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スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜  作者: カトニア
四章 黄昏の国
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第147話 盟約の印

 


 ダルクは澄んだ瞳でリッカを見上げて微笑む。


「僕はリッカの……兄貴だから。妹を守るのは……当たり前、……だろ」

「……っ!!」

「私なんか、なんて言うんじゃない。もっと自分に……自信を持ちなよ」


 ダルクは俺を見て満足そうににやりと笑う。


「やって、くれたんだね、ナトリ……。ありがとう。リッカを影の中から……救い出してくれて」

「当たり前だ! ……約束したろ。それよりも早く、早く……傷の手当てをしないと」


 きっと厄災を足止めするためにも多くの傷を負ったんだろう。痛々しいほどに全身傷だらけだ。


「私が、治癒波導を使えたら……っ」


 リッカが唇を噛み締めて呻く。その時、近くから別の声がした。


「ナトリ! リッカ! よかった、生きてた……!」


 フウカとクレイルがこっちに走ってきて、倒れるダルクを見つけて驚愕に目を見開く。


「ダルクが……、ダルクが……」

「俺たちを助けるために大怪我を……!」


「私がダルクを治す!」


 フウカが俺の隣に膝をつき、ダルクに両手をかざす。

 白い光が彼の体を包み込み、傷がみるみる治っていく。苦しげな表情が少しだけ和らいだ。


「すごい……、どんどん傷が癒えていく」

「ゆっくり治療しとる暇はなさそうやな」


 すぐさまクレイルの視線を追って宙を見上げる。

 アスモデウスが浮かび上がり、俺たちを睥睨していた。虫けらを見るような感情のない視線にゾッとする。


「治療の邪魔はさせない……!」

「ダルクには指一本触れさせないぞ」


 俺たち三人はそれぞれ武器を構え魔人リッカを見上げた。


『煉気が残り少ない。アトラクタブレードを使用すると意識を失う』

『くそ……わかってる。それでも、やるしかないんだ……!』


ダルクが少し弱った声でリッカに呼びかける。


「リッカ、こっちへ……」

「ダルク……。今はフウカちゃんの治療に集中して」

「君に、渡すものがある。……手を」

「……?」


 疑問を持ちながらもリッカは右手をダルクに差し出した。ダルクはリッカの手の甲に自分の手を触れると呟いた。



「我、盟約を交わせし者。盟約に則り印を譲渡する……」


 リッカの手首の辺りが光り、黒い文様が腕輪のように浮かび上がった。それはすぐに肌に馴染むようにして消える。


「ダルク、これは……?」

「出来ればリッカには重荷を背負わせたくなかった……。でも君は既に色欲の厄災と同一化してしまっている。この『盟約の印』はリッカを蝕もうとする厄災の魔力から君を守ってくれる筈だ」

「盟約の印……だァ?」


 聞き覚えのある言葉だ。もしかして、アガニィが探していたっていうものか?


「ありがとう……。今までずっと、ダルクは私を守ってくれてたんだよね。今度は私がダルクを守るから」


 リッカが立ち上がり、再度厄災に対峙する。彼女の瞳にもう気弱さの影は見えない。


 厄災が周囲に転がる無数の岩塊を浮かび上がらせ、こちらに向けて放った。


 迫り来る岩礫の前に恐れることなく立ち、彼女は空に杖を向けた。


「星々の守り神よ……私に力を。天翔ける猛き獣、遥かなる星霜の果てより来たれ——、『黒角の牡牛(エルナト)』」


 リッカの杖が光を放ち、ばら撒かれた岩塊が突然軌道を変える。それらは空中で突如真下へと進路を代え、全て地面に叩き落とされた。


 今まで彼女が使っていた波導とは性質、規模ともに桁違いな感じだ。


「こいつが噂に聞く黒波導か。初めて見るぜ」


 これがダルクがリッカに渡した「印」とやらの力なのか。

 その身に余る黒波導の力を、今の彼女は使いこなしているようだ。


「アスモデウス。あなたはどうして私を生かしたの」


「……なんとなくは分かってる。その理由」

「リッカ……?」

「封印が解かれて私は厄災と一つになった。ナトリさんが来てくれなければ、きっと厄災から自分を取り戻すことはできなかった……。今も私と厄災は繋がってる。だからほんの少しだけど、あれの考えてることがわかる」


 リッカが厄災という強大な存在に支配されつつも、しっかり自我を保っているのは彼女の才能によるものか、もしくは。


「ちゃんと向き合うほどに感じる。まるで底なしの闇。人に対する憎しみ、憎悪……一体どうすればここまで……。あなた、本当は一体何者なの……?」



 リッカの問いかけにもアスモデウスは無表情に、ただ俺たちを見下ろしている。


 二人のリッカが向かい合う。


「慈愛の眼差を以って旅人の足を休めよ。『豊穣の乙女(ヴィルゴ)』——」


 リッカが刻む詠唱と共に、俺たち全員を守るように半円形の透き通る壁が形成されていく。



 なんの予兆もなく、景色がぐにゃりと歪んだ。


「?!」


 アスモデウスを中心としてそこら中の地面が隆起し、岩が歪み、崖が弧を描く。


 厄災の魔法(ドミネイト)による時空衝撃波によって、周囲一体の空間が捻れ、崩壊を始める。


「ううっ!!」


 リッカの作り出す豊穣の乙女(ヴィルゴ)を通し、時空歪曲の余波がビリビリと伝わって来る。


「……ふン」


 魔法に加え、厄災はリッカの張った波導結界に自ら飛び込んで来る。


 奴が結界の境界にぶち当たった時、アスモデウスの動作が不自然に遅くなった。

 しかしそれも数秒。結界をかまわず強引に振り切って奴は俺たちに接近する。


「そんな……!」


 狙いはやっぱりダルク。リベリオンで厄災を迎え撃つ。

 奴は光剣の一閃を残像を描きながら躱した。


「近づけさせるかよ! 灼熱の牙、『火剣メルカムド』」


 クレイルが赤く輝く火剣を厄災へと叩き込む。

 空間を転移しながらダルクに近づこうとする厄災を寄せ付けまいと二人で応戦する。


「宙刻むいやさきの彗星、『馬上の射手(サジタリウス)』!」


 リッカの杖が半透明の波導を纏い、その形を弓状に変える。

 そこから音の速さを超えて放たれた波導の矢が、ダルクとフウカに迫るアスモデウスの背中に深々と突き刺さり、奴の動きがピタリと停止した。


「ガ……」

「お前の好きにはさせない!」


 厄災に斬りかかるクレイルを目の端に捉え、俺もリベリオンで斬りつける。


 火剣メルカムドに胸を、リベリオンに腹を同時に切断された厄災の体は、その場で霧状になって消滅した。


 しかし奴は間をおかず再び姿を現す。完全に断ち切ったと思われたその体は全くの無傷だ。


「ちっ、手応えのねぇ……!」

「霞でも斬ってるみたいだ!」


「厄災は、この時空間そのものでもあるんです……」

「まさか、時空迷宮自体を消し去らん限りあいつは消えんちゅうことか?」


 黒波導に目覚めたリッカの力でなんとか凌いではいるが、このままみんなの煉気が尽きたら俺たちは死ぬ。

 その前に奴の動きを完全に止めた上で、リベリオンの力で消し去るしかない……。



「お願い……私の声を聞いて! あなたは人類の、敵。でも本当にそれだけなの?! 絶望の淵の中に私は見た。あなたの孤独、恐れや悲しみも…… 」


 ダルクの話によれば、厄災と人間はわかり合えない。


 それは厄災の行動原理でもある世界を破壊するという強烈な怨念にも似た意志によるものであるが、そもそも奴らと俺達人間とでは思考形態や観念そのものにズレがあるせいらしい。


 植物と意思を通わせられないように、その存在を理解すること自体が不可能なのだと。


 しかしこの嫉妬の厄災アスモデウスは、怪しくはあるが意思疎通が取れているように見受けられる。


 もしかしたら、リッカと一体化したことで人間性を獲得したということなのか。



「あなたのことは絶対に許せない……。だけど私はあなたを知ってしまった。だから知りたい。どうしてあなた達厄災なんてものが産まれてしまったのか。私はあなたに向き合わなかきゃいけない。私自身が前を向いて歩いていくために……っ!」

「五月蝿イ」


 アスモデウスの凶爪がダルクに迫る。時空斬はもう使えない。ここからじゃ追いつけない。


 迫る厄災に目を見開くフウカとダルク。

 その時、彼等と厄災との間に入ったのはリッカだった。



 リッカは一切回避や防御のための動作を取ろうせず、ただ手を広げてアスモデウスの前に立った。


「だめだっ! リッカーーーー!!!」


 厄災アスモデウスの長く伸びた鋭い爪が、リッカの胸を引き裂き胴体を貫いた。







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