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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第152話 二つの想い

 


 夜も更け、明日の出発に備えて寝ようという雰囲気になって皆それぞれの部屋に引き上げた。


 腹に溜まった大量の夕飯のせいかうまく寝付けず、俺は客間の寝床を抜け出して廊下を歩き、オリヴィアの家の外へ出た。



 小綺麗に手入れされた緑が生い茂る趣味の良い庭には簡単な木のベンチがあり、俺はそれに腰掛け空に浮かぶ大小六つの月を仰ぎ見た。


 実のところ、寝付けなかったのは腹具合のせいだけではない。あることについてずっと思いを巡らせていたせいだ。


 しばらくすると玄関のあたりで物音がして、誰かが庭の方に出てきた。


「まだ起きてたの?」

「はい。二階の窓からナトリさんが出てくのが見えたので」


 簡素な寝間着に着替えたリッカが月明かりを浴びて立っていた。


「いい夜だね。月が綺麗だ」

「そうですね」


 俺たちはしばし無言で夜の静謐な空気を味わう。物音は特になく、空気はひんやりとして気持ちがいい。

 ミルレーク諸島は温暖で爽やかな気候であり、とても過ごしやすい地域だった。



「リッカ、厄災はどうなってる?」

「大人しくしてます。でもその存在は常に身近に感じますね。いつも背中にくっついてるような感覚です」

「…………」


 俺には想像することしかできない。普段通り、とはいかないんだろうな。


 彼女の中の厄災を何とかする方法を見つけなくては……。



「ナトリさん。私は……、ここに残ってもいいんでしょうか」


 リッカが少し迷いながら呟く。


「せっかく本当のオリヴィアに会えたんだ。二人にはもっと一緒に過ごす時間が必要だよ」

「ごめんなさい。一緒に行くって行っておきながら」

「そんなこと気にしなくていい」


「今はなりを潜めてますけど、私と融合した厄災は絶対に野放しにしてはならない存在です。解放されたら最後、世界中が時空の闇に飲み込まれてしまう。だから本当は……」

「一刻も早く、厄災をなんとかする方法を探すべき?」

「それが私がやるべきことだと思う。ダルクが命を懸けて封印し続けた厄災に、スカイフォールを無茶苦茶にさせるわけにはいきません。私はダルクの意思を継いでいきたいから」


 リッカは真剣な表情で空の一点を見つめる。

 こんな、まだ俺と変わらない年頃の少女の肩に世界の命運が乗っかっている。重荷が過ぎると思う。


「私はもう、人とは異なる存在になってしまった。魔人、とでもいうんでしょうか、こういうのって。ダルクがくれた盟約の印がなければとっくに私は……」


 色欲の厄災はリッカにとっての呪い。これから先、彼女はそれを背負って生きなければならない。

 どうすればリッカを厄災から解き放ち、無力化できるのか。



「そうなったら、また俺がリッカを助けにいく。ダルクとそう約束した。君が普通の人に戻れる方法を俺も一緒に探すつもりだ」

「ありがとう……ございます。私、嬉しかったんです。あの時ナトリさんが私を連れ出しに来てくれたことが」

「そっか……、よかったよ。俺もリッカがこうして今隣りにいてくれることが嬉しいよ」


 こうやって二人並んで顔を見合わせるのはなんだか照れた。


 月明かりに照らされたリッカの可憐な微笑みは、ひっそりと森の奥に咲く一輪の花のようだ。


 まるで俺たちをとりかこむ時間の流れがゆっくりになったみたいに、親密な空気が二人の間に漂った。



「あの、ナトリさん。私は……仲間とか友達以上にあなたのことを、想って、ます……」


 それは……どういう意味なんだろう。もしかして、リッカは俺のことを好きだって言ってるのか? 


「……あ、うん。それは俺もだ」


 口にした気持ちは本物だ。迷宮の中でリッカと出会い、様々な出来事を経験した。


 その中で俺は、落ち込んでも残酷な真実に直面しても、それでも最後には前を向こうと立ち上がった彼女の強さに惹かれていった。


 今は一人の女の子として、確かに意識している。俺はリッカのことが好きだ。


「…………」


 沈黙が俺たちの間に降りる。


 ……確かめたい。リッカの気持ちを。互いに相手の心の内を知りたいと思うように、つかずはなれず、俺たちはただ黙って座っていた。


 リッカのことが好きだ。そう言ったら、彼女は自分もそうだと応えてくれるだろうか……。

 口を開こうと唾を飲み込む。やたらと喉が渇く感じがした。


 居心地の悪さはなく、期待と不安、親愛と恐れがないまぜになった甘酸っぱい時間だった。


 もっと二人でこうしていたい。彼女もそう思っていてくれたらどんなに素敵なことだろうと、そう願う。



「あ、あのさ……リッカ」

「ナトリ! こんな時間に何してるの? ベッドにいないからどこに行ったのかと思った」

「うわあっっ!! あ……フウカ」


 しかしその時間は無邪気な少女の一声によって唐突に終わりを告げる。


 俺とクレイルはオープンな客間で寝ていたから、俺がいなくなっていることに気が付いたフウカが探しに来たんだろう。


 月の光を反射する長い髪を揺らしてフウカが俺たちの元へやって来た。


「リッカもいたんだ。二人とも眠れないの?」

「…………」

「うん、そんなところだね」

「あ、私……そろそろ休みます。お、おやすみ、二人とも」

「う、うん……。おやすみリッカ」

「また明日ねリッカ」


 リッカは少しだけ気まずそうに立ち上がると、いそいそと家の中へ戻って行った。


 直前までの居心地の良さがふいに消えてしまったことへの喪失感を味わいながらもフウカを見る。


「探しに来てくれたの?」

「あはっ。ナトリと話したい気分だったから。リッカとは何を話してたの?」

「そ、そうだな……。厄災についてとか、そんなとこ」

「ふーん」

「なんだよ、ふーんって」

「別にー、なんでもないよ」


 フウカは悪戯っぽく微笑むと、さっきまでリッカの座っていた場所に腰を下ろした。


「私たち、いろいろなこと忘れてたよね」

「うん。忘れちゃいけないことも、忘れたくないこともたくさんあったのにな」

「でもちゃんと全部思い出した。ナトリのことも、みんなのことも。忘れたままじゃなくてよかった。全部私の、大切な思い出だったから」

「フウカ……」


 フウカはリッカよりも距離が近かった。

 改めてフウカを見る。不思議な色の髪の毛はとても艶やかで美しく月光に映えている。


 こちらを覗き込む薄紅の瞳は吸い込まれそうに大きくて、その奥にあるものを隠そうともしない直接的なまなざし。とても端正な顔立ちだった。


 こうしてみると、やっぱりフウカってめちゃくちゃ可愛いな……。


 その顔に、一瞬リッカが重なって俺は狼狽える。思わず目を逸らしてしまう。


「?」


 俺は、この子の力になるためにこれまで旅をしてきた。理由はもちろんそれだけじゃないけど。


 記憶が戻ってみれば、ほとんど家族同然のような間柄。記憶が消えていた頃の感情も残っているのでなんだか少し複雑な気持ちだ。


 フウカとリッカ。俺の中で、二人の少女の存在が日に日に大きなものになっていく。


 フウカは自分にとって特別な存在だ。付き合いはまだそう長くないが共に在りたいと自然に思う。

 同時に俺はリッカという女の子のことが好きだ。どちらも俺の本当の気持ちだ。


 今はまだ、その気持ちに順番や整理をつけられそうな気がしない。

 今はまだそれでも……。本当に、それでいい……のだろうか?


「ナトリ」

「なに?」

「もし、もしね……。私の記憶がちゃんと戻ったとしても、私のことを離さないでね」

「それってどういう……」

「時空迷宮で記憶が戻ってから、前の私を思い出したいと思う反面、ちょっとだけ怖いとも思うようになったの。昔のこと、全部思い出したら……、その時の私は、今の私でいられるのかなって」

「…………」


 フウカは昔の自分をほぼ覚えていない。それをまるで別人であるかのように感じているんだろうか。そういう種類の不安もあるなんて、思いもしなかった。


「自分でもわかるの。前とは少しだけ考え方が変わって来てるのが。いろんなものが変わり始めてるのかもしれない」

「昔の自分を取り戻すのは怖いか?」

「今は……よくわからない」

「フウカはフウカだよ。それはきっと記憶を取り戻したって変わらないはずだ。もしそのことで悪影響みたいなものが出るんだったら、俺がなんとかしてみる。君を追いかけて迷宮にまで入ったんだ。あれ以上に怖いものなんかそうそうない」

「……ありがとうナトリ。キミのこと、信じてる」

「うん。だからフウカの記憶を信じて今は進んでいこうよ」


 どんと胸を叩いて宣言する。たとえ自信がなくても、力がなくても、口に出し、自分を鼓舞して逃げ場を塞ぐことで強引に前に進む。俺にできるのはそのくらいしかない。


 フウカは俺を見て柔らかく笑う。その笑顔は、いつもより少しだけ大人びているようにも見えた。


「見つかるかな、カナリアで」

「行ってみればわかるさ」


 リオネラの夜は優しい風と共に静やかに更けていく。


 まだ見ぬ明日に向けて、ゆっくりと更けていく。






第四章はこれにて完結。

次章は第一部「紅翼のスカイリア」の最終章です。

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