第154話 休息のプリヴェーラ
プリヴェーラ中央区はいつも人で溢れている。ここには街の主要施設が集中し、商店も多く賑やかな地区となっている。
休日の今日はとくに賑やかだ。大水路通りは街の外からやってくる観光客達で賑わっている。
様々な種族が入り乱れ、土産物屋は客の注目を引こうと声を張り上げる。
「わぁ……すごいなぁ。これが都会なんですね!」
「ここはイストミルでも一番栄えている街だからな。鉄道も運河もある、東部物流の拠点の一つなんだ。ガストロップスの様々な地域からたくさんの人と物が集まって来てる」
イストミルをまとめる意志決定機関、東部領主連合の貴族議会もここ、プリヴェーラの議事堂で開催されているらしい。
「そういえばリッカは公女様だったね。やっぱり敬語で接するべきかな……如何でしょうか、姫様」
かしこまってお辞儀をしてみせる。彼女は若干照れるように手を振った。
「や、やめてください。今の私にはもうマグノリアの名前くらいしか残されていませんから!」
マグノリア公爵家は上級貴族。エイヴス王から直々に爵位を賜っている。本来俺のような庶民が気安く話しかけられるような身分じゃない。
貴族のままであればきっと優雅な暮らしは約束されていたはずだ。しかしマグノリア公爵家は六十年前の「マグノリア公国消失」によって国と共に跡形もなく消え去ってしまっていた。
領地である現公国跡地は荒れ、国民は一人も残っていない。悲惨なものだ。
ダルクのためにも、リッカにはなるべく辛い思いをさせたくはない。俺がこれ以上暗くなっていてはいけない。とりあえず今日は楽しもう。
「……そっか。じゃあ行こうか、リッカ」
「はい!」
妙に気合の入った声を上げたリッカと俺は並んで混み合う通りを歩き出した。
今日街に出かけた理由は昨日の出来事にあった。昨日俺たちは食材の買い物に出ていた。
近所のパン屋や、魚屋、八百屋を回って数日分の食材を買っていく。その途中のことだった。
紙袋を抱えて通りを歩く俺たちを、親に連れられ道端に立っていたエアルの子が見ていた。
その少年はリッカをじっと見た後、脇に立つ親に大きな声で言ったのだ。
「ねえおかあさん。あのお姉ちゃんカビラおばあちゃんみたいな服着てるー!」
「!!」
「失礼なこと言わないの! ほら、行くわよ」
親子は通りを歩き去っていった。俺とリッカは足を止めることなく歩き続ける。
恐る恐る彼女の顔を窺うと、リッカの顔から表情が消えていた。
いや、これは……。明らかにショックを受けている。彼女の表情は凍りついていた。
俺は何と声をかけるべきか、内心冷や汗をかきながら必死に言葉を探した。
「ナトリさん……」
「えっ?」
「私の服、おばあちゃんみたいですか……?」
「…………」
正直な感想を言えば、リッカの服のデザインや柄にはかなり時代を感じる。
故郷クレッカの噂好き、ピピルクばあさんが似たような柄の服を着ていたような覚えがある。
それも仕方ないことだ。だってリッカが暮らしていたのは六十年前の当時を再現した迷宮の中なんだから。
記憶を隠されていたときは何も思わなかったけど、明らかに流行やセンスが古い。
かと言ってそれを正直に指摘するのも気が引けた。
「俺は可愛いと思うけど……」
「おばあちゃんみたいなのは否定してくれないんですね……」
「い、いや! そんなことない、別に古くない!」
「無理しないでください……。私は実際七十歳超えのおばあちゃんですから……」
リッカの目に淀みが増していく。これはよくない。
「リッカ、明日服を買いに行くぞっ!」
「でも私にはお金が」
「俺に任せろ。お金ならあるから!」
「そんな、ただでさえお世話になってるのに服まで買ってもらうなんて、できません」
その後、ひたすら遠慮するリッカをなんとか言いくるめて明日早速服を買いに行くことを納得させた。
この東部流行の先端を行くプリヴェーラで、これ以上彼女にシニア世代の服を着させているわけにはいかない。
そんなわけで俺とリッカは今日、華やかな商店の揃う中央区に買い物に来ているわけだ。
昨日のうちに銀行から軍資金はきっちり引き出して来たが、立ち並ぶ呉服店の大窓に踊るきらびやかで色鮮やかな服達を見ていると少し不安になってくる。
大口叩いたはいいけど手持ちで足りるといいな……。
そんな俺のささやかな不安をよそに、リッカは実に楽しそうだった。
服屋のディスプレイの前に寄っていって真剣に商品を見定めている。
「都会ってすごい……。こんなに派手できらきらしてるなんて」
そりゃあ六十年前と比べれば何もかもが新鮮に映るだろう。
「わぁ……!」
彼女は一つの店の前で立ち止まり、小さく歓声を上げた。そこは可愛らしい字体で店名の書かれた看板を掲げた、洗練された都会っぽい感じのする女性用の服屋だった。
大窓には若者向けの服が展示され、店内は淡くカラフルな装飾で彩られている。
若い女の子が好きそうな店である。
「ここ、見てもいいでしょうかっ」
「うん。入ってみよう」
店内は休日ということもあり多くの女性客がひしめいている。
ほとんどは俺たちと同年代の身綺麗な女の子達。女性客ばかりでどうにも居心地が悪い。
リッカは吊り下げられた服を一着一着真剣に見ていく。彼女の後をついて店内を歩いていると足が何かにぶつかった。
「あぎゃあっ!」
「わっ、すいません!」
見下ろすとラクーンの少女が俺を睨みあげていた。背が小さくて視界に入らなかったのだ。
大きな赤いリボンを後頭部に結び、目に滲みるほど真っ赤な口紅を引いたラクーンだ。異様に鋭い両目がぎらりと光を放つ。
「ちょっとお! 気おつけてよこのスットコドッコイ!」
「す、すんません……」
猛獣のように気性の荒い女の子だ。足元はしっかり確認しよう……。
ぶつかったラクーンの少女の話し声が聞こえて来る。妙に声量があって響く声なので嫌でも聞こえて来た。
「あたちのお友達がね、一ヶ月くらい前に中央区で王子さま見たって!」
「え! それってまさか……あのレイトローズ様!?」
「そおなの! きっとおちのびでこの街に来てるのよ」
「うっそぉー!! いいなぁ……私もお会いしたいー! あの美しいお顔をお側で見てみたいわ!」
確かに女の子にキャアキャア言われるのも納得の美形だった。
あれには性別関係なくまさに美しいという表現が合っている。
高貴な血統に美しい容姿、それに見合った才能。
俺には何一つないものだ。この世は不公平だな……。
レイトローズ王子の噂は裕福な婦女子の間ではかなり有名で、憧れの的となっているらしい。
俺にとっては苦々しい思い出しかないが。
「ナトリさん、この服とっても可愛いです!」
「あ……、うん。本当だ」
リッカが服に夢中になっているとウェーブした長い髪を揺らしながらネコの女性店員がやってきて俺たちに声をかけた。
「ご試着されますかニャ? とってもお似合いになると思いますワ」
「え、いいんですか?」
「彼氏さんもカワイくなった彼女、見たいと思ってるはずですニャン」
「えっ、ナトリさんは彼氏とかじゃ……!」
慌てているリッカに派手な付けまつげをした店員がウインクを決めてくる。
この服を着たリッカか……見たいな。絶対に可愛い。
「着てみたら? 絶対似合うよ」
「じゃあ……、試着してみたいです」
「は〜い、試着室へご案内!」
「どう……ですか? ちゃんと着れてます?」
流行の可愛い服に着替えるだけで、こうも変わるものか……。
おばあさんの着る寝間着みたいなワンピースから、体のラインが出る細身のブラウスと淡い流行色のスカートへ。
細くて綺麗な足が強調され、女の子らしさが急激に増した。
あまりの可愛さにただ見とれる。
「このスカート、ちょっと短いかもしれないです」
「そんなことない。すごく似合ってるよ」
「よかった……」
腕を後ろで組んで微笑みかけてくるリッカを見て微かに胸がときめく。
改めてこんなに可愛い女の子と休日を過ごしているんだと思うと、急に落ち着かなくなってきた。
もちろん俺たちはベタ誉めする店員に半ば乗せられてリッカが試着した服を購入した。




