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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第150話 旅路の果て

 


 ダルクを見送った後、俺たちはその場でフウカに波導で傷を治療してもらった。


 ひとしきり身の安全を確認し合うと、リッカが厄災がどうなったのか聞かせてくれた。


 嫉妬の厄災アスモデウスは未だ消えていないこと、とりあえず厄災を説得することに成功し、今は大人しくなっていること。


 そして自分が死に、盟約の印の力が失われれば再び復活を果たすことを。



 リッカの話を聞き終わり、俺たちは言葉を失くす。

 ひとまずの脅威は去った。でも彼女は途方も無い重荷を背負うことになってしまった。しかもそれを進んで引き受けるなんて。


「本当にそれでよかったの? リッカ」

「うん。みんなを救うために私ができたのはこれだけだった。それに……」

「それに?」

「厄災のことをもっと知らなきゃいけないって思ったんです。もしかしたらわかり合うことだって……」



 リッカの言葉に驚く。厄災は伝承からしてすでに世界を滅ぼす「悪」そのもので、実際に悪意や怨念の塊みたいな理解不能な存在だと思っていた。


 人類の敵、絶対的な悪。だからこその「厄災」と呼ばれる由縁だ。


 だが、リッカはそんな常識から外れた存在である厄災を理解しようとしている。


 奴と同一化し、厄災をその身に宿してしまった彼女だからこその考えなのか。


「それがリッカの目標で、同時に責任っちゅうわけか」

「……はい。厄災を呼び起こしたのは私。だからなんとかするのも私の役目なんです」


 リッカの背負う宿命はあまりに大きい。それでも彼女の瞳には悲壮感は見えなかった。


 未来を見据える確かな光が灯っていた。


「俺も手伝うぞ」

「私もいるよっ」

「……とっても、心強いです」


 少しだけ空気が和む。力を合わせればきっと突破口を見つけることができると信じて。



 浮かぶマグノリア城を眺める。城の彼方の方から、淡い光が巻き起こっているのに気が付いた。


「色欲の厄災が私の内に潜んだことで、その力の影響が消えて時空迷宮ルクスリアが消えていってるみたいです」


 その波は俺たちのところまで到達し、瞬く間に周囲全てを白い光で満たす。


 厄災によって作り出された亜空間が淡い燐光を放ちながら消えていく。城も、城下町も、リッカの記憶によって形作られたもの全てが。


 俺たちが笑い合い、日々を過ごした世界。


 この風景を心に刻み込もう。マグノリア公国で暮らした記憶と共に。



 六十年間ミルレーク諸島、マグノリア空域に人知れず存在した「時空迷宮マグノリア」は、今この時をもって消滅した。



 §




 光が収まり周囲の景色が戻ってくる。風景は一変し、荒れ果て荒廃した廃墟が一面に広がる。


 というより、ほとんど原型をとどめてはいなかった。民家や石畳の残骸が散らばり、ここで多くの人が生活を営んでいたとは想像し難いほどに。


 ここは作り出された亜空間のマグノリア公国の下に隠されていた本当の、現実のマグノリア公国のあった場所だ。


 その悉くは六十年前に時空嵐によって失われてしまっているようだ。



 俺達はしばらく無言で、崩れた高台から街を見下ろした。


 自分の体を触ってちゃんと存在していることを確認する。

 俺は迷宮の中で死んでいる。もしかしたら迷宮の消滅と共に俺も消えてなくなるんじゃ……と、少し恐怖していたからだ。


 リッカの記憶から再現された公国の元住民と、生身で迷宮に迷い込んだ俺達とでは存在の性質が異なるのだろうか。


 彼らも迷宮の外へ出ることができたらリッカが苦しむ必要はなかったのに。


「ん……」


 変化は徐々に自分の中に起きる。

 水底に沈んでしまった落し物がゆっくりと浮かび上がってくるように、リベルから聞いていた過去の話が実感を持って自分の中に改めて蘇ってくる感覚だ。


 時空迷宮が消失して俺たちは厄災の魔法ドミネイトから解放された。俺たちの記憶を覆い隠し、迷宮内の時空間の法則に強引に従わせていた魔法が消えて、元の記憶が戻ってくる。


 そうか……。俺たちは旅の途中だった。思えばとてつもないことに巻き込まれてしまったものだ。


「フウカ、クレイル」

「うん……。思い出したよ、全部」

「相変わらずお前らとおると退屈せェへんな。カカッ」


 二人ともどこかさっぱりした表情だ。馴染みの顔、これまで行動を共にしてきた仲間の姿が改めてそこにあった。


 記憶を取り戻し、以前より親密さを込めた笑顔を向けてくれるフウカを眺める。


 俺は、この子のために一緒に旅に出たんだ。こんな大事なことを忘れるなんて。


 同時にひどく胸が痛む。リッカに対する想いと同じくらいに、フウカの笑顔や、共に過ごしてきた時間の思い出の数々が浮かび上がってきて。


 フウカとの絆は俺にとってかけがえのないものだった。


 その気持ちを今は胸の中に静かに押しとどめる。



 振り返り、一人立ち尽くすリッカの元へ歩み寄る。


 彼女はまだ消えたダルクの立っていた場所をぼんやりと眺めていた。


「リッカ、大丈夫か?」

「……全部、消えちゃいました」

「そんなことはない。俺たちはみんな覚えてる。ダルクのことも、オリヴィアのことも、公国に生きてた人々のことも」

「うん。みんな、私たちの心の中に……」

「…………」


 リッカは、ミルレーク特有のこの夕暮れ時のような空——そう、俺にとっては珍しいこの空を仰ぎ、呟く。


「私は……、私はこれから、どうすればいいのかな」


 立ち尽くす彼女の姿が一回り小さくなったように、頼りない。

 細い背中。その背中に、フウカが飛びついた。


「わっ! フウカちゃん?」

「私たちと行こうよリッカ!」

「一緒に……」

「スカイフォールはすっごく広いんだから。リッカが探してるもの、きっと見つかるよ!」

「そうだ。行こうリッカ。俺たちが案内するよ、青い空の広がる世界をさ」

「こんな寂しいとこにいつまでも一人でおってもしゃーないやろ。はよ行くぞリッカ」


「みんな……。ありがとう。付いていっても、いい?」

「もちろん!」



 俺たちはかつて高台広場であった場所を降り、荒れて残骸の散らばる野となった城下町を抜け、廃墟となった街を後にした。


 リッカは一度だけ城下町の跡や辛うじて面影を残す崩れた城を振り返り、少しだけ名残惜しそうにその瞳を向けた。


「立ち止まっているだけじゃ見つからない何かを見つけるために、私は進むよ。さよなら……ダルク、お城や街のみんな……。私は外の世界でこれからも生きて行く。あの優しかった時間、忘れないよ……」



 一陣の風が吹き、リッカの金色の髪をなびかせる。

 まるでそれは彼女の背中を押すように、強くありながら優しい風だった。


 俺たちはマグノリア公国跡を去った。




 §




 浮遊船のラウンジからは手すり越しに黄金の雲原が見渡せた。簡素な長椅子にだらりともたれて、その空の向こうに目をやる。


 向かい合わせに設置された椅子には他の三人も一緒に腰掛けている。


 マグノリア公国から脱出し、ようやく一息ついたところだった。



 迷宮が消滅した後、俺たちはとりあえず港に向かってみた。

 あまり期待していなかったけど、浮遊船の一つでも残っていればなんとかここを出られるかもしれないと思った。


 そして俺たちがここへ来た時に降りた場所と同じ場所に、同じく来たときに乗って来た小型浮遊船がまだ停泊しているのを見つけた。


 寄って行くと中から乗員が顔を出した。


「おお、あんたら。もう朝は過ぎちまってるが、全員揃ったみたいだからすぐ船を出すぞ。このまま進むのは不安が残る。悪いがリオネラへ引き返すことになった」

「船に残った奴ら、大丈夫なんか?」

「? ああ、特に問題はなさそうだが……。誰も朝が来たことに気がつかないほど熟睡しちまってたよ」

「そーか。ならええ」


 船に残った彼らは、ここで何が起きていたのか知らないようだった。全てを説明すればややこしいことになりそうだし、彼らが眠りについてからすでに二週間以上が経っていることはとりあえず言わないでおいた。


 厄災との戦い、時空迷宮マグノリアの中で起きたことを知っているのは俺たちだけだ。


 何より俺たちはここで起きた事態の全てを彼等に説明するには疲れすぎていた。


 浮遊船の進路についても異論はない。一度出直すべきだという意見で一致だ。

 幸いここはリオネラからさほど遠い場所ではない。


 すぐに俺たちは船に乗り込み、廃墟となったマグノリア公国を後にしたのだった。



「にしても、疲れたな」

「もうくたくた……」


 今日だけでも色々なことが起こりすぎている。これ以上体を動かす余力は残っていない。


「二体目の厄災に、英雄ダルクか……。やっぱ厄災は英雄の数だけ存在するんやろな」


 だらしなく椅子に身を任せるクレイルがつぶやく。


「あんなのが七体もいるとか、やばすぎるな」

「ダルクの話じゃ、多分各地の封印もそろそろ限界にきとるわけやろ。つーことは……」


 それが実情なら、とても愉快とは言えない事態が起きることになる。


 各地で厄災が復活し、暴虐の限りを尽くせば神話に語られる伝承の再来だ。

 もう七英雄はいない。この世界は滅びる。


 ダルクは言っていた。それを防ぐためにはエル・シャ(創造主)ーデを探し出せと。


「スカイフォールは大変な危機に直面してたんですね……」

「うん。俺たちが平和に暮らして来られたのは、ダルク達英雄のお陰だったんだ」



 記憶が戻り、時空迷宮の内で起きた出来事にいくつかの疑問が芽生えていた。


 魔女アガニィの存在。あいつは一体何者だったんだ……。


 奴はフウカを見知っているようなことを言っていたし、その上激しく憎悪していた。

 アガニィは確実にフウカの何かを知っていたと思う。だけど今となっては、もう確かめる術もない……。


 ダルクもフウカに対して何か思うところがある風だった。


 迷宮や厄災、英雄、そしてエルヒム。いや、エル・シャーデというべきか。

 やっぱりフウカは創世神話やそれらとなんらかの関わりがあるのだろうか……。



「どうしたフウカ?」


 隣に座るフウカを見る。マグノリアを出てからというもの、彼女は妙に口数が少なかった。


 彼女には珍しく何か考え込んでいるのか。


「あのね、私の記憶……、また少し戻った」

「え、本当?!」

「マジかよ」


 フウカの言葉に驚く。そう言えば、彼女が記憶の断片を取り戻したのは翠樹の迷宮ベインストルクの天辺だった。


 今回も状況が似ている。迷宮や厄災、七英雄に近づくと、記憶が戻る……?



 とにかく朗報だ。カナリアに到達できずに引き返す羽目にはなるが、時空迷宮に取り込まれた見返りはあったわけだ。


「何を思い出した?」

「うん。大きなお城……、ううん、街かな。青い空に浮かぶ、とても大きな街。たくさんの宮殿とか、塔とか、大きな建物が集まってできてるすごく大きな街。私はそこにいた。緑の庭も、そこにある場所なの」

「巨大な城みたいな街か……」

「まさかとは思うが、王宮か?」


 フウカの話を聞いて、俺もクレイルと同じものを思い浮かべた。王都の中心に浮かぶ、多くの重要機関を抱え王族や貴族の住まう巨大都市。


「王宮『オフィーリア』か……」

「多分、私はそこで暮らしてたんだと思う」

「じゃあ、フウカちゃんは貴族なの?」

「それは……わかんないや。でも、私はそこで勉強したり、波導を教えてもらったりした」

「聞いた感じだともう貴族なんは確定やろ。まあそこはやっぱりかっつう感じよな」


 納得はいく。そもそも俺がフウカと出会ったのは王都エイヴスだ。だから最初は王都で彼女の身元を探した。


 正直王宮は盲点だった。王宮に住む高貴な身分の人たちは、個人情報を広く公開していない。

 たかだか庶民にそれを閲覧できるような権限は与えられない。


「フウカの記憶の話はまた改めてしよう。フウカ自身情報を整理する必要がありそうだしさ。とりあえずリオネラに着くまでは体を休めよう。みんな疲れてるだろ?」

「違いねえ」

「私もできればそうしたいです……」


 俺たちは二組に分かれて部屋に戻った。俺とクレイルは船室に戻ると、とりあえず寝台に転がって目を閉じた。


 体にできた傷自体は船に乗る前に全てフウカに直してもらった。だが疲労や気疲れはフウカにも癒せない。俺たちはすぐに、深い眠りの底へと落ちていった。




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