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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第158話 帰郷

 


 土の地面を踏みしめ、丘を越えて道を歩く。

 辺りには見渡す限り草原が広がっている。緩やかな丘の斜面を雲影がなぞり、風が青草を揺らす。


 俺にとっては馴染み深い景色だ。


「ナトリさんの故郷、とっても自然豊かなところです」

「うん。自然以外はなんにもないとこさ」


 プリヴェーラから三日の道のりをかけて俺とリッカはクレッカに来ていた。


 帰郷することにしたのは彼女が傷の療養にと勧めてくれたこともあったが、俺もなんとなくおばさんと姉ちゃんの顔が見たくなったからだ。


 故郷にあまりいい思い出はない。けど、今の俺が落ち着ける場所も最早ここくらいなものだった。


 戦う力を失った俺には分相応だ……。



「怪我の調子はどうですか?」

「貴重な治癒エアリアを二つも使ったおかげか、もう血が滲むことはないよ。でもじくじくした痛みの方はまだ感じる」


 腕の切り傷は絶えず痛むが、あまり動かさずに清潔に保てば多分大丈夫だ。


 しばらくはこの痛みと付き合っていかなければならないだろうが、じきによくなるだろう。



 視界の開けた草原を歩きながら空を見上げる。


 前戻ったのは六の月の終わりから七の月になるあたりだったから、実家に帰るのは四ヶ月ぶりくらいか。


 前来た時はフウカと一緒だった。しかし彼女はもう俺の隣にはいない。


 フウカが自分の過去を思い出したら、俺の元から去ってしまうかもしれない。いつかはそうなるかもしれない。


 そんな風に漫然とは考えていた。


 しかしいざその時が訪れてしまうと実にあっけないものだ。



 ――貴様は何も知ってはいない。そして何も知ることはない


 レイトローズ王子の言葉が蘇る。俺は一体フウカをどうしたかったのか、どう扱うべきだったのか、それも、今となってはどうしようもないことだ。




 §




 日が暮れる前に牧場に着いた。玄関の扉を開いて家の中に入ると、おばさんは夕食の支度をしていた。


「ただいま、グレイスおばさん」

「ナトリ! おかえんなさい。あら、その子は?」

「初めまして、リッカ・ルメールと申しますっ!」


 ぺこりと礼儀正しく頭を下げて挨拶するリッカ。


 リッカを見て、おばさんはあからさまに驚いた顔をした。


「また可愛い子を連れて来たねぇ。意外と言うか、なんというか……。とにかく、突っ立ってないで上がって上がって。疲れてるだろう?」



 アリュプ達の世話を終えたアメリアが家に戻り、おばさんも夕飯の準備を終えた。ひとしきり姉ちゃんと再会を喜びあった後、四人揃って夕食となった。


「すみません、いきなり押しかけてしまって。それにご飯まで」

「いいから気にせず食べな。ナトリの仲間なら大歓迎さ」

「ありがとうございます」

「リッカちゃんはどこから来たの?」

「ミルレーク諸島です。ナトリさんともそこでお会いして……」



 食卓を囲みながら、リッカのことや離れていた数ヶ月間の出来事について語り合った。


 二人は、俺が狩人ニムロドになったことを手紙で知り、かなり不安がっていたらしい。


 余計に心配をかけると思って手紙には書かなかった迷宮や厄災のことについても話す。


 これについては怒られるのを通り越して呆れられてしまった。


 スカイフォールに迫る危機についても話し、二人は俺たちの話を信じてくれた。


 とはいっても二人には現実感が薄すぎて実感が持てないのか、あまり深刻になることはなかった。



 どの道知ったところで逃げ場はないのだ。でも何も知らないよりはいいと思う。


「ナトリあんた……、無茶苦茶やってるわね。そんなんでよく生きて帰って来れたもんだよ」

「なーくん、どうしてそんな危ない目にばっかり……。その腕も怪我でしょう、大丈夫なの?」


 姉ちゃんは俺の怪我を気にかけ、ひどく不安そうにしている。


「それでも、ちゃんと家に帰ってこれた。また二人に会えてよかった。心配かけるけどさ、なんとかガストロップスでもやっていけてるよ」


 狩人という稼業を選んだ以上、危険とは常に隣り合わせ。生き残るには自らが強くなるしかない。


「ところでフウカちゃんはどうしたの?」

「フウカは……旅の途中で別れたんだ」

「!」


 二人はフウカのことも気にしてくれていた。でも、あの子を再びここへ連れてくることはできなかった。


 事の顛末と、彼女がおそらく王宮へ連れていかれたことを話す。


「王子だなんて……本当なのかい」

「どうしてフウカちゃんを……?」

「わかりません。私たちには、どうすることもできませんでしたから……」


 皆それぞれにフウカのことを案じている。しかし、相手が王族や貴族ではもはやどうにもならないのだ。


 少しだけ気まずい空気が流れ、おばさんが話題を変えるように話し出した。


「それにしても、ナトリは帰る度に可愛い子を連れてくるよねぇ」

「俺が女たらしみたいじゃないか。相手にされないことの方が多いよ」

「それもそうだわ……」


 おばさんは何か可哀想なものを見るような目で俺を見る。


 やめて、辛いから。


「さっき話した通り、リッカの中には厄災っていう化け物がいる。そんな重荷、この子だけに押し付けておけない。それをなんとかする助けをしたいと思ってる」

「ナトリさん……」

「……私はなーくんのことが心配だよ。怪我してばかりだって言うじゃない。危ないこと、これからもしなきゃいけないんでしょう? そんなんじゃいつか、本当に……」


 アメリア姉ちゃんは言葉を無くして俯いてしまう。


「ごめんなさい……。私のせいでナトリさんのこと、心配させちゃってますよね」

「あ、別にリッカちゃんが悪いとかじゃあないんだけどね……」

「私、ナトリさんの支えになりたいんです。彼が私を救ってくれたのと、同じように……」


 不安げに瞳をうるうるさせる姉ちゃんに向かってリッカは言い切った。


「ものすごくいい子じゃないか」

「うん。リッカは良い子だよ」


 国を出てリッカは強くなったと思う。


 それに比べて、俺はひどい体たらくだが。



 懐かしい味を堪能して腹を満たした。リッカもおばさんの料理を気に入ってくれたみたいだ。


 食後の後片付けをする三人を居間の長椅子に身を預けて眺め、久しぶりの風呂に浸かって傷に滲みるお湯に顔を顰める。


 実家での安らかな時間が流れていく。


 最近あまり心に余裕がなく焦り気味だったが、クレッカに帰ってきたのは正解だったと思う。


 立ち込める湯気越しに星空を眺めながらそう思った。




 §




 翌朝は、俺達も二人と一緒に早くから起き出して牧場の仕事を手伝う。


 初めてのことに戸惑いながらも手伝ってくれるリッカと一緒に、まだ暗い時間からアリュプ達の群れを率い牧草地を目指して牧場を出た。



 山間から覗く朝日を横目に見ながら山の斜面を登り、アリュプ達に草を食ませていく。


 牧草地巡りだったら腕を動かさなくてもできるし、体を鈍らせることもない。


 実家にいる間くらい二人の負担を減らしてあげたいしな。



「アリュプ達、可愛いですね」


 リッカは楽しそうだった。こういう大きな動物に触れる経験はなかったらしく、そっと撫でたりしながらしきりに興奮している。


 前にもこんな風に二人で、フウカと一緒にアリュプを率いたことがあったっけ。


 二人で送った特訓の日々などを思い出しながら山道を登っていく。



 日が高くなった頃、休憩地の開けた山の中腹の牧草地から景色を眺めた。


 以前クレッカで暴れたグレートアルプスの暴走以降、特に島のモンスター達にも危険な動きはないらしい。


 今は平和そのものだ。


 右手を陽に翳すように上に向け、そこに白銀の杖を思い浮かべる。


 しばらく念じてみたがやはりリベリオンを呼ぶことはできなかった。



 リベル、一体どうしたっていうんだよ……。なぜ応えてくれない。


 見損なったか? みすみすフウカを失った不甲斐ない俺を。


 ————弱い。


 レイトローズの言う通りだ。リベルの力がなければレベル1のモンスターだって倒せるかどうか。


 ……本来俺の実力なんてそんなものだ。


 俺はこの先、どうすればいい? 


 このままじゃ、リッカの手助けどころか足手まといだ。


 ……戦えなくなるのが怖い。このままじゃリッカにも見放されてしまうかもしれない。


「どこまでいってもだめだ、俺って奴は……」

「そんなことない。ナトリさんはすごい人です」

「……リッカはまだわかってない。俺は本当に弱くて、情けない奴なんだ」


 思わず漏れた自嘲の言葉に対して、隣に腰を下ろして雄大なクレッカの自然を見下ろしていたリッカが呟いた。


「ナトリさんはフウカちゃんのためにずっと頑張ってきたんでしょう? 仕事をやめて、記憶を求めて旅をして、大怪我して迷宮にまで踏み込んで……」

「…………」


 リッカは思い違いをしている。


「全部リベリオンがあったからできたことだ。本来の俺には何の力もない。何も……ないんだよ」

「ナトリさん……」

「わからなくなった……どうしたらいいのか。カッコ悪いな。リッカの力になるって言ったのに。ダルクとも約束したのに。一体俺はこれから、どうすればいい……」



 俺はフウカと一緒に旅をする事で自分の生き方を選んだつもりだった。そう、考えていた。


 今思うとそこに俺自身の明確な目標は無かった。

 選んだつもりになっていただけで、結局流されていただけだったのだろうか。


 フウカを失った。

 ただそれだけで俺の意志は瓦解してしまいそうになっている。なんて——脆いんだろう。


 見えない。進むべき方向が。信じてきたものを見失った。


 悔しくて両手を強く握りしめる。



 震える拳をリッカの柔らかい手が包んだ。


「私はあなたを信じています。ナトリさんには未来を切り開く力があるって」


 そんな、彼女が期待するようなもの俺にはない。リッカは俺のことを盲目的に信頼しすぎているだけなんだ。


「私はあなたについていきます。あなたを支える力になる」


「リッカ……」

「フウカちゃんのことも、私のことも、ナトリさんはいつも誰かのために頑張ろうとしてくれます。ちょっと、頑張りすぎなくらいに」


「……そうやって一人で頑張るのは、辛くて苦しいと思います」


「…………」

「でも今ここには私がいます。色んなこと、分け合えば楽になる。私にそう言ってくれたのはあなたです。

 ナトリさんがくれた言葉にどれだけ私が救われたか、わかりますか」


「だからもっと私のこと、あてにしてください。私は、いつだって私のために、誰かのために必死になってくれるあなたが好きです。……大好きなんです。だから支えたい」

「……!」


「ナトリさんが折れたり、倒れたりしてしまわないように。見損なったりなんて、絶対にしませんから」



 リッカの言葉が荒んだ心の奥底に沁みていく。


 俺は怖い。失うこと、自分が空虚だと自覚することが。


 けど彼女はそれでも信じ、支えてくれるのだと言う。

 どうしようもなく弱い俺を、見捨てないでくれると言う。


 俺の手を握り、乾いた心を潤すような柔らかな笑顔で語りかけてくれる。


 リッカの優しさに包まれ、彼女の澄んだ瞳に釘付けになる。



「私の心は常にあなたと共にあります。だから私のことを信じて。ナトリさんは、いつだって前に向かって進むことができる人。運命に立ち向かう力を持ったすごい人です」


 女の子の前で泣くなんて。そのちっぽけな矜持を守るため俺は歯を食いしばる。


 自分の力と意志が信じられなくなっても、リッカが俺の選択を信じ続けてくれるのならば。


 彼女の心が俺に寄り添い、力をくれるなら。


 また、立ち上がることはできるだろうか。再び顔を上げ、前を向いて歩むことが——。



「それでも俺は……まだ信じられない。自分のことを、そんな風に」

「私のことも、信じてもらえませんか?」

「いや、そんなことは……」

「だったら大丈夫です。ナトリさんが自分を信じられないなら、私が保証します。あなたがとても強い人だってことを……」


 言い切る彼女の目は確信に満ちていて、まるで露ほどの疑いもそこにはないようだった。



「…………。どうすればいいのかわからないし、まだ見えない。でも……ありがとうリッカ。

 考えてみる。俺に何ができるのか、何をすべきなのか」


「ナトリさんならきっと見つけられるはずです。私の手を引っ張って、時空迷宮から連れ出してくれた時のように」


 リッカの力強い言葉に背を押されるように俺は立ち上がる。


 彼女は俺の腑抜けた心を支え、倒れないように鍛え直してくれる。


 今のリッカは俺の心の支えだ。


 俺はそんな彼女の信頼に応えたい。


 まだ、諦めない。


 リベリオンの刃は折れても俺の意志まで折れるわけにはいかない。






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