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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
五章 セフィロトの翼
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第156話 届かぬ言葉

 


 創世神話スカイリア。それはスカイフォール最古の歴史が綴られた神話、伝承だ。


 しかし、長く混沌とした旧世紀が終わりを告げ、リシャール暦に入り七百年以上が経つ現代では創世神話を事実だと考える者は少ない。


 神代の時代に生きた人々は、大飢饉や大嵐など大いなる自然の脅威の中に強大な魔物を見、厄災という存在になぞらえた。そのような考え方が一般的だ。


 でも俺は知っている。厄災は確かに実在し、確固たる意志を持ってこの世界を破滅させようとしていることを。


 創世神話は真実を語っている。だからこそ俺達は改めて創世神話について調べ始めた。


 そこに厄災に対抗しうるヒントが眠っていると信じて……。



 俺とリッカは仕事のない日はプリヴェーラ市立図書館に赴き、分厚くてカビ臭い重厚な資料を睨んで過ごした。


 創世神話の多くは嘘か真かはっきりしないような短編エピソードで成り立っている構成だ。


 歴史学者達はその一つ一つに対して研究を重ね、今日まで多くの書物が遺されている。


 エルヒムにまつわる物語が大部分を占めるが、俺たちは厄災や英雄に関係している話を中心に調べている。



 東にネコの英雄トリスタン在り。神々より白き剣を授かり、大いなる厄災との戦いに赴く。


 おそらくダルクのことについて書かれているだろう箇所は、今のところこれしか見つけていない。


 彼について記した碑文は失われてしまったのか、大いなる厄災との戦いの場面にも登場することはない。

 ダルク・トリスタンについて研究した者が遺した書物がもしあるのなら、いつか是非読んでみたい。



 ストルキオの英雄ガリラス・アグラヴェインについては、彼がオキ族を代表する英雄に選ばれるまでの活躍と神々に忠誠を誓う過程、厄災との戦いの様子が遺されている。


 英雄ガリラスの話は有名だ。蒼い炎を自在に操り森の奥に潜む怪物を討伐する冒険譚や、自らを犠牲にその炎で厄災を焼き尽くそうとする強烈なキャラクター性が神話の中でも人気を博している。


 それだけに、翠樹の迷宮で会ったガリラスの様子は気になった。


 彼の輝かしい活躍や功績と裏腹に、あの瞳は憎悪に満ちていたからだ。



 神話について調べるうち、俺たちは気がついた。

 ダルクの言っていた()()()、エル・シャーデに関する記述が全くないことに。


 まずエル・シャーデという単語自体が出てこない。


 そもそもダルクは、エル・シャーデはエルヒムとは異なる存在であると言っていた。


 彼の話しぶりからするに、おそらく七英雄をまとめていたエルヒム達の長のような存在だったはず。

 厄災との戦いに大きく貢献した神だったら、もっと扱いが大きくてもいいと思うのだが、どういうわけだ……。



 とにかく俺たちはそんな感じで、二人でモンスターを討伐しながら調べものをする日々を送った。


 戦いでもリッカの力は頼りになったが、料理など家事を引き受けてくれたのがとても助かった。リッカの作る料理は美味しかったから。


 プリヴェーラで始まったリッカとの暮らしは概ね上手くいっていた。フウカのことを除けば、だが。


 気がかりがあるとすれば、最近リベリオンの出力が少し安定しないことだ。


 加えてリベルも沈黙することが多くなったように思う。心の中で語りかけても反応しないことが度々ある。




 §




 プリヴェーラへ戻って十日ほど過ぎた頃、俺たちは街近郊の洞窟へモンスター討伐にやってきた。

 この辺りは最近シーラ系のモンスターが増えてきているからと、バベルで勧められた討伐推奨地区だ。


 順調に洞窟を進み始めて一刻ほど、早速数体のシーラを見つけた。


 水音を響かせながら歩いている。まだこっちには気づいていない。あの数なら大丈夫か。


「リッカ、援護よろしく」

「任せてください」


 足元に気を配り、素早く移動を始める。


 洞窟内部は薄暗い。この暗さならラケルタスクロークの隠密能力は十分に発揮されている。


 俺の腕を切り落としたあの忌まわしい大蜥蜴が、今は俺の身を守っている。


 この防具は漏れる呼吸を抑え、洞窟内を流れる空気に体を同化させる。

 まるで全身が透き通っていくかのような不思議な感覚を覚える。星骸スターアークの特殊な力だ。


 人間の気配に敏感なモンスター達に気取られることなくその背後に回り込む。洞窟の岩陰を飛び出し、群れの一番後ろを行くシーラに飛びかかる。


「叛逆の剣、『ソード・オブ・リベリオン』」


 子供ほどの身の丈、その魚のような大きな頭を光の刃で頭上から垂直に切り裂く。


「ギャギャッ?!」


 最後尾のシーラは、襲撃に気がついた時にはすでに絶命している。そこで仲間がやられたことで初めて俺に気がついた、前を進む二体がすぐさま鋭い牙と爪を振りかざし襲いかかろうとする。


 だが遅い。近くの一体を一閃。その体は胴体から二つに別れ、内蔵物をぶちまけながら地面に音を立てて転がる。


 数瞬遅れて迫るもう一体のシーラの爪を躱し、後退した時。


「停滞せよ、『馬上の射手(サジタリウス)』」


 波導の光を帯びた矢が横合いからシーラの体に突き刺さる。


「ギ」


 シーラは射抜かれた瞬間にぴたりとその動きを停止した。


 汚い鳴き声も中断され、こっちへ飛びかかる姿勢のまま地面に転がる。


 リッカの術、馬上の射手(サジタリウス)は命中したものの動きを少しだけ停滞させる。


 シーラは凍りついたように固まり、何が起きているのかも自覚していないだろう。


「叛逆の弓、『アンチレイ』」


 止まったシーラの額に、変形させたリベリオンの先端をあてがいトリガーを引く。


 洞窟内の闇を閃光が駆け抜け、シーラの眉間に風穴が空く。


「うまくいったな」

「はい、いい感じですね」

「それじゃ……」


 手早く素材を回収しようとしたところで、洞窟の奥から水音がこちらに向かって響いてくるのを聞きつけた。


 新手のモンスターだ。戦闘の気配を感じ取ったらしい。


 音からしてそこそこの数。ここは一旦引いて、できれば奴らとこのままかち合うのは避けるべきだ。


 俺たちはシーラ達の死骸をそのままに後退を始めた。身を隠せる場所まで戻る。


 だが間の悪いことに、洞窟入り口方面からもモンスターがやってくる気配がする。完全に挟まれた形だ。


「前からも……っ!」


 奥側から追いかけてくる群れに捕捉されてしまったようだ。


 数が多い。十体近くはいる。前方から迫るのは四体。だが、その中にひときわ大きな個体、上位種のシーラスが混じっているのを見つける。


「リッカ! 後ろの集団をまとめて足止めできるか?」

「はい!」

「前は俺がなんとかする。頼む!」


 短杖を胸の前に捧げ持ち、リッカが敵の接近に備えて詠唱を諳んじる。


「天翔ける猛き獣。今ここに顕現し、周く衆人の首を垂らしめよ、『黒角の牡牛(エルナト)』」


 リッカの波導が周囲に影響を及ぼし、俺たちを追って来たモンスター達が次々と崩れ落ちるように地面に叩きつけられ沈んでいく。


 頭上から不可視の超加重を受け、押し潰され汚い悲鳴を上げる。


 一方俺は前から来る奴らにリベリオンを構えた。右手から青い光が迸り洞窟内を青く染める。


 向かって来る群れを殲滅すべく地面を蹴った。


「この程度のモンスターに……負けてられるかよ!」


 ギョロギョロした目玉をギラつかせた半魚獣が飛びかかってくる。


 モンスターの動きは俊敏で抜け目ないが、奴らを突き動かすのはただの衝動。その直線的な攻撃に対処するのは難しくはない。


 愚直に懐へ飛び込んで来るシーラを一刀の元両断する。


「うおおおおっ!」


 二体目の攻撃を横に飛んで躱し、三体目の頭部を貫く。


 すかさずこっちへ向かって来る二体目に振り向きざまにリベリオンを叩き込む。


 もっと、もっと強く。俺にもっと強さがあれば、これ以上大事なものを失わずに済むんだ。


 最後に残る大柄なシーラスと対峙する。矢継ぎ早に配下を倒され、かなりお冠のようだ。

 縦に裂けたような赤い瞳孔が俺を睨みつけている。


「お前程度のモンスターに負けてたまるかよ」


 力も強く、俊敏なシーラの上位種。

 けど、こんな奴に苦戦しているわけにはいかない。俺一人でも、やらなきゃいけないんだ……っ!


「うおおおおおっ!」


 リベリオンに煉気を注ぎ、光の刃を伸ばす。間合いの外から一撃で叩き斬る。


 腕を振るった瞬間、妙な感覚を覚えた。手先から力の抜けるような、まるで握った剣がすっぽ抜けてしまったような。


 同時にリベリオンの光刃が短い音を立ててかき消える。


「あ?」


 シーラスの長く鋭い爪はもう俺の目の前に降りかかっていた。






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