弱さを自覚せずにはいられない」

「いつだってそうだよ……。物心ついたころからずっとそうだった。俺には他人に誇れるものなんて何一つもなかった」

「……本当にそうか?」


 当たり前だ。だからこそこんなに苦労している。

 俺に人並みの空の加護があれば、きっと普通の人生を送れているはずだった。普通の……。


 でも、もしそうだったら俺はフウカと出会わなかったかもしれない。


 フウカと会わなければクレイルとも。クロウニーにエルマー、リッカとダルクにも会えなかった。



「君の進む道は困難を極める。だが、それでも君は翠樹の迷宮を登りきった。そして君はまだ倒れることなく立っている。弱い人間には到底成し得ないことだと思うけどな」


 リッカは俺のことをすごい人だと言った。それを頑なに信じてくれる。


「それを可能たらしめるは意志の力だ。君は強烈なそれを秘めている、とそう思ったんだがな……」

「どうにもならないことだってあった。フウカはあいつらに連れて行かれちまった……」

「あのお嬢ちゃんか」

「相手はエイヴス王室だ。どうにもならない……」

「なるほど、また大きな壁に行く手を阻まれたもんだな」


 仮面の男は腕組みをし、思案げに空に浮かぶ月を見上げる仕草をする。


「君はあの子の家族を探すために旅をしていたんだろ? そして彼女を知る者達が現れ、連れて行った。おそらくは元いた場所にな。

 今頃家族と再会しているかもしれん。ひょっとして旅の目的は達成されたんじゃないか?」

「……何でそんなに詳しいんだよ」

「小耳に挟んだのさ」


 でも確かにこいつの言う通りだ。


 俺たちの旅の目的はあくまでフウカの家探し。記憶が全て戻らなくても、彼女の過去を知る家族に会うことさえできれば……。

 きっと記憶の隙間を埋めることはできるはずなんだ。


 連れて行かれた先で、今頃フウカは幸せに過ごしている可能性はある。



「少年、君は彼女をどうしたいんだ」


 俺は……なぜこんなにもフウカのことを気にしている。あの子の身の上に不安を覚えている?


 それはきっと、フウカと一緒に過ごし、記憶を追う旅の中で感じた違和感のせいだ。


 そのことについてもっとよく考えてみるべきだった。


 自分の中で育っていた疑念の芽が口をついて出る。



「王宮は信用できない。フウカが本当に無事でいるかどうか、この目で確かめるまでは……」

「そうか……はっ」


 男は短く笑う。


「なんだよ」

「いや、君の本音が聞けて嬉しくてね」


 フウカが無事なのか、どうしているのかを知りたい。


 ちゃんと家族の元に帰り着いて、元の生活に戻れているならそれでいい。

 でも、もしそうじゃなかったら……。


 確かめたい。フウカにちゃんと会って、彼女の口からどうしたいのかを聞きたい。


 そうすれば……、俺は納得できる。



「でもそれだけじゃないだろ?」

「…………」


 もしかしたら、俺はもっともらしい理屈をつけてフウカに会いたがっているだけなのかもしれない。


 あの子と共に歩みたいと思うから。


「でも、それはそんなに簡単なことじゃない」

「そうだな。王宮への侵入は重罪。平民が無断で入り込んだのが見つかれば刺客の疑いを掛けられ処刑されたっておかしくない」

「…………」

「意外と細かいことを気にするじゃないか。翠樹の迷宮の時はなりふり構わず押し入って追いかけたみたいだし。それに、君は叛逆者なんだろ?」

「叛逆者……」



「——逃れようのない運命に立ち向かい、抗おうとする叛逆の意志。俺はその方が君らしいと思うけどな。それとも君の叛逆の刃はもう折れちまったのか?」



 前に進もうとする意志の力。それは俺自身がずっと失いたくないと思っていたものだった。


 フウカが去り、リベルは消えた。でも、まだリッカが俺を支えてくれる。


 叛逆の刃……か。己の運命に対する叛逆。それこそが、俺が自分の弱さに立ち向かうための武器であり、意志の源だった。



 思い出せ。あの気持ちを。


 記憶を失い寄る辺を無くし、見知らぬ環境で頼る者もなく運命に翻弄されるフウカ。


 迷宮に囚われ、厄災に取り憑かれて家族と故郷を失ったリッカ。


 俺は、そんな隙あらば俺たちを破滅に導こうと企む運命を憎む。


 抗いようもない大きな濁流に押し流され、ただ宿命の前に膝を折るのは御免だ。


 胸の奥に炎が灯る。それはまだ小さくて頼りないが、確かに俺の心に再び灯った意志の光だった。



「なあ、どうしてあんたは俺につきまとうんだ」

「ストーカーみたいな言い方止めてくれよ。俺はホモじゃない」

「あんたの使う言葉はよくわからない」

「君の行く末を見てみたくなったんだよ。もしかしたら、俺の探し物もそこにあるんじゃないかって気がしてな」


 こいつの言うことは本当にわからないことだらけだ。


「あんたの名前は?」

「名前……か。覚えていない」

「え、名前、無いの?」

「じゃあ、そうだな……ゼノスとでも呼ぶといいよ。昔、そう呼ばれていたことがある」

「そっか……ありがとう、ゼノス」

「なんで礼?」

「おかげで自分が何をするべきか、見えたような気がする。あんたの言葉には、なんかよくわかんないけど不思議な力があるみたいだ。——俺、行くよ」


「そうか、頑張れよ。男の意地を見せてみろ、少年」


 そう、これは意地だ。俺の命を賭けたわがままだ。


 今の俺には支えがある。そして自分の気持ちもはっきりした。


 フウカに会いに王宮へ行く。



 その時、右手に青い光が灯った。

 光で紡がれた輪郭は確かな感触へと変わり、淡い光が収まると手中には白銀の杖、リベリオンがあった。


「……!」


 そうだ。本当はわかっていた。リベルはいつだって俺の心と共にある。


 心が道に迷い、己を見失えばリベルの声を聞くことはできなくなるのだ。



「へえ、君は銃を使うのか?」

「俺の大事な相棒だよ。あと、これは杖だ」

「そのフォルム、銃にしか見えないけどなぁ。カッコイイね」

「その『銃』ってなんだ? 武器のこと?」

「決まってるだろ、銃っていうのは————」


 言いかけて、ゼノスの言葉は夜風に消えるように途切れる。


「あれ、何だっけ? ……悪い、うまく思い出せん」

「はあ。……とにかく助かった。じゃあこれで」


 覚悟も、力も、取り戻した。闘うために必要なものは全て揃った。


 一人首を捻る怪しい男を残し、背筋を伸ばして立つ。


 遠くに灯る家の明かりを目指して、俺は確かな一歩を踏み出した。











挿絵(By みてみん)

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